04 とりあえず、どっかで飯にしよう
「じゃあ長期保存水ってサギってことじゃん!?」
薄暗いコンビニにエリスの声が響く。景虎は顔をしかめ反論する。
「サギなわけあるかバカ、みなさんちゃんと作ってらっしゃるよバカ」
がしゃんがしゃん、カゴの中にペットボトルの水を入れながら、少しため息。エリスはけれど、納得できなかったようだった。
「え、だって、普通のペットボトルだって、こういう風に長期保存できるわけでしょ? その、蒸発してちょっと中身減るけど、中身自体は腐らないんだから」
「完璧に大丈夫ってわけじゃないんだよ。ちょっとずつ空気が漏れるってことは、ちょっとずつ外の空気も入るかもってことだろ。よっぽど圧力かからなきゃないだろうけど。でも可能性はゼロじゃない。ってことは、近くになんか置いてあったら、その臭いが入って、水に溶け混む可能性も大きくなる。腐るのと味が悪くなるのは別なんだ……ここのは大丈夫そうだけど、棚のはやめた方がいいな。中に入ってなくても飲み口に臭いがついてるだろうから。でもまあ、試したかったらどーぞ」
くい、と景虎は横の売り場を顎でさした。
一見無傷に見えるペットボトルが並ぶ棚、の、横。
ほぼ黒炭化したパック食品や、腐り果て土壌と化した生鮮食品が綺麗に並んでいる。このまま数億年放っておけば地球の歴史をもう一度たどれそうな有様だ。到底、コンビニの中には見えない。エリスは大好きだったスイーツの変わり果てた姿を、指でつついたら沸いてきた虫の一群を思い出し大きくため息をついた。
「長期保存水ってのは普通のペットボトルに比べてキャップも封がしてあるし、ボトル自体も頑丈に作ってある。ダンボールも運搬用の穴が開いてないタイプのが多いし……高いのには理由があるんだよ、っと、水はこんぐらいで大丈夫だ」
「え、もっと必要じゃない?」
「料理の水分合わせて、人間に必要なのは一人一日大体二から三リットル。必要になったらまた後で来ればいい、誰が買い占めてるわけでもなし」
「あ、そっか」
エリスは少し寂しく笑い、もう冷蔵ではないケースを閉める。
景虎が知っている良い店、とは……誰もいなくなったコンビニだった。ネズミのコロニーになっていなさそうで、かつ、店内に水たまりができていないような場所を選んだのだが……中の光景は凄惨だった。いや、取り立てて、死体が転がっていたわけでもない。
……コンビニが暗いだけで、こんなにも不安になるのか?
と、店に入るなり二人は思い、少し無口になってしまったほど。
昨日も見た記憶がある雑誌の表紙にびっしり黒カビ。生鮮食品はなにもかも変わり果て、缶の清涼飲料水には埃が積もっている。棚が空ならともかく、自分たちの記憶にあるなじみ深いコンビニが、なじみ深い商品と共に朽ち果てていた。レジ横のホットスナックケースなど、カビとキノコに覆われ中が見えない。知り合いの死体を見ているような気分だ。
「次は食料……缶詰とレトルト……カップ麺はやや厳しいか……? でもまあパスタあるよな……」
だが景虎はすぐさまショックから立ち直り、カゴを掴むと物資を集め始めた。エリスはそんな彼を見ながら、こいつひょっとして……私に良いところ見せようとか、そういう……? と少し疑問になったけれど、実際頼りにはなったので黙っておいた。
「パスタって……賞味期限大丈夫なの?」
「乾麺は保存食の王様だ。乾燥パスタなんか大体三年、それだって安全係数かけてあるだろうから、まだ全然いけるだろ」
「安全……係数……?」
「賞味期限はなんか色々法律で決めるんだが、実際の期間に、0.8かけて短めにしとくんだと。足の速いヤツだと0.5とかもあるらしい」
そう言いながら埃を払い、パスタをカゴに放り込む景虎。
「で……でも、こんな場所に常温保存されてたものだよ……? そ、それにパスタって……お水がいるでしょ、いっぱい。それにお鍋とか」
それでも、色々と不安になって尋ねてしまうエリス。
