07 外見で人を判断してはいけない
少し汗ばんだ、エリスの頬が、自分のそれとぴったり、くっついた時。
そのときした、ぷにっ、ふにっ、むにゅ、みたいな音が景虎の頭蓋骨の中に響き渡り、脳みそをかき回し、脊髄をぐしゃぐしゃにした。肩に回された彼女の手も合わせて、ぴったりと寄り添った体の側面と、そこからはみ出るほどに大きな胸の膨らみ、そこから感じる下着の、意外なほどごわごわした感触と、その奥に秘められている柔らかさが合わさると、もう、理性もなにもかもすべて吹き飛び、意識がただ、女の子だ、女の子だ、かわいい、かわいい女子が、俺の、俺のそばにいて、くっついて、体、体が、あったかくて、柔らかくて、おっぱい、おっきいおっぱいが、胸が……と、念仏のようにブツブツ唱え始め……どうしてか、泣きそうになった。鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなって、涙がこぼれそうになった。本当にどうしてか、わからなかった。今まで自分の考えていたこと、コンプレックスだと思っていたこと、劣っていると思っていたこと、それらがすべて、泡になって、しゅわしゅわ、消えていくようだった。そんなのは絶対、錯覚に過ぎないのに。それとも、自分が今まで思っていたことこそが錯覚だったのか? 一体全体、男の体、脳みそはどういう構造になっているのか、我ながらわからなかった。たかが、たかが、女の子と(とても、とてもかわいい、おっぱいの大きな女の子と)、くっついて、写真を撮っただけで、なぜ、こうも、宇宙の果てに何があるかをわかったような、絶対的な真理を発見したような歓喜と驚愕に包まれているのか。そして……そんな歓喜と驚愕に包まれているというのに、わずかにでも力が入れば百八十パーセントの力で立ち上がりそうな自分の股間は、肉棒は、一体全体なんなのか。ポケットに手をつっこんでごそごそと位置を直しても、しっとりと濡れたように、しかし決して不快な感触を残さず肌に絡みつく少し細めのスラックスは、くっきり、景虎の猛りを外に向かってアピールしている。どうにか、しなければ。なんとかしなければ、しなければ……しなければ、どうなるってんだ。だってそれは……それは……。
「よ……よしっ、うんっ、これで……あはは、記念写真、完了、ほら」
一秒間に数十億回の計算を繰り返す最新鋭の演算装置よりも高速に、しかし、小学生の筆算より非効率な思考の空転を続ける景虎の内心を知らないエリスは、撮った写真を見て、少し恥ずかしそうに笑う。景虎にもそれを差し出してくる。
「あはははっ、アンタのこの顔、マジ、ウケる、なにこれ、あはははっ」
頬をまだ赤くしつつも、朗らかに笑う。その笑顔を見ると、胸が苦しくなって、頭ががんがんして、足取りがふらつきそうになる。息が浅くしか吸えなくて、なにかの感染症にかかったのかと思うほど。それでも、それでも……こんな、こんな、たかだか女なんかとくっついただけでキョドるようなありがちなオタクくんじゃないんだゼ俺は、という捨てられない自負でもって自分を組み立て直し、記念撮影したスマホに目を落とす。
「…………っっっぷははははは……っっっ!」
哀れなほどうろたえている少年少女が、そこにいた。
十代後半らしい二人は、少し背伸びをした服装に身を包み……おそらくは生まれて初めて異性と頬を寄せ、その興奮をなんとか隠そうと平静を装っているのが百二十メートル先からでもわかる顔つきをして、カメラを見ていた。
ほほえましい、という言葉しか、思い浮かばなかった。
体つきがどれだけ大人びていても、着ている服を合わせたら三桁万円でも、恋人のようにぴったりと身を寄せ合っていても……そこにいたのは、その三つのどれにも不慣れな少年少女……要するに。
「…………なんだこのクソガキども……!」
我ながら、笑ってしまった。そしてようやく、思い出した。自分たちはまだ十七歳で、高校二年生で、本当なら、着たくもない制服を着て、行きたくもない学校に行って、話したくもないクラスメイトたちに囲まれて、つまらなそうな顔をして家に帰って、ようやく息が吸えるとばかりにオタク文化にのめり込んで一日を終えていたはずなんだ、と。
「あははははっ、な、慣れてなさすぎだよ、私たち……か、景虎なに、この顔、驚きすぎでしょ、魚みたいになってんじゃん……っ!」
エリスも笑った。二人で顔を見合わせ、スマホに目を落とし、そしてまた笑った。
「しょ、しょーがねーだろ、いきなりこんな……遊園地行った陽キャみたいな自撮りしたら、こんなツラになるわそりゃ。オマエだって……なんか、小学校の入学式って顔してるぞ」
「あはははっ、身、身の丈と、あってなかったね、あはははっ……」
「身の丈、っつーか、初めてだろ、こんなの……俺たち……っていうか、俺、自撮り、生まれて初めてしたな」
「私も……ってか、ふふっ、ああ、そっか、こんな楽しいから、みんな自撮りしてたんだね」
「だ……だいぶ違うと思うぞ、みんなが自撮りしてた理由は……」
「あはは、いーのっ! ね、休日はさ、まだまだこれからじゃん! もっともっと、楽しいことしよーよ!」
「……なら、行く場所は、決まってるな!」
そして、一時間後。