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第4話:約束

 45層目、夢幻の森。比較的中央に位置する分かりやすい場所でありながらも、トラップなどが密集し、プレイヤーがほとんどたどり着けなかったと思われる。

 ここは、『印の樹』。ちっとも印になっていないが……


 妖精ルナとの戦いを終え、妖精の加護アイテムである『ルナの加護』をメニュー画面から装備した俺は、あれだけ乱暴に扱った五月雨が、いまだに一点の曇りも無く濡れているように怪しく光っていることに驚いていた。

 通常、日本刀の繊細さまで再現されているこのゲームでは、日本刀アイテムは手入れに手間がかかることがネックとされている。

 その分一撃の破壊力とクリティカルヒット時の威力増加が大きいのだが、長期戦には向かない。

 時間とともに性能が落ちていくからだ。しかし、五月雨は今でも攻撃力補正+5のままである。


 体力、気力は数値上回復しているが、精神的に疲れていた俺は、しばし休んでいたが、腰が本格的に重くなる前に立ち上がった。


 「行くか……」


 「どこに? お茶会やめるの?」


 「ゆっくりしていってくださいよ」


 妖精ルナと意気がぴったりの謎のプレイヤーであるシャナは、高レベルでレアジョブの魔法剣士だ。

 そいつは湯飲みに入ったお茶を啜りながら、茶菓子を食べている。この世界では、味覚も再現されるため食べることもできる。当然食べても胃に物は入らないが、実際に満腹中枢は刺激されている。

 そのため、ここで食いすぎると現実で飯が食えなくなる。


 「シャナはともかく、ルナさあ。ほんとに敵キャラ? なんかフレンドリーすぎないか」


 「あはは……敵キャラなのはまぁ、そうなんだけどね。私たち妖精や他の……ネタばれになっちゃうから言わないけど、高度のAI。というか完成しているといってもいい。とにかく私たちは人間と変わりないのよ」


