第41話:兄妹関係
「ただいま」
部活動をやっていない俺は、授業が終わるとすぐに家に帰る。部活動をやっていない理由は、いろいろあるが、主に趣味のためだ。しかし全部が全部ゲームのためではない。はずだ……
高校入学してすぐは、部活をやってみようかとも思っていたが、あのゲームと出会うタイミングだな……思えば、高校入学してすぐくらいだった。あれぐらいのころは、ただひたすらレベル上げて、アイテム集めて、ボス討伐とかに必死だったな。
何事も慣れてしまう。初期化なんかしたもんだから、あのころ感じていた高揚感に似るものを感じることはほとんどなくなってしまった。
まぁそれでも、プレイヤー同士の決闘。PvPにはあの頃と同じ、何というか熱いものがあるな。
制服を着替えて、自室に戻る。よし、いざ仮想世界へ……
と、そうでなかった。さくらに頼まれてたんだった……
「お兄ちゃん」
後ろから声がかけられた。
「あぁ、テスト勉強だな? いいよ、さっくり教えてやる」
「ありがと……」
俺とさくらはさくらの部屋へ。
……そういえば、こいつの部屋に入るのは一体どれだけぶりだろう。俺の部屋よりも廊下を奥に進んだ場所にあるから、中をのぞき見ることも一切なかった。
俺の最新の記憶では、なんだかわけのわからないぬいぐるみがベッドに居座っていたり、みょうちくりんなキャラクターのグッズが散乱していた気もするが……あれっていつ頃だったか。
妹の部屋はいつの間にか……ずいぶんと、すっきりした。目立つものといえば、部屋の端に置かれたバカでかいクマのぬいぐるみくらいだ。たしかあれは父さんがプレゼントしたものだったか。
女子中学生の部屋なんか俺は知らんが、物も少ないし、派手な装飾も特にないものなんだな。
――と、俺の視界に、ここにあるはずの無いものが飛び込んできた
本体は箱に押し込まれているが、そこから僅かにのぞくPCに接続されたLANケーブルの独特のデザイン、そして送受信できる情報の量を跳ね上げるためにつけられた接続部のあの部品……見間違うはずもない、あれはコードオールギアだ。
だがあの置き方……隠している、つもりだろうか。そりゃまぁ、母さんにはああいう風に隠せば100パーセントばれないけど。まぁ、いいか。
「で、何が分からないんだ」
「えっと、数学の……」
中学の時、俺も使っていたものと同じ出版社のワークブックだ。問題がずらりと並んでいる。
ところどころ空白があるが、基本的なことは理解できているらしく、記入してある個所はほとんどが正しい答えのようだ。これだと、テストでほとんどの問題はとけるが、難問を間違えてしまい、85から90点というくらいの成績になると思われる。
「一応、勉強はしているのか」
「う、うん……」
「俺が言うのもなんだが、ゲームばっかりしてると、高校落ちるぞ?」
「うん……え、えぇ!?」
大げさに驚いて見せるさくら。どうも隠していたようで、隠し通せているつもりだったらしい。
「まぁ、別にゲームくらいいと思うぞ、やり過ぎないならな。それで、まぁこの問題とかは――」
俺は数学の講義を始めることにした。
さくらは、のみこみがとても早い。一度教えれば、その問題はほとんど問題無くクリアできるようになる。
計算も速いし、暗記力もある方だろう。
「――違う違う、そこは符号が逆だ」
「あっ……」
だがしかし、どうも正確さに難ありだ。落ち着いて各問題で見直しはしても、どうも時々ケアレスミスがある。この分を差し引いても、多分これだけできたら高校受験は大丈夫だと思うが……
後々のことを考えると、これは無くすべきだ。
「お前は計算が速いから問題を簡単に解く。そして同じ速さで同じやり方で見直しをしているだろ?」
「うん」
「同じ方法で見直してどうする。それだと、連続で同じミスをするだろ。見直しは逆からするんだよ」
「……あ、なるほど」
