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10 お買い物 Pt.02

 地下のスーパーマーケットはさながら、墓地のようだった。


「さながら資本主義の墓場ってとこだな……」


 と、景虎がいかにも格好つけた口調で言って、エリスはその横顔を見つめた後、呆れたように言った。


「……あんた……ホントそういう……セリフっぽいの、言いたがるね」

「オタクってのはそういうもんだろ。オマエだって言いたいだろ、そういうの」

「私はもっと、別なの言いたいもん、なんかこう……」


 少し考えた後、妙に艶っぽい表情でしなを作りながら景虎の肩に手をかけ、囁くように言う。


「あら、レディに銃を突きつけるだなんて、ずいぶんワイルドな口説き方をするのね……フフ、嫌いじゃないわよ……そういうの……」


 昭和漫画に出てきそうなセクシー女スパイ仕草に吹き出しそうになったけれど……かすかに、少し小さくなったという彼女の胸の膨らみが二の腕にかすったような気がして、どくんっ、と心臓が跳ねた。


 どこからどう見ても、女体にどぎまぎしている童貞、になってしまった景虎を見て、エリスが代わりに吹き出した。


「あはははっ、こうかはばつぐんだ!」

「オマエ、なあ……今のオマエがやると、あんまシャレにならないんだよ」


 景虎はへどもどしながら、それでもなんとか、まったくしょうがないやつだぜ、という表情を作りながら言う。


「……そ、そうなの……?」

「そうだよ……だから、その……巨乳美少女JKだろ」

「え、あ、あははは、そっか、ふふっ、あはは……」


 互いに顔を見合わせ、耳まで真っ赤にして、気まずさと照れくささと意味不明さを同時に味わった。


「あ、あんたも……ちょっと、カッコ良かったよ、その……渋くて……」

「え、あ……そ、そうか? まあ……細マッチョのイケメンだからな」


 デブのクセに、ブスのくせに、ブサイクのくせに、キモオタ陰キャのクセに……かっこつける、いい女ぶる。


 二人の間で常套手段だった笑いが今は、あまり笑いにならないとわかり……はたして自分たちは、それをどう考えればいいのか、わからなかった。嬉しいのか、悲しいのか、嬉しいと思うのは浅ましいことなのか、悲しいと思うの意固地になっているだけなのか、さっぱりだった。


「……あはは……だ、だから、イケメンにはなってないっての」

「お……オマエだって、美少女って程じゃねえからな」

「そうだよ、お……お互い、体から肉が落ちただけなんだから、勘違いしないように、しないとね!」

「そ……そうだな!」

「……あははは!」

「……わははは!」


 ずっと太っていた体に合わせた自意識は、混乱しっぱなしだった。腕や足を無くしてしまった人間が感じる幻肢痛に、少しだけ似ているのかもしれない。


「ま、まあ……なにはともあれ、お買い物だお買い物!」

「そ、そう、そうだね!」


 話題をむりやり断ち切り、食品コーナーに向かう二人。一転して言葉少なになったものの……それも、目当ての食品売り場にたどり着くまでだった。




「うわ……」

「ぉお……」




 地下一階。




 生鮮食品コーナーはもはや堆肥(たいひ)と化していたが、意外にも虫の類は少なかった。日の光が完全に届かないと、暗闇を好む虫さえも生きていけないのだろうか。臭いもそれほどではない。それもゴミ捨て場のような鼻をつく腐臭ではなく、馴染みない草花が茂る異国の山中、といった風だった。


