第3話:妖精ルナ
「と、いうわけで」
「仕切り直しか……お前本当にボスキャラか?」
妖精ルナの体から威圧といったものは、全く感じられなくなっている。さっきの一瞬の緊張は何だったのだろうか。
PCでは無いし、NPCというわけでもない、ステータスは見れないけど浮遊があるから、雑魚モンスターってわけじゃない。
何より異質なのが、こいつはPCとしか思えないほどに、表情が豊かで、言葉も人間そのものに感じる。
「本当に、ごめん! タイミング悪かったね」
そしてPCに気軽に話しかけられ、お互いにチャン付けで呼び合う仲ときてる。
分けが分からない、特殊なAIを持っているとは聞いていたが、これは完全な人工知能といえるのではないだろうか。もしくは、NPCに見せかけたシステム側のプレイヤーというところだ、しかしそれは無い気がする。
もしシステム側の人間で、表示をモンスターに変えているのならば、俺やこの女みたいなPCに対してこんな致命的なミスを犯すとは思えない。
「それより、あんたはPCだよな。誰?」
「そうだね、自己紹介だね。私はシャナ」
「俺は黒神」
「知ってるよ、有名人だもんね。それよりフレンド登録しようよ!」
「なんでだよ」
フレンド登録すれば、メッセージを送れたり、アイテムの受け渡しが楽だったり、連係が繋げやすくなったりする、しかしあんまり俺にとってはメリットにもならない。
実際、1年プレイしているプレイヤーの中ではかなりフレンドが少ないはずだ。
「なんでって……お友達でしょ?」
「違う。それより、妖精ルナを倒したい」
「私はダメでルナちゃんはいいの?」
「お前、話聞いて無いだろ」
「聞いてないよっ!」
騒がしい奴は無視することにした。
どこまで行ってもおかしい奴はいる。このバーチャル空間にもやっぱりいるものだ、変人。
このやり取りをルナはずっとうっすらと微笑みながら見ていた。やはりプログラムにできる表情には見えない。何かが違う、闘い辛くなるかもしれないとも思ったが、逆だ。むしろ闘いたくなったな。
俺がルナを見ると、ルナは意味が分かったのかこちらを向く。
「じゃあ……手加減、しないよ?」
「いらねーよ」
五月雨を抜き、ルナに向ける。ルナも弓を手に持ち、光の矢を出現させる。
ルナを俺の貧弱な観察スキルで観察する。浮かび上がってきたのは、『ルナ』という名前。そしてHPバー。当然満タンの状態だ。
「いつでもどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて」
地面を蹴り、真横に飛ぶ。そこから孤を描きながら、回り込みルナを斬りつける。
しかしルナは、空中に逃げた。ふわっと浮き上がり、七色の羽衣がキラキラとした光を振りまきながら、ゆっくりと少し離れた位置に着地する。
そして弓を俺に向けた。矢が引かれ、俺に向けて飛んでくる。
俺は少し横に移動してかわす。矢は俺の喉の高さを通過していった。
「そんな単発当たるかよ」
「どうでしょう?」
ルナはまた矢を引く。さっきよりも矢が強く光っているような気もする。
「弐連光弓」
放たれた矢は二本。これもフットワークだけで避けられる。
俺が避けると、ルナはまた矢を引いている。今の『弐連光弓』は、通常の『光弓』という光の矢を放つ弓技を発展させたものだ。一度見たことがある。
だが今度のはさらに強く光っている。これより先は未体験だな。
「四連光弓」
四本の矢が飛んでくる。体勢を落として上の矢をかわし、したの矢は五月雨で弾く。一撃で四本は初めて見るな。
「まだまだ、拾六光弓」
矢の数は十六。かわしきるのは無理だ。こんな数は見たことが無い。
迫りくる矢を、五月雨を縦に強く振るい、風を起こして弾く。何本かの矢が、逸らしきれずに俺の体を掠めていった。HPバーが数ドット分削られる。
ルナはまた矢を引いている。光の強さは今までの非ではない。
