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第44話:妖精幻遊団

 少し経った。いつからかというと、俺がフェアリーラビリンスで、プレイヤー『さくら』と共闘し、『カオスワーウルフ』討伐に成功した日からだ。あれから、さくらとは会っていない。

 俺はフェアリーラビリンスを初回プレイ時とは比べ物にならない早さで進み、地下30層目までやってきた。『カーミンシティ』という、俺がいる地下30層目の町は、レンガ造りの独特の建物が立ち並んでいる。考えるとこのあたりは、データ初期化前の時には、さっさと通り過ぎてしまっていた。だから街並みをしっかりと観察していなかったのだが……このレンガというのが実にリアル。凝視すれば、レンガの表面のざらっとした凹凸まで見てとれる。


 「無駄に作り込まれてるな……」


 まぁ今回もさっさと通り過ぎるつもりだが……

 歩き出そうとした俺の目の前に、システムダイアログが出現する。『メッセージを受信しました』と。珍しいな……とくに、初期化後はほとんど誰とも交流など無いのに。

 差出人は、『シャナ』だ。思えばよく分からない人物である女性プレイヤーだ。年は俺と変わらず、父親は謎の技術を持っていて、彼女自身もゲームの腕はかなりのものだ。そして、初期化後は一度もこちらで会っていないはずなのにメッセージを飛ばしてくる。


 差出人:シャナ

 件名 :お話があります!

 本文 :件名の通りです。今、地下30層目のカーミンシティまで上がってきてるんだけど、今どこにいるの?


 こいつ絶対分かってるだろ。


 俺は返信しておく。


 差出人:黒神

 件名 :Re:お話があります

 本文 :ライトシティ


 送信した直後に返信が来た。受信音に一瞬跳ね上がった心臓を落ちつかせつつ、メッセージを展開する。


 差出人:シャナ

 件名 :お話があります!!

 本文 :今あなたの後ろにいます!


 メリーさんかよ。


 「久しぶりだな」


 いつの間にか、後ろには懐かしいアバターが立っていた。

 装備はずいぶんと変わっているようだ、が、顔はそのまま、長いプラチナブロンドの髪がレンガ造りの町並みの中でめちゃくちゃ浮いている。もともと装備していたカーテナはどこかに消えて、今は普通の直剣を腰に差している。

 

 「久しぶり! とりあえず、フレンド登録しようよ!」


 相変わらず元気だ。

 とりあえず、二度目のフレンド登録を行う。

 

 「で、誰? 後ろにいる人たち」


 シャナは1人では無かった。後ろにずらっと、5人のプレイヤーを引き連れている。


 「あ、うん、紹介するね。この人たちは、『妖精幻遊団フェアリーげんゆうだん』のメンバーたちだよ」


 なんだその名前は。まぁ、想像はつくが。

 推測するにフェアリーラビリンスのシステム運営ギルドとは違う、プレイヤーの集まりのギルドの名前だろう。ありふれた、ありそうなネーミングではあるが。『シャナ』という人物、彼女は俺と同じく、基本的にはソロプレイヤーだった。それが突然、ギルドメンバーを引き連れ俺の前に現れた。さらには、『妖精』の単語まである。なにか、あいつらと関係があるように思える。


 「……それで、俺に紹介して終わりじゃないだろう」


 「うん。黒神くんは、今でもソロプレイヤーやってるんだよね?」


 「まぁ基本的にそうだな」


 次に何を言われるか、容易に想像がつく。


 「ギルドに入ってほし「断る。じゃあまたな」


 その場を立ち去ろうとする俺の腕を、神速の反応スピードでシャナが掴んだ。まだ、俺は僅かに足を引いただけだというのに、なんてAGIの高さだ。今の『黒神』のAGIでは、到底逃げ切ることはできないな……

 

 「黒神くんの力が必要なの!」


 「なぜ? 今の俺は、レベルも低いし、ギルドに必要な要因になるとは思えないぞ?」


 「確かに、レベルは低いけど……私は、黒神くんより強いVRMMOプレイヤーを見たことがないよ」


 「いやいやそれは言いすぎ……」


 悪い気はしないが。


 「だからお願い、ね?」


 上目遣いに俺を見るシャナ。思わずため息がこぼれる。

 そんな俺とシャナのやり取りを、後ろのギルドメンバーはずっと見ていたのだが、突然1人が前に出てきた。

 かなりガタイの良い男のアバターだ。七色の妙に派手な長髪を、オールバックにしている。背中には、これまた妙に派手な七色に発行し続ける大剣を背負っている。見た目には、かなり強そうという表現ができるプレイヤーだ。


