01 問:ポストアポカリプスで一番役立つ車はなにか?
車用品店にたどり着いた二人はバッテリーを首尾よく見つけ出し、運び出した。今まで持ってきた荷物の中でもトップクラスに重たくて、二人とも泣きそうだったけれど、なんとか、スペアも含めて五つほど。
電気自動車の荷台にバッテリーを積み込み、熊肉を干すため一度、アジトに帰ることにした。道すがら念のため、乗ってきた自転車も回収し、座席の方にねじ込み、積んでおく。
車のコントロールパネルによれば走行可能距離は後五十キロメートル足らず。電気自動車ってこんなに走れなかったのか……と景虎は少々驚愕した。
「フェラーリとかポルシェとか、落ちてないかなぁ~」
時速二十キロ程度で幹線道路をゆるく流しながら、エリスが呟く。景虎はあきれてため息を一つ。
「こんな時にフェラーリが役立つかよ、探すなら軽トラだ」
「え~、せっかくなんだしさ~」
「わがまま言うんじゃありません、一番役立つだろ」
「テンション上がんないよ~、軽トラって椅子、ベニヤ板みたいだしー」
「え、そーなの?」
「乗ったことない?」
「い、いや、ないが……堅くたって、荷物がいっぱいつめて、頑丈、ってことが、今の最優先だろ」
「そ~だけどさ~、背もたれ倒れないんだよ軽トラって大体」
「え、そーなの? でも……そりゃ、オマエが乗ってた軽トラだろ、最新式のヤツならきっと、倒れるんじゃねえの?」
「ジャンボ軽トラならそうかもだけどさ~、なかなか落ちてないって~」
「……なにジャンボ軽トラって……?」
「あれ、ほら、運転席と荷台の間に、一枚、窓がついてるスペースがあるやつ、後部座席があるやつもあるよ」
「あ~、なんか、軽トラをむりやり縦に引き延ばした、みたいな……?」
「そうそう……ってかあんたマジで……車知識ない感じ?」
「皆無」
「…………なんで?」
「……ロボットものにあんまり興味がないタイプのオタクだから?」
「おうちの車は?」
「親父が電動のワンボックス持ってて、ソーラーパネルで充電できるようになってたから、なんならチャリで調達しに行くかと思ってたけど……航続距離ってこと考えたら、やめといた方がいいな。うんこみてえな色だし……」
「あはは、なんだその色」
「イヤマジでうんこ色なんだよ、元の焦げ茶が経年劣化で……」
そんな会話を交わしつつ道すがら、良さそうな車を物色しつつ進んだ。道路脇には百メートルも走れば数十台、車が停めてある。だが二人が食指を動かされるような車は、なかなかなかった。
「なあなあ、ああいうでっかいトラックは、オマエ、運転できない感じ……?」
コンテナをつけたロングトラックを見て目を輝かせる景虎。頭の中では荷台を改造し、居住スペースにするアイディアがはじけ飛んでいたけれど……エリスはため息をついた。
「やだやだやだやだ絶対運転したくない。あんなの運転してたら片手だけムキムキになっちゃう。ギア十二段とか、十六段とかあるんだよ? それにデカすぎて小回りきかないよ、くぐれない高架とかあるんだし」
「ん~……あ~、サイズか、そうだよな……むずいな……」
とはいえ、景虎はそう聞くと素直に諦め、別の車を物色し始める。瞳がどうも、キラキラしていて、わくわくしている少年そのものの顔をしていて、エリスは少し、くすりとした。
「あれは!? あのでかいヤツ! あれハマーってやつじゃねえか!?」
どこかの半グレかラッパー、それとも軍事オタクか在日米軍の車だろうか、唐突に現れた軍用車じみた巨大なカーキ色の車を見て歓喜の声を上げる景虎。が……エリスは少し笑った。
「あれは……住宅街の道に入っていけなさそうなだけど……いいの? いいんだったら、いいけど……」
「むむ……それはダメか……むずいな……」
またもや素直に諦め、物色に戻る景虎。
「でもさ、やっぱり……こういう時じゃないと乗れない車に、乗ってみたいよね」
「それはあるな……一台数億とか……もしくは救急車とか、パトカー? かなり速くて乗り心地はいいらしいが」
「あとほら、時々走ってる、警察の護送車とか? あはは、アレ普段使いの車にできたらウケるね」
「何を運んでんだ、って話だな……あ、消防署のさ、消防車の横に大抵なんかある、赤いワンボックスのやつ……とかもいいんじゃねえか?」
「あー! なんか、あれ、あるね、装備整ってそ~、いい、か……も……」
と、エリスがうっすら、記憶をたどっていると、しかし、言葉が途切れた。
ききっ。
軽いスキール音を響かせ、車を停める。
「ちょ、おい、なんか見つけたのか?」
景虎がきょろきょろと辺りを見回すが、それらしき車は見えない。
