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オタ友に「世界最後の一人でもアンタ/オマエはない!」とか言ってたら世界最後の二人になっちゃったラブコメ。 ~特殊ツンデレ同士があほあほカップルになるまで~  作者: 阿野二万休
第2章 We are fighting alone

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12 ロード・レイジ

「…………しかし、ヘンな話だよなぁ……車のバッテリーはすぐダメんなるのに、電気自動車のバッテリーはイケる、なんて……」


 感慨深そうに景虎が言うと、エリスは笑って答える。


「あはは、あんたが言い始めたんでしょ」

「半信半疑だったんだよ。賭けだった。ワンチャン……籠城もできたわけだしな……にしても……マジで動くとは」

「車のバッテリーは鉛蓄電池で、つないだまま放置だと一ヶ月ぐらいでダメになるでしょ。新品のでも一年は怪しいけど……でも電気自動車のは、なんか知んないけど、なんかあの……リチウム? イオンバッテリーってやつでしょ? それも、モバイルとかのとは段違いにデカくて、お金かかってるやつ」

「……鉛、蓄える、電池、とリチウムで、イオンの、バッテリー……か。まあ、賭けに勝ったんだからいいか……にしてもさあ、あのさあ、こういうのはさあ、なんか、川とかで、やるもんじゃねえのか……?」

「ぐだぐだ言わな~い、あんたが言い出したんでしょ~」

「……へいへ~い」


 血に塗れた手でざくざく牛刀を振るうエリスが言うと、景虎は諦めたのか、即席の解体場と化した道路脇、コンビニの駐車場で、即席にこしらえた調味液をボウルの中で混ぜていく。


「にしてもオマエマジで……ハンドル握ると、人格、変わるのな……」


 無残に頭が焦げ、生々しく轢き殺された熊の体を見て、さすがに少し心が痛んだ景虎がぼそり、少しふざけて、無駄な殺しをしちまったゼ……などと言ったものだから、エリスがきょとん、として言ったのだ。


 じゃあ食べる? と。


 エリスの話によれば彼女は、その地域で唯一猟銃免許を持っていた祖父と共に数十体の熊を駆除し、解体し、食べ、余ったらネットで売っていたという。野生のツキノワグマは雑食で、個体によっては肉が臭すぎて食えたものではないというが……逆に、人里に降りてきて生ゴミや畑を荒らし家畜を食うような、エリスの祖父に駆除依頼が出る個体は、栄養たっぷりのエサで育っているのでマジうまい、とのこと。


 その経歴、知識に素直に引いた景虎だったが……俺はその程度当たり前に受け入れられる度量を持ったワイルドな男だゼ、徒に野生動物保護を叫ぶふにゃちんエコ野郎どもとは違うんだゼ、という見栄を張りたくなって、食べる提案に頷いてしまった。




 熊の頭からは鼻の奥を刺しながらこびりつきまとわりつくような、いかにもな化学物質のイヤな臭いがしていたけれど……皮を剥いだ胴体からは臭いはしなかった。


 しかも……霜降り肉のように見えた。


 いや、霜降り肉ほどマーブル模様に脂が入っているわけではない。脂身と赤身がきちんと別れ、少し混ざり合っている程度。だが見かけはどう見ても、ユーチューバーが企画のご褒美でもらえるような高級肉。スーパーに売っていたとしても桐の箱に入っていそうな、まるで天女の羽衣のように脂身をまとった肉だった。


 幸か不幸か近くには、工事用具を売る店、巨大なコンビニ、金物店があり、解体用の道具には事欠かなかった。まあ……父親に教え込まれた保存用の肉を作る技術が、まさか、こんな、幹線道路のど真ん中で、熊肉で、生きるとは思わなかったけれど。




「ん~……別に、車運転して、人格変わってる実感は、ないけど……あはは、なんかそれ、ちょ~~~オタっぽくない? その……自分でキャラ作っちゃう感じ?」


 苦笑いするエリス。そのエリスに、さらに苦笑いする景虎。


「…………まあそりゃ、わかるけど……いやでもオマエ、悪鬼羅刹って顔してたぞ。森羅万象一切合切轢き殺す、車は殺人兵器だぜ、って顔」

「あはは、そうじゃん。轢かれたら死ぬ、轢いたら殺すことになる、って……卵を地面に落としたら割れるぐらい当たり前じゃん」

「オマエなあ、そりゃ不可抗力の話だろ。誰も殺人兵器として車を開発してねえよ。フォードさんとか豊田さんとかに謝れってんだ……明らかに……ぶち殺すって顔してたぜ、オマエ」

「いやー、殺されそうだったしー? 緊急避難っていうかー?」

「そうだけど! 顔が……顔が、なんつうんだ……」

「あはは、ぶさいくだったでしょ? うん、自分でもわかるもん。なんか凶悪な気分になってさ、なんていうんだろ……凶悪、ってのも、ちょっと違うかな。う~ん……最強! って気分……あはは、忘れて忘れて、せっかく美少女になったのに」

「っっ……いっ、いや、違くて……」


 景虎は少し赤くなりながら、それを思い出す。悪鬼羅刹の顔を。そして……そして、世の中の真理めいたことに突き当たって、少し、ため息をつきたくなる。




 ……きれいな顔は、怒っても、狂っても、きれいだ。




 と、そんなことを思ってしまった自分にまた少し赤くなり、ぶるぶると顔を振る。そんな景虎に気づいているのかいないのか、エリスは解体を続ける。近隣のコンビニから持ってきた水を贅沢にじゃぶじゃぶ使いながら血を抜き、肉を削いでいく。骨や内臓はひとかたまりにして道路脇の畑に投げる。その手つきはまるでコンビニの店員がレジをたたくかのように手慣れていて、スムーズだった。景虎はしばらく、それに見惚れてしまう。


