第39話:感情表現能力と感情
トーナメント、6戦目。ここまで戦って、さっきのさくらというプレイヤーと当たらないということは……負けたか、それとも当たるのは次の決勝か。
とにかくこのトーナメントに参加して、無駄だったとは思わせないでほしいところだ。
準決勝の相手でもこのレベル。まぁ仕方がないといえば仕方がない。俺は一応ゲームの最前線にいたプレイヤーだからな。
相手は大剣を装備した男のプレイヤー。
力任せに振り抜かれる大振りの攻撃を、かわすことは容易い。そんな攻撃は、1万回しても俺に届くことは無い。
攻撃を回避し、地面を蹴り、がら空きの脳天に舞王をねじ込む。
「はぁっ!」
ザシュッ、という効果音とエフェクトが散り、男の体が離散していく。
舞王を鞘にしまう。
戦闘を終えた俺の体は白い光のエフェクトに包まれ、控室へと転送される。
控室には俺1人。当然だ、次は決勝戦。
もう1つの控室には決勝まで勝ち上がった、俺と戦うことになるもう1人のプレイヤーがいることになる。
誰が出てくるのか……
※
数分の後、控室の扉が開く。どうやら始まるようだ。俺は戦いの場へと歩き進めていく。
観客席からは歓声が聞こえてくる。どうやら向こう側の入り口からプレイヤーはすでに入場しているらしい。
大歓声に包まれ、やたらと派手なエフェクトの演出とともに現れたのは、受付のところで出会ったあのプレイヤーだった。
空間に巨大ディスプレイのようなものが出現し、そこにでかでかとさくらの顔と、名前が表示されている。派手な演出だ。
……そう、ド派手な演出だ。こんな場所で優勝しまくっているとあれば、そりゃ有名にもなる。
表示されるのは顔と名前……いらんとこで凝った演出してんじゃねぇよ!
心の中で抗議してみるが、時すでに遅し。でかでかと表示されたディスプレイには、俺の顔と……黒神という名前が。
この浅い層のプレイヤーは、俺のことを知らないでいてくれることを祈るしかないな。
とりあえず、いったんそれは忘れて目の前のプレイヤーと対峙する。さくらは刀に手を触れることもなく、ただ俺の顔をぼーっと見ている。
どうしたのだろう。
「……えっ、黒神……さん?」
――こいつが知ってた!?
「あ、あぁ……そうだ、クロスってのは偽名だったんだ」
「そ、そっか……なんで、こんな浅い階層に……それも、こんなに早く……」
後半は声が小さすぎて聞きとれなかったが、明らかに『こんな浅い階層』という言葉が聞きとれた。間違いなく、最深部に潜っていた俺を知っているプレイヤー。そりゃ、強いだろう。
俺と同じように、プレイヤーは初期化したというところか。
――ならば、一切加減は必要ないな
舞王を腰の鞘から抜き、体勢を少し落とし、刀身を地面すれすれに構える。それを見てようやくさくらも腰の刀を構える。淡いピンクの柄を持つ刀の刀身は、僅かに桃色がかっているようで、妖艶な輝きを放っている。
よく見ると刃の腹には、うっすらと桜吹雪の模様が入っている。これは、その辺の安物の太刀ではない。
構えは、剣道のそれに似ている。
一見すれば間合いを取って、慎重に一撃一撃を狙ってくるタイプにも見えるが……ツールが言うに、俺と同じように先手必勝で間合いを詰めてくるタイプらしい。
どちらにせよ、関係無い。俺の目で見極める。
決闘開始の合図がなる。同時に俺とさくらは動き出した。
「はぁっ!」
地面すれすれを滑るようにして俺は一気にさくらに接近し、喉元めがけて舞王を突き出す。それをさくらはバックステップでかわす。見事に空気の刃の射程範囲の外まで逃げられた。
さらにさくらはバックステップでかわし切った直後、こちらに間合いを詰めてくる。そして太刀が振り下ろされる。
舞王を上げ、ガードの体勢に入る。
さくらの太刀と俺の太刀の刃がぶつかり派手なエフェクトが飛ぶ。
直後には俺の体は巨大な力に薙ぎ払われるように、吹き飛ばされた。HPバーが減少している。
――太刀の攻撃で今の吹き飛び……あれは魔刀、妖刀の類と考えて間違いないな。
強い。
俺と同じレベルの反応速度に、舞王にならぶ業物。
「行くぞ……」
地面を蹴り、最高速度でさくらの目の前まで間合いを詰める。
が、さくらは当然反応し、太刀で斬り込んでくる。だがやはり、このスピードの中ではいっぱいいっぱいのようだ。何の剣技も使用せずのカウンター攻撃。
並のプレイヤー相手だとそれも構わないが、俺はそれじゃあ止められない。