「カセットコンロとフライパンが調達できりゃ、むしろ米よりパスタの方が水は節約できる。それに賞味期限を決める試験ってのは、商品をジャングルみたいな高温多湿の環境に入れとくんだぜ。だいたいからして賞味期限で、消費期限じゃないんだ、大丈夫だよ」
「……へ?」
使い分けた記憶の無い言葉を当然のように使い分けられて、エリスの顔がきょとん、とする。景虎はあ、そうか、という顔をして続ける。
「……消費期限ってのは、その時期を過ぎて喰って死んでもウチは責任とらねえことになってるからな、って期限。賞味期限は、その時期を過ぎたら味は保証しませんよ、味を保証しないってことは当然、ね……ってこと」
「……はいぃ……? なんで二種類もあるの……ややこしい……それに、なんなの、賞味期限はじゃあ、結局……?」
「腐るってのは環境次第なんだよ。常にエアコン効いてるセレブの部屋と、扇風機もない四畳半の和室、冷蔵庫、どこでも通用するこの日に腐るって日を決めろってのは、ムリがあるだろ」
「いや、そうかもだけど……じゃあどう違うのさ?」
「消費期限は肉とか魚とか生菓子とか、足の速いヤツにつけとくんだ。ほっときゃどの細菌がどれぐらい繁殖してそれ食ったらどういう食中毒起こすか、わかりきってるヤツ。賞味期限はレトルトとか乾麺とか、そもそも水分がなかったり、加熱殺菌してあったり、外的要因がなきゃ腐らない、腐れないヤツ」
「へー……」
豆知識に素直に感心しつつも、エリスは堪えきれず尋ねた。
「ねえ……あのー……あんたなんでそんな……詳しいの?」
「……まあ……アレだ……家庭の事情ってやつだ」
「ひょっとして、あの……えと、被災してた、とか……?」
高校二年間、互いに互いが唯一の友達だったけれど……話すことと言えばオタク趣味のことだけで、家族や家のことはまったくと言っていいほど話してこなかった。中学時代にどんなアニメを見ていたかは知っているけれど、どんな中学時代だったかは聞いたことがない。これまではそれですべて足りた。
「ちげーよ。ただ……」
景虎の手が止まり、少し考え込んでしまう。
今まで話す予定はなかったけれど……別にいいや。
ウケるだろきっと、こいつなら。
軽く鼻で笑うと、景虎は口を開く。
「ウチの両親の話、したことあったっけ?」
「ない。私ら、そういう話したことないじゃん」
「まあ……話す価値のあるような連中じゃあ、ないからなぁ……」
……ああ、やっぱり。
景虎の口調にエリスは内心で少し、ため息をついた。
世の中の大人には案外、まともな人間の方が少ないんじゃないか、と思う。そして……自分や、景虎みたいな子どもが割を食う。世の中、そういうことになっている。
「……どゆこと?」
覚悟を決めてエリスが尋ねると、景虎は軽くため息をついて、まくし立てた。
「ウチの父親は、世界はビルゲイツとかウォーレンバフェットとかの金持ちに操られてて、ハリウッドセレブたちは誘拐した子どもを犯して殺して抽出したドラッグで若々しさを保ってて、そんな闇の勢力を倒すために神皇帝トランプが頑張っている、と、信じてらっしゃるんだ」
茶化しておどけ、無責任に明るい声で言う。
だが。
「………………はいぃ……?」
エリスは言葉の意味がまったくわからなくて、素っ頓狂な声を出してしまった。数秒後、それがよくある陰謀論の一つ、アメリカでメジャーになってなんか社会問題になって、日本にも来てたヤツだ、と思い出す。
「はいぃ? って感じだよな、ホント……それで半年に一回は、来週の月曜に世界同時放送があって今の政府が壊滅する、備えておかなきゃ……とか言って避難訓練するんだ。一週間とか一ヶ月、電気ガス水道が使えない状態で、自宅避難してるって設定でな。ウチに来たら、笑うぞオマエ、三人家族が十年喰ってける保存食と水がある。ったく、なんかのキャンプで飯ごう炊さんする前に、カセットコンロとポリ袋で飯が炊けるようになったんだぜ俺」
軽く笑いながら言う景虎の横顔を、横目で見つめるエリス。いかにも皮肉めいた、嘲笑っぽい表情をしていて、まるきり、家族の重たい事情を打ち明けている、という様子がない。あだ名がついている通学路の変人について話すようなトーン。
