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09 ドS彼氏の溺愛らいふ♥ ~絶対やめて、くれませんっ!~

 そうして棚一本分の漫画やアニメ、ゲームを手に入れると、二人はディナーのため、準備を始めた。


 昼食を秋葉原の公園で軽く済ませ地図を広げ、目当てのモノがありそうな場所を探す。まずは、日比谷にあったいかめしい名前のホテルから、食器一式とテーブルに椅子。自分たちが中世ヨーロッパのお話に出てくる、銀食器を盗むやつ、になっていると知って二人で大笑いした。そうしたら今度は、家電量販店からポータブル電源にソーラーパネル、それからディナーのための電子機器をいくつか。最後に、食材をあちこちからあさる。トラックに荷物を積み終えると二人はかなりくたくたで、一度アジトに戻って休憩。




 そして……ディナーに向け、お着替え。




 今度はお互い、試着室には付き添わず一人で選んでみることに。ディナーなのだから待ち合わせの時にその格好を見て驚こう、という趣向。


 ……とはいえ景虎は、同じ店でとってきた、同じ形の黒いシャツに、ダークネイビーのスラックス。他に何を選べばいいかわからなかった。本音を言えば、彼の大好きなゲームのワンシーンがプリントしてあるカッコいいTシャツを着たかったけれど……さすがの彼でも、そんな服は「ディナー」に着ていくものではない、とわかる。


 それに……真逆な色合いの服を着て、鏡を見ると、ほう、と少しうなってしまった。自分の顔の、よく言えば素朴さ、悪く言えば田舎臭さには似合わない、世慣れた遊び人感のある服装だったけれど……ベストやジャケットがないと、そこまで背伸びしているような印象はなく、なぜか、好感が持てた。若者の精一杯のオシャレ……という、妙な清々しさがある、とでも言えばいいのだろうか。形は同じなのに、色が違うだけで印象はこんなに違うなんて……と驚愕する景虎だったけれど、よくよく考えると二次元の眼鏡キャラが緑髪だった場合と紫髪だった場合も全然違うんだから、まあ当たり前のことなのか、と一人で納得した。


 着替えを終え、アジトのソファに座ってエリスを待つ。


 その時間はなんだか、妙にそわそわした。


 喜べばいいのか、不安になればいいのか、よくわからない。一体全体自分はなんでこんなことをやっているんだろうか、などと馬鹿らしくもなる。けれど……。




「…………あ、よかった~、合ってた~」




 背後から声がして振り向くと、そんな思いはすべて、吹き飛ぶ。


「あはは、白かったから、黒はどうかなー、って。ふふ、あんたもたぶん、そうすると思ったし」


 はにかんだ笑顔を浮かべながら、エリスがこちらに歩いてくる。


 上から下まで、じろじろ、なんの遠慮もなく、彼女を見てしまう。眺め回してしまう。視線が、どこにも定められない。顔も、髪も、胸も、腰も、足も、腕も、なにもかも。いつまででも見ていたい。




「…………あ、こっち、あんま、恥ずかしくない……なんでだろ……?」




 夜を織りなしたようなドレスだった。




「…………」


 まあコスプレみたいなもんだからじゃねえか、と言おうとした景虎は、しかし、なにも言えなかった。ただソファから立ち上がり、彼女を見つめるしかできなかった。


 光沢を放つベロア生地、まっすぐなシルエットの黒いロングドレスは、あちこちに星のような小さな煌めきを浮かべている。レースのスタンドカラーと長いループタイが引き締める、すとん、としたまっすぐなシルエットはどこかレトロで、さながら十九世紀イギリスの、厳格な家庭教師(ガヴァネス)じみた禁欲的な印象さえあったが……彼女が身を揺らすたび、第二の肌と化しているベロア生地が、てろり、てらり、女性の体の曲線を余すところなく、魅せている。さらに胸元はV字にシアーが入り、デコルテの白い肌を透けさせ、その下の深い谷間さえ、ちらりと見える。よく見れば袖の外側、一筋、星が流れているかのように透かしレースが入り、細く華奢な腕をアピールしていた。足下の黒いローヒールも同様に、今にも折れてしまいそうなか細い足首を蠱惑的に見せている。


「…………おい、なんか、言えよ……」


 呆然と立ち尽くし、かくかく、小刻みに首を動かし、ぱちぱち、高速でまばたきをくりかえし、きょろきょろ、目線をあちこちに飛ばす景虎を見て、エリスは少し、失笑しながら言う。さながら珍しい昆虫の変わった求愛行動か、もしくは脳の研究で特定の部位を破壊された小動物の症状、みたいな仕草だったけれど……景虎らしいな、と思った。そして……そんな彼を見ても、イタいだとかキショいだとか、陰キャ独特のくそキモボディランゲージ、だとか、思えなくなっている自分を見つけて、心の中だけで苦笑を漏らした。