足し算の見直しは、引き算でする。掛けたら割る。こんなのは小学校でやるようなド基礎だが……どうもそういうところが抜けているな……
――が、そのケアレスミスが多いという悪いところもちょっとした指摘をするだけで、どんどん改善されていく。
思っていた以上に、優秀な妹のようだ。
「次は英語なんだけど……」
「覚えろ。数学以外は、多分大丈夫だ。科学はちょっとややこしいかもしれないが……中学から高校入試くらいで複雑な計算なんか一切出てこない、とにかく覚えればいい」
「は、はい」
「結構出来てるみたいだし……これだったら、ちゃんと勉強してたら俺と同じ高校くらいなら合格できるだろう」
「ほんと!? がんばる!」
笑顔でガッツポーズをくりだすさくら。つられて俺の表情も緩む。
こんな風に兄妹で笑い合う日が来るとはな……別にこれくらい普通だろうけど、兄妹の関係が疎遠になっていて会話も少なくなっていたからな。考えもしなかった。
「じゃあがんばれよ」
俺はさくらの部屋を後にした。
「え、ええぇー!? 終わり!?」
ドア越しに妹の絶叫が聞こえてくる。近所迷惑だぞ。
「うるさい」
「ご、ごめん……で、でも! まだ30分経ってないよ……?」
「勉強は効率重視だ、いかに短期間で頭にたたき込めるかが勝負なんだよ」
「う……それは、そうだけど……」
俺はもう一度ドアを開け、顔だけ妹の部屋に入る。
椅子に座ったままこちらをさくらは睨みつけてくる。まぁ、本気で睨んでいるわけでもないようで迫力は皆無だ。
「何が不服だ?」
「こ、効率だけが大切じゃないっ!」
「それは知ってるが……長々と時間を使って、俺から何を聞きたいというんだ?」
「う……ぐ……もう、いい! バカ兄! 絶対次は倒す!」
呼びとめられたのに、全力で部屋から排除されてしまった。なんだ、何が起きているんだ?
次は倒すって、俺は別にさくらと戦って、ましてや勝利したわけでもないんだが……意味が分からない。その上バカ兄扱いとは……
さっきまでのちょっと温かい感じはなんだったんだろうか。やはり、俺とさくらの兄妹関係は疎遠ということか。
――まぁ、考えるのはやめて、俺はいつも通りあの世界に行くことにしよう。
さくらの部屋の前から離れ、自室に入り、俺はコードオールギアをかぶった。
※
俺がいるのは、拠点とした地下20層目の都市、『ライトシティ』
ツールが苦労して俺のために調達してくれた(らしい)バルコニー付きの大きめの一軒家を俺は住居としている。まぁ、全財産投資したからな、それなりには大きくて当然だ。
バルコニーで少しだけくつろいだりしてみたが、豪華すぎるパーティセットが1人だと逆に寂しさを倍増させてしまう。別に寂しいとか思ってないが。
――久々にクエストでもやってパル稼ぐか……
俺は家を後にし、ギルドに向かった。
見慣れたNPCが、俺の姿を認めると声をかけてくる。
「何か御用ですか?」
「あぁ、クエスト受注だ」
「かしこまりました。今現在お受けになれるクエストは、こちらになります」
目の前にシステムウインドウが表示される。そこには受注可能クエストのリストが並んでいる。
モンスター討伐のクエスト。アイテム採集のクエスト。などなど、ごく普通のクエストが沢山だ。一般のPCが作ったギルドでのクエストや、ごく稀にあるPC個人単位での依頼となると、犯罪者プレイヤーのPKなんていう特殊なものもたまにある。
まぁそんな代理での報復みたいなこと俺はしないけどな。
とりあえず、ここはモンスター討伐のクエストでいいか。
「これとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれだ」
「かしこまりました。ではがんばってください」
受注したのは全てモンスター討伐クエスト。合計だと、200体ちかくのモンスター討伐という大仕事になってしまうが……まぁ、一時間、長くとも二時間はかかるまい。
俺はモンスターの住処がある、20層目のダンジョンを目指して進んだ。