第7話:砂漠の神殿
ズバッという音とともに、斬撃エフェクトがはじけ飛ぶ。
俺の愛刀、五月雨が、巨大な蟷螂のようなモンスター『マンティスナイト』の鋭利な鎌の根元を斬り裂いた。
ここはフェアリーラビリンス地下50層目。中間地点とも呼ばれる階層の、ほぼ中央に位置する町『ミディアンビレッジ』からさらに中央に向かった場所にある、平原。
遠くまで見渡せる、開けたフィールドは、不意打ちを受ける心配が無い楽なフィールドであるといえる。ただ集団で現れるモンスターは中々に手ごわい。
五月雨によってダメージを受けたマンティスナイトが反撃に出る。
俺はそれを、五月雨で弾き返す。鎌を弾かれてマンティスナイトは仰け反った。
その瞬間、俺の首の横を何かが通り過ぎる。
現在パーティメンバーである、フリーダムの槍だ。長い槍は俺の首の横を通り過ぎた後、マンティスナイトの頭を貫く。
クリティカルヒットのエフェクトが弾け、マンティスナイトは地面に倒れる。そして少しした後に、爆散し消滅した。仮想世界での命の終わりである。
「……ふぅー、戦闘終了!」
「おいフリーダム。俺が動いていたら、死んでたぞ」
「まぁまぁ、勝てたからいーじゃん」
フリーダムはへらへらと笑いながら、装備している『無幻槍』をクルクルと回した後で背中に背負う。
そして俺たちと一緒に闘っていたもう一人のパーティメンバー、シャナも、手に持っていた『カーテナ』を鞘に収め、こちら歩いていくる。
「やっぱり地下50層目となると強いね……」
「そうだな……」
「これは、パーティでよかったんじゃねーか? 黒神せんせ」
「……ふん。俺は最初からパーティで行くべきだと考えてた」
「ふーん」
ニヤつくフリーダムを黙らせようかと考えるが、ここで決闘をするなんてのはあまりよろしくない。仕方が無いから無視を決め込むこととしよう。
ボス部屋を目指して、俺たちは平原をさらに中央に向けて進む。
「あれぇ? ここから砂漠なの?」
少し進むと、突然草木がなくなり、砂漠が広がっていた。しかし、広大な砂漠というわけでもない。近づくまで気付かなかったほどなのだ、砂漠の規模は小さく、向こう側にはまた平原が始まっているのが見えている。
回り道することもできそうだが、する意味も無いだろう。
俺が砂漠に足を踏み入れると、2人も後についてきた。
砂漠のフィールドは今までにもあったが、環境はここが一番らくだ。熱による疲労感も特におきないし、ダメージも無い。
「この砂漠意味あんのか?」
「さぁ。無いんじゃないか」
「いや、でもなんかあるだろ」
「難易度低いよねぇー……えぇ!?」
シャナが、突然声を上げた。
原因は、砂漠の砂が突然ドーム上に盛り上がったからだ。
俺とフリーダムは身構え、シャナは慌てて後ろに下がる。このパーティメンバーでは、俺とフリーダムが前衛。シャナが後衛となる。
後ろでシャナがカーテナを構え、敵の姿が現れる前から魔法の詠唱を始める。
しかし、盛り上がった砂は何事も無く、元の形へと戻った。
「あれ?」
シャナが魔法の詠唱を中断する。
フリーダムも武器をしまう。そして俺も続いて五月雨を鞘に納めようとした。だがその前に異常に気付いた。
後ろから、音が聞こえる。
「シャナ! 下がれ!」
「えっ?」
パーティの後方。シャナの背後にモンスターが迫っていた。
砂の中にまだ体の大部分は隠れているであろう、巨大なモンスター。芋虫のような体で、巨大な顎には何本も牙が生えている。砂漠のモンスターの中ではかなり強い部類に入る『デザートワーム』だ。しかしでかいな。
俺は五月雨を構えて、デザートワームに突撃する。
五月雨がデザートワームの巨大な体を斬り裂いた。
「ダメージほぼゼロか……分厚すぎるな」
「だったら俺の槍の出番だろ!」
フリーダムが長い槍を構え、飛んだ。
上空から闘気とともに放たれた槍は、デザートワームの体を貫いた。HPバーが減少し、デザートワームは槍を抜くために大暴れする。
