呪われた地へようこそ
あれっ? お兄さん、こんな所にどうしたの?
見ての通りここは何にもない所だよ。
見渡す限り一面の荒野。何もないのは見てわかるよね?
え? うん、あっちにある塔くらいかな。
あ、でもあの塔にも別に何があるってわけじゃないよ。
えぇ? ここに来れば力が手に入るって聞いた?
あー、お兄さんそれ誰から聞いたか知らないけど、デマっていうか……その、なんていうか、その力は意味のないものだよ。求めない方がいい。
あ僕? そうだね、ここに、っていうかそこの塔で暮らしてる。
言っちゃえば墓守みたいなものかな。
ん? そう。墓。
何もないのにって?
はは、そうだね。何もないよ。
でも。
この土地は墓みたいなものだからさ。
あぁ、ホントに知らないんだ。だから来ちゃったんだね。
えーっと、うん、まぁ、ちょっとだけなら大丈夫かな。
いいよ説明してあげる。お兄さんこのままだと騙されてるみたいなものだからね。
事の発端は……そうだね、もう今はない国の話だよ。
そこに一組の婚約者がいた。
婚約者は親が決めた政略だったけれど、それでも仲睦まじかった。
けれどもそれが壊れたんだ。
とある一人の女性のせいで。
その女は婚約者女性の義理の妹だった。
父の愛人が産んだ娘。
そのせいで肩身の狭い思いをしていた。
それでも妹は懸命に姉に認めてもらおうと努力していたようだけど、姉は取り付く島もない。そのせいで妹の心は傷ついていた。それを見て不憫に思ったんだろうね。婚約者である男は、結婚した後は義理の家族になるのだから、という理由もあって妹に優しく接していた。
けれども姉はそれすら許せなかったのか、ますます妹を追い詰めるような真似をしていた。
自分が庇えば妹はもっと酷い目に遭わされる。でも、庇わなくても酷い目に遭っている。
そうなれば、男はどうにか被害を減らそうとなるべくそうと気づかれないように庇ったりしていた。
そうしていつしか、二人の仲に恋が芽生えた。
まぁ、うん。
女からすればそれは浮気だけど、でも、男の目線で見るとさ、いくら愛人が産んだからといっても義理の妹は家に馴染もうと努力をしていたようではあるし、そんな妹に理不尽なまでにきつくあたっていたのは婚約者だ。
至らぬ点があるにしろ、ヒステリックにきつく物を言うようじゃ相手だって委縮してしまうし、通じるものも通じなくなってしまうかもしれない。
今までは素敵な婚約者だと思っていたその姿が、そう見えなくなってしまったわけだ。
義理の妹に向けられているその感情が、結婚後何かの拍子に自分や子供に向けられないとも限らない。
そう考えるとさ、うんざりするよね。
だから、男の婚約者への気持ちはどんどん冷める一方だった。
そうして妹を庇い続けているうちに、男は姉ではなく妹を愛するようになってしまったわけだ。
そうだね、婚約はまだ姉としているから、そうなったら浮気と言われても仕方がない。
でもさ、義理の妹とはいえ、結婚相手を姉から妹に変更するとして。
男が婿に入るならともかく嫁入りだったから、どのみち後継ぎになるのは男だったし、なら、別に両家の家の結びつきってやつを考えるなら、婚約者の変更はそこまで問題があるようには思わなかったみたい。
男は女に婚約破棄を突きつけた。
そうして、妹の方を結婚相手にすると宣言してしまった。
ここまでなら、意地悪な姉が好きな男に振られただけの話だ。
貴族社会ではそこまでないかもしれないけれど、平民にとってはまぁそこそこありふれた話なんじゃないかな。
ただ、ここからが問題だった。
姉の家は、かつて聖女が数名生まれていた事もあって、その血には聖なる力が宿っていると言われていた。
魔法を使える者は滅多に出てこなかったけれど。
その婚約破棄が原因となってか、姉は屋敷に引っ込んでそれはもう泣き喚いたらしい。
それくらいショックだったみたい。
まぁ、男の目線からだと義理の妹一人に優しくできないヒステリックな女としか見えていなかったようだけど、姉からすれば愛人が産んだ子がなれなれしく自分の婚約者に言い寄ってるようなものだ。
いい気分なんてするはずがないよね。
愛しているからこそ、彼を奪われたくない一心もあったんじゃないかな。
妹も、精神的に余裕がない所で優しくされて、男の事をすっかり……って感じだったし。
姉が嫁に行ったあと、その家の後継ぎは他にいたようだけどだからこそ余計に妹は男に執着したとも考えられる。何せ父はともかく母親は愛人だったのだから、姉と比べてマトモな結婚相手が見つかるかもわからない。屋敷の使用人たちは一応虐げるような事はしてなかったみたいだけど、それでも姉寄りの立場だ。味方がいない、と思った妹が頼れる相手として男のそばにいる事を選んだのは、愛とか恋以前に、生存本能ってやつだったかもしれないね。
さて、悲劇、いや、喜劇かな?