「そんな調子だから俺、防災知識だけはあるんだ。防災料理も大得意。あ、母親は母親で、どんな病気も砂糖玉で治るって信じてる。そんなだから俺結局コロナのワクチン、親のサイン偽造して打ったんだぜ。打ったらマイクロチップで操られる! とか言うから……まあ……信教の自由ってのはスゲえな。あんな連中でも結婚して子ども作れていっぱしの社会人ヅラしてんだから」
カゴに入れたパスタに少し、視線を落とす景虎。
あの両親の元で育って辛かったか、と問われれば、別の両親の元で育ったことがないのでわからない、と答えるしかない。ただ景虎が思うのは、家族もコミュニケーションもクソだな、ということだけ。それ以外は特にないし……これは実際のところ爆笑モノだな、と、彼にしては強がりではなく、真顔で思っている。
「それは別に信教の自由じゃ……」
なくない?
と、エリスは言いそうになって、やめた。いつも景虎が言っている、貨幣制度も宗教も民主主義もΩバースも異世界チートハーレムも全部宗教だ、人間が作った虚構だ、という、どこの本で拾ってきたかわからない持論を聞かされるだけだろう。
「そっか。うん。それは……うん……ゴメンね、聞いちゃって……キ、ツイ、ね……」
何をどう言ったらいいかわからなくて、そんなことしか言えなかった。少し、自分の対人経験のなさが恨めしくなる。クラスの一軍、トップ女子だった支倉さんだったら、こういう時はなんて言うだろう、と少し想像する。
「おいおいなんだよ! 妙に優しい声出すなよ、それに、くそ、なんでオマエが謝るんだよ、ったく、やめろやめろそんな無意味なことは!」
「むっ、無意味、って……だ、だって……」
「謝る必要なんてねえよこんなことで……そもそも、謝罪とかよく意味がわかんねえんだよ俺は、頭下げて何がどうなるってんだ、自分で小指折るとか、切腹するとかならともかく……いややれってことじゃねえぞ? ことじゃねえけど……ったく……こんなの、もっといろいろちゃんと、いろいろある人たちに比べたら、全然、笑い話だろ、親の頭が陰謀論で狂ってるってぐらい」
エリスがしおらしい声を出すと、どうしていいかわからなくなる。コイツも女の子なんだなぁ、などとは思いたくない。特にこんな状況では。
「で、でも、さ……キツいのは、キツいでしょ、人と比べてマシでも、本人がキツかったら、キツいじゃん……?」
「よせよせ……クソ、笑い話と思ってしたのに……オヤジときたらテレビ見て、ほらアイツ、もう人間じゃない、ゴムマスク被ったレプティリアン、爬虫類人と入れ替わってる! よく見てごらんトラくん! 首の皺が不自然だろう! とか言ってんだ四十代後半にもなって! 結構いい大学出てんのに! 息子は高校生なのに!」
「………………あ、あははは……」
乾いた笑いしか返せないエリスに、景虎は気まずそうな顔をした。
「……ひょっとして、やっぱり、これ、笑えないヤツ……?」
自分の人生はこんなことばっかりだ。景虎は思った。
中学の時のスクールカウンセラー、担任、保健の先生、塾の講師、誰に話しても心配するだけで笑ってはくれなかった。こんな爆笑モノの話はないだろうに。選挙権を持っている大人が、自分の子どもに、もうすぐ今の闇の勢力が打ち倒されて神皇帝トランプさんが統治する幸せな世界がやってきて全員に三億円振り込まれてそれまで隠されていたあらゆる病気を治す薬も使えるようになり平和に暮らせるようになる、などと真顔で語っているのだ。笑う以外になにができる? ひょっとしてエリスなら、一緒に笑ってくれるかもしれない、と思ったのだけれど……。
「……うーん、あの、私一応あんたのこと、よくよく知ってるからさ、笑えないよ」
人のことを「かわいそうな人」扱いして、同情という名のマウンティングをして自分に酔うぐらいなら死んだ方がマシだ、と、エリスは思う。思うが……それでも思ってしまう。
こいつが今、こんな人間でいられるのは、どれだけの奇跡なんだろう?