左右に転がった後で、デザートワームは体をその場で回転させた。
モンスターの固有技か、巨大なつむじ風が発生し、砂が巻き上げられる。
砂の渦の中にはフリーダムも巻き込まれていた。
「うわあああ!」
「つ、強いな……」
「『グラビティ・マグナム』!」
シャナが魔法を発動する。
カーテナの先に、黒い磁力球が出現し、高速で射出される。磁力球は、デザートワームを捕らえると、巨大化。その時の衝撃でデザートワームを遠くまで飛ばした。
その時に、砂のそこからその巨大な体が引きずり出される。
全長30メートルはあろうかという化け物だ。その姿はワームというよりはムカデのよう。体の側面には、とげのような足がたくさんついている。
「うっ、キモイ……」
「構えろシャナ!」
「へ?」
俺とシャナの間を割るように、デザートワームの巨大な体が振り下ろされた。
砂漠の砂が割れ、衝撃で俺とシャナは散り散りになる。
とにかく合流しなくてはヤバイ。シャナの飛んでいったと思われる方向を確認する。どうもデザートワームはシャナを狙ったようだ。
だが、すぐに合流しに行くことは敵いそうもない。
「うまいことできてるな……」
いつの間にか、囲まれていた。
周りは、槍を持ったなぞのサソリ人。名前は『サソリマン』。実にシンプルだ。
そしてものすごい数だ。ざっと20匹はいる。
まあ、時間は掛かるが負けることは無いだろう。
サソリマンが1匹、特攻を仕掛けてきた。
振り上げられた槍。俺はそのタイミングで五月雨を振るい、がら空きの胴を斬り裂く。サソリマンが仰け反り、砂漠の砂の上に倒れる。そしてそれをスタートに、次々とサソリマンが特攻してくる。
正面からの槍をかわして斬る、そして返す刃でそのまま背後のサソリマンも斬り裂く。
「ギィィ!」
「らあぁ!」
囲まれてくると、剣技で弾き返す。これをしっかりしていれば、攻撃を喰らうことは無い。
敵の数は正確には22匹……
厳しいのは厳しいな。
さらに槍が俺に向かって撃ち込まれる。
槍の切っ先に五月雨の切っ先をぶつけて、槍を逸らす。そして槍の弱点となるゼロ距離の間合いまで距離を詰める。
サソリマンの頭を、五月雨で真一文字に斬り裂いた。
そしてさらに追撃、サソリマンに連続で斬撃を浴びせた。HPバーが一気に減少し、留めの突きで消滅する。
サソリマンはその場に倒れ、爆散した。残りは21匹。
「くく……」
笑いが漏れていた。
やはり、楽しい。これはゲームだからな、ピンチこそ最高に面白いのだ。
※
戦闘時間は20分を超えた。ボス戦でもない限り、経験の無い長期戦だ。
だが敵は最後の一匹、しかし、俺のHPバーも後僅かで8割を切ろうかという所だ。まぁ、つまりは余裕がある、しかし油断はできない。
HPバーを残すところ2割としたサソリマンの、決死の槍が俺の首筋を掠めていき、ほんの僅かな、ヒリッとした感覚が首筋を撫でた。
俺は、首の横にある、槍の柄を掴み、固定する。そして片手に持った五月雨で、サソリマンの頭を斬り裂く。
「ギイイイィ!」
HPバーが消滅したサソリマンは、その場で消滅した。
「ふぅ……」
正直疲れた。
途中から妙に知識をつけたサソリマンたちが、きちんと連係して槍を繋いでくるようになったときには、僅かだが死を感じた。仮想世界でしか体験できない、身近に迫る死は、なかなかのものだ。
そしてそんなスリルを楽しんでいる俺は、やはりこのVRMMORPGの世界に取り付かれた戦闘狂である。
五月雨を鞘にしまう。さすがに刀にダメージが蓄積し始めているみたいだ。
「……あれ?」
それほど大きくない砂漠。
向こう側の壁まで全て見渡せていたはず。だが、俺の目の前には、見逃すことなどまずありえないであろう大きさの巨大な建物が聳え立っている。
古い感じ、神殿のようだ。
とりあえず、入るか。