まぁそれはここから始まったのさ。
さっきも言ったとおり、姉の家は聖女の血筋だった。母方の方がね。だから妹は聖女とはならない。けれど姉は。
泣いて、妹への怨嗟をこぼして、裏切った男への愛が別の物に変わる頃……
どうやら聖女としての力の一部が覚醒したらしい。でもさ、こういう状態で覚醒したっていったって、清く正しい聖女様には到底なれないだろう?
心の中は自分を裏切った男と、自分が愛していた男を奪った義理の妹への恨みつらみ憎しみでいっぱいだったんだから。
姉の怨嗟は、一つの呪いと成った。
ほら、よく言うだろ、愛と憎しみは紙一重って。
そう、その呪いは男にかけられてしまった。
そうなるとどうなったか。
うん、愛していた彼女を、男は自らの手で殺してしまったんだ。
憎しみを通り越して殺意に変換されたみたい、愛情が。
口先だけだったなら、呪いにかかってもこんなことにはならなかっただろうにね。
本当に愛してしまったが故に、その呪いのせいで男は自分が愛した女性をその手で殺す事になってしまった。
愛する女性が死んで、男が正気に戻って。
勿論発狂したとも。何が起きたか理解するよりも先に、自分の手が彼女の首を絞めていたと気づいたのだからね。自分で殺した。何が起きたかわからなくたって、それは理解できてしまった。理解したくなんてなくとも。
男は正常な判断力を失ってたと思うんだけど、咄嗟に自らの命を絶った。
耐えられなかったんじゃないかな。だってそれくらい愛していたみたいだから。
屋敷に引きこもって泣いてばかりだった姉が、義妹とかつての婚約者が死んだという話を聞いてどう思ったかは知らない。でも、姉は婚約破棄されてもまだ男の事が好きだったみたいだから。
邪魔な妹が消えた、って喜ぶよりも最愛の男が死んだ悲しみの方が大きかったとは思うよ。
そうして、ここからさらに事態は悪化の一途をたどる。
中途半端に聖女としての力が覚醒していた姉は、その力を自覚する事のないままに更なる暴走をしてしまった。結果としてその呪いが、自分を中心にどんどん広がっていったんだ。
愛の重さ、強さが憎悪通り越して殺意に変わる呪いがね。
そうするとどうなるか。
呪いにかかった相手が、どんどん自分の愛する者を殺すのさ。
親が子を。子が親を。友人を。家族を。恋人を。妻を。夫を。
うん、愛ってやつは別に一つの形しかないわけじゃないからね。
家族愛も友人に向ける愛も、恋人への愛も。
そのどれもが呪われてしまったんだよ。
生き残ったのは誰からも愛されていないような人だけだよ。悲しいね。
突然発生した国内での殺し合い。派閥の争いが激化して、とかそういうじゃないから、どこでどういった争いになるかまるでわからない。わからないうちに、自分を愛してくれていた人が自分を殺しにくるんだ。そしてまた自分も愛した存在がいるのであれば、その人を殺したくて仕方がなくなる。
端的に地獄だよね。
まぁそれでも生き残った人はいる。そしてその原因を解明しようともした。
その頃には、元凶の姉はとっくに死んでたよ。家族には愛されていたみたいだからさ。
原因がわかるまでにそこそこの時間がかかった。たまたま旅をしていた高名な魔法使いが呪いを発見したけれど、でも魔法使いにもその呪いは解けなかった。
呪った相手が呪いを解除できれば良かったけれど、その頃には元凶は死んでるときた。
愛する者を殺す呪い、というのを知った者たちはどう思っただろうね。
こうして生きているというのはつまり、誰も愛してくれなかったって証になっちゃったわけだし。
相思相愛だと思い込んでた相手が実は自分をこれっぽっちも愛していなかった、って事実を突きつけられて怒りのままに詰め寄ったり言い争ったりして殺人に発展、なんてこともあったみたい。
呪いの規模は精々王都だけで済んだ。
でも、そんな所で暮らしていける?
自分は愛されていないから生きている、って割り切ったとしてもさ。
呪いが完全に解けてないなら、いつか自分が誰かを愛したらその呪いのせいでその人を殺すかもしれないわけでしょ?
