第38話:持つべきは戦友
『朝露の森』を突破し、地下20層目のダンジョンも難なく通り過ぎ、『ライトシティ』へとたどり着いた。
新参プレイヤーが最初にたどり着く大きな都市、それがここ。
地下1層目からここまでで、一番PCの多い町だ。
「とりあえず着いたな、お疲れ」
近くにあったベンチに座り込んでいるミューに声をかける。かなり疲れたらしいな。
「俺はとりあえずいろいろやることがあるから行くが……ミューはちょっと休め」
「そうするよー……」
「あぁ、またな」
地下20層目までの攻略パーティーはこれで解散となった。
やること、というと。
最優先なのは、新しく『デタージハウス』を用意することだ。別に部屋でも一軒家でもどっちでもいいが、そこそこのアイテムを補完できる必要がある。
後は、これは別にいいんだがもう一振り刀が欲しい。別に『舞王』だけでも構わないことは構わないのだが、これは魔刀。強いは強いがくせがある。普通の太刀も持っておきたいというのがある。
とりあえず最優先は家なので、物件の情報が一番あると思われるシステム運営の公式ギルドへと俺は向かった。
※
ド派手な金髪リーゼント、立派な特攻服の背中には『天上天下唯我独尊』。目の下にどこかで見たことがある刺青がばっちり入り、顔はかなりいかつい。
髪型こそ変わっちゃいるが、こんな昔のヤンキーみたいな男……他に考えられねぇ……刺青も完全に一致するし。
「とりあえず、おっさん。その髪型はねぇわ……」
「あ、あぁ!? お、俺はおっさんじゃねぇ!!」
怒りながら、しかし動揺しながら男はこっちを睨みつける。が、すぐに表情から力を抜いた。
「く、黒神……?」
「忘れたのかよ、ツール」
「いや……久しぶりだな!」
「リアルでちょっと前会ったじゃねぇか」
「こっちじゃ久しぶりじゃねぇか!」
そんなものか。
「てか、ツールも初期化してたのか?」
「いや、ばっちり引き継ぎだが」
「じゃあなんでこんな階層にいるんだよ」
ツールは旧フェアリーラビリンスでは、大して強くは無かったけどレベルでは50はあるだろうと思われる高レベルプレイヤーの一人だった。どちらかと言えば職人気質の男だったが、それでも拠点とするならばもっと深い階層だろう。
「商売だよ、上の層で取れるアイテムを安く流してるんだ」
「安く、なぁ……」
「おいおい、なんだその目は? いくらなんでも低レベルのプレイヤーからそんなセコイ方法でパルを巻き上げたりしねぇさ」
「それもそうか」
といっても疑いが完全に晴れたわけじゃないがな。
「もっと下の連中はどうなんだ?」
「ターミナルにはかなりの数のプレイヤーが集まってる。俺もターミナルまでたどり着いたからな」
「へぇー、じゃあレベルはあれから上がったのか」
「おう、今だったらお前にだって負けやしない、といっても絶対に決闘とかしないから刀の鞘に触れるな」
さっそく戦おうかと思っていたら、先手を打たれた。なかなかこの男とは決闘が実現しない。決闘、とは言ってもただの模擬戦だから気軽にやればいいのに。
「お前とやっても、なんの練習にもならん……VR環境下でお前に勝てる奴なんかそうそういない。初めて決闘した日にもう嫌と言うほど分かった」
初めて決闘した日……いつだったか。
そんなにゲームの序盤じゃないんだ。序盤だったら、俺だってまでVR環境に慣れているわけじゃないから、他のプレイヤーとそこまでの差は無かった。といっても負けたことは無いが……
ツールと初めて戦ったのは……
「ユースティアか、あの町にはちょっとの間世話になった」
「あぁ……太刀一本腰にぶら下げてあんな階層でソロやってる奴が弱いわけが無いってのにな……」
「はは、だから俺に挑んだんじゃなかったのか?」
「俺はそんな戦闘狂じゃないさ」
確かワンコンボでツールは降参したはずだ。
メリケンサック装備で全力でかかってきた。大振りの一撃を軽くかわして、あの時の俺の愛刀『五月雨』クリティカルヒットを叩きこんだところで決闘終了だったな。
「あー、弱かったなぁ……」
無意識に呟いてしまっていた。
ツールは拳を握りしめてフルフルと震えている。――闘るのか? とも思ったが、すぐに諦めたように脱力すると、大きくため息をついた。
なんだか落ち込ませてしまったかと一瞬だけ心配したが、すぐにいつもの調子に戻ると、また話し始める。
これは、何か面白い情報を俺に提供してくれる時の顔だ。
「この階層には、コロシアムがあるだろう?」
「あぁ……前はターミナルにしかなかったけどな」
「そうそう、それだ。アップデート以降はコロシアムでプレイヤー同士でのトーナメントなんかもやっているんだが……」
そこまでいってツールはにやりと笑った。そしてさらに続ける。
「トーナメントに何度も出場し、連戦連勝、優勝賞品を毎回掻っ攫っていく凄腕のプレイヤーがいるんだ」
「……でも、どうせ高レベルプレイヤーとかだろ?」
