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第6話:中間地点

 全てが闇に包まれた世界。

 いや、それは違うな。闇というものすら存在しない。なぜなら、視覚信号の一切が断たれているからだ。光も闇もない世界。ただこの状態は長くて10秒ほど。

 慣れたものだ。最初は若干の恐怖さえも覚えたが、これがVRMMORPGの世界への行き来をするときに一度訪れる無の世界。というかただ脳からの信号の一切を遮断された状態だ。


 すぐに感覚は戻り始め、今度は本物の闇が訪れる。といっても、ゴーグルをしているだけだ。

 フェアリーラビリンスへと俺の脳からの信号を送る機械。『コードオールギア』というのが俺の持つ初号機。その後にもいくつか後継機が作られたが、性能に大差はない。


 ゴーグルを外すと、弱い豆電球の明かりだけが部屋をうっすらと照らしていた。

 フェアリーラビリンスでいくら戦闘をしても、体は疲れないが、精神的に疲れが溜まる。そしてその疲れは倦怠感として表れる。俺はヘッドギアと、ゴーグルからなるコードオールギアを外し、ベッドに倒れこんだ。


 「あーだるい」


 俺は別に現実が嫌いなんじゃない、だがあの仮想空間に嵌りすぎて、中毒になっているのは分かる。

 俺はゲーマーなんだからしょうがない。


 倦怠感に負けないで俺は立ち上がり、部屋を出てリビングまで降りた。

 今日は日曜日だ。日曜日の昼から夕飯時の今まで、俺はずっとフェアリーラビリンスにいた。

 リビングには呆れ顔の母、そして、黙々と飯を食い、俺に興味を示そうともしない妹がいる。


 「進、勉強はしてるの?」


 「してないけど……授業はちゃんと受けてるから」


 「はぁー、それで結果が出てるからいいけど」


 「お兄ちゃんのそこがムカつくのよねぇー」


 突然口を開いたかと思うと、開口一番俺の悪口。ろくでもない妹がいるものだ。名前はさくら。俺と同じで真っ黒な髪を肩まで伸ばしている。

 俺の知り合い曰く、可愛いらしい。俺も可愛い容姿はしていると思う、だが俺に対する言動や態度が悪いのだ。別に今さら気にもならないが、可愛い、と純粋に思うことはできない。


 だが最近アルバイトを始めたらしく、兄として若干心配ではあるところだ。

 それに中学生が何のバイトをしてるのかは不明だ。


 「なんで勉強出来るの?」


 「授業を真面目に受けてるからだ。さくらも、ちゃんと授業を聞いてればいいんだ。学校のテストは授業で習ったことしか出さないからな」


 「そんなこと、誰でも知ってるわよ。そこを私はがんばって家でまで勉強してるのに……」


 さくらはそれほど落ち込んでもいないようだが、下を向いてしまった。

 中学生であるさくらは、現在受験生の3年だ。なぜか俺と同じ高校に入るべくがんばっている。まぁ一応この辺りではかなりレベルの高い高校だから、目指すのは結構だ。


 俺はその学校の成績優秀者。テストの点数が上位10位に入っているということだ。


 「ま、がんばれ」


 「ええ!? お兄ちゃんまたゲームするの?」


 「しないよ」


 まぁするんだが。俺は夕食を持って部屋に上がった。


 椅子に座って、夕食をいただく。今日は肉じゃがだ。うん、うまい。

 俺はすぐに夕食を食べ終わる。食べるのは早いほうだ。さっそくフェアリーラビリンスにログイン、とも考えたが、やはり少し疲れている。


 俺は、ベッドに寝転び、一度本格的に眠ることとした。

 しばらくすると、俺の意識は完全な闇に落ちる。



 

 ※




 