 「……マジかよ」 


 人類の技術はそれほどまでに進歩していたのかと、驚かされた。人はついに、仮想空間にとはいえ、個として成り立ってしまう「人」を作り上げたのだ。

 どこまで本当で、仮にこいつが事実を言っていたとして、完成したAIがどういうものかは分からない。しかし、こうなると疑問がいくつも沸いてくる。


 「退屈じゃないか?」


 「だからシャナちゃんや、あと黒神さんみたいなお友達と話すのって楽しいんですよ」


 俺はいつのまにか、妖精のお友達にまでなっていた。さっきまでバカにしていた変人と同じ立場じゃないか……

 だがしかし、シャナに比べてれば断然お友達になりたい女の子タイプであることは否定しない。

 と、自分を正当化し、ここにプログラムとの関係を築くことを自分に許可する。


 「でも、シャナちゃんと会う前も別に1人ってわけじゃなかったですよ」


 「別の妖精か?」


 「はい。AIを学習させるという理由で、他の妖精とはいつでもコンタクトが取れるんですよ」


 「へえー。じゃあ、もっといろいろな場所に行こうとか思わないの?」


 「私の存在理由が無くなっちゃいますからね……」


 ルナは微妙な笑みを浮かべると、少し下を向く。

 薄暗い森の中、空を覆う葉っぱの合間から差し込む光を受けて白く輝くルナの、人間的な表情に俺は魅入ってしまっていた。

 しかしそんな表情は一瞬で、すぐに笑顔に戻る。


 「結構楽しいんですよ。戦闘狂なので」


 「ははっ、俺もだ」


 「ですから黒神さんとの戦闘も楽しかったですよ」


 戦闘が楽しい。

 当然否定はしないが、仮想空間とはいえ全力で殺しあった相手と笑顔で語り合う言葉だろうか。

 友人と拳で語り合ったとかなら別ではあるが。いや、もはやそれに近いのかもしれない。喧嘩好きと喧嘩好きなら喧嘩をするしかないのだろう。


 日がだんだん落ちてくる頃だ。

 この世界の一日は短い。6時間で朝昼晩が過ぎていく。夜の時間は極端に短いが、モンスターも極端に強くなる。

 その前に、目的は達成しておかないといけない。めんどくさいが、放っていってしまった一応のパーティメンバーに申し訳ないから、敵討ちに行くことにする。

 夜のキングガーゴイルの強さは、正直想像もできない。あと1時間、切ったくらいだろう。


 「じゃあ、行くわ」


 「どこに? お茶会やめるの?」


 「それ2回目。というかお茶会してねえよ。てめえが1人で茶啜ってるだけじゃねえか」


 「ほしい?」


 「いらね」


 「それでどこ行くの?」


 「森だよ、キングガーゴイル討伐」


 「まじですか? じゃあじゃあ、私も行きますよっ」


 「いらね」


 シャナを俺は一言であしらう。

 魔法剣士という職業にも興味はあるし、一応妖精のルナに勝っているから弱くは無いだろうと思うが、パーティメンバーは邪魔にこそなれ、いて良かったと思うことは滅多に無い。

 当然助けられた事だってあるが、ハイリスクなわりに対して役にも立たない。

 印の樹に背を向けて歩き出した俺に、なおもシャナはしつこく纏わりつく。


 「ドロップアイテムいらないよ?」


 「俺も別にいらねえよ……」


 「ううぅ、私も行きたい!」


 「はぁ? なんでまた」


 「お友達だから! 助け合おうよー」


 「……勝手にしろ。そのかわり邪魔すんな、あと助けねえぞ?」


 「りょーかい!」


 シャナは笑顔で俺に敬礼する。俺の顔はおそらく引きつっていることだろう。

 めんどくさい奴がくっついてきてしまった。この場所なら安全だから、ログアウトしてやろうかとも思うがやめておく。敵討ちくらいはしてやらないといけない。


 ログアウトは、離脱手段にはなりえない。ダンジョンでは、ログアウトに少し時間が掛かる上に、その間は身動きがとれず、攻撃されれば一発で死ぬ。

 安全にログアウトしようと思うと、町エリアまで帰るか、ここのようにモンスターのいない安全な場所。もしくは信頼できる、自分の体を守ってくれるパートナーがいることが条件となる。

 

 俺はめんどくさいパートナーを連れて、森に出ることとした。


 来る時は、キングガーゴイル魔法に飛ばされて偶然トラップを掻い潜ってきてしまっていたが、普通に出入りしようと思うと、印の樹までの道のりはかなり険しい。

 まず『アイテム使用不可』のエリアや『スキル使用不可』エリア。入るだけで、毒状態になる『ポイゾニング』エリアなど様々なエリアとラップに加え、踏むと飛ばされる『ワープパネル』。踏むとモンスターに囲まれる『モンスターパネル』など単発トラップも山盛りだ。


 だがそんな難解な険しい森の中を、シャナはまるでトラップの位置を全て知っているかのように、すいすいと進んでいく。


 「お前すごいな、トラップの位置分かってるのか?」


 「そうだよ!」


 「へえ……なんでだよ! トラップの位置は、毎日変わるもんだろ」


 「そうだけど、見えてるの。私は探索スキルが高いからね、このレベルのトラップは全部見切れるよ。多分黒神くんみたいなタイプは、戦闘スキルばかり上げて生活スキルや魔法スキルはほとんど上げてないんでしょ」


 シャナは早口で言うと、どこか自慢げな顔をして俺を見ている。

 確かに俺は戦闘スキルばかりを上げて、生活スキルもほとんど上がっていないし、魔法にいたっては何1つ使えない。おそらくここまで極端なプレイヤーは俺だけだ。


 何か言い返す言葉を模索していたさ中、俺の耳を突き抜けるような轟音。凄い音だ、木々が震えている。


 「なんだ今の」


 「う~ん、私の望遠スキルじゃまだ見えない距離だなー……って来たあ!」


 「グゥルアアアアア!」


 轟音は、叫び声だった。凄まじいスピードで声の主は森の中をこちらに向かって突っ切ってくる。

 両手にそれぞれ黒と白の剣を持っている、シルバーのマントを纏ったガーゴイル。だがこいつはガーゴイルはガーゴイルでも特別製だ。俺の標的だったガーゴイルの王、キングガーゴイルだ。


