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第37話:卑怯者ども

 地下18層目のダンジョン『死の荒地』はあの後すんなりと通過することができ、そして地下19層目『朝露の森』。ここは一つ上のようなホラーな雰囲気とは違い、明るく見やすい森だ。

 一応、フェアリーラビリンスのダンジョンは地下1層目から『地下』であり、普通なら光は一切ない。しかしそれだとゲームにならない。だから階層ごとにいろいろな光を放つギミックがある。

 死の荒地なんかはほとんど明りは無い。だが明るいこの朝露の森は、光を放つ植物が生えている。

 植物の葉には常に雫がついていて、それはその光を浴びて綺麗に光っている。おかげで森の中はあちこちがキラキラ光り、先まで見通せるためかなり難易度は低い。

 モンスターもあまり出ない。俺とミューはゆっくり歩き進めていく。


 「……あと少しで目的地だな」


 誰に言ったわけでもない俺の言葉にミューが反応した。


 「そうだね……」


 どうも元気がない。落ち込んでいるわけでもなさそうだが。


 「なんか調子狂うなぁ」


 「え?」


 「最初はもっと騒がしいやつだったじゃないか」


 「……本当は、私はすごく静かな子なんだよ」


 ミューの口からそんな言葉がこぼれた。そう、なのか? 俺はそうとは思わなかったが……

 ミューはうつむきながら言葉を紡いでいく。


 「現実と、仮想は、違うんだよね……」


 うつむいているから表情は見えない。何を思ってそんなことを言ったのか分からない、それに答えを求めているのかも分からないが、俺は俺の思うことを言う。


 「そうだ、現実と仮想は違う」


 「……そうだよね……」


 「ただそれは、伝えることのできることの多さの違いでしかない。と、俺は思う」


 俺はさらに続ける。ここからは、ゲーマーで機械オタクでコンピューターをいじり続けたりしている俺の持論でしかないけど……


 「誰か情報交換をするのに、今ではインターネットなんていう便利なものが普及しているが……昔は手紙だ。紙に文章を書いて送り、それを見て貰うことで、返事を受け取ることで情報の交換ができる。それが最初だ」


 「技術は進歩し、生まれたVRバーチャルリアリティ技術。これは文字以外にもさらに多くの情報を伝えることができる。視覚、聴覚、触覚、まだ嗅覚に関しては技術が進んでいないが、いろいろなことを伝えることができる。だが、現実で人とかかわりあうことに比べればまだまだ伝えることができることは少ない」


 ――それが現実と仮想の違うところ。

 まぁ仮想世界では仮想のアバターを使って外見とかいろいろ偽ってはいるけど、そんなのさしたる問題ではない。

 情報の交換、つまりコミュニケーション。これは常に一対一だ。多対一で話している時でも、それは一対一が同時に成り立っているだけだ。

 重要なのは、どれだけのことが伝わるかよりも大切なことを伝えられるか……


 「手紙だろうと、VR空間だろうと、現実だろうと、伝えられる情報量こそ違うが人と人との関わりの上で重要な心を伝えることはできると、俺は思う。だからこの先VR技術がさらに進めば、現実と仮想の境界線はどんどん曖昧になってい――って、どうしたミュー?」


 ミューは相変わらずうつむいているが、肩を震わせている。どうしたんだろうか。

 うつむいたその顔をよく見ることはできないが、その瞳に森の光を浴びて、朝露のように輝いているものが見えた。




 ※




 時間はわずかに進み、場所はまだ朝露の森の中。ミューは、というと……


 「よしっ! 倒した!」


 すっかり元気になっていた。元気よく短剣を振るい、森の中のモンスターをずばずば倒していく。


 「ふぅ……なんか知らんが、お前はうるさいくらいのほうがいいな」


 「えっ!? 何か言った!?」


 戦い続けているミューには俺の言葉は聞こえなかったらしい。

 俺もモンスターを倒し続けているが、どうも、雑魚モンスターが雑魚すぎて困る。本当は銀時雨で戦いたいのだが、折れてしまったから俺は舞王を使っているのだが……

 舞王が強すぎて、ほとんどのモンスターが一撃でHPバーを失ってしまう。それはそれで快感に感じられる奴もいるかもしれないが、俺はこの仮想世界に全身が震えるような緊迫した戦闘を求めている。