 最近お兄ちゃんと話していない……

 おかしいな、なんでだろう。やっぱりお兄ちゃんが悪いはずだ。だってゲームばかりやっているから。


 私は肉じゃがをマイペースに食べ進め、食べ終えたところだ。お兄ちゃんが部屋に行ってしまってから15分経っただろうというところ。

 今日はバイトもないから、勉強……ということになる。気が重いなぁ。お兄ちゃん、頼んだら教えてくれるのかなぁ。でも私のこと嫌いっぽいし……


 「じゃあ、部屋にいるね……」


 「どうしたの? 元気ないわね」


 「ううん、大丈夫よ」


 階段をのんびり上って、2階へ。

 途中お兄ちゃんの部屋があり、そして私の部屋。『さくら』と書かれた木のプレートは小学校の時にお兄ちゃんと作ったものだ。

 お兄ちゃんの部屋の戸には『しん』と書かれたプレートが掛かっていた。でも今はもう無い。


 戸を開けて、まずベッドに飛び込む。


 ふかふかの布団に包まれながら思わずため息が漏れた。


 「はぁ、バカみたい」


 私がアルバイトなんかをしているのには理由がある。

 口座には、4万円。2か月分のお給料なんだけど、あとほんの少し足りない。定価5万円ポッキリ。中学生には高いよ……


 普通中学生を雇う店なんか無い。だから、私は友人の知り合いの経営する喫茶店で若干無理を言って働かせてもらっている。

 

 ピピピピピ!


 携帯が鳴り出した。ディスプレイには『秋山さん』と表示されている。

 バイト先で、一緒に働いている秋山楓あきやまかえでさん。ちなみに男性。高校3年生だと聞いた。バイト初日に、バイトの理由を話したら、半分強引に赤外線通信をさせられた。