それに、今は愛されていなくても、いつか誰かに愛されるかもしれない。
その時、ある日突然殺されかける事になるかもしれないんだ。
とてもじゃないが暮らしていけないよね。
だから、かつて王都だったここは捨てられた。
呪いの浄化を行おうにも、その呪いで死んだ者たちの理不尽に死んだ瞬間の世界の不条理を嘆く気持ちも吸収されたのか、びっくりするくらい呪いが解除できないみたいなんだよね。
聖女覚醒した姉の力が無意識だったのもよくなかった。
制御不能になって暴走したままの呪いは、こうして土地に根付いてしまったってわけさ。
事態を知った他の国の聖女様が、どうにかするべく派遣されてきたこともあったみたいだよ。
でも、解呪はできなかった。呪う事に極振りされた力が強すぎて、オールラウンダーにそこそこできるタイプの聖女様の力じゃ解呪は無理だったんだよ。
呪いを解く事に特化した能力の持ち主だったらどうにかなったかもしれないんだけどねぇ……
でも解呪に特化した聖女様って今まで滅多に出てこなかったからさ……癒しとか、結界とか、豊穣の祈りとか、そういうのはわかりやすく持て囃されるけど、解呪ってまず呪われた相手や物がないと使い道のない力だから、自分がそういう力を持ってるって自覚する聖女様が中々現れないんだよね。
だから、まぁ、過去にそれなりにいたかもしれない解呪能力持ちの聖女様っていうのは、自分が聖女だと自覚してない。故に世の中に出てこない。
派遣されてきた聖女様はそれでも浄化の力でどうにか呪いを薄めたりできないかとあれこれやってくれたみたいなんだけど。
悲しい事に、どうにもならなかった。
そうして聖女様は自分の国へと戻って行って……
そこで、愛する者を手にかけた。
しっかり呪われて帰っちゃったみたいなんだよね。
この呪いの何がアレって、愛する者がいないところでは何も異変がないから呪われてる実感がない事なんだよ。でも、愛している人がいる場所だと即座に殺そうとするからさ。
愛してる人がいるってわかってるならともかく、そうじゃなかったら中々気付けないのも困ったものだよ。
聖女様が手にかけたのは、別に恋人とかじゃなくて、自分の身の回りの世話をしてくれているメイドみたいな人だったって話だったかな。
ただの好意だと思っていたけど実は心の奥底でそれが愛になっていたと気づかされたときには、既にその相手を手にかけた後。
家族みたいに思ってた、っていう愛ならともかく、どうやらその愛は恋人へ向けるようなものだった、と自覚したらしき聖女様はその後世を儚んでお亡くなりになられたそうだよ。
と、まぁ、そういうわけで。
ここ呪われた地なんだよ。
未だ呪いは解けそうにないっていうね。
少しくらいなら問題ないけど、お兄さんそろそろ帰らないとマジで呪われるよ。
今までここに面白半分で来た人とか、どうにかできないかと思って調査に来た人とか。
呪われた人とそうでない人とのあれこれを調べてみたけど、滞在時間が一時間にも満たないなら呪われたりはしないっぽいからさ。
わかったら帰った方がいい。
ここで得られる力っていうのは、愛が捻じれて殺意に変わった代物だ。
愛が強ければ強いほど、殺意に変換されてそれが途轍もなくなる。
どんな人であろうとも、愛情深ければその分殺意が強くなる。
特定の誰かに向ける殺意、それをたまたま目撃してしまった人からすれば、そりゃあ驚くだろうね。だって普段そんな事しそうにない人ですらそうなるんだから。
だからね、力を得ることができるっていう噂は、多分そこからだと思うんだ。
争うのが苦手な人でも人を殺す事をためらわない力を得ることができる、っていうね。
でもさ、その力の向かう先は自分が愛する人だけなんだよ。
周囲に人がいてどうにか殺すのを止めてもらえたとしても、一時的に気絶させられて相手と引き離されたとしても。一度発動した殺意は止められない。
意識を取り戻した後、また狙う事になる。
相手を殺すか、自分が死ぬかだ。愛する者を手にかけたくないと死を選ぼうとした人もいたよ。
でも、頭ではわかってるんだ。愛する者のため、って。
でも、心では納得いかないみたい。愛が殺意に変わってるから、あいつのせいで何故自分が死を選ばなければならないのか、って。
錯乱状態に陥ったりもするみたいだね。
ま、ともあれ。
ここで得られる力なんて、手に入れない方が身のためってやつさ。
ほら、そろそろ帰りなよお兄さん。これ以上いたら間違いなくお兄さんも呪われちゃうからさ。
え? 僕?
そうだね、ずっとここで暮らしてるけど。
あぁ、心配してくれてるの? ありがとう。優しいね。
でも大丈夫だよ。
僕には愛する人なんていないから。
うん、家族も友人も恋人も。誰も。
みんな、いなくなっちゃったからね。
言ったろ、墓守みたいなものだって。
うん。わかったら、早く帰りな。
ぶっちゃけこんななんもない荒野に一時間以上滞在しないだろうと思われそうだけど、ここを突っ切ったら向こうの国まで早いんだよね。意図せず呪われた人の中にはそうやってここを突っ切ろうとした人も大勢いたってわけ。
まぁ、でも。
その結果ここに一時間以上いた人が呪われるっていうのが確定したんだから、皮肉なものだよねぇ。
次回短編予告
ドアマットヒロインを回避するためにやらかした女の話。