左手でさくらの太刀を握る腕を掴む。
「えっ……!?」
表情が驚きに染まる。そして動きが止まった。
それは一瞬だったが、それで十分。俺は空いているほうの右手で拳技『掌威』を使う。闘気を纏った掌低を受け、さくらは後方へと吹き飛んだ。
地面に倒れ込み、だがすぐに起き上がる。
そこにさらに俺は踏み込み、舞王で斬りつける。刃は辛うじて防げたようだが、空気の刃に斬られて、さくらは後方へと転がる。
そこにさらに俺は踏み込む。が、それに反応したさくらは、体勢を立て直さないまま太刀を振るった。
どうやらあの太刀は、舞王を似ているらしい。刀身が何らかの力を纏い、あの巨大な薙ぎ払う力を生んでいる。ゆえに、太刀一本ではどうやっても防御しきれずに吹き飛ばされる。
だが、そんな攻撃当たりはしない。右に移動し攻撃をかわし、舞王でとどめの一撃。
さくらの体を舞王の刃が斬り裂く。右肩から左の腰のあたりまでを袈裟切り。さくらのHPバーがものすごい勢いで減少するが、まだゼロには至らない。
さくらは立ち上がり、距離をとった。
「……強い、ね……」
「さくらも、ここまでで会ったプレイヤーじゃかなり強いほうだよ」
カーターやシャナには及ばないかも知れないが……ツールやフリーダムよりは明らかに強い。
さくらは笑っていた。
何の悪意もない、純粋な笑顔。フェアリーラビリンスの感情表現機能は若干オーバーだが、それは人の深層心理を読みとっているからだ。心から笑顔の時は、最高の笑顔を表現するし、心の底から怒っている時は、ちょっとしたトラウマになりそうなほどの鬼の形相となる。
さくらは……楽しんでいるのだろうか、この状況。これだけのHP残量の差がついて尚……これは、うかうかしてると追いつかれるな。
舞王を構え直し、戦闘を再開する。
これだけの差がつきながらも、さくらは全力で応戦してきた。
「せあっ!」
俺が横なぎに振るった刃を、さくらは自分の太刀で吹き飛ばそうとしたが……俺のほうが速く、刃はさくらを横なぎに斬り裂き、HPバーを全て奪い去った。
その瞬間、俺の勝利を告げるアナウンスが響き渡り、会場からは歓声が飛ぶ。
さくらはその体が離散していく時にも笑顔だった。でもすこし、さっきとは違う。まるで何かを名残惜しむような……
そうか、分かった。
この戦いをさくらは心の底から楽しんでいた。だから戦闘の終わりが惜しい、ということか……
――こいつも、ただの戦闘狂ということか
※
「違う! 違うからな!?」
「……んだよツール。唐突に……」
そんなこといきなり言われても困る。
「それより家はどうなった?」
俺がトーナメントに出場している間に、俺から先払いの謝礼を受け取ったツールはせっせと俺のための家を探してくれていたはずなのだ。
「おう、なんとバルコニー付きの一軒家だ」
「バルコニーいらねぇけど」
「な、なに!? つか、結構苦労して探した家なんだから喜んでくれよ!」
「お前の苦労しらないし……報酬渡したじゃねぇか」
「可愛くねぇ……」
ぶつぶつと言いながらも、ツールはバルコニー付きの一軒家へと俺を案内してくれた。
ライトシティの中心から、離れすぎずに近すぎない。位置としては完璧だ。そしてそこそこの広さ。2階建てで2階にはばっちりとバルコニーがある。
最初からテーブルやら椅子やらがセッティングされていて、パーティするにはもってこいだ。パーティするような友達いないけど。
「うわー! でけぇ! マジありがとうツール!」
「はっはっは、良いってことよ!」
「……と、まぁリクエスト通り喜んでやったところで……」
「ちきしょう! 作り笑顔だって分かってたっつーの! 可愛くねぇな!」
ちゃんといろいろと設備も整っている。まぁ、大かた使うことがないものだと思うけど……
「とりあえず、ありがとな」
「おう、また報酬しだいじゃ依頼は受けるぜ」
ツールは笑いながらそんなことを言うと、帰って行った。
俺も……そろそろ疲れた。
せっかくベッドもあることだし、寝よう。
ゲーム内で寝ると、ログアウトできる。こっちで眠ると、向こうでは目覚める。起きている状態から目覚める通常のログアウトだと、若干脳が混乱するらしく、本当はゲーム内で眠ってログアウトするのが好ましいらしい。
今日は、こっちで眠って落ちるとしよう。
俺はツールが用意してくれたベッドに飛び込んだ。うん、柔らかくて寝心地は良さそうだ。
あっという間に俺の意識は落ちていった。