第42話:妹乱舞
テスト勉強を始めて2時間弱……お兄ちゃんが部屋を出て行ってから1時間強。勉強をやり足りないなんてことは無い、と言われたこともあるけど。やることが無くなってしまった。
今回の範囲で分からないところはもう無い……多分、だけど。
――困った、暇だ。
テスト前に『暇だから遊ぼう』なんてことを中学の友達に言うわけにもいかないし、どうしよう。こんな昼からゲームなんかは……
……でも、家には私とお兄ちゃんだけ。お兄ちゃんは十中八九、いや100パーセント『フェアリーラビリンス』の世界の中。現実の世界ではヘッドギアを付けて眠り込んでいる。
私はそれからも、少しだけ悩んだけど最終的には『コードオールギア』を取り出し、頭に装着しベッドに寝転んだ。
※
光の柱に包まれながら、私はフェアリーラビリンスの世界にログインした。
私はまずメニューウィンドウを開いた。そしてその中からフレンドリストを開く。今現在、フレンドリストに登録している人で、ログインしている人がいれば名前が緑色の表示になる。
今ログインしているのは……シャナさんだけだ。
結構強い人っぽかったけど、私がフェアリーラビリンスを初めてかなり最初の段階で私にフレンド申請を送ってくれた人だ。
「うーん……多分、もっと深い階層にいるんだろうなぁ、シャナさん」
仕方ない、NPCのギルドに行ってクエストでも受けて時間つぶそう。
地下20層目の町、『ライトシティ』のギルドに向かう。
中に入ると、受付のNPCが声をかけてくれる。
「何か御用ですか?」
「あ、はい。えっと、クエストを受けたいんです」
「かしこまりました。今現在お受けになれるクエストは、こちらになります」
目の前に受注可能クエストリストが出現する。
リストにはいろいろな種類のクエストが並ぶ。
……20層目のダンジョンでこなせるモンスター討伐クエストがほとんど無い。うーん、どこかのパーティが一気に受注したのかなぁ。
でも、少しは残っているから、とりあえずこれでいいか。
私が受注するクエストを示すと、
「かしこまりました。ではがんばってください」
と、笑顔でNPCは言葉をかけてくる。
「は、はい」
固定メッセージとは知りつつも、それに返事する。
受注したクエストはシンプルなモンスター討伐クエスト。20層目のダンジョンで亜人種のモンスター『リトルワーウルフ』を三体倒すというもの。
私はダンジョンを目指して進んだ。
※
「案外、時間がかかったな……」
地下20層目のダンジョン。難易度は高くない、というか低い。モンスターのAIも実にシンプルな行動パターンしかなく、攻撃を喰らう理由が無い。
合計で205体のモンスターを討伐するという、到底ソロで受けるとは思えないクエストだったが、開始から1時間半くらい……すでに190体のモンスターはこの刀で倒した。
次のターゲットは、亜人種『リトルドラゴノイド』。
ドラゴンというと強いモンスターを連想するが、リトルドラゴノイドはドラゴン系亜人種の中でも屈指の弱さを誇る。
空も飛べない、ブレスも持たない。ただただタックルしてくるその様は、ドラゴンというよりはただのトカゲ男だ。
「おっと、出たか……」
目の前に目的のリトルドラゴノイド。数は、討伐目標数の5体を超える7体。
「グルルルル……」
「やる気まんまんか……来い」
腰から魔刀、『舞王』を引き抜く。妖しく青白く光る刀身に、青い柄を持つ刀。
刃は空気の刃を放つ。仮に実体のある刃を止めても実体のない空気の刃が敵を斬り裂く。
最初のリトルドラゴノイドが飛び出してくる。
それを紙一重で回避、真横を通り過ぎるその体の硬そうな表皮に刃を突きさす。
刃はいとも簡単にその体を斬り裂き、エフェクトが散る。斬られたリトルドラゴノイドはバランスを崩し地面を転がるように倒れ込んだ。今のでHPバーのほとんどは削れた。弱いな……
とりあえず、後ろで倒れているリトルドラゴノイドにとどめの一撃を与える。
エフェクトの破片となり、体は散った。
残り6体はバラけないで、一気に突撃してきた。
こういう時……範囲系の強力な魔法でもあれば、そりゃあ気持ちよく一掃できるんだろうな。
――と、まぁ俺には魔法がないからそんなことはできない。だがそれを悔やむわけでもない。そりゃまぁ魔法も使えたらなぁ、とは思ってるが、別に魔法に頼らなくとも状況によっては敵を一掃できる。
俺が持つ剣技の中で、もっとも広い射程を持つ『水面破斬』。水平に刃を振るう横薙ぎの剣技である。
ただでさえ広いこの剣技の射程は、『舞王』の持つ空気の刃という特性も相まってサムライの剣技としては相当の射程範囲を持つ。
さらに、リトルドラゴノイドは知能が低い。