 ちょっと、苦手だ。でも電話が掛かってきてしまっているので、出ないわけにはいかない。


 「もしもし」


 『あ、さくらちゃん。明日暇?』


 「いや、明日は……」


 『じゃあバイトしてるお店来てよ、非番でしょ?』


 「あぁ、はい……」


 『待ってるからねー』 ブツッ


 電話が切れた。

 ほっと息をついたのもつかの間、また携帯が鳴り出した。今度はメールだ。


 『差出人:秋山さん

 1時にねー。待ってるよ♪』


 憂鬱だ、なんでこの人おねぇ口調なんだろう……

 なんだか体がすごく疲れてしまった。


 勉強するつもりだったけど、一旦寝よ……


 私の意識はあっという間に闇に吸い込まれていった。




 ※




 「ん、30分睡眠完了」


 目を覚ましてすぐに時計を確認する。丁度7時、よし。やるか。

 コードオールギアを頭につけ、ゴーグルをはめる。楽な体勢で椅子に座り、スイッチを入れる。キュイィンとファンが回り始め、ゲームが起動する。


 まず俺の脳から体への信号が全て遮断され、フェアリーラビリンスのサーバーの方に送られる。


 一度無の世界に落ちた俺の視界がもう一度はっきりし始め、目の前にウインドウが出現する。

 ログインか、アカウント管理か、という選択肢が表示される。俺はログインボタンを押した。世界が明るくなり始め、体も動かせるようになっていく。


 『システム:黒神さんがログインされました』


 光の柱の中から、俺はギルドに出た。


 「おぉ! 待ってました黒神せんせ!」


 俺を笑顔で出迎えてくれたのは、全身金色の槍使い、フリーダムだ。


 「行きましょうよー。50層のボス狩り」


 「ああ、そのつもりだ」


 「やっほー! 待ってました」


 「ただ2人じゃなあ」


 「あ、やっぱりソロ派の黒神せんせーでも2人じゃきつい感じっすか?」


 「いや。単純にお前と2人でパーティ組むのが嫌なだけ」


 半分冗談で半分本気だ。フリーダムは強いから、味方になるなら心強い。それに人間的にも嫌いではない。ただ、好きか嫌いかは一緒にいたいかどうかとは違う。

 こいつの話し相手は疲れるのだ。


 まぁ最悪2人でもいいけど……


 広くも狭くも無いギルドの中をぐるっと見まわす。しかし知っている顔は無い。


 「いいじゃないっすか、2人で」


 「う~ん、まぁいいか」


 回復アイテムもそれなりに持っている。五月雨もいまだにベストな状態だ。


 俺とフリーダムはギルドから出ると、転移アイテムを取り出した。


 「「ミディアンビレッジ」」


 転移アイテムは、言ったことのある町の名前を唱えると、瞬間的にその町にワープさせてくれるアイテムだ。

 俺とフリーダムが唱えた『ミディアンビレッジ』は50層目にあるごく小さな町。

 周辺の敵も強いため、レベル上げには最適なのだが、あまりに村の設備がへぼいために、長くそこに住むプレイヤーはほとんどいない。


 だがミディアンビレッジは、ボスのいる部屋に最も近い町だ。


 俺とフリーダムは光の柱に包まれ、ミディアンビレッジに転送された。


 「相変わらず殺風景だなー」


 「そうだな」


 町というか村。名前からしてもそうなのだが、ミディアンビレッジには本当に何もない。小さな家がいくつかと、ごく小さなギルド。なぜか風車がったりするが回っているところを見ることは無い。


 プレイヤーは、どうやら少しいるようだ。やっぱりボスを狩りに来ているのだろう。


 「あーっ! 黒神くん見つけたぁー!」


 「げっ、シャナかよ……」


 「何かなそのリアクション?」


 シャナは俺の顔を覗き込んで言う。何って、言葉どおり「げっ」なのだが。


 変わらぬ白い服に、腰には剣。長い髪。顔は相当美人なのだが、アバターだからこんな感じの奴は多い。ただアバターを作るセンスはあるのだろう。

 曇天の空の下、嬉しそうにニコニコしている姿は、この荒んだ村の希望のようにも見えなくは無い。どの道こいつも、目的は俺と変わらんが。


 「ボス討伐でしょ? 私も行くよっ」


 「……はぁ」


 渋々パーティに登録する。


 「ヤァーハー! こいつはテンション上がるぜ!」


 「バカかお前は」


 「こんな可愛い女の子とパーティだぜ!」


 「フリーダムより年上だぞ?」


 「何だって!? っはー! そこにシビれる、あこがれるぅ! 年上のロリっ子ですか!」


 「お前キャラ壊れてないか?」


 いろいろなものを捨てながら全力で暴走するフリーダムを、遠い目で眺めていた俺は、その光景を目の当たりにしても、平然と笑顔なシャナに気付いた。

 普通は、こんなの絶交ものだ。ドン引きだろう、と思うのだが……

 

 「あはは、おもしろいね。フリーダムさん」


 「……なに、黒神先生。……こんな良い子初めて見たよ!」


 「お前は中々残念な子になってるが……」


 調子に乗って暴走を続けるフリーダムを、それでも笑顔で見ているシャナ。相当根性座ってるな……


 「まぁいいか、3人で。じゃあ行こうか」


 「そうだな! シャナさん! 生きて帰ったら、俺、伝えたいことが……」


 「あの、私も戦場に向かうんだけど」


 微妙に死亡フラグ、というかフリーダムは一回死んだ方がいいかもしれないな。

 なにせバカは死ななきゃ治らないそうだ。


 俺とシャナとフリーダムの三人は、荒んだ村を後にした。

 向かうは村から丁度真南。このフロアのほぼ中心にあると思われる、ボスの部屋。


 この50層目は、特殊な形をしている。フェアリーラビリンスは空がある階層もある。この階層もそうなのだが、常に曇っている上に、空よりも高い壁がフロアの真ん中にあり、半分より向こう側には現在行くことができない。


 おそらくボスの部屋は向こう側に通じている。そしてそのボスは強い。


 重要な敵なのだろう、気合入れていかないとな……

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