巨大な光が、ルナを完全に隠してしまっている。五月雨を構え、矢に備える。
「壱百八光弓」
ありえない数の光の矢が、俺の視界を完全に覆う。前方全てから襲い掛かる矢の嵐、かわしきれる気配も無い。
後ろの全力で飛ぶ。すると矢は、俺のいたポイントで曲がり、こちらに一直線に向かってくる。どうやらホーミング機能がついているらしい。
今度は真横に飛んでかわす、しかし矢はまた曲がりこちらに向かってくる。
五月雨で矢を弾く。しかし数が多すぎるためどうにもならない。
矢が俺の体を貫いた。
「ぐっ……」
痛みはかなり弱められて、実際に感じる事になる。
実際の痛みの100分の1にも満たない痛みとはいえ、全身に矢が突き刺さる痛みは、それなりに苦痛となる。
HPバーが凄い勢いで減少していく。
矢は俺の体にヒットしてからしばらくすると消滅する。視界が開けた時に、目の前にルナが弓を構えて突っ込んできていた。
そして巨大な矢が放たれる。俺はそれを五月雨で受け止め、切り払う。どうにか防ぎきれたところで、こちらから反撃する。
自分の限界速度で距離をゼロまで詰め、五月雨を振り下ろす。
ズバッと刀が身を切るような音が響いた。だが手答えがあまり無い。ルナのHPバーはほんの僅かに減少した程度だ。
「手伝ってあげよっか?」
「いらない、お前黙ってろ」
シャナに余計なことをされてはかなわない。冷たく俺が言い捨てると、シャナは頬っぺたを膨らまし、実にバカ面になった。とはいえ、アバターの元が良いので、さほど問題なく可愛い。
しかしゲーマーがリアルでこの顔をしていると思うと残念かもしれない。
と、余裕を見せてしまっている俺を、ルナは追撃せずに待っていた。
「余裕かよ」
「違うよ、見てただけ」
それは余裕ということなのだ。はっきり言って強い。格上のPCと決闘しているみたいだ。
俺のHPはもう半分残っていない。まずいな。
一気に距離を詰め、五月雨を突き出す。
刃がルナの胸の中心辺りに突き立てられるが、貫くことは無かった。
刃が通らない体って、ありかよ。どれほどの物理防御を持っているのか、それとも特性か。おそろしくスペックが高い。
ルナのHPバーはやはり若干削れるだけだ。
剣技を使わずに斬り続けてもダメージはほぼゼロ。ならば、ここからは本気で行こう。どう考えてもこいつはキングガーゴイルよりも強い。
縦の斬り上げる剣技、『飛燕』。この剣技は、相手を浮かせるのと同時に、自分の体も浮く。そこからさらに縦の斬り落としの剣技、『雷電破斬』で追撃する。
刀身に雷を纏わせて、落雷のように斬るこの剣技はビジュアル的にもお気に入りの技だ。威力も申し分ないし、雷属性がついてくる。
ルナは地面に叩きつけられた。HPバーが少し減る。やはり相当のHP量があるようだ。
起き上がったルナにさらに追撃する。
「うおおお!」
体を回転させながら突進し、合計8度突きを入れる剣技『旋光連華』でルナを再度地面に転がらせる。
さらなる追撃のために一度距離をとる。
だがその一瞬、ルナは反撃に出た。
「ジャッジメント・フォース」
ルナが言った直後、俺を中心に地面に巨大な魔方陣が描かれる。魔法だ、それも規模が半端ではない。 半径15メートルはある。それが光り輝いている。
剣技や拳技。そして弓技などのような特技は、動きで憶えるもので、体で覚えれば使える。技の名前を声に出すのは、イメージを固めるためだ。
それに対して魔法は、その魔法の名前自体が呪文のようになり、熟練すれば声に出した瞬間魔法が発動する。高位の魔法になれば、詠唱が必要になるものもあるが、それも熟練度しだいで省略できる。
詠唱とはいっても声に出して長々と唱えるのではなくて、ただ単に発動までの時間を待つ程度のものだ。
そして今の魔法は、省略された高位の魔法だと思われる。
足元の魔方陣の外周から光が空に向けて一直線に伸び、逃げ場を塞ぐ。