 ちょっと物足りないな。


 ダンジョンを進んでいく。


 俺とミューは足を止めた。目の前に、3人のPCが立ちふさがった。全員が武器を構え、こちらを見ている。どう見ても、ばったりとダンジョン内で出会った普通のパーティという感じではない。明確な敵意を感じる。

 大鎌を肩に担ぐように持ち、こちらを睨む男。そして……ボウガンだろうか、よく分からない飛び道具をこちらに向けてはいないが装備した男。

 その2人を率いるように後ろに立たせ、こちらをにやついた顔で見ている女。手には刀を持っている。

 3人とも、HPバーの横に『犯罪者プレイヤー』であることを示す黄色の星がついている。


 さて、向こうがどう出るか……


 「――さぁて、状況は分かるな? アイテムとパル、その場において失せろ」


 やはりこう来たか。

 こいつらは多分、盗賊ギルドといわれる奴のメンバーだ。

 本来ギルドは、中の良いプレイヤーで集まって、そこからパーティを組んだり、大規模に成長したところは依頼を受けたりするような、そんな集団だ。

 だがこいつら盗賊ギルドというのは、性質の悪いプレイヤーが集まってパーティを組み、そして主に自分たちよりも低レベルのプレイヤーを脅したり、PKしたりしてアイテムを集めるような卑怯な集団。


 そうなれば、こいつらはさらに下の階層からやってきたようなプレイヤーたちだ。おそらくレベルは俺たちよりもかなり上。


 俺は舞王を抜き、構える。


 「ミュー、こいつら俺に任せて逃げろ」


 「……え?」


 「多分、俺たちよりもあいつらは高レベルのプレイヤーだ」


 「でも……」


 「俺は大丈夫だ。3人とも片付けとくから、ちょっと回り道して先に行ってろ」


 まず、勝てる。盗賊ギルドなんかやっているやつに、まともに戦える奴なんかいない。上の層に上がって、まだレベルの低いプレイヤーをステータス任せに倒すだけ。そんなやり方しかできない奴に……俺が負けるはずがない。


 「へぇー、かっこいいねぇ……じゃあそっちのあんたは、そいつを見捨てて逃げるわけだ」


 どうせ俺に負ける奴が……余計なことを言うな。


 「違う……私は逃げない」


 「ミュー。俺は絶対に負けない。だから……」


 「この人たちが強いのは分かるよ、でも、友達を、やっとできた友達を見捨てて先に進みたくない。ここで戦えないと、現実でも戦えない」


 ――何を言っているのか、あまり分からない。俺はミューのことを知らないけど、何か、現実で抱えてるものでもあるのか……

 戦いたい、というのならば、戦えばいい。


 「――分かった、共同戦線だ。真ん中の女はミューが戦え。後ろの2人は俺がさっさと片付ける」


 「うん!」


 「ははは! お前ら2人ともさっさと片付けるだってさ!」


 後ろの2人が武器を構える。そして前の女も刀を抜いた。真っ赤な刃を持つ、変な刀だ。


 俺とミューは同時にスタートした。

 飛び出してきた女を俺はスルー……だが、すれ違い際に一撃頭に拳を打ち込んでおく。女がわずかにダメージを受けてぐらつく。

 さて、俺の相手はこいつら2人。まずボウガンの矢がなはたれこちらに飛んでくる。俺はそれを舞王ではじく。2人の顔が驚愕で染まった。


 ――やっぱり大したことなさそうだ。


 舞王を地面すれすれに構えながら直進し、まずはボウガンを持っていた男を縦一閃に斬り裂く。HPバーが減少するが倒すには至らない。


 「くそっ……!」


 男が後退する。しかも、バカみたいに斬られた顔を手で覆っている。

 ……バカだこいつ。眼前を通過した刃が怖かったのか知らないけど、そんな風に自ら視界を遮ってるのは……斬ってくださいと言っているようにしか見えない。

 おそらく前が見えていない男に一気に接近し、顔を覆っている手ごと男の頭を舞王で貫く。


 「ぐあっ……! くそぉ!!」


 HPバーが消滅、男はあっさりとポリゴンの破片となり消え去った。


 ――次だ


 大鎌を持った男を見る。まだ、動いてすらいない。

 これだけ片方の敵に俺が集中していたというのに、隙を突くつもりが全くないというのは、こいつは2対1の利点を全く理解していないと思われる。

 