「アンタのことよく知らない人なら、ひょっとしたら笑う……いややっぱ普通、笑わないと思う、うん、たぶん、ね。怖いし」
「爆笑なのになあ……」
景虎は少し首をかしげ、渋い顔。
「ああ、そっか……」
と、エリスは少し、何かに納得がいったような声を出した。
「なんだ?」
「いや……あの、ほら……ネットだとさ、インチキ科学を信じてる精神系みたいな人たちって、人権ないじゃん? みんな、何を言っても許される存在だと思ってるっていうか……とたんに、どれだけそういう人をバカにできるかの大喜利がはじまるでしょ」
「……体育の授業が憂鬱だった俺たちみたいなオタクくんでも、公然と指さしてバカにしていいですよって言われてるバカがあらわれたんだぜ、そこで全力を出さなくてどうするよ」
「でもアンタ、そういうこと絶対しないじゃん」
「…………それ、は……」
「なんでかなー、って思ってたんだ、私。いかにも率先してやりそうなのに。家に宗教の勧誘来たのを、自分は二次元を信仰してるから、って追い返すのが武勇伝だとか思ってるタイプのオタクじゃん、アンタ」
「おげげげげぇ~ッ! やめろよ昭和のオタクのおっさんみたいなこと言うの!」
「あははは、うん、でもさ、なんかちょっと納得いった。話してくれて、ありがとね」
「……なんだってんだ。こっちはウケると思って話したんですよ、それをオマエ……」
「マジで、ウケると思ってたの……?」
「中一になった時、トラくんはもう世界の真実を知ってもイイと思う、って言われて長々そういう話をされてよ、俺、マジで、笑いすぎて小便漏らしたもん。特に……特にっ……」
ぶふっ、と、思い出し笑いか、吹き出す景虎。それを聞いてエリスは少し、背筋が寒くなった。彼がどう思っているかはさておき、爆笑したのは事実だろう。そう思った。コイツはそういうヤツなのだ。自分のことでさえ、いつも、どこか、他人事。だからきっと……家族も、他人なんだろう。
「だめだ、また笑っちまう! 宗教的な善悪二元論から宗教を抜いて現代に合わせてアップデートさせるとああいう陰謀論になる、って、オマエ……オマエ……ちゃんと作ってんのか適当にやってんのかどっちなんだよ……!」
うっひっひゃしゃしゃ……! と、奇妙な笑い方をする景虎。その笑い方を見て、あ、なんか、真面目に受け取って損したかも、と息を吐くエリス。
……なにがどうあれコイツ、たぶんマジで、どうでもいいんだ、両親のこと。
「まあ、それで笑いすぎて小便漏らしたオレを見て父親たちは、世界の真実を知って発狂した、この子はなんて感受性が強い子なんだろう、って感動したみたいだけどさ、後からそう言われてまた爆笑したよね」
「アンタやっぱり……突き抜けたら爆笑するんだね」
楽しみにしていたマンガのアニメ版がとんでもない駄作だった時も、一番くじを一度買っただけで目当ての賞が出た時も、自分の横でこの男は、爆笑してたのを思い出す。そんなおかしな彼にだいぶ救われていたのは事実だけれど……。
「みんなそうじゃないの?」
「じゃないね」
「そうだったのか」
「そうだね」
「オマエは?」
「違うね」
「なにこの会話?」
「人間一年生の授業?」
「ったく失敬なヤツだぜ」
二人はそんな会話を続けながらも、物資を集め続けた。
そうして、十五分後。
「……さて」
「さて」
おそらくは、永遠に待ち続けても誰も来ないレジの前、ぱんぱんになったカゴを持ち、二人は微妙な顔をした。
会計をどうするか、は、話していなかった。まったく。
