03 ごちんっっ!
「は……あ…………ね……しよ、景虎……しよーよ……だめ、もぉ、だめ、わけっ、わけわかんない、こんなっ、こんなのっ……」
ちゅぽんっ、少しの間抜けささえある音を響かせ、しかし、熱に浮かされっぱなしのエリスが、囁いた。ぜえ、はあ、肩で息をして、彼の首筋に頭を預けながら。
「お……俺……エリス……エリスっっ……」
今までに聞いたことがないほど切実な景虎の声。それを聞くと、エリスはもう、止まれなかった。ようやく二人は体を離し、エリスの手がかちゃかちゃ、景虎のベルトをもどかしそうに外す。景虎もそれに従って少し腰を浮かせる。ベルトを外す最中、熱を帯びたエリスの手が膨らみきったそこをかすり、それだけで、はふんっ、と情けない息が漏れる。それを聞いたエリスがますます吐息を荒くし、頬を赤く染め、体を熱くして、引きちぎるのではないかと思うほどベルトを引っ張る。だがフックが穴からなかなか外れず、あうっ、あ、と、じれったそうな声が漏れる。
それを見た景虎は、瞬間、思った。
このまま、流れのまま、してしまえば。
理性がなくなった、ということにして、してしまえば。
エリスにあてられた、みたいに、言い訳してしまえば。
俺はきっと、一生、自分をカッコいいとは、思えなくなる。
そして、気付いた。いや、エリスへの気持ちと同じように、それがずっと、自分の意識の舞台上に存在していたことを、思い出した。好きな女の子と生まれて初めて深い、激しいキスをして、すっかり見えなくなっていたモノがまた、見えてきた。そしてそんな自分が少し、イヤになった。けれど、イヤになると同時……それが俺なんだしこれが現実だ、とも思って嬉しくなった。そして……自分がそれを見ないようにしていたことにも、気付いてしまった。
コンドームの使用期限は五年。
そして今、持ってない。
なぜか?
それを持っていたら、エリスをそういう目で見るようになってしまうから。
そして、今は……。
今、は。
ああ、そうか、俺は今。
性欲に負けて、好きな子を、傷つけるところだったのか。
『自分を罰したいなら、頭をごちんとやるとか、他にいろいろ、あるでしょ……!?』
頭の中に声が蘇って、そうした。
………………ごちんっっっ!!!
「……かっ、景虎っ……!?」
見れば景虎が思い切り、自分で、自分の頭を殴っていた。エリスがあっけにとられていると、もう一度。弓なりに反った彼の腕、頭が、すうっ、と深呼吸と共に、すさまじい勢いで……。
ごぢんっっっ!
「ぐぅっ……!」
自分で自分を殴っているとはとうてい思えない強さ、音だった。白くなるほど握りしめた右拳で、自分の側頭部を、思い切り。カウンター気味になるように、頭もしっかり振って。喉から濁った、いかにも痛そうな声が漏れている。
「ちょっ、ばっ、なっっ!」
慌てて腕に飛びつき、意味のわからない自傷とさえ呼べないような愚行を止めると、しかし、景虎は、押し殺したような声で言った。
「コッッッ!」
「……………………こ?」
「…………ん、どーむ、が………………ない……っ……」
数秒、そして、数十秒。
言葉の意味が染みると、エリスはふう、と一息つき、ぺちん、と景虎の頬を軽く張り、そのまま、ぷにっ、とつまんだ。
「私、いいもん……」
まだ蕩けた顔のまま、唇を尖らせて言うエリスの顔は、今まで一番きれいだと思った。かわいいと思った。飲み込んで、飲まれて、食べて、食べられて、どろどろに、一つに、融けて、そういうことをしたら、できたら、きっと、きっと……と景虎は脊髄と下半身で考えたが……脳は、言った。
「俺は、よくない!」
がっしり、エリスの肩を掴んだ景虎は、さらに言った。
「エリス、好きだ。大好きだ。一生、ずっと、好きだ。だから……だからっ……いっ、今はっ……でっ…………」
景虎の顔がまるで、口の中に生きた苦虫を突っ込まれ、むりやり噛みしめさせられているような顔になり、そして、言う。
「でぎないっ……オ……オマエが……オマエが、俺のせいで、こっ……こんな状況で、妊娠、したり、したらっ……俺は……俺はいっしょ、一生」
歯を食いしばりながらそう漏らす景虎の顔は、真剣だった。ふざけたり、茶化したり、そういう様子はひとかけらも見えなかった。本気、だった。本気で、思っていた。言っていた。エリスを、傷つけたくない、と。その気持ちがエリスの心に届くと、早鐘を打っていた心臓はやがて、穏やかになった。得体の知れない怪物に追いかけられているような、体の端から千切れていくような、正体不明の欲情が徐々に、姿を変えていくのがわかった。やがてエリスは、思う。
…………あ……。
………………すき……。
……かげとら……すき……。
すきすきすきすきだいすき、だいすき、ちょおすきぃ……。
けれど……それでも体の端々にしがみついている情欲は収まらなくて、憎たらしくなって、彼の胸を少し強めに叩いてしまった。