 バカ正直に俺に向かって振り下ろされた大鎌を横に移動してかわす。真横を通過した鎌は地面に激突し、突き刺さった。男はさらに2撃目を打ち込むために鎌を持ち上げた。

 その動きで空いた懐に飛び込み、剣技『飛燕』を打ち込む。

 舞王の刃が男を斬り上げ、さらに風の刃が男を追加で斬り裂く。衝撃で後方に男は吹っ飛び、地面を転がった。武器である鎌はその時手から離れ、離れた位置に突き刺さった。


 「くっ……! ま、待ってくれ! アイテムなら渡す! 金も渡す! だから、待ってくれ!」


 俺は舞王を鞘におさめた。

 

 男は安堵のため息を吐きだすと、立ち上がりこちらに近づいてきた。

 

 「くくっ……バカじゃねぇのかてめぇ!?」


 腰に隠してあったと思われるナイフを男は抜きだし、こちらに突っ込んできた。

 俺はそれをわずかな体重移動でかわし、そして拳技『掌威』を打ち込む。破壊力の高い掌低を叩きこむ、初級の拳技だが……HPバーのほとんどを失っているこいつにとどめをさすのには十分だ。

 男は地面に倒れ、そして消滅した。


 通常、PCをPCが攻撃すると、状況に関係なく攻撃したほうのプレイヤーは『犯罪者プレイヤー』という扱いになる。

 犯罪者プレイヤーになると何が困るか、というと犯罪者プレイヤーは攻撃されても攻撃した側は犯罪者プレイヤーにならない。つまり、指名手配されているようなものだ。ダンジョンをうろうろしていると、プレイヤーの格好の餌食となる。


 俺は別に犯罪者プレイヤーを見つけたからといって、率先してPKしに行くわけではないが……自分より弱いプレイヤーをキルして自分たちの能力を上げようとするやり口が嫌いだ。だから容赦はしない。


 こっちの戦いは終わった。

 ミューのほうを確認するとまだ戦い続けていた。

 ……やっぱり、あの女が一番格上だったか。ミューはかなり押されているようだ。


 「……2人、やられたみたいね……ま、あんたらは私1人で殺して終わりなんだけどねぇ!」


 ミューの攻撃は的確に刀で防がれている。

 女の持つ赤い刀はおそらく『小太刀』と呼ばれる分類の刀だ。長すぎず、短すぎない。太刀ほど一撃で大きなダメージを与えられるわけじゃないが、細かく手数で攻めることもでき、さらに防御もしやすい。


 ミューの短剣で戦い続けるのは厳しい……


 ミューのHPバーはじわじわと削られていき、すでに半分。半分のイエローラインを越えようかというところだ。

 ここまで減らされると、クリティカルヒットをもらえば小太刀の一撃とはいっても容易にゲームオーバーだ。


 「あんたも見てないで戦闘に参加すればー? こいつもう死ぬよ?」


 にやつきながら、女は挑発する。


 ならば、お言葉に甘えるとしよう。

 ミューと女の間に横から割り込む。


 「……え?」


 後ろでミューが驚いた声を上げるが、声に力がない。ここまで地下15層目から連戦だ。相当疲れもたまっているはず。

 

 目の前の女は俺を見てにやりと笑った。完全に俺を殺せるつもりでいる。

 俺に向かって赤い刃が振り下ろされる。それを舞王で受け止める。そして押し返す。

 女が衝撃で僅かにのけ反るが、やはりステータスでは完全に負けている。すぐに体勢を立て直し、こちらにさらに攻撃してくる。

 技の出が速い。バックステップで刃をかわす。


 「下がれミュー」


 俺が言うと、ミューは後ろに下がり、地面に座り込んだ。


 「後は任せろ」


 全力で前に踏み込み、舞王を振り下ろす。

 赤い小太刀で舞王の刃は防がれるが、それで空気の刃まで防ぐことはできない。空気の刃が女を斬り裂きHPバーを減少させる。


 「なんだその太刀は……!」


 「良い刀だろ?」


 さらに二度三度と舞王で斬りつける。全て小太刀で防がれるが、風の刃は的確に女の体を斬り裂く。


 「くそっ! 卑怯な武器使いやがって!」


 卑怯……思わず吹き出しそうになる。ゲーム内で一番卑怯な存在である盗賊ギルドの連中なんかに卑怯扱いとは、傑作だな。ふざけるなよ。


 「はぁっ!」


 最後は舞王は女の小太刀をすり抜け、女の体を縦に斬り裂いた。


 「くそっ……」


 HPバーを失った女はその場に崩れ落ち、消滅した。

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