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第43話:兄無双

 「沸いてる沸いてる……凄い数だな」


 俺が目的地にたどり着くと、すでにそこはワーウルフの巣状態だった。

 ……がしかし、そのモンスターは全てリトルワーウルフ。通常のワーウルフや、さらに性質の悪いワーウルフ上位種は一切ポップしていないようだ。

 これだけの数のモンスターがポップしているということは……プレイヤーがいる、そしてプレイヤーは現在進行形でこいつらの相手をしているはず。入って行ったら邪魔になるかもしれないが、どうやらパーティではなくソロのようだ。なかなか、度胸があるプレイヤーだ。無数のリトルワーウルフに囲まれた1人のプレイヤーは、刀を構え、相手の出方を見ているのか微動だにしない。


 そういえばあのプレイヤーは見たことがある。というか、一度刀を交えたことがあったな。

 名前は『さくら』だったか……偶然にも妹と同じ名前なんだから、忘れようも無い。まぁ名前がかぶって無くとも忘れはしない。さくらは、かなり実力のあるプレイヤーだからな……。とりあえず、お手並み拝見と行こう。


 ワーウルフが一気にさくらに向かって飛びかかっていく。10を超える敵の群れだ。どう捌くだろうか……と、思っていたのだが、さくらは背を向けて逃亡した。だが後ろにも敵はいるぞ……

 後ろの敵にぶつかりそうになると、すぐに回れ右をして逃げる。またそこには迫ってきているリトルワーウルフがいるのだが、さくらはそれを刀で薙ぎ払う。最初からそうすればいいものを……


 敵の攻撃がさくらをとらえた。

 さくらの体が地面を転がる。そこになだれ込むようにリトルワーウルフの群れが突撃していく。あーあ……これはダメだ。

 ほとんど聞き取れないが、若干悲鳴のような声も聞こえてくる。ああなってしまっては、HPバーを削りきられるのを待つだけだ。別に痛くは無いわけだが、モンスターに完膚なきまでにボコボコにされると、実に不快な感覚が残る。仕方がない、余計な御世話かもしれないが……俺の標的もこいつらだから、横から参戦することにしよう。


 腰に差した魔刀、『舞王』を抜く。そしてさくらのいる方に全速力で近づき、そのままの勢いでリトルワーウルフを斬り裂く。

 それに驚いたか、リトルワーウルフの群れは一気に退散した。退散とはいっても、少し引いて、距離をあけただけだ。数は……あと19体か。もう少しいたが、先の俺の一撃で何体か倒してしまったらしい。俺の目標討伐数だったリトルワーウルフ5体は達成できてしまっているので、少なくとも5体は数を減らしたようだ。


 「え……おにっ……黒神さん……?」


 「らしくないな、あんなのに手こずるなんて」


 大会で戦った時は、少なくとも俺と同じくらいの速さはあったんだがな……

 俺の言葉に何故か一瞬固まって、さくらは口をぽかーんと開けていたが、すぐに立ち上がり、刀を構えた。


 「わ、私だって……これくらい!」


 さくらは地面を蹴り、前に飛び出した。

 リトルワーウルフとの距離をかなりの速度で一気に詰めたさくらは、刀を真横に振るい、リトルワーウルフを吹き飛ばした。やはり速い。

 地面を転がったリトルワーウルフをさらに追いかけ追撃。あっという間に、3体のリトルワーウルフをさくらは討伐した。そして、笑顔で自慢げにこちらに戻ってくる。


 「ナイスファイト」


 俺が言うといっそう嬉しそうに、さくらは笑った。

 しかし、敵はまだいる。まぁ、ここのリトルワーウルフは仮に1000体狩ったとしても、尽きることなくポップしてくる。だから、ある程度の数を倒したら、新たにポップする前に帰らなければならない。