 身長百五十センチ程度のかわいらしい女の子が、自分を真っ二つにできそうな大きな刃を手足のように振るい、自分より大きな熊を解体していく。服や手が血で汚れるのもかまわず、真剣な顔つきで、すっ、ずくっ、ざくっ、べりり、がきゃり、ざくざくざくっ……すっ、と肉を切り分けていく様はまるで、一枚の絵画のようにも思えた。それも宗教画だ。ルネサンスのタッチ、彼女の背景に天使が浮かんでいるのも見えそうになる。アップにまとめた髪のせいで、細い、白い首筋がしっかり、見える。


 景虎ときたら、ベジタリアンを小馬鹿にするための屁理屈を常にググっていくつも考えているような人間ではあるが、とりたてて思想があるわけでもない。そんな彼でも……その光景には、何も言えない強さ、美しさがあると思った。美少女が巨大な刃物ででかい生き物を解体していく……なるほど、ちっさいキャラにはみんな、でっかい武器を持たせたくなるわけだ……。


「お昼ご飯は焼き肉だね~」


 と、そんなことを考えていた景虎に気づいているのかいないのか、エリスは鼻歌交じりに言う。


「ん、あ……ああ。丼にしてみっか。しかし……焼いただけで食えるのか、熊肉って」

「ん~……ってかお肉、特に焼くやつってさ、カレー粉か焼き肉のタレがあればなんでも食べられるじゃん? かなりヤバそうな茶色になっててもイケるじゃん? あ、てかカレー粉とか焼き肉のタレとかって、賞味期限的にどうなの?」

「本質情報~……カレー粉とかルウは食える、って程度なら二年はイケる。保存が悪いと香りは飛ぶが……焼き肉のタレも未開封なら大抵一年はある。持つヤツは二年イケる」

「……アンタのその賞味期限知識、時々引くわー、なんなん、賞味期限wikiとかあんの? 管理人なの? おまけに干し肉も作れるって、なに、食品加工会社の人?」

「ぶち切れて熊轢き殺して上機嫌でバラしてる女に言われたかねえっての」

「そのおかげで今日のメニューはお肉だよ!」

「わ~いやった~……ってか、だから、熊肉ってどうやって食うのがいいんだ? うまい食い方的なの、ないの?」

「生はダメだけど、基本なんでもイケるよ。クセはあるにはあるから、強めに湯通しした方がいいぐらいかな。おじいちゃんは油通しとかしてたっけな? 慣れてないと切って即焼いて塩だけとかはキツいと思うけど……私は好き~。あま~いの、脂身が……」

「なるほど…………あ、やっぱカラス来たな……」


 があがあ……大げさに鳴きながら、カラスが二人の上空を旋回している。気の早いカラスは脇に放り投げられた臓物や骨をすでに、ついばんでいる。


「ま、人が張ってるとこには来ないでしょ。干し肉ってどれぐらい干すの? 今日はここに泊まらないとダメそう?」

「いや、まずは半日ぐらい調味液に漬け込むから……干すのは帰ってから、かな。サーキュレーター、扇風機があるといいんだけど……ハンディファン大量に並べればなんとかなんじゃねえか」

「へ~、すご……あんたほんと、なんでもできるね」

「熊を捌いてるヤツに言われてもな」

「あはは、私捌くしかできないから。料理は全然。あ、でも、真空パックはうまいしメチャ早だよ! 二百キロあっても本一冊読むより早くでできるよ!」

「……アレかオマエは、あの、貝を光速でかちゃかちゃ剥いてくおばちゃんか」

「あはは、近いかも。マジ人気店だったし、おじいちゃんのネットショップ」


 会話を続けながら景虎は、はたして、今の自分がエリスに抱いている感情は、なんなのだろうか、と、ふと思った。


 彼女が好きだ、離れたくない、と思っているのは……たしかだ。けれどそれは、言ってしまえば、彼女が役に立つから、自分にできないことができるから、で……だから、別にきっと、そういうことではない……と、思う。いや、仮に自分がそういうことを思っていたとしたって……彼女のことを好きになり始めていたって……その理由は、そういうことになるだろう。だって、車が運転できて、熊を捌けて、そして終わってるオタクで、同い年の女の子なんて、地球が元の状態だったとしたってきっと、どこにもいないんだし。そもそも、たった一人の友達だったのだ。


 けれど同時に……同時に、エリスのことをきれいだと思って、かわいいと思っていることも、もう、否定しようがない……というか、今も、思っている。チャック付きのポリ袋に調味液を入れ、ぼとぼと、熊肉を落として少し揉み込みながら、視界の端でちらちら彼女を見る。


 汗を流し、血に塗れ、けれど楽しそうに、嬉しそうに、作業を進めていくエリスは……エリスは……。


 ……吊り橋現象の、血まみれバージョンってことなのか、これは、だからつまり……熊に襲われる恐怖があって……そして、血まみれっていう状況があって、だから、俺はそれを勘違いして……だから……だか、ら……くそ、前までなら、デブだし、って思えたのに、その……ああ、くそ、ルッキズムルッキズム……。


 などと。


 言い訳を重ねながら景虎は、ずっと、エリスをちらちら、見ていた。彼女はそんな景虎に気づいているのかいないのか、上機嫌にすぱりすぱり、熊肉を片付けていく。続々と集まってくるカラスたちだけが上機嫌そうに、があがあ、鳴いていた。

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