 かわいくて、仕方がない。




 胸が締め付けられて、息が苦しくなって、このドレス、サイズはぴったりだったのに、と不思議になる。本当に自分は、どうして、しまったのだろう。けれどもう、そんなこと、あまり気にはならなかった。


「あ、い、いや…………そっ……の……」


 手を上げては下ろし、口を開けては閉め……景虎はがりがり、頭をかく。


「かっっっ……! 髪、型……っ……」


 赤ワイン色をしたベロアの、小さなリボンで留められた長い髪は、ハーフアップにまとめられ、無造作に肩に流れている。おしゃれは金がかかるけど、ヘアアレンジは時間と根気と技術、つまりは根性の問題だから、一人鏡の前でだけやる趣味だったのだ。


「あははっ、ツインテじゃなくてがっかりした?」


 ふぁさり。


 大げさに髪を跳ね上げてみせるエリス。


 夜空を織りなしたようなドレスの上、艶めく長い黒髪が流れる様は、オーロラみたいだ……と、景虎は思った。口がからからになって、うまく言葉を言えなくなってしまったけれど……。


「いっっっいやっっっ! ちっ……ちがっ……ぁ……だ、だから……そ、その……」

「ふふっ、二回目だろ、ちゃんと言えよ~」


 頬を紅くしながらも、どこか余裕のある笑いを浮かべ、景虎のもとに歩み寄り……胸元をうりうりと指でつつくエリス。


「なっ……あっ……だ、から……その…………」

「うんうん、だから……?」


 至近距離に近づいたエリスのかわいらしい顔をよくよく見てみると……うっすら、輝いている。いや、それにはもう慣れたけど……化粧だ。わずかにだけれど、まぶたやまつげ、唇の感じが、いつもと違った。具体的になにがどう違うのか、景虎の語彙ではさっぱりわからなかったけれど……とにかく、輝きが、まぶしかった。かわいらしい、愛らしい、だけではない、景虎が今まで、至近距離の女の子からは一度も感じ取れなかった、何かがあった。




「きっっ……き、れい、だ……」




 そんなことしかもう、言えなかった。


 白いワンピースの時はかわいらしさに胸がはりさけそうになってしまったけれど……この黒いドレスを着たエリスを見ていると、魂が体から抜け、空に昇っていきそうだった。


 にんまり、チェシャ猫のように笑ったエリスは、つつつつんつんつんつん、と激しく景虎の胸をついた。


「んふっ……ふふっ……ふふふっ……」

「なっ、ほっ、ほんと、だよ……その……か、髪、元々、キレイだから、そういうの、似合ってるし……その、あ、あっ……ぁ……いや、ふ、服も……す、すげえ……その……」

「ほらほら~……なんかたとえてみてよ~、ステキなやつに~……」

「なっ、おまっ、無茶を……言うなよ……だ、だからその………………わかんねえよ……っ……キレイ、以外に、なにを……」

「ぁ……ふふっ……んふっ……」


 目をつぶるエリスが、わずか、肩をふるわせる。顔は酔っ払っているように蕩けている。


「オマエ、なあ……何を、言わせたいんだよ、俺に……」


 あきれたフリをして息を吐く。化粧についても触れたほうがいいのかどうか、少し悩んでから言う。間違っていませんように間違っていませんように……と、生まれて初めて、神に祈りながら。


「だっ、だから……け……化粧……? も……? その……び、びっくり、した……」

「……んふふ~!」


 うりうりうりうりうりっ。


 指を棒に見立て、景虎の胸で火起こしでもしているのかと思うほど激しく、人差し指がうごめいた。そのくすぐったさに笑いそうになってしまったけれど、なんとか我慢した。


「も、もっと、もっと褒めろ~っ!」


 あからさまに本音がにじむ冗談めいた口調でエリスが言う。すると、景虎は少し、腹が立ってきた。この野郎、調子に乗りやがって……こっちだってこの服の色はむちゃくちゃ考えたんだぞ……。




 だから彼女の肩をつかみ、耳元に唇を寄せ、囁いた。




「……キレイだ、エリス……」




 いつか彼女が聞いていて、あぇへへ、という顔になっていた「ドS彼氏の溺愛らいふ♥ ~絶対やめて、くれませんっ!~」とかいう音声作品を参考にしたのだけれど……。


「ひゃんっっ」


 尻尾を踏まれた子犬のような声を出して、大げさにびくんっっ、と跳ねたエリスは、しかし、何も言わず、それ以上動きもしなかった。やばいひょっとして素で言ったと思われてないか? と不安になった景虎は、さらに声を作って、いかにも女性向け作品の男性ボイス、という調子を作りに作って、囁き続ける。