そしてその光はある程度の高さまで伸びると、放物線を描き、俺に向けて振ってくる。その先端は尖っていて、見るからに殺傷能力がありそうだ。
数は数え切れない。
雨のように降り注ぐ無数の光の槍を、高速で移動しかわし続ける。幸いホーミング機能は無く、全て地面に突き刺さっている。
「数うちゃ当たるってもんでもないぞ」
「知ってるよ、でも避けきれないよ」
突然魔法陣の中が真っ白な光に包まれた。
全身に衝撃を受け、俺の体は真上に浮かび上がった。
「こういう魔法かよ……」
着地し、HP残量を確認する。すでにイエローラインを超え、レッドラインまで入っている。
「仕方ないな」
五月雨を両手にしっかりと握り、地面を蹴る。
一直線にルナに向かって突っ込んでいき、体でタックルする。そして完全ゼロ距離から、両手に握った五月雨で斬りつける。
ダメージはほとんど無いが、これで準備はできたことになる。
「飛龍旋華!」
剣に闘気を纏わせ、斬り上げる。
それと同時に闘気は龍に姿を変え、ルナを飲み込みながら上昇する。グネグネと龍は宙を舞い続け、ルナを斬り刻み、最後は地面に叩きつけ圧砕する。
ドゴォンと轟音を上げ地面がめくれ上がり、ルナが叩きつけられたところで、さらに追撃する。
奥義からのみ派生する、フェアリーラビリンスの最強の技。秘奥義を発動する。
「夢想剣」
おそらく、現段階で俺にしか使うことができないであろう剣技だ。
理屈は分からない、ただ習得できた時に一度使ったが、恐ろしく強い。
剣技に属するが、感覚的には魔法に近い。
発動すればただ剣技のモーション通りに体が動き、敵を切るほかの剣技とは違い、発動後すぐに五月雨を振るうわけではない。
俺はただ剣を構えて、無心に敵を待つだけだ。流れていくバーチャルの風も、どこからか聞こえてくる爆音も、ただ俺を通り過ぎていく。
「壱百八光弓」
ルナがものすごい数のホーミングする光の矢を放ってきた。
俺はその矢を全て、五月雨で斬って消した。これがおそらくこの技の発動条件となっている。
夢想剣は、この技の射程距離に入ってきた敵や攻撃に完全オートで反応する。そして攻撃に反応した場合は、その瞬間からその攻撃を行った対象を敵と認識し、オートで斬り伏せる。
俺の体はオートで動き、ルナを捕らえた。
「これ……」
何かを言おうとしたルナを、五月雨が斬り裂く。一撃の威力はやはりそれほど高くは無いが、そのまま流れるように、まさに夢想の世界にいるかのように、五月雨をオートで振るい続ける。
みるみるルナのHPバーが削られていく。
途中、ルナが弓を使って五月雨を防いだが、すぐに夢想剣は反応し、防御を外してさらに斬る。
ただ夢のように、夢想の世界で戦っているよう。だから夢想剣。
ただ強すぎるこの剣技にも欠点がある。
どうにかならないかと思っているのだが、気力の消費が著しい上に途中で止まることができない。それも夢想故だが、気力が尽きるまで続けて、敵を倒せていないと、そこから剣技が一切使えない。
ルナのHPバーはレッドまで減っている。だがここで、夢想に終わりが来る。
突然感覚が戻る、だがここでやめるわけにはいかない。
五月雨を自分の力で握り、振るう。この一撃で決めるつもりだった。しかし五月雨は何かに阻まれ、跳ね返される。七色のエフェクトが光る。
「ちょ……。ちょっと待て!」
「え、えへへ」
七色のエフェクトは、『無敵属性』をあらわしている。その証拠に、少し遅れて空間に『無敵』の文字が浮かんできた。
「本当は、イエローのゾーンまでHPが減ったら妖精との戦闘は終了なんですよ」
「なっ、通りでHP多すぎると思った……。というかそういうことになってるなら、止めろよ」
「あんなのが来るとは思わなくて……」
ルナは苦笑しながら、武器を消滅させた。
直後に俺の体が光に包まれ、HPバーが完全回復し、気力も元に戻った。システム権限の完全回復だろう、やはりルナは妖精で、そしてプログラム……なのだろうか。
いまだに確証が持てないでいる。