いや、万が一手がつけられないほどに強い敵なんかが出てきたら……だめだ、こんな心配をしていては。鬼が出ようが蛇が出ようが、俺の五月雨で斬るだけだ。
むしろレアアイテムがあるかもしれないし、経験値も稼げるかも、と考えるべきだな。
俺は入ることにした。
入り口の巨大なボロイ門をくぐると、中は真っ暗。
「何が出る……」
「おぉ? あんたPC? どうぞいらっしゃーい」
「はぁ?」
神殿の中に響き渡った、あまりにもこの場に似つかわしくない、女の声。
あちこちで炎がともり、明るくなる。神殿の中も、ぼろぼろで、大抵の物は石でできている。そして、入り口から突き当たりの位置にある大きな椅子。
そこは最も大きな炎で明るく照らされている。
そして椅子の上には、真っ赤な髪の女が座っていた。
赤くて、涼しそうな。言い方を変えれば露出の多い、なんというか危ないにおいのする赤中心の服に、手にはやたらと装飾が派手な、炎を模した杖。
よく見れば、瞳の色も真っ赤だ。
「あんた、黒神でしょ?」
「そうだが」
「やっぱり、あの子の言うとおりだわ」
女は立ち上がり、杖を構えた。炎を模したその杖は、形状を見れば杖だが、装飾には巨大な赤い刃物などが使われていて、近接戦闘にも使えそうだ。
見たことが無い装備、装飾だ。
「じゃあ、その刀抜きなさいよ」
「は?」
「……状況分かんないの?」
「まぁ、分かるが……」
「じゃあ早くしなよ」
女が椅子の上で立ち上がり、こちらに飛んだ。
ゆっくりと飛翔し、ゆっくりと舞い降りる。そして足が地についた瞬間には、俺との間合いはゼロだった。
「死ぬよ?」
俺に叩きつけられた杖を、五月雨で受ける。
カン、と高い音が響き、派手なエフェクトが互いの間ではじけ飛ぶ。
衝撃は相殺され、俺も女も派手に後ろに飛んだ。
「ちっ、何しやがる」
「ははっ! やるわね、私の攻撃を相殺するかぁ」
女は笑いながら後ろにバックステップを繰り返し、俺との距離をとる。そして杖を構えなおす。
女の足元に赤色の魔方陣が浮かび上がり、輝き始めた。魔法の詠唱だ。そして赤色は火属性の魔法の象徴。何が来るか分からない、とりあえず五月雨を構える。
「『アンゴルフレア』!」
杖の先に巨大な火の玉が出現する。
直径にして約5メートルというところ、これだけでもありえない大きさなのに、どんどん火の玉は大きくなっていく。
「なんだこれ……」
「避けきれないわよ」
大きさ、直径30メートルくらいか、建物の横幅と同じくらいだ。つまり、ここから出ないとかわすことができない。かわさないでやり過ごす方法というと……
「楽しい?」
「は? この絶体絶命がか?」
そんなもん――
「楽しくて震えてるな」
「ふーん、あんた、聞いたとおりね。私と同じだわ」
巨大な火の玉がこちらに迫ってくる。ヤバイな、これはゲームオーバーかもしれない。
けど、信じよう。俺のスキルの高さを。
「うおおおおお!」
五月雨を握る手に力が篭る。刀身に稲妻がほとばしり、輝き始める。
『飛龍閃華』に並ぶ、俺のもつ剣技の奥義の1つ。一撃の威力であれば、おそらく俺の持つスキルの中では最強だ。
「雷光一閃!」
縦一文字に五月雨を振るう。
刀身の雷が火の玉にぶつかり、バチバチと音を立てる。俺は、押し返されまいとさらに力を込める。五月雨が火の玉を斬り裂く。
そこからは一瞬だった。火の玉は真っ二つになり、俺の脇を流れていった。
「さすが、戦闘狂。そうこなくちゃな、初めての戦闘なんだし」
「初めてってどういうことだよ」
「火の妖精サラマンダー、汝の力を見せよ……っていうセリフもあるんだけど、どうせだし、全力で闘おうよ、戦闘狂同士」
「なるほど、なんか違うとは思ったが」
まさかの、大当たりだ。
ボス戦も大事だが、妖精戦があるのなら話は別。フリーダムとシャナには悪いが、ここで一旦パーティー戦闘は終わりにしよう。
メニュー画面から、パーティ選択。2人をパーティから外し、俺はソロに戻った。