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キモオタ陰キャと露天風呂

「顕現せよッッ! ハイド・アウト・スプリングッッ!」


 じゃぼーーーーん………………。




 肌の境界線がわからなくなるように快い温度の、少し白く濁った湯の中に頭からつま先まで沈み込み、景虎は思った。




 賭けは、一個、クリア。




 だが、すぐさま気を取り直し顔を上げる。目をやるとすぐそこに、エリスがいる。湯の中で長い黒髪が広がり、顔色は真っ白で、まぶたは閉じられ、熊にやられた太ももはむごたらしい傷口がむき出しで、まだ赤黒い血が……


 ……どぶどぶと流れていた血は、ぴたり、止まり。


 白く濁った湯に包まれ、傷口がしゅわしゅわ、小さな泡を放っている。くっきりとした光を纏っている。かと思えば、切り刻まれ、熊の体の中に消えていったはずの肉が、腱が、骨が、皮膚が、再生をはじめている。あらぬ方向に曲がっていた膝やくるぶし、手の指も。




 ……二つ目も、勝ち。




 湯の底に足をつき、ざぶんっ、勢いよく顔を出す景虎。辺りは湯気に覆われていてよく見えないが……とりあえず、さきほどまでいた路上ではない。辺りは竹壁に囲われて、さながら宿の露天風呂じみた場所だったけれど……その向こうの四方八方を見渡してみても、あの黒は見えない。




 三つ目も、勝ち。




 ざぶ、ざぶ、湯をかき分けながらエリスの元へ歩み寄る。彼女の体を抱きかかえ、顔を水中から出してやる。いきなり水中にたたき込まれ、肺の中に水が入ったのではないかと不安になったが、呼吸は正常にしているように見える。ぴったりと体にはりついた服の上から見える豊かな胸は、規則正しく上下を繰り返している。




「…………俺たちの、勝ちだ」




 エリスの生を確認できて、思わず倒れ込みそうなほど安心した景虎は、しかし、彼女のまぶたがぴくぴくと痙攣をはじめたことで慌てふためいた。




「えっ、エリスっ、エリス……!?」

「…………ん」




 しばらくするとエリスは眠そうに目を開け、そして、笑って言った。




「…………よーやく、おふろ、はいれた……」




 呆けたような言葉に、しかし、景虎からも笑いが漏れた。


「……だな、服、着たままだけど……」

「あはは……初めてだぁ……私、服着たままお風呂入ったの……」

「俺もだ……な、なあ、大丈夫、か……?」

「ん、痛くないし…………あはは、ほら、もう、治ってる、ヤバいね、これ……」

「………………ああ、はあ、はは、ははは……」

「……なぁに?」

「いや……これで、はっきりしたな、って」

「…………なにが?」

「誰かが、いる」


 そう聞くとエリスは体を堅くしたけれど、やがて言葉の意味がわかってまた、力を抜いた。エリスのそれを感じると景虎も体の力を抜く。


 しばらくぷかぷか、湯の中で揺蕩っていたけれどやがて、すべてが面倒臭くなったのか、あるいは、まるで数年ぶりのような風呂の感覚に抗えなくなったのか、隣り合って、ごつごつした岩でできた温泉の縁に頭を預け、ゆっくり、湯の中に体を沈めた。


「つまり……あはは、ゲームマスター、的な人……ふふっ……」

「もしくは……ポンコツ女神様、的なヤツ」

「…………私たちの会話を把握してて、あの紙を置いて、なんの異能を与えるか、決めて……」

「それで……俺たちを、次の世界にやってこさせた……」

「……どうやって……は、この際もう、問題じゃ、ないかなあ……」

「あー……なんのために、だな、問題は……」


 ちゃぽり、薄く白い湯の中からはみ出た景虎の手が、ぱちゃぱちゃと顔を拭った。染みついた血しぶきや泥汚れが湯に溶け出していったけれど、茶色や赤の粒子は瞬きする間、しゅわしゅわと音をたて、消え失せる。


「……おい、朗報だ、ここ、掃除いらんみたいだぜ、汚れが……なくなってる……ああ、こりゃ、最高の異能だな……時間を止めるより、幸運より、どんなチートより……」

「あはは、よかったぁ~……靴のままお風呂入っちゃってどーしよー、ってちょっと、思い始めてたとこ、血、いっぱい、流しちゃったし……」

「…………で……」


 景虎は少し首を起こして、また辺りを見回す。


「クリアして、報酬を選んで、別の世界に、やってきました、と……」

「……ん~……どうかな、お風呂から出たら、あの黒い塔、見えてくるかもよ、あの熊……ってか、ぷぷっ、ねえ、なんであんた……ぷぷぷっ、だめ、なんであんた、よりにもよって、お尻にバール刺したの……?」