 そいつは、俺の目の前まで来ると、口を開いた。


 「私は、オリジン。会うのは二度目だな、黒神」


 疑惑は確信となった。間違いない。なにせ顔があいつと瓜二つなのだ。そのほかの装飾は全く違うが、こいつは旧フェアリーラビリンスの妖精、『オリジン』と同一人物だ。こんなことが起こりえるのか……

 いや、これが普通だ。

 彼らは電脳世界に生きる『人間』だ。システムは、このゲームから独立しているようだし、イオリさんあたりが少し環境を整えれば、これくらいの事は出来るのだろう。


 「こういうのはどうだろう?」


 オリジンは話しながら、背中の大剣を抜いた。


 「私と決闘し、私が勝てば、君はこのギルドに入ってもらおう」


 「……いや、ギルドには入ろう。少し興味が出てきた」


 「……そうか、なら良かっ「――ただし、決闘はする。妖精のリーダーを正面から叩き潰したうえで、俺はそのギルドに入る」


 俺が言い終わると、オリジンは少し笑った。絶対の自信に満ちている。


 「私がこの世界にプレイヤーとして降り立ったのは、バージョンアップ直後。つまり、黒神、お前と同じ日だ」


 「条件は同じってことか」


 ……実際は、違うと思うが。いくらなんでも、電脳世界の住人さんと同じペースでこの世界を攻略することはできない。ただ、それほど大きな差がつくほどの時間は、まだ無かった。

 俺だって、一ミリも負ける気などない。


 俺の目の前に、システムダイアログが出現する。『決闘を申し込まれました』と。俺は決闘を受けた。その瞬間から、この町の『非戦闘エリア』は、俺とオリジンにとっては戦場と化す。


 腰の愛刀『舞王』を引き抜き、同時に斬りつける。が、巨大な大剣で防がれる。ガィン、と甲高い金属音が響いた。周りには、ギャラリーがぞろぞろと集まってきている。


 オリジンは巨大な大剣を俺に向かって振り下ろした。大剣は、中身が空洞なんじゃないかと疑うほどに軽々と、ものすごい速さで振り下ろされる。刃を舞王で受け止める。ビキリ、と嫌な音が響いた直後、俺の体は衝撃で後方に吹き飛ばされた。

 

 「ぐっ……」


 オリジンは間違いなく、STR強化型だ。筋力任せに、凄まじい一撃を放ってくる。それにあの大剣。あの装備自体も、相当の業物……というか、化け物だ。


 速さで勝つしかない。地面を蹴り、最高スピードでオリジンの方に突っ込む。オリジンはそれにカウンターを合わせようと、大剣を振り抜いてくる。それをギリギリで回避する。あまりの剣が速すぎたため、その刃は僅かに俺の頬を裂いていったがダメージは小さい。

 舞王を下段に構え、そこからオリジンの喉元めがけて突き上げる。

 だがさすがは電脳の住人という反応速度で、オリジンもこれを屈んでかわす。

 しかし、俺は追撃する。俺は刀を持つ手を緩めた。刀は、仮想の重力にひっぱられて地面に向かう。この時、天井を向いていた切っ先は、自然と屈んでいるオリジンへと向く。


 「――っ!?」


 とっさに回避しようとしたオリジンの肩を、舞王の刃が深く切り裂いた。ヒットエフェクトが散る。

 

 「……さすがだ、こんな戦い方をするプレイヤーは、多分フェアリーラビリンスには数えるくらいしかないだろう」


 「そりゃどうも……」


 俺はまだ止まる気などない。さらに舞王を元の構えに直し、オリジンめがけて振り下ろす。だが通常の攻撃は、全て凄まじい反射で回避される。

 ――が、俺にはまだ手がある。というか、これはAGI強化型のVRMMO古参プレイヤーならだれでも使う技術だが……常に、本当の最高速よりも僅かに遅く行動するというものだ。

