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オタ友に「世界最後の一人でもアンタ/オマエはない!」とか言ってたら世界最後の二人になっちゃったラブコメ。 ~特殊ツンデレ同士があほあほカップルになるまで~  作者: 阿野二万休
第2章 We are fighting alone

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11 (ネタバレ)二人は華麗に熊を退治する part.02

 さながら、熊が火炎のブレスを吐いているかのようだった。


「ヴォグッッフッッッギャッッッッ」


 理科の実験か、スーパーヒーロー映画でしか見たことがないような色の炎が、熊の口から吹き出ている。明るすぎる朱色の炎はまるで粘性をもった液体かのように、熊の口からとろり、どろり、吹き出て、瞬時に頭を被っていく。獣の毛、粘膜、肉の焼ける臭いと、鼻の奥にこびりついてとれなくなるような酷い、酸っぱい化学臭。


「…………景虎っっ……!」


 数十メートル前方で止まったエリスが叫ぶ。


 転けた勢いで道路を転がり、中央分離帯にぶつかって止まった景虎は、しかし大きく手を上げた。首を起こして方向を確認し、エリスに向かってそれを指さす。


「…………っっ……げふっ……ごほっ……がっ……ふっ……」


 叫ぼうと思ったけれど、炸裂したバッテリーの化学物質を少し吸い込んでしまったのか、喉が引き攣れ、言葉が出ない。体を起こして、思い切り何度か咳をして、よろよろとした足取りながら、指さした先に向かう。それを見て何かを察知したのか、エリスも自転車を捨てて走り寄ってくる。


 がちゃり。


 目的の車のドアを開けたところで、エリスも横にやってきた。景虎はふらふらになりながらも助手席に乗り込むと、エリスに目で運転席を指す。ついでに熊にも視線をやるが、数十メートル先でまだ、ごろごろと転げ回っている。体中に火が広がるようなことはなさそうだけれど……野生の動物が、それも熊が、あれだけで死ぬとは到底、思えない。今も、車の中にいても、暴れ回る地響き、叫び回る声の凶暴さが、体を震わせてくる。


「へ、あ、い、いや、むり、籠城、するに、したって……」


 だが、景虎はにやりと笑い、車のダッシュボード、コントロールパネルを指さす。置きっぱなし(・・・・・・)になっているキーも。


「文明の……利器、だ……」


 景虎が何を言おうとしているのか、わからなかったエリスだったけれど……とりあえず運転席に乗り込み、そして、気づいた。


 文明の、利器だ。


「…………いけ……るの……?」


 それでも、呟いてしまう。


 景虎は助手席に深く沈み込みながら、自嘲気味に笑って答える。


「……だめだったら、チャリで、逃げるしか、ねー……」


 その言葉にエリスは大きく息を吐き、スイッチを押した。


 PCのOS起動時のようなピアノ音が流れたかと思うと、コントロールパネルにいくつかの情報が表示され、そして、声がした。




【ETCカードが挿入されていません】




「……ッッ!」


 その声を聞いて勝利を確信した景虎は、小さく吐息を漏らしながら、拳を握りしめ、一層深く、座席に体を沈み込ませた。


 一方エリスは、初めて触る種類の車のコントロールパネルにへどもどしながらも、なんとか準備を済ませていく。


 今まで運転してきた車のどれとも違う、テクノロジーに満ちた運転席。けれど……どれも、表現の方法が変わっているだけで、根本は変わらない、とすぐに気づく。




 そう、根本は変わらない。


 重いものを、速く動かす、鉄の機械。




 体の中にふつふつ、自信に似た何かが満ちていく。


 車は好きだ。車の運転はもっと好きだ。自分の体が大きくなって、広がって、速くなって、強くなる。熊より、人より、どんな生き物より。


 魔法少女に変身するより、車に変身できたらいいのに、なんて、子どもの頃よく考えていたのを思い出す。ドレスを身にまとって魔法の粉を巻きながら空を飛ぶより、時速四百二十キロで排ガスをばらまいて道路をぶっ飛ばす方が遙かにロマンチックだ。