「弱点っぽいとこがそれしか見つからなかったんだよ……」

「ふふっ……あ~……だめだ、なんか、なんも、考えられないや、今……」

「……だなぁ……」


 ちゃぽん……。


「でも、さあ…………ふふっ、ここ、どんな世界なんだろね……やっぱ……クリーチャーがいるところ、かなあ……」

「いや……案外世界は同じで、追加要素がパッチみたいにあたったってだけかもだぜ」

「ん~……なんにしても……ゾンビじゃないといいなぁ……」

「そうか? ゾンビだったらいいなと、俺は思ってたが……」

「……実際問題、あんたと生活してわかったのはさ、崩壊後の世界だろうと、私たちは人間だからお腹は減るし、トイレ行くし、服は汚れるし……ってこと。ゾンビって、あの…………腐った死体、なわけでしょ……?」

「……ああ…………そうか……それに囲まれて生活するのは……ヤバいトイレの臭いに囲まれて生活するより、キツいな……ってか絶対、ゾンビに噛まれる前に絶対、腐った死体由来の感染症で死ぬな……」

「でしょ~…………あ、ってかさ、ひょっとして……物資とか、車とか、また、一から……?」

「まあ……どうだろな、そこら辺は……ここから出てみないと、わからんな……まだあの路上にいるのかもしれんし……別の世界の別のスタート地点なのかもしれんし……」

「…………あ~…………だめだ、ねえ、しばらく、つかってようよ……」

「そりゃあ……オメー……そうするに、決まってんだろ……」

「ん……ふふ……あ、じゃあ、服、脱ぐ、私……」

「なっ……ま…………ま、まあ……そっ、そうか……」

「あ……あんたも、脱いだ、ら……?」

「そっ……れは………………その……」

「…………がまん、できなく、なりそう……?」

「なっっ! …………なに、をっ……ひっ、人を、そんなっ……」


 じゃぼ、じゃぼ、ちゃぽん。


「あははっ、いーのに、別に……ふふっ……」

「……お、オマエ、なあ……」

「あはは……ね、こっち、来て……くっつきたい」

「お……おう……」


 ちゃぽん。


「ん……あったかいね……」

「…………だ……だな……」

「あー……ふふっ、すっごいね、もー……あんなのの、後なのにー……」

「しょっ、しょうが、ねえだろ……」

「ね、ちゅーしよ……」

「…………ん」


 ちゅ。


「…………すきだよ、景虎……」

「………………お、俺も、好きだ、エリス」

「……………………ね、これからさ、どーなるか、ぜんぜん、わかんないけど、さ……」

「……あ…………ぅ…………ぅ、ん……その……たぶん……」

「…………たぶん……?」

「……いや、なんか……ひょっとしたら、何回も、何回も、こういうこと、あんのかも、だけど……」

「……だよね、ステージクリアってことだから、この世界も、クリアしたら、また、別のとこに、行くのかも……」

「で、その最中で死んだら……あの中、か」

「……うん……」

「……ったく、あの中、何人いたんだろうな……」

「でも……大丈夫だよ、景虎……」

「なんで……」

「……だって……あそこの中、さ……」

「…………うん」

「……ふふ、こういう風に、手ぇ繋いでる私たち、一人も、いなかった」

「………………うん」


 ちゃぽん。


「…………なあ、エリス」

「うん……?」

「俺と……俺とオマエなら、大丈夫だ」

「…………うんっ……」

「ずっ…………ずっと……ずっと……」

「………………うん……?」

「…………………………だ、だめだ……」


 ぶくぶくぶく。


「あー……なんだよもー、言いなよー」

「う、うるせえ、保証もないのに言えるかよ、こんな、この先なにが起こるかわからねえってのに……」

「あはは、保証なんて……いらないでしょ。どうしたいか、言ってよ」

「なっ……だっ、だから……その……ずっと……ずっと、一緒に……一緒にいたいよ、エリス……オマエと……」

「…………んっ………………私も…………」


 ちゃぽんっ。


「ちょっ、まっ、おまっ、いっ、いきなりっ!」

「あはははっ、男の人は、そうなると、おさまらないんでしょ!」

「ばっっかやろっ、あぉっちょまっ、なっ、おまっ」

「ほれほれほれ~~~~っ」

「ばっ、なっ、だからっ、おまえっ、けっ、けがしたっ、ばっか、でっ」

「ん……だからきっと、優しい君は、私に手出し、できないだろーなー、って! あははっ、それなら我慢、できるんじゃないかなぁ~?」

「……こっっ……こっっのっっっ!」


 じゃぼーーんっ。




【了】







【Congratulations!】




【You have completed 1st stage <WE ARE ALL ALONE>】




【Get ready for the 2nd stage <WE ARE STILL HUMAN>】




【Good luck!】

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