 とりあえず、今いる分のモンスターだけは狩り尽くしておくか……


 俺は舞王を構え直し、リトルワーウルフの群れを見据えた。

 それとほぼ同時だった。突然、リトルワーウルフの群れが四方八方に散っていったのは。そして大きく開けたスペースには、何か巨大なモンスターのシルエットがうっすらと浮かんでいる。これはモンスターのポップ描写だ。つまり、何かモンスターが沸いてくる。それもかなり巨大。リトルワーウルフのサイズでは当然無いし、ワーウルフのサイズでもない。さらにその上位種の俺が知る、『レッドワーウルフ』、『シルバーワーウルフ』のサイズとも規格が違う。

 間違いなく、出てくるのは……ボスモンスタークラスのモンスターだ。多分、エクストラボスというやつだ。まさか普通に討伐クエストをこなしていただけで、こんな事態になるとは……なんてラッキーなんだろう。


 「グルァアアアアアアアア!!!」


 その姿が、仮想世界で描写された。

 漆黒の毛並み、全長、4,5メートルはあろうかという巨大な剣を両手に持ち、それに見合う超巨大な体を持つ。ワーウルフの上位種で間違いないが、他のワーウルフとはサイズが違いすぎる。

 通常ワーウルフは、大きくても全長3メートルくらい。動きもプレイヤーに近いときているから、戦う時の感覚は人に近い。だがここまででかいとなると……人と同じ感覚ではどうやっても戦えない。ここまで巨大な亜人種は……見たことあるが、大抵動きは愚鈍、でかいだけのものが多いが……ワーウルフの本来持つ特性は、速さ。それをこの巨体で持っているとなると、戦いにくそうだ。


 『カオスワーウルフ』

 名前が表示された。


 同時に2本の巨大な剣がこちらに振り下ろされる。

 直撃すれば、容易に体を真っ二つにしてしまうであろう一撃を横に跳んで回避する。


 「な、なにあれ……」


 横で同じく回避したさくらが呟く。

 声は若干強張ってはいたが、目の前の巨大なモンスターに怯えているわけでもないらしい。その手には、しっかりと刀が握られている。


 「グルアァアアアアア!」


 カオスワーウルフが咆哮する。

 そしてこちらに突っ込んできた。その速度は、通常のワーウルフに引けを取らない。さらにその巨体ゆえに、距離はあっという間に詰められてしまう。目の前まで迫ったカオスワーウルフを、俺たちは見上げる形となる。が、しかしそれは相手からはこちらを見下す形となるということだ。つまり、攻撃のパターン自体は限られる。

 目の前の巨大なモンスターは脅威だが、実際上から剣を振り下ろすか、突き刺すか、まぁ地面を這うように剣で薙ぎ払うか。それくらいしかできない。通常の剣技は、自分よりもはるかに小さな敵の殲滅には向かない。

 この化け物は、人間と戦うためにシステムに生み出されたが、人間と戦うには実に不都合な能力を備えている。

 と言っても、これは戦闘にある程度慣れた熟練のプレイヤーが、一対一でカオスワーウルフと対峙した場面においての話だ。

 

 今のこの瞬間も、リトルワーウルフがちまちまポップしている。目の前の巨大なモンスター以外にも、俺たちはこの雑魚の相手もしなければいけないわけだ。それも、一撃が致命傷となるボスモンスターも警戒しながら。


 「さくら、雑魚は任せる」


 俺が言うと、さくらはこくりと頷いた。

 無限にポップするリトルワーウルフを相手にするのと、ただ1体の、一対一ならばただのデカブツとしか言えないボスモンスター、カオスワーウルフを相手にするのでは、どちらの負担が重いか。考えるまでも無く前者だ。

 と言っても、このデカブツは一撃でプレイヤーを沈める程度の破壊力は持っているだろうし、リスクとしてはこちらの方が上かもしれないが。


 「すぐ終わらせる。大丈夫だ、5分と待たせない」


 ゆっくりと戦うつもりは無い。そもそも、亜人種との戦闘は長引かせない方が良い。旧フェアリーラビリンス時代、戦闘中に学習し、アルゴリズムを強化していくタイプの亜人種系モンスターとの戦闘は実に大変だった。