「エリス……世界一、キレイだ……くそっ、なんでそんなにキレイなんだよっ……他の男にこんなキレイな子、見せたくないよ……エリス……エリス……キレイだ、ああ、エリスっ……」


 女の子の耳元でこんなことを囁いているなんて……と、驚いた景虎だったけれど……要するに、演技だ。それなら、人の間で十七年ずっとやってきたことだし……オタクはセリフを言うモノだ。あと、ほんとにキレイだし。


「ひゃっ……ひゅぅ……ひょへぇぇ……」


 しかし。


 ツッコミどころ満載なセリフを言ったつもりだったのだけれど、エリスは……脳みそに指を突き入れられ、くちゅくちゅ、かき回されているような声を出し、ぴくぴく、体を跳ねさせるだけだった。それが面白くてイタズラ心が湧き、もっとあからさまな感じの甘ったるいセリフを頭の中で探す……とはいえ、女性向けの音声作品を本気で聞いたことはなかったから、我ながら吹き出しそうなセリフしか思い浮かばなかったけれど……。


「夜空の、星みたいだ……みんなが見上げて、キレイだ、ってため息つく、お星様……ははっ、くそっ、見せたくないけど、誰にも見せたくないけど……ちょっと、自慢もしたいな……今夜は、こんな、お星様みたいにキレイな女の子と、ディナーだなんて……」

「はひっ……へぁっ……っ……ぁ……」


 ……そして、気付いた。


 今、自分は、エリスの薄いドレスの肩を掴んでいる。


 手のひらの中に、彼女の体がどれだけ小さく、柔らかく、暖かいのか、はっきり、くっきり、伝わってくる。


 つまり……つまりそれは…………女の子が、自分に触られているのに、悲鳴を上げもしないし、イヤそうな顔もしていないし、それどころか、なんだかうっとりしていて……。




 …………イケるのでは?




 景虎の中の誰かが、また、そんなことを呟くと同時、顔が真っ赤になって、我に返った。何やってんだ俺。アホか。


「…………はい、おーしまいっ!」


 ぽんっ、と軽く肩を叩いて体を離す。

 が……。


「……おい、エリス」


 彼女はしばらく、ぼーっとした顔のままだった。


「…………おーい?」


 手をぶらぶらと目の前で振ってみるが反応はない。


 リップに艶めく唇はだらしなく半開きで、中からちろり、ピンクの舌が覗いている。口の緩い猫のようだ。頬は上気して、まるで激しい運動でもしたのかと思わせるほど。眼鏡越しの瞳からは、いつもの理知的な光が消え、とろん、として、どこともしれない場所に視線を漂わせている。




 …………かちっ!




 そんな彼女を見ていると景虎の中で、また、何かのスイッチの入る音がした。そんな気がした。相変わらずそのスイッチが一体全体、なんの回路をつなげたのか、なにをスタートさせたのか、さっぱりわからなかったけれど……とりあえず景虎は少し、やれやれ、という感じを出しながらその流れでポケットの中に手を突っ込んで位置を直した。


「…………ひゃぃっ!?」


 あきれた顔で見つめる景虎に気付き、ようやく我に返るエリス。


「…………や……やるじゃねえか坊主……」


 照れ隠しなのかなんなのか、顔を真っ赤にしたまま、豪快格闘キャラのようなセリフを言う彼女に、景虎は苦笑をこぼし……そして、もう一度、言った。なんだかちゃんと言わないと、伝わらない気がして。何度言っても、言い足りない気がして。


「でも、ほんとに、キレイだ。うん。髪も、化粧も、すげえ……びっくりした……アレ、ほら、イイオンナが、いるって、ちょっと、驚いちまった」

「なっ……うっ……あ、あり、がと……あっっ、あんたもっ……黒、やっぱり、に……似合ってる、ね……うん……かっこ、いいよ……っ……」


 素直に受け取られ、素直に照れられると、こちらも素直に恥ずかしくなってくるのは、一体全体、どういう仕組みなのか。わからなかった景虎は照れ隠しに言う。


「ま……まあ、この後、そのイイオンナに運転を任せるわけだが……」


 一瞬、虚をつかれた顔になったエリスは……やがて、ぷーっ、と吹き出した。


「あははっ、落ち着いたら教えてあげるよ。代わりに私にも、料理教えてよ、さ、行こ

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