「あはは……盲点って、こういうことかもね」
にやにや笑いつつ、エリスは車を降りる。慌ててそれを追う景虎だったが……彼女が歩み寄った車を見て、軽く、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「ぴったり、じゃん!?」
<冷やして宅配中♪>と書かれた中型の宅配トラックを、頼もしそうにぱんぱんと叩きながら、エリスは言った。
「…………くそ……なんで思いつかなかったかなコレ……」
景虎は悔しさと嬉しさの入り交じる顔で呟いた。
運良く、宅配用冷凍トラックはバッテリーを積み替えるだけで動かせた。ガソリンは七割程度。今のところ、黒い煙を上げて止まるような気配はない。スペアのバッテリーと自転車を積み込んでもまだまだ余裕で、エンジンをかければ冷凍庫も冷えてきて、雑にポリ袋に詰め込んでバッグに入れているだけだった熊肉も、難なく積み込める。二人は手を打ち合わせて喜び、事故もなくアジトへと戻った。
「さて……この後だが……」
先日行ったスーパーで改めて調達してきた干しネットに熊肉を入れて並べ、景虎は言う。道ばたに転がっていたパチンコ店ののぼりと、こちらもスーパーにあった物干し竿で即席の干し場をアジトの前に設置。雨とカラスに対してはほぼ無力なので、入りきらなかった分は燻製にしようととっておく。ホームセンターかキャンプ用品店をあさればキットはあるだろう。
「お休みっ!」
エリスも熊肉を干しながら、笑顔で答える。その背景にはやはり、黒ずんだ青空が見えているのだが……。
「……だな!」
景虎も笑顔で答えた。
ラスボス……がいるかどうかはわからんが、ラストダンジョン的なヤツの場所は、見えた。なら、今は、最後の村で装備を調えて、やってなかったサイドクエストを片付けて、そのための準備……。
などと思いつつ、アジトにPC、ゲーム機を設置して動かすにはどれだけの機器があればいいのか、それはどこにあるのかを考え始める景虎。この世界の謎も気になる。気になるが……好きにゲームを漁り放題、マンガもアニメの円盤も、と来れば、一週間は休んでもいい気さえしてくる。
「にしし、食べ物はまだ大丈夫でしょ?」
「熊肉がこんだけありゃ当分おかずはいらんな。道中、米があされればよし」
「ねえねえ、お米って……大丈夫なの?」
「カビたり虫が食ったりしてなきゃ……食える、ってだけなら精米済みのやつでも五年はイケるんじゃねえか? まあ、マズくはなるらしいが……休日終わって謎を解き明かしたら、一トンぐらい集めて、真空パックに小分けにして脱酸素剤入れて暗いところに保管しときゃいい、十年二十年はいけるだろ」
「……え、うそ、脱酸素剤って……買えるの? その、素人が……」
「ああ、調理器具コーナーとかに良く売ってるよ。真空パックのキットも。保存食を作りたいって欲求は、人類共通なんだろうなきっと……それで保存した十年ものの米食ったことあるけど、まあ何にも知らされないで食ったらたぶん気付かんよ」
「……うひひひ~っ! この先の心配もほぼナシ~~~っ! さいっこ~~~っ! ねえねえ、ヒルズ行こうよヒルズっ!」
笑い声がそう聞こえたのではなく、はっきり、うひひひ、と発声するエリスの声を聞き、うーんやっぱりこいつオタクだなあ、などと思ったけれど……。
「うっひっひっひ~っ! やっちまうか! 荒らしちまうか! 掃除機、掃除機で宝石吸おうぜ! あ、ATM開けられるかどうか試してみねえ!?」
頭の中に強盗ゲームのワンシーンが流れ、思わず、景虎も同じような声で返してしまう。
「よーし、じゃ、これ干し終わったらお休みね、あの塔のこととか、みんなどこ行ったのか、これからどうするのか、そういうの、一切ナシ! 楽しいことだけやる! 楽しむ! 全力! オッケー!?」
……ああ、そういう、こと、だったのか……。
景虎は、エリスの顔を見ながら思った。
今まで、はじける笑顔、みたいな表現を見るたび、一体全体どういう顔のことなんだ、と首をひねってきたのだけれど……。
今の、エリスみたいな顔だ。
見ていると、自分の心にも、炭酸の底から立ち上る泡のような気持ちがふつふつ、湧き上がってきて、頬が緩んで、そわそわして、浮き足立ってしまう笑顔。
「オッケー!」
思わず自分も、そんな顔になってしまう、笑顔。
※今日から使える防災知識※
お米の保存についてですが、玄米や麦など、水分含有量が多いものについてはこの限りではありません。保存の要点の一つは、いかに水分をなくすか、ですので……非常食でも健康に配慮する、というのは昨今の常識ですが、注意しておきましょう。