自分で妖精だと名乗っているが、人間だとしか感じられないのは戦闘が終わっても一緒だ。
体の光が収まると、今度はルナの手のひらの上に小さな光が出現する。
見るのは初めてだが、多分『妖精の加護』というアイテムだ。フェアリーラビリンスでは、装飾品とは別に『加護』という装備欄がある。大抵のプレイヤーはそこは空白のままだが、そこには倒した妖精の加護をセットできる。
ルナから妖精の加護が離れ、俺の手元に収まる。
メニュー画面で確認すると、やはり『ルナの加護』の表示があった。装備時の効果は、HPオート回復。
「おみごとっ! じゃあフレンド登録……」
「しねえよ」
「ななっ! 終わったらしてくれるんじゃないのー」
シャナは口を尖らせて、俺から顔を背けた。一生そっちを見ていてくれるとありがたい。
「これでルナちゃんの加護を持ってるのは、私と黒神くんで2人だね」
「は? お前、もう闘って、しかも勝ってたのか?」
「いぇぇすっ! もしかして、最初に行ったほうが良かった? 凄いでしょ!」
こんな階層にいる上に、妖精とチャン付けで呼び合う。まぁ只者ではないとは思う。ただそれほどの高レベルプレイヤーだとは思わなかった。
「もしかしてお前、当選組?」
「ん? 違うよー」
当選組、当選プレイヤーとも呼ぶ。フェアリーラビリンスは一般発売の直前に、大規模なテストプレイが行われ、参加プレイヤーは抽選と審査で選ばれていた。当選プレイヤーはセーブデータを引き継ぎ、ある程度の知識を持ってスタートできるというメリットがある。
かくいう俺も当選組の1人だ。
格ゲー世界大会3年連続制覇と備考欄に書いてやったら一発当選だった。
フレンド登録すれば、ある程度のステータスは把握できる。
しておいて、損は無いか……
「じゃあするか、フレンド登録」
「待ってましたっ!」
フレンド登録の手順は、フレンド申請を出し、受けた方が受諾する。それだけで完了だ。
メニュー画面を開き、ちゃちゃっと済ませる。
そしてすぐさま確認する。
ハンドルネーム:シャナ
職業:魔法剣士
確認できたのはこれだけだ。やはり詳細なステータスや、装備品などは閲覧不可の設定になっている。しかし職業が分かった。
魔法剣士。見たことが無い、そもそも存在することを知らなかった。
メニュー画面のシャナのプロフィールを閉じる。すると、画面の右端がチカチカ光っている。これは未読メッセージがあることを告げている。
それも3件、誰だろうか。とりあえずメッセージBOXを開く。
差出人:ツール
件名 :どこ?
本文 :どこに飛ばされた? 俺の所まで来れないか? お前なぜか、居場所が分からないんだけど。
おそらく妖精との戦闘が始まっていたからだろうな、ツールのほうで俺の居場所が確認できなかったらしい。
そして2通目。
差出人:ツール
件名 : (無し)
本文 :たすけけ
……
そして3通目。
差出人:シャナ
件名 :いやっほー
本文 : (無し)
ただの悪戯メール? すぐ横にいる俺に……いや、添付ファイルがある。アイテムだろうか。
俺は添付されていたものを、実体化させる。それは一枚のスナップ写真。2本の剣を持つキングガーゴイルがその剣を振るいながら森の中で闘っている写真だ。
そしてキングガーゴイルのすぐ前を、凄い顔で走っている男がいる。
「……悪い、忘れてた」
「よく取れてるでしょ?」
「ああ、そうだな」
メッセージを俺からも送る。
差出人:黒神
件名 :悪い……
本文 :今から行く、かも
本文の用意をして、送り先のプレイヤーを指定する、のだがその時にツールの名前は赤表示になっている。ちなみに属性がLIVEのキャラは緑色の表示、ログインしていない状態ならグレーの表示だ。
赤は……属性DEADを表している。
俺はシステムからの警告メッセージ、『そのプレイヤーは戦死しています』をOKで閉じ、そのままメッセージを送信した。