計六リットルの水。パスタ二キロ。カップ麺四つ。レトルトのカレー中辛三つ激辛三つ。鯖の水煮缶三つ、味噌煮缶三つ、フルーツ缶六つ。塩胡椒と砂糖に醤油に酢、うまみ調味料、粉末の出汁とコンソメ。カセットガスボンベ三つ。単三電池三十本に電池式スマホ充電器二つと、懐中電灯。そしてライターとジッポオイル、割り箸に紙皿、プラスプーン、ゴミ袋……最低限を厳選して選んだものの……。
「いくらぐらいかな、これ……」
「充電器と電池で、結構、いくよな……」
これでも我慢した方だ。
本当のことを言えば売り場からではなく、バックヤードから箱で、台車を使って一週間分は持っていきたかった。エリスにしても、大丈夫そうなお菓子類に心を惹かれていた。
「……計算、する?」
「……しとくか……?」
賞品を吟味していた時より長い時間をかけ総計を税込みでしっかり計算。そして、結局払わなかったホテル代と残りのお金を足せば、ぎりぎり払える額だとわかった。
……わかってしまった。
「あー、じゃー……一応、置いとく?」
「しゃーねーわなー……一応、なー……」
互いに肩をすくめ、お金をかき集め、レジの上に。一応メモ書きも残す。たぶん意味はないだろうと知りつつも電話番号と名前、それから買い物カゴを二つ借りていくことも。
「よし、これで金がなくなった」
景虎はどこか、晴れ晴れとした顔。
「はい?」
「次から俺は、遠慮なく持ってく」
「あはは、それでも、次から、だ。なーんか私ら……日本人だねー……」
コンビニを出てエリスが言うと、景虎はいかにも性格の悪そうな笑みを見せた。
「それ、単なる嘘だぜ。嘘っつうか……震災で気を落としてる人たちを気づかった物語、っつーか……その、地震の時でも日本人は暴動を起こさない、犯罪をしない、ってのは」
あ、また始まった……とエリスは思ったけれど、ノってあげることにした。
「……そーなの?」
「統計見りゃわかるけど、地震が起きた瞬間から、パーンと景気よく犯罪率は上がってる。日本のどこの地震でだってそうだよ。避難所なんかでだって……考えてみろよ、どんな善人だって、家族も家もなくなって、体育館にすし詰めになって、夕食は潰れかけの菓子パン二個、みたいな生活だったら、もう知るか、ってなるだろ」
「……アンタ、ホンッットーーにそういうこと言う時、楽しそうだね」
景虎がこういう豆知識を嬉しそうに言うのは要するに、俺は世間のアホどもとは違って真実を見抜く目がある鬼才だゼ……というアピールでしかないのだが……まあ、気晴らしにはなるし、実際豆知識はエリスも嫌いではない。豆知識を集めているだけで鬼才気取りの景虎のようにはなりたくないな、とは思うけれど。
「……オマエはオマエで、俺にそういうの指摘してる時、マジで楽しそうだな……」
エリスときたら、自分が苦労して得た知識を共有しても、ありがたそうな顔一つしない。それどころか、いつもこんな気分の盛り下がることばかり言う。とはいえ……まあ、聞いてくれないわけではないから、話してしまうのだけれど。
「だって、みんなが別にわざわざ口に出さなくていいやって言わないようにしてること、わざわざ言って勇者気取りなだけじゃん。アンタ絶対リアリティショーとか見てる人、ヤラセを見抜けないバカだと思ってるでしょ? 台本アリの作り番組に夢中になってアホみたい、とか」
「え、オマエ、思ってないの!?」
「あのね、じゃあマンガもアニメもゲームも全部作り話で台本あるでしょ? 何が違うの?」
「マンガもアニメもゲームも、これは本当です、とは言ってないだろ」
「へーーー? じゃあアンタ、うんうんこれは作り話、って思いながらアニメ見てるワケ? 現実に異世界転生はないけどこれはアニメだからあるんだなあ、うんうん、って?」