 車はいい。最高にいい。

 何がいいかって……車の、何がいいかって……。


「…………シートベルト……しといた、方が、いいか……」


 自分に言い聞かせるように呟くと、景虎はかちゃりと自分のベルトを締め……そしてエリスの顔を見ると、自分の提案はひょっとしたら、正しくなかったのではないかとちらり、思った。


「エリス、シートベルト……」


 小声で言うが……。




「あ?」




 悪鬼羅刹が答えた。




「……あは、あはははは、大丈夫だよ、景虎、こんな、こんなさァ、最新の車なんだからさァ、エアバッグついてるに、決まってんじゃんかさァ、最新式のォ、やつがさァ……」


 熱に浮かされたような顔と口調でエリスは、言った。車のことなんてほとんどわからない景虎にとって、彼女がなにやら、レバーっぽいなにかをかちゃかちゃとイジり、コントロールパネルのボタンをかちかちと押していく様はまるで……まるで……。


 ……悪の秘密結社の、秘密基地の、秘密兵器の安全装置を、悪の科学者が高笑いしながら、解除していく、そして世界は核の炎に包まれる……。


 口調まで含めて、そんな様子を連想させた。それでも……最新式のエアバッグが想定しているのは、壁と衝突したり人を轢いたりで、こんなことは絶対、テストの内容には含まれていないだろう。助手席から手を伸ばしてむりやり、エリスにシートベルトをつけさせるが……しかし悪の科学者、悪鬼羅刹、エリスは気にした様子をまるで見せない。




「ふふ、うふふふふ、ふふふっふふふっ~っ!」




 ぎゅぅぅんっ。




 音が聞こえそうなほどに、エリスがアクセルを踏みにじった。

 ぐいんっ、とシートに押し込まれるように沈む景虎。




「あははははははははははっっっ! すっご! さっすがモータートルクやっっばぁぁっ!」




 高らかに笑い、まるで誕生日プレゼントに買ってもらったおもちゃを大喜びで振り回す子どものような口調で、エリスは叫んだ。


 ガソリンエンジンにはあり得ない二輪車じみた加速、駆動力(トルク)を生み出す電気自動車は、わずか数十メートルの間にすさまじい加速を見せ、そこに肉薄した。




 転げ回り、暴れ回り、ようやく火勢が消え去り、黒煙を上げながら、弱々しく、へろへろ、よたよた歩く、熊に。




 ああ。


 エリスは思う。


 やっぱり車はいい。最高にいい。

 なにがいいかって。

 車の、なにがいいかって……。




「っっっっっっど~~~~~~~~~~~~~~んッッッ!」




 世界最高の武器だってこと!




 SUVタイプ、電気自動車のフロントグリルが、熊の胴体にぶち当たった。景虎は社内に響き渡った、鈍く、重く、けれど、どこか現実感のない音をきっと、一生忘れられないだろうな、と、ふと思った。誰かを轢いた音。誰かが轢かれた音。相手が人間だったら、これよりもう少し、音は軽いのだろうか、そんなことも思った。思ったが……一方エリスは、なにも考えていなかった。その時彼女が考えていたことといったら……。




 重くて堅いのを、素早くぶつける!




 それ以上にたしかな暴力なんて、ない!




「んっっぐっっっ!」

「ギャヴッッッッ!」




 善人でも悪人でも男でも女でも!

 白でも黒でも黄色でも大人でも子どもでも!

 車に乗れば誰もが誰でも轢ける!

 もちろん! 相手が、熊だって!


 そんなものを、どんな人でも十数時間訓練すれば、すぐ乗れるようになる、なんて……なんて……!




 なんてロマンチックなんだろう!




 シートベルトに胸を締め付けられたかと思った次の瞬間、エアバッグは百分の一秒で広がり、二人の顔を柔らかく、しかし強く受け止め、二人とも眼鏡が顔に食い込み、しかし車は止まらず熊を轢き、跳ね飛ばし、また数回ぶつかり、やがてその体の上に乗り上げ、踏みつけ、踏みにじり、乗り過ごし、そして、止まった。

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