 目の前にそれが飛び出してくると、俺とシャナは同時に後ろに飛んだ。

 十分に距離をとり、俺は五月雨を抜く。シャナも手に剣を持っている。だがその剣は実に変な形をしていて、刃はついているのだが、切っ先が無い。

 細い長方形のような剣なのだ。


 「その剣闘えるのか……?」


 「これは『カーテナ』っていうの。魔法剣士向きで、攻撃力と魔法力が安定して高い剣よ」


 カーテナは、鍔も柄も、刃も真っ白だ。正直これで物が切れるとは思えない、部屋のインテリアには良いかもしれないといった感じだ。


 距離をとった俺とシャナに向かって、キングガーゴイルが突っ込んでくる。

 俺は左に、シャナは右にそれをかわし、俺はそのまま体を通り過ぎていったキングガーゴイルに向け、その背中を五月雨を構えて追う。

 最高速の一歩で背中に追いつき、突きを1発シルバーのマントごと突き刺す。

 キングガーゴイルのHPバーが少し減少する。最初から半分のイエローまで減少していたため、それほど時間は掛かりそうに無い。


 五月雨をキングガーゴイルから引き抜き、距離をとる。

 後ろでは、シャナがカーテナを両手に持ち、意識を集中させている。


 突然シャナの足元に、緑色の魔法陣が出現し、光り輝き始めた。


 「『バースト・ハリケーン』!」


 シャナの目の前で空気が圧縮され、捩れながら渦を巻いている。そして渦はどんどん高速で回り始め、巨大化していく。緑色は風属性の魔法だ。俺はそれだけしか知らない。


 「黒神くん! 横にどいて!」


 「おう」


 言われるがまま、俺は真横に飛ぶ。そのほんの0コンマ1秒後程度後に、俺の立っていた場所を巨大な空気の渦が地面を抉りながら通り過ぎていった。

 台風のような凄い音が俺の耳に飛び込んでくる。


 「あ、あぶねえ……」


 今のに巻き込まれていたらと思うとゾッとする。

 前方のキングガーゴイルは見事に巻き込まれて、上昇し、空中で切り刻まれている。

 ズバズバと、風がキングガーゴイルを斬り裂く音がしばらく続いた後、風は魔法としての力を失い、開放されたキングガーゴイルは地面に自然落下した。


 キングガーゴイルが地面に激突する前に、俺は動き出していた。

 落下よりも早く、落下点に回り込み、五月雨を構える。

 そして、落ちてきたキングガーゴイルを斬り上げの剣技『飛燕ひえん』で斬り上げ、技の動きに身を任せ、俺も空に飛ぶ。そして斬り落とし剣技『雷電破斬らいでんはざん』で追撃する。

 雷を纏った五月雨がキングガーゴイルの頭を縦に斬り裂き、その体は地面に叩きつけられる。


 まだ空中にいる俺は、止めに、本来は立ち状態で使用する上級剣技『獅子千山ししせんざん』を地面に落ちたキングガーゴイルに打ち込む。

 獅子千山は、連続で突きを放った後に、獅子の闘気を纏った強力な突きをフィニッシュに放つ強力な剣技だ。

 上からキングガーゴイルを滅多ざしにする。敵のHPバーが徐々に減っていく。そして最後の突き。少し五月雨を引き、力をためる。剣先から闘気が放出され、それが獅子の形を形成すると同時に打ち込む。

 獅子がキングガーゴイルに直撃した。


 「グゴオォ!」


 キングガーゴイルが地面と獅子の圧力で押しつぶされ悲鳴を上げる。HPバーはおそらく、あと少しでレッドゾーンというところだ。


 「黒神くん、ハウスっ!」


 犬じゃねえ、という反論の前に、シャナの足元に紫色の魔方陣が現れていることに気付き、俺は慌ててその場から全速力で離れ、シャナの隣まで行く。

 俺が離れてすぐに、キングガーゴイルを中心に半径10メートルくらいの大きな魔方陣が描かれ紫色に輝き始める。


 「『メガ・アルバルク』!」


 魔法をシャナが唱えてから数秒の間があり、その後に魔方陣の中心に落雷が落ちる。

 爆音が響き、バチバチと放電する。キングガーゴイルは麻痺状態に陥り、その場に崩れ落ちた。HPバーはついにレッドゾーンに突入する。


 「止めだ」


 地面を強く蹴り、キングガーゴイルに向けて突撃する。

 麻痺状態で動けないキングガーゴイルの頭めがけて、五月雨を全力で突きこむ。切っ先がキングガーゴイルの硬い表皮を突き破り、完全に頭をぶち抜いたのと同時、俺の体にビリビリと妙な感覚が走った。