 これにより、最高速からさらに加速するように見えるため、相手は虚を突かれる。

 だがこんな技術は常識的なもので、難しいがある程度やり込めばマスターできる。では何が大切か? ひとえにタイミングだ。


 俺の攻撃をかわし続けていたオリジンが、カウンターを放つために剣を引き、力を込める。このわずかな変化を感じ取り、一気に加速する。そして舞王の刃をオリジンの首めがけて振り下ろす。

 攻撃直後の硬直状態だったオリジンの首に刃がヒットする。普通なら、クリティカルヒットで決闘終了、下手をすれば一撃でゲームオーバーにもなりかねないのだが、ギリギリでクリティカルヒットは避けられた。


 それどころか、逆に強引に大剣を振り抜き、俺の腹部に刃をねじ込んでくる。


 それほど深くは無いが、回避しきれず大剣の一撃は俺の腹部をとらえた。強烈な衝撃に押され、俺は後方へと吹き飛んだ。

 この刹那の斬撃の応酬にギャラリーは沸き上がっていた。


 「はぁ……はぁ……」


 こんなに短期間で疲れる決闘は久しぶりだ。


 オリジンは、妖精のリーダーにふさわしく、恐ろしく強いが、付け入る隙がないわけでもない。現状を見ても、俺は一撃も決定打をもらってはいない。が、先の俺の首への一撃は決定打に成りうるものだった。つまり、オリジンのHPバーに余裕はそれほどない。

 あとは、押し切れる!


 「うおぉっ!」


 咆哮し、地面を蹴る。今度は最初から本気の全速力だ。舞王をオリジンのガードの隙間を狙って放つが、全て防がれる。が、防ぐことに若干意識が偏っているようだ。つまり、HPバーに余裕がないという俺の予測は大方正解だったと言えるだろう。

 ならば、勝てる。俺は一度引き、距離をとった。


 この魔刀、『舞王』には、遠距離からでもガードをすり抜けダメージを与えられる剣技が1つ、備わっている。


 「いくぞ、『魔皇旋華まこうせんか』!」


 使うのは二度目だ。おそらく、俺が持つ剣技の中で現在最強。巨大な青白い闘気を纏った斬撃を飛ばす奥義だ。

 闘気を纏った舞王を水平に振るう。かわすことはおそらく不可能な巨大な斬撃がオリジンへと迫る。ここでオリジンは、自らを守ることに全てを回した。両手で大剣を支え、立ての用にして自らの前に置いた。そこまですれば、あの大剣の強度ならば斬撃を防ぎきることも不可能じゃないだろう。


 だが……後ろががら空きだ。

 回り込み、無防備な背中に一閃。


 キィン、という甲高い音と共に、大切な何かが宙を舞い、放物線の軌道を描きながら飛び去り、町のどこかに落下した。


 「……あれ?」


 俺の手の中には、無残にも根元からポッキリといってしまった舞王が残った。

 あまりの不測の事態に思考が停止した俺の顔面に、硬い拳がめり込んだ。


 ぐるぐると視界が回る。何度か硬い地面に頭を打ちつけながら、俺は町の中を転がり続け、レンガの壁に衝突して止まった。空間に浮かぶ、『Your Lose』の文字が、何が起こったのかを示していた。


 とどめをさす直前、まさに勝利が目の前という場面で、俺の愛刀は強度の限界を迎えてしまったのだ。だがあの状況、俺が冷静でいたならば、折れた刀でも使ってHPバーを削りきることはできた……くそ、完全に負けた。


 ギャラリーは好き好きに、今の決闘を感想やらなんやら言いながら騒いでいた。そして俺とオリジンに拍手を送ってくれていた。


 地面に寝転んだままでいた俺に、オリジンが手を差し伸べてくる。


 「さんきゅー」


 その手を握り、俺は立ち上がった。


 「良い勝負だったよ、黒神。やはり、強いな」


 「負けちゃったけどな」


 「私も全力だったからね……紙一重だった」


 オリジンがもう一度俺に手を差し伸べてきた。


 「妖精幻遊団にようこそ」


 俺はその手を握り返した。

 その様子を遠巻きに眺めていたシャナが、慌ててこっちに走ってきた。


 「ちょっと! 幻遊団のマスターは私なのよ? まぁいいけど、何はともあれようこそ黒神くん!」


 元気よく、手を差し出してきたシャナの手を握り返す。

 思えば、フェアリーラビリンスでギルドの入るというのは、これが初めてだな。

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