………………ぼすっ。
泣きそうな顔になった景虎を見上げ、言う。
「…………ばーか……」
少し冷静さを取り戻したらしいエリスは、しかし笑って続けた。
「ん……ご……ごめんね……えへ……はつじょー、しちった……」
そのまま頭を景虎の胸に預けると、いつかのように、うりうり、頭を振った。彼の胸板の感触が、なんだか妙に、嬉しかった。
「あ、そ、その……俺、こそ……ご、ごめん……てっ……手際が、わるくて……」
「あははっ、アンタがそういうの、手際よかったら……逆に怖いって……どーせ……あはは、ねえねえ、コンビニとかでさ、今まで、あったじゃん? 見て……持ってこうか、迷ってた……?」
「…………そっ……れを、持ってたら……その……絶対……関係が、うまく、いかなくなる、と、思って……」
「あははっ……今、うまいこといかなかったのにっ……ふふっ、ばーかっ……」
くすくす笑って、視線を落とすエリス。するとそこには……言葉とはまったく違うことを主張する小山のような膨らみがあって、息を飲む。
「……ね、これさ、あの…………え……で、出、ちゃって、る……?」
夜の中でも。
景虎のそこはくっきりと膨らみ、しかもその先端は、なにか、濡れているような染みがあるように見えた。五百円玉程度の黒いシミ。
「ちがっっっ! ちがっ……そっ、それは、あっ、あのっ、しっ……知ってんだろくそっ…………!」
ぶるぶると首を振る景虎を、しばし、いぶかしげに見つめるエリスだったけれどやがてその単語を思い出し、気付き、きょとん、とした顔のまま顔を赤くした。
「あ……あぁ~……我慢の……お汁……あ、ああ~……え、あ、でも……これだけで、そんな……そんなにぃ……? え、染みるぐらい、出るの……? え、ぱんつ、はいてる……よね……?」
「なんでノーパンだと思うんだよばかっ! そっ、おまっ、そんなっ、じろじろっ、見んなっ!」
「…………ね、ね、あの、ちょっと、さわってみて……いい……?」
「なっ……あっ……」
戸惑う景虎を見て、エリスは笑って言う。
「男の人って、そうなったら、治らないんでしょ、一度……出すまで……」
いつかと同じ言葉を聞いて、景虎はまるで、激しいボディブローを食らったかのような顔をして、唇を真一文字に引き結び、目を固く閉じ、深呼吸して……やがて、目を開け、まっすぐエリスの顔を見つめ、ほっそりとした太ももに手を置き、囁いた。
「なら…………その…………お、俺も……」
くしゅり。
右手の指先だけが動いて、ドレスの裾を少しだけ、まくりあげる。上等な洋服だけが持つ濡れたような心地よい感触と、それより遙かに心地いい、彼女の肌。ああ、高い洋服ってきっと、全部これをがんばってマネしようとしてるんだな、なんてふと思った。そしてようやく、ようやく左手が、動いて、おそるおそる、そこへ、胸へ、近づいていく。
「…………うん……あはは……一緒に、ね……」
エリスも景虎の太ももに指を這わせる。夜の闇の中にもう一度、かちゃり、かちゃ、ベルトの音と、くしゅり、スカートの音がとけていった。
「ふふっ、女の人も……一度そうなると……お……おさまんないの、かも……あははっ」
「ばっ、ばーかっ……エロ漫画の、読み過ぎなんだよオマエは……」
そこから先はもう、言葉はいらなかった……。
とは、ならないのが私たちらしいな、とエリスは思ったけれど……それが嬉しかった。お互いに知らないもの、お互いに知らないことを、二人で知っていける、やっていける。なら……この先なにがあってもきっと、大丈夫だと思えた。一方景虎は、すげえ有識者解説のeSports動画みてえ、などと思っていたけれど、すぐになにも考えられなくなった。何かを思えるようになったのは終わってから。自分の肩に頭を預けたエリスが、ふうふう、と満足げな吐息を漏らしているのを聞いて、思う。
「あ…………エリ、ス……」
「……ん……なぁに……」
「あ、あり……ありがとう……」
「……ばぁか……ふふっ、なに言ってんのぉ……ふふっ、ほんと……」
「うっ、うるせえ、な……」
「あは……こういうときは、ね……たぶん、これで、いいんだよ……」
エリスは小鳥のように景虎に口づけると、囁いた。
「ん……好きだよ、景虎……」
「あ……ぇ……えりっ、す……すっ、好きだっ……エリスっ……エリス、好きだ、くそ、なんで、なんでこんなっ……好き、好きだよっ……ちくしょう、すきだ、えりすっ……」
「あははっ、ほら、ね、泣いてないで、ちゅーしよ……」
「んっ……」
「…………っ……ふふっ、もっと、ね、もっとして、しよっ……景虎、かげとら……っ……すきっ……だーいすき……っ」
※予防線再び※
この作品は性的な描写を目的にしたものではありませんが、なにが性的な描写を決めるのは、この場においてはなろう運営様です。なので……警告が来たらその部分はノクターンへの切り分けを予定していますが…………何卒、何卒……