「いや、参加できるのはレベル30までのプレイヤーだけ。つまりステータス的には大差の無いプレイヤー同士だ」
「へー……俺みたいにリセットしたもと高レベルプレイヤーとかかな」
「それも違うらしい。アップデートの少し前にフェアリーラビリンスにデビューした、まだまだ新参のプレイヤーだ」
「……だとすれば、すごいな」
俺のように、リセットして低レベルプレイヤーとなっているが、VR環境下での戦闘に慣れているプレイヤーはおそらく少ないが他にもいる。そういうやつは、必ずレベル制限のトーナメントには出てくるものだ。
そいつらを抑えて連戦連勝となると……天性のセンスか。多分脳内の神経伝達速度やその精度がすごいんだろう。
……けどまぁ、どうしてもVR環境下での戦闘には場数が必要だ。他ゲームからの移動ってのが一番妥当かな。
「どんなプレイヤーなんだ?」
「あぁ……小柄な女の子だ」
「ほう」
「装備は太刀、最初は直剣だったがサムライに職業を変えたようだ。戦闘スタイルは自ら懐に飛び込み、流れるようなコンボで先手を取り、あっという間に戦闘を終わらせる……黒神そっくりだ」
「なるほど……」
ツールの言う通りだとすれば、なるほど俺によく似ているプレイヤーのようだ。しかし、自分よりも大きな武器を持つ相手や、ごついモンスターたちに突っ込むのは、仮想空間とはいえ度胸がいる。
それをデビュー間も無い女性プレイヤーが簡単にこなすというのは、すごい。
「そいつは闘ってみないとな」
「言うと思った……」
「――と、そうだ。忘れるとこだった。ちょっと家を探しているんだが、頼めるか?」
こんなところに商売上手の戦友がいることだから、家とかもろもろはこいつに任せてみよう。
「はぁああああ?」
実に不服そうな声を上げるツール。どうしたものか、まぁ、付き合いのそこそこある俺には、こういう時どうすればいいかがよく分かっている。
「――そうだ、地下18層目でエクストラボスっぽいのを倒した時のドロップアイテムがあるんだが……」
「最高の部屋を最高の価格で準備しようじゃないか、予算はいくらだ?」
持つべきものは、友人だな。
予算である25万パルほどを全額預ける。
もしこれでこいつに裏切られたら全財産を持っていかれるという最悪のパターンだが、それは無いと断言できる男だからこそこんなことができる。
オブジェクト化せずに、ウィンドウに格納されている状態の所持アイテムに重さは無いが、ウィンドウの『所持金0パル』という表示を見るとどこというわけではないが、寂しく、軽くなった気分になる。
さて、俺は新しく実装されたライトシティのコロシアムとやらに顔を出してみるか。
※
コロシアムは、ターミナルにあるそれに比べると若干小規模だ。
中には多くのプレイヤーがいる。どいつもこいつも、戦闘狂っぽい目をしている。多分決闘仕掛けたら断る奴はいないんだろう。
受付のNPCが、トーナメント受付締め切り5分前を知らせるアナウンスをしている。それを聞いた瞬間、俺の足は動いていた。
――今日は、建物を見るだけのつもりだったんだけど、まぁいいか。まだ疲れたわけでもないからな。
俺が受付を終えた直後に1人のプレイヤーが受付のNPCに話しかけた。こいつもトーナメントに参加するらしい。
黒い肩くらいまでの長さの髪に、黒い戦闘装束。これは、俺が来ているものの女性モデルだろうか? こんな地味なのあえて選ぶ奴がいるとは……まぁモンスターから姿を隠すのに黒は好都合だからな。
腰には淡いピンクの柄をもつ太刀を差している。
真正面から顔を見ると、花の装飾のある髪飾りをしている。
「あれ、クロスさんだっけ? また会ったねー」
黒装束のプレイヤーの後ろから、見たことのある白装束のプレイヤーが現れた。名前は『かえで』といったはず。白魔術師で、上級の光の魔法を扱う。
「かえでさん、だったか? あの時は助かったよ」
「いえいえー、あれだけのモンスターを一度に倒せたんで、こっちもいろいろがっぽりだったしねー」
軽い口調で言う、なんだか感情の分かりにくい男だ。
フェアリーラビリンスは感情もしっかりと表現する、が、それは脳からの信号を機械が受け取り感情として表現する。
若干オーバーにそれは反映され、笑顔はとびっきり笑顔に、涙が出るときは結構思いっきりでる、らしい。けどこいつは、ずっと微笑んでいる。見事な作り笑いだ。
「かえでさん……知り合い?」
「うん、ちょっとねー。てかさくらちゃんまた出るんだー」
「うん……えっと、私はさくらって言います」
そういってこっちを見るプレイヤー、さくら。自己紹介されたから俺も名乗っておく。当然偽名のほうだが。
さくらもトーナメントに出るという……つまり勝ち続ければどこかで当たる可能性がある。
装備は太刀、そして職業はサムライだろう。そして女性プレイヤー。ツールが言っていたプレイヤーがこのさくらというプレイヤーである可能性はある。
そしてもしそうならば、必ず勝ちあがるだろう。直接対決が楽しみだ。