 キングガーゴイルのHPバーが消滅し、その体が空気中に離散し始めるころに俺の体にも変化が生じ始め、体が動かなくなる。俺が地面に崩れ落ちるのとキングガーゴイルが消え去るのは同時だった。


 最後に一瞬、キングガーゴイルと目が合った気がした。

 その目は『ざまぁみろ』と嘲っているかのようでムカついた。


 「キングガーゴイルの最後っ屁か……」


 「違う違う、それは私の魔法の追加効果で電磁波が残ってただけだよ!」


 この時ばかりは魔法の知識が欠けていることを悔しく思う。

 電磁波空間、電磁波を帯電するモンスターがいることは知っていたが、電磁波を作る魔法が存在しているとは知らなかった。


 「えへへー」


 「んだよ、なんで嬉しそうにしてるんだよ」


 「これでソロだったら、絶体絶命だね」


 「……っ!」


 不覚にも、俺の体は激しく動揺した。完全に身動きの取れない俺の目の前に、巨大な虎が3頭いる。『ブルタリティ・タイガー』という普段なら10頭いようとらくらく倒せるモンスターだ。

 だが刀を持てず、立つこともできず、何ができるか。これは非常にまずい。


 「『そのかわり邪魔すんな、あと助けねえぞ?』って誰のセリフでしたっけ?」


 「……」


 「うそうそっ! 嘘だよお? でも助けてほしかったら条件があるっ!」


 魔法の知識が無い俺も俺だが、あんな魔法を使う必要があったのかを問い詰めれば、無かったんじゃないかと俺は思う。しかし目の前で今にも飛び掛ろうとする虎を見ると、そんなことを言っている余裕はない。


 この状況を脱する方法は1つしかないのだ。


 「分かった分かった、なんだよ条件って」


 「私とパーティ組んで頂戴!」


 俺は少し悩んだが、悩む暇は無いことを思い出し、答えた。


 「分かった、約束する」


 「決まり! やる気出てきたよー」


 シャナはカーテナを3匹の虎に向けた。すると、剣ならば切っ先がある、カーテナの先の平らな部分が強く輝き始める。光はキュインキュインとなんだか機械的で、危なそうな音を立てながら巨大化し、爆発しそうな状態だ。

 虎が危険を察知してか身構えた。

 直後に光は前方の虎に向けて、放たれた。それは光線や、ビームと呼ばれる類の技に見える。魔法ではないようだが、見たこと無い。


 ビームは彗星のように光の尾を引きながら直進し、虎3匹を巻き込んで大爆発した。


 「反則だろ、これ」


 「まだ倒せてないなあ……『シャイニングソード』!」


 剣装備の奥義の1つ『シャイニングソード』。剣を巨大な光属性の光が包み、巨大な刃を作り出すという見た目にも映える、プロモーション映像にも使われた剣技だ。

 しかし光属性を持ち、攻撃範囲も巨大。威力もかなり高いと来ているため、詠唱無しで魔法を使っているようにも見える。パワーバランスの調整がおかしいともいわれている、話題の技だ。


 だが実際に見るのは初めてだ。


 「はあっ!」


 「「「グルオオオォ!」」」


 3匹の瀕死の虎を、巨大な光の剣が切り裂いた。本当にあっという間だ。俺もこれくらいの速さで倒せないわけではないが、横から見ていると凄いものだ。

 そしてこのリアルなグラフィック。誰が見ても現実そのもの。このぶっ飛んだ、超非現実な作られた世界を現実だと勘違いしてしまいそうになる。


 シャナはカーテナを鞘に収めると、したり顔で俺を見下ろす。

 見下ろされるのは俺が、いまだに麻痺から立ち直っていないからだ。それほどに、戦闘はあっという間だった。


 「約束だからね」


 シャナは笑顔で手を差し出してくる。俺は、小さくため息をついた後で、口元に小さな笑みをつくり、差し出された手に答えた。

 辺りは暗くなり始めている。

 シャナの小さな手に支えられ俺が立ち上がると、麻痺が一気に和らぎ始め、麻痺状態から開放された。


 それと同時に、世界が一瞬だけ暗転する。次に俺たちが見る世界は、見た目にはほとんど暗転する前と変わらないが、全く違う世界だ。


 「夜になったな……」


 「ほんとだね、私夜って初めて!」


 「俺も40層以降のダンジョンを夜に歩くの初めてだ」


 フェアリーラビリンスに夜が訪れた。

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