「ええと……まず、なに……? 缶詰……?」

「だな……できればバックヤードから漁りたいんだが……一週間分なら、売り場のだけで足りるか。後で場所だけ確認しよう」

「だね……真っ暗闇すぎるから……もっとちゃんと、ランタン的なヤツとか、ヘッドランプ的なヤツが、ゲットできたら……あ!」


 エリスの懐中電灯がPOPを照らす。二人は思わず小走りで駆け寄る。


「缶詰! 缶詰! 何個!? 何個いる!?」


 慣れ親しんだ鯖の水煮や味噌煮に加え、大人になるまで食べないだろうと思っていた、一缶五百円以上のつまみ缶詰も並んでいて、エリスは少し興奮気味に問いかける。


「ええと……ちょっと待て、アレだ、カートにカゴ、持ってこよう」

「え、リュックじゃ足りない?」

「おかずになる缶詰、適当に計算して、一日三食二人分一週間で、三かけ二かけ七、四十二缶」

「……うご」

「プラス、デザートが欲しかったらフルーツ缶も四十二缶」

「……んがっ」

「あと、主食は米五キロとパスタ五キロ……二キロ二キロぐらいでもいいけど」

「……カートとカゴ、持ってこようか……」


 少々意気を削がれながらも、二人はカートに食料品を詰め込んでいく。


「せっかく百%オフなんだから、お高い缶詰もっと入れようよ~」

「料理しづらいんだよお高いやつは、濃い味ついてるから」

「へ? 料理、するの?」

「缶詰って飽きるの早いんだよ……なに食ったって結局、缶の味がどっかにするから……一回火を通すとそれが薄れて……ああ、ってなるとそうめんもほしいな……水もあるしな……」

「へー……ってかアンタ……ホントに避難生活、訓練? してたんだ」

「ま、キャンプみたいなモンだって思ってたからそれなりに楽しかったぜ」

「うーん、気軽に同意しづらい」

「オマエにもそういう、一般常識みたいなの、あるんだな」

「アンタ、私をなんだと思ってるわけ?」

「さらさら黒髪眼鏡低身長委員長モブ姦好きのド変態女」

「アンタなんか黒髪ツインテお嬢様フェチの変態じゃん」

「オマエの方が……いや、同じか……」

「……男のオタクと女のオタク、どっちがより忌まわしいんだろね」

「…………難しいな……いや、うん、マジで難しいな……」

「ねー……」

「ただ……」

「……ただ?」

「いや、全然話戻った上に視点が変わるんだけど」

「……はい?」

「美少女キャラの胸の大きさって、イケメンキャラの身長の高さかもな」

「………………かもー!」


 軽口を叩きながらも、二人して食料を集めていく。結局一週間分の食料だけで四つのカゴにリュックは埋まってしまい、ホテルとスーパーを何往復かすることになった。


 満杯になったカートをスーパーの外に押し出す瞬間は、大丈夫だとわかっていてもどきどきした。駅前の大通りを、がらがらがしゃがしゃ、カート音を響かせながら通るのは、もっと。あり得ないことをしている、という感覚はどこか、特別なお祭りに参加しているようで、重たい大荷物を運ぶ苦しさもあまり気にならない。


「あはははは! やっば! カートで外出てる私たち!」

「おいあんまはしゃぐなよ、缶に傷がつくと保存がアレんなるから」

「はーい!」




 食料品を運び終えると、今度は生活用品。




「ねえねえ、思いついたんだけどさ、トイレって猫砂使えない?」


 一階、おそらくあの三匹が食い荒らしていたのであろう、ペット用の乾燥フードがちらばる中で、エリスが顔を光らせて言う。が、景虎は、ああこれだから素人は……的な表情を浮かべ言った。


「人の小便って、猫の何倍出ると思ってんだオマエ」

「でもいっぱいあるじゃん、こんなに」

「まあオマエが……二人一日分だと……砂と合わせて十キロ近いおしっこを吸ったヤツを、ホテルの遠くまで運んで捨ててくれるんなら、トイレは猫砂にしてもいいが……」

「あ、そっか……じゃ、ペットシーツとかは?」

「あんま変わんないね。まだ、人用のおむつにした方がいいよ」

「えぇ~! おむつつけるのぉ~!?」

「袋の中に置いてそこにするの!」

「……あ~~~、なるほど~……」


 と、そんな会話を交わしつつ、多量のゴミ袋に、ビニール袋、それから。


「…………なぜそれが、いるのですか……?」


 あからさまに堅くなった声で、エリスが尋ねる。景虎は使い捨てのポリ手袋をカゴに突っ込みながら、答える。


「した後に、使うからです」

「……あのさ、薄々、思ってたんだけど、トイレって……」

「トイレに袋被せて、その袋の中にして、した後それをどっかに集めて埋める。以上。安心しろ、駅前に公園あったろ、そこに穴掘って埋めれば、臭わないよ」

「うげ~……ま~、しょうがないか~……」

「あ、うんこと小便は分けろよ」

「なっ、なんで!? どうやって!?」

「一緒にしてると発酵してガスが出てそれがマジこの世の終わりってぐらい臭い。具体的に言うと公衆便所の臭いの元凶。だから……まあした後、こう、割り箸かなんかで摘まんで。風で臭ってきてもイヤだろ」