時間差突撃や、空からの突撃などの考えは無い。必然、同じスピードで同じ標的を狙った突撃であるのだから近づけば近づくほど密集する。
そこを突く。
「はぁっ!」
タイミングを見計らった一撃は、6体のリトルドラゴノイド全てを斬り裂き、吹き飛ばした。
5体のリトルドラゴノイドはクリティカルヒットでHPバーを失い消滅したが、どういうわけか一体残った。
浅かったか……
「せいっ!」
がしかしHP残量は僅か。危なげなく俺はとどめを刺し、戦闘を終了させた。
次のターゲットは……ドレイク一体か。
下級のドラゴン系のモンスター。細長い蛇のような胴体、背中には羽。空をゆっくりと飛ぶモンスターだ。
確か、このあたりではそこそこ強い部類のモンスターだったな。一応ブレス攻撃も持っている。
ただ出現率が低い。
まぁ、同時にドレイクが三体でも現れようものなら、レベルが低いプレイヤーならあっという間にゲームオーバーにもなりかねないくらいには危険なモンスターだから、そうそうぽこぽこと沸かないのは当然か。
俺は歩いてターゲットを探すこととした。
どれくらいの時間、ダンジョンをうろついただろうか。時間にして15分、4倍の速度で時間の流れて行くこの仮想世界においては、一日の24分の1の一時間が立った。
ドレイクは現れない……モンスターが沸くのは確立だから、こんなことも時たまある。固定のポップ場所でもあったか、などと考えてみるが記憶にない。
……こんなのは大抵、忘れたことに沸いてくるものだ。
とりあえずドレイクは後回しにして、別の討伐目標を狩ることにしよう。
目標は、『リトルワーウルフ』を5体だ。
こいつを探すのには、さほど苦労はしないだろう。なぜなら、この地下20層目のダンジョンには、ワーウルフとリトルワーウルフがポップしまくる穴場がある。それなりに熟練したプレイヤーならば、苦労はしない、むしろプレイヤーに近い動きをするワーウルフの群れと、疑似PvP乱戦が行えると隠れた人気スポットだ。
獲得経験値も高い方だから、俺も有効活用させてもらった。
ただ、ワーウルフとの戦闘経験が少ないプレイヤーにとっては……あそこは難所となる。
まぁ、俺にとっては丁度いい穴場だ。
俺は目的地に向かって少し急ぎ気味で駆けだした。
※
討伐目標、リトルワーウルフはすぐに見つかった。
その姿は、狼というよりかは人に近い。完全に二足歩行、全身毛むくじゃらで、剣と盾を持っている。よく観察すると、武器の種類は何種類かあるようだ。
でも頭だけは完全に狼だ。
討伐目標数は、3体……
「お、多すぎだよ……!」
10……20はいるかな。
少し前に、狼男が沸きまくる穴場があるって聞いた気もするけど……それがここなのかな……でも、私は楽しい穴場だって聞いたはずだ。
「ガルルルル……!」
敵様全員、私を倒す気満々に見える。それはそうか、モンスターだからね。でもすぐにこちらに飛びかかってくるようなことはしない。じわじわと、私を囲むように近づいてくる。これは、完全に囲まれるとやばい。
私は腰に差した刀、『舞姫』を抜いた。
鞘も柄も淡い桃色で、刃には桜吹雪の模様がうっすらと見て取れる。どうやって製造したのかは完全に謎だけど、そこはゲームだから気にしていられない。
前方のリトルワーウルフが僅かに動いた。
それに反応してしまいそうになるが、同時に後ろから敵が迫っていた。振り向きざまに、舞姫を振るう。
刃は空を切ってしまったが、それでも近づいていたワーウルフ3体をまとめて吹き飛ばした。
これが、舞姫の持つ魔刀としての能力らしい。
刀身は常に強力な闘気を纏い、それは巨大な力のままで振り回される。刃物であるにもかかわらず、斬撃は大きな射程を持った鈍器のように敵を薙ぎ払う。
リトルワーウルフはこの刀に警戒心を持ったようで、じりじりと間合いを広げていく。とりあえず、安心だ。
ある程度距離を詰められても吹き飛ばせるけど、全方向から完全に間合いに入られると捌ききれなくなってしまう。
しかし、安心とはいっても状況は何ら好転していない……せめて、かえでさんがいてくれたらなぁ……
――無い物ねだりをしてもしょうがない。
こうなったら攻めよう。一対一なら、絶対に負けないのだから、一体一体倒していけばいい。
「――っ!!」
全身にぐっと力を込めて、足を踏み出す。最高速度のままに舞姫を振り抜き、前方にいたリトルワーウルフを全て薙ぎ払う。狙い通りに、数体のリトルワーウルフは孤立した。そのうちの一体にまずは対象を絞り、そいつに向かって一気に距離を詰める。
「やぁっ!」
横薙ぎに舞姫を振るい、さらに追撃する。
「グルルァ!!」
リトルワーウルフが逃げようとする、が、その背中にさらなる追撃を喰らわせ、HPバーを消滅させる。これで1体。よし、あと2体だ。同じ方法で2体倒したら、全速力でここから逃げよう。