 それに、長引けば、重たい一撃を喰らうリスクもそれだけ増える。反撃させる間もなく、圧倒するのがベストだ。


 「いくぞ……!」


 俺の言葉の意味は――分からないはず、だがしかし、目の前の巨大なモンスターは、漆黒の毛並みに包まれた狼の頭から、鋭い、銀色に光る牙をのぞかせた。そして吠えるわけではない、小さく喉を鳴らしてみせる。それは、俺の言葉に答えたものなのだろうか。『来い』と。


 俺が一気に距離を詰める。カオスワーウルフは、俺の到達地点を予測して、そこに剣を振り下ろした。俺は一気に減速、急停止して剣をかわす。目の前に、巨大な刃が。刃は地面に突き刺さった。

 俺はその刃に足をかけた。


 そして巨大な刃の上を駆けあがる。

 俺をはたき落そうと、さらにもう一振りの刃が俺に向かって突き出されるが、それを俺は空中で体をひねり回避する。不便なことに、巨大すぎる体はいかに速くとも、小回りは効かない。至近距離を高速で動きまわる小さな的である俺には、そんな大振りでは当たらない。大振りとは言っても、こいつにすれば最大限にコンパクトにまとめられた攻撃だが。


 「せいっ!!」


 愛刀、『舞王』をカオスワーウルフの頭めがけて突き入れる。

 空気の刃を纏った一撃は、狼の頭の眉間に向かって進む――が、カオスワーウルフが抵抗を見せる。頭をあげ、大きく口を開く。銀色に輝く鋭い牙が露わとなった。

 そしてその牙で、俺の刃の一撃を止めた。ガィン、と刃と刃がぶつかった時のような高音を響かせ、舞王が弾かれた。


 牙……もとい歯は、生物の体内で最も硬い物質だ。だがだからと言って、弾くか? 日本刀の一撃を? 牙は折れるどころか、傷つく様子も無い。空気の刃もこの超硬度をもつ牙に止められたらしい。


 「……はぁ!」


 あえて刃がカオスワーウルフに届かない距離で刀を振るう。実体のある刃は牙に阻まれるが、空気の刃だけならば止めることはできないと踏んだからだ。


 カオスワーウルフがうめき声を上げる。そして巨体がぐらつく。俺はこいつの体の上に乗っていたから、俺の体もぐらつく。一緒になって地面に倒れこむのは危険だと判断し、俺はいったんカオスワーウルフから離れた。

 だが、退きはしない。こいつに体勢を立て直す時間を与えるつもりは無い。


 「『魔皇旋華まこうせんか』」


 剣技『魔皇旋華』。闘気の刃を放つ『旋華』の上位剣技だ。

 いつの間にかスキル欄に追加されていたものであり、使うの初めてだが、性能は大方予想がついていた。

 ――が、その性能は予想のよりもはるかに上をいくものだった。

 通常とは違う、青白い闘気が発生する。それも尋常ではない大きさだ。旧フェアリーラビリンス時代――俺が凄まじいレベルとステータスを持っていた初期化前の『黒神』ですら、これほどの派手なビジュアルを持つ剣技は持たなかった。

 これは、ただの剣技というよりも、魔法のようにも見える。


 闘気を纏った刀を水平に振るう。

 カオスワーウルフは2本の大剣でこれを防ごうとしたが、青白い闘気の刃はそれを許さない。巨大な大剣は、ガキン、という鈍い音とともにへし折れ、宙を舞った。闘気の刃はそれでもその巨大さと、輝きを保ったままに、舞王の刀身を離れ、轟音を響かせながらカオスワーウルフの胴体に直撃する。