「その見方、新しいな……意外と何かが捗るかもしれねえ……」
「はぁ……私、マジで耳を疑ったからね、先週の休み時間の最中アンタ、お前ら全員両親が中出ししてできた子どもだろうが! ってキレてた時。アレなんだったの?」
景虎の顔が、さっ、と赤くなり、気まずそうに目をそらす。
……アレは周囲が、両親がラブラブな雰囲気出してるのがマジでキモイ、と盛り上がっている時だった。意味が分からなさすぎて、思わず叫んでしまったのだ。その後誰かが気をつかって「黒丸くんって、ご両親のこと、好きなんだね」などと言うモノだから、んなわけねえだろうがあんな連中死んでも誰も困らねえよ、などと叫び……その後は記憶が曖昧だ。たしかなのは、もはやクラスの中でエリス以外、誰も、目さえ合わせてこなくなったこと。元々誰も話しかけてはこないから、不都合はないけれど。
「あ……アレは……まあ……なんだ……」
「なに」
「……若気の、至りだよ」
空気をぶち壊した自分が間違っていたのだ、とはわかるが、じゃあ……間違っていることを周囲が言っている時は、間違ったままにしておけばいいのか。多様性を、周囲を尊重するってことは、自分は尊重されないってことなのか。そもそもこの世の中に中出しで生まれていないヤツがいるってのか、と思うと納得は、いかない。いってたまるか、とも思う。
「ばーか。大体、不妊治療で生まれたり養子の人だっているでしょ、はい配慮さなすぎはい炎上はい謝罪~ぴっぴろぷぅ~」
いかにもバカにするように、タコ口になるエリス。
「うるせーな、なんだよ口に出さなくていいや、って! 口に出さなきゃわかるわけねーだろ! そういう、人に察しを強要する同調圧力がこの日本社会をここまで息苦しい社会にしたんですぅ~~~! 我々は断固それに反対してやっていくものであるぅ~~~!」
半ば本気、半ば冗談、大上段に構えて片手を振り回しながら力説してみせると、エリスは笑いながら言う。
「もーないじゃん、どこにも圧力、あはは、社会もないかも」
ひゅぅ、と答えるように、風が吹く。
徐々にではあるけれど、お互いにそれを、考えられるようになっていた。高校入学からずっと、二人でずっとしてきたようなバカな話でだいぶ、冷静さを取り戻してきたようだ。
「ま、そだな……よし、次は拠点にできるところを探そう、いい加減荷物置きてえよ」
「ん! ついでに人探そ? 冷静に考えたら……全員いなくなってるって、結構あり得なくない? 私たちの他にも残ってる人絶対、いるでしょ!」
「だな!」
がちゃがちゃ、重たげなカゴを揺らし、ごろごろ、自分のバッグを引きずり、二人は無人の街を歩き続ける。重たい荷物を引きずりながらも、その足取りはたしかだった。
※今日から使える防災知識※
非常時に備え水を備蓄しておく場合、長期保存水を選ぶか、普通の水のボトルでヨシとするか、かなり悩ましい問題です。作中に書いたように、市販されているペットボトルの水を備蓄としていても【大体は】問題ありません。ただ非常時ということは、その大体から外れる何らかの要因がある、と想定しても、特に不自然ではないでしょう。もちろん、何の問題もない場合だってあります。この問題について、正解はありません。各々が、各々の不安要因と想定事態に合わせて備蓄を選ぶ、ということが重要ではないでしょうか。ちなみに私は長期保存水一箱と普通のボトル一箱で、いざとなったら違いを確かめよう、としています。皆様の水の備蓄はいかがでしょう、感想欄で教えていただけると幸いです。