「……はぁぁぁ……わかりましたよぅ……」

「野ぐそじゃないだけいいだろぉ……」

「それはそうだけどぉ……」

「一週間しても状況が変わらないようなら……まあ、コンポスト便所でも作るか」

「あぁ~……ゾンビモノでトイレの描写がない原因が、ちょっと、わかった、私……」


 そうやってトイレ用品を集めると、今度はキッチン用品と洗剤類、衛生用品。それを済ませると足りなかった電池に懐中電灯のスペアと、手回しラジオなど。もっとも、ラジオもテレビも、ノイズ以外は流れてこなかったけれど……。


 二人がしていたことをまとめると、数十キロの荷物をカート、カゴに乗せ、数百メートルの距離を何度も行き来する、という……軽作業という名の重労働アルバイトじみたことだったが、それでも二人は、くだらない会話を続けながら、笑いながら、それに熱中した。




 まるで今、生まれ直したかのようだった。


 誰もいない街に、拠点を構え、生きるために動く。


 誰にも邪魔されず、何も気にせず、ただ生きるために。 




「あ~、お風呂入りたい……」


 途中でフルーツ缶詰とスポーツ飲料を開けただけで、物資集めに夢中になっていた二人は、夕暮れを迎えようやく一息つくことにした。


「風呂は……まあ、お湯沸かすから、それで体拭いて……髪は……まあ、流したいか……」


 すっかり汗だくになってしまった体をホテルのロビー、ソファに据え、景虎も声に疲れをにじませながら呟く。やや肌寒い五月の日だったけれど、重労働で体はひどく汗をかいていた。


「後で使った分自分でとりにいくからさ~、使っちゃだめ~……?」




 おしゃれ、は、私なんかがすることじゃない。




 エリスの中にはいつも、そんな思いがある。けれどそんな思いの中でも……艶めく長い黒髪、に対する憧れは、捨てられなかった。自分の黒髪がかつて憧れた、あの、モニターの中のヒロインたちのようになれているかはさておき、それを目指し、維持していくことは彼女にとってとても重要なことなのだ。


 ここがホンモノのポストアポカリプス世界、人類滅亡後なら、髪を洗うために貴重な水をじゃぶじゃぶ使う、なんてのは禁忌も禁忌だが……スーパーのバックヤードには、ざっと勘定してもダンボールで百箱近い水があった。おまけにこの近隣の徒歩圏内に、あと数件スーパーがある。コンビニも山ほど。


「ん……いいよいいよ、使っちまおう」

「やった! じゃあさじゃあさ、私、二人分のお風呂用のお湯沸かして準備しとく!」

「……おい、とはいえ……」

「大丈夫、湯船なんか貯めないよー。体は二リットルしか使わない、いけるでしょ全然、痩せたし、あはは……でも髪は……」


 少し困ったような顔をしながら、エリスが自分の髪をくるくる指で弄ぶ。長い黒髪は胸の半ばまで伸び、少々艶は失っていたものの、ロビーに差し込む茜色の光に輝いている。


「いいよまあ……景気よく四五六(しごろく)……なんなら十リットルぐらい使えよ、ドライヤーはねえけど、ハンディファンあるし」


 景虎はなるべく、素っ気なく聞こえるように言った。いつか彼女が、黒のロングヘアについてどれだけこだわりがあるのかを聞いた記憶があったし……。


「ほんと? やった!」


 屈託なく笑う彼女の肩で黒髪が揺れる。その様子は、ああ、綺麗だな、と思ってしまう光景で……すぐに、いや俺は何考えてるんだ、と思い直し……しかし、それは前々から、彼女と友達になった時から思っていたことだった、と思いだし……少し咳払いして、また気を取り直した。




※今日から使える防災知識※


非常時におけるお風呂/清潔の保ち方。一大ジャンルです。尊厳の問題でありつつ、衛生の問題でもあります。衛生とは即ち、心身両面での健康です。非常時はお風呂キャンセル界隈に入門するから大丈夫、とたかをくくらず、自分が気分良くいられる衛生の保ち方を確保しておきましょう。最低限、非常持ち出し袋の中に一箱、ウェットティッシュは必要でしょう。

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