 カオスワーウルフがこれまでにないくらい大きな咆哮をあげる。もやは、断末魔の悲鳴と言っても良いだろう。

 その巨体を両断してしまうのではないかと思われるほどの闘気の刃だったが、それには及ばず、バシュンという音とともに消滅した。


 エクストラボスモンスター、カオスワーウルフはこの一撃でまさに虫の息となっている。HPバーも残り数ドットしか残されていない。


 「――ぐっ」


 俺にもわずかな変化が訪れた。刀が、ずしりと重い。どうやら今の剣技、気力の消費が激しいらしい。フェアリーラビリンスのシステムでは、痛みはほぼ無いに等しいが、斬られたら痺れる。HPが極限まで減少すれば、ふらついたり、突然力が抜けたりと、いろいろな影響が現れる。そして気力、魔力が尽きかけると、戦闘にかかわるアクションがだるくなってくる。

 気力、魔力は数値化されないが、こういう変化で増減を感じることができる。魔力については知らないが、気力が満ちている時は体もよく動く気がする。


 俺は地面に倒れ込んで動けないでいるカオスワーウルフに最後の一撃を与え、戦闘を終了させた。


 「さくら、終わったぞ……ん、これは……」


 そのことに、気付いているのか気付いていないのか、さくらはリトルワーウルフの相手を続けていた。

 俺の戦闘エリアに雑魚が入らないように、ずいぶんと気を使ってくれていたようだ。だがそれよりも……数が減っている。どんどんポップしてくるリトルワーウルフの数を減らそうと思うと、かなりの速度で一体一体を消化していかなければならない。

 俺としては、さくらにはそれくらいできると思うが、そうしていた様子は無い。


 途中から、新たにモンスターがポップしていない――これがカオスワーウルフの衰弱、そして俺の手により討伐されたことと関連が無いとは思えない。

 ……よく見れば、橋の方では背を向けて走って逃げて行くリトルワーウルフまでいる……どこに逃げるんだろう。


 数はみるみる減っていき、そしてついに、『ワーウルフの巣』からワーウルフが消滅した。

 戦場がただの広場と化した直後、広場の中央に何かが出現した。何かアブジェクト化されたアイテムようだ。多分、エクストラボスを討伐した褒章アイテムのようなものだろう。しかし、カオスワーウルフからのドロップアイテムは、ちゃんと自動で俺のシステムウィンドウのドロップアイテム欄に追加されているのだが……なんだこれ。


 『人狼の証』とアイテム名が表示される。これは、指輪……だったのだろうが、腕輪サイズだ……


 「よく分からないな……」


 とりあえず、装備してみたがステータスに何の変化も起きない。説明文も、『人狼族であることを証明された指輪』とだけ書かれている。


 サイズから推測するに、カオスワーウルフが装備していた、という設定だろう。見ていなかったから、断言はできないが。


 「さくら、大丈夫か?」


 「う、うん……つ、つかれた……」


 さくらはその場にしゃがみこんだ。身体的な疲れは無いはずだが、精神が少し疲れたのだろう。


 「とりあえず、カオスワーウルフのドロップアイテムは全部さくらにあげるよ。俺は別にパルは必要ないし、とくに必要なアイテムも無いからな……あとこの変な指輪も俺はいらない」


 「指輪……?」


 俺がさくらに人狼の証を手渡すと、さくらは実に不思議そうな顔をした。まぁどう見ても腕輪サイズだからな。

 さくらは何度か巨大な指輪に指を通過させてみた後、思いついたような顔をして、指輪を腕に通した。見事に腕にはまった指輪を満足そうに見た後、システム画面を開いて、さくらはまた不思議そうな顔をする。


 「ステータスが……変わってない?」


 「ああ、まぁ何かしら効果はあるんだと思うぞ」


 さくらはとりあえず納得したようで、画面操作を終了した。


 「さて、俺はまだクエスト消化してないから、行く。じゃあ、またな」


 「う、うん、後でね」


 ――後で? なんか変な言い方の気もしたが、俺はさくらと別れ、残る討伐目標を探し始めた。

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