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第36話:剣と魔法

 「ふーっ……終わったか」


 着地し、刀を構え直す。

 そのとき、違和感が。左手が軽い。その正体はすぐに判明する。構えた左手の銀時雨……刃が根元からぽっきりと折れていた。

 どうも最後の一撃、左手一本で銀時雨を構えて防御したが、刀が衝撃に耐えきれなかったらしい。


 「……はぁ」


 ゲーム再スタートからここまで愛用してきた愛刀であるが故に、少し寂しいが……これだけ見事にへし折れてしまえば修復などできない。いつかはこいつとは別れて、さらに上位の武器を装備するのだが……こんな別れになるとは、とりあえずしょうがないから鞘ごとその辺に放り捨てる。

 

 それからゾンビの大群を引き付け続けてくれているミューのほうを見る。

 ゾンビの数は、かなり増えており、最初は余裕だった俺もさすがに表情がひきつるのが自分でもわかる。なんだろう、この光景は根源的な恐怖を煽る。さらに襲われているのは1人の女の子。これはミューも相当きついはずだ。


 「大丈夫か!」


 ミューに呼び掛けるが聞こえていないらしい。戦闘でいっぱいいっぱいのようだ。

 

 だがゾンビどもは、数が数なのでどうやら余裕があったらしい。

 一部のゾンビたちはターゲットを俺に変更し、こちらに歩み寄ってくる。


 「お前らには呼びかけてねぇ!!」


 ――これは、まずい。

 旧フェアリーラビリンスの時のステータスならば、こんな階層の雑魚が何万体群れようとも、恐怖を感じる必要もないほどの戦力差があるから逃げるも戦うも楽だ。

 だが今は、俺は一度初期化しているうえにゲームバランスの大幅修正。仮にステータスで勝っていようとも多対一では不利だ。

 レベル上げとアイテム収集に時間をかけたプレイヤーだけがトップに上がれる従来のMMORPGとは勝手が違う。


 接近してくるゾンビを舞王で弾き飛ばす、が、キリが無い。これだけの数にもなると、強引に突破してミューを助け出すのはほぼ不可能……


 「……どうするか」


 状況は最悪だ。


 増えすぎたゾンビはミューを取り囲んでいる。

 そこから一部はこちらへと向かってくる。これを突っ切ることはできない。俺は一度全速力で後退し、間合いを広げる。そしてもう一度全速力でゾンビの群れへと突っ込む。

 最高速ならば、こいつらを薙ぎ倒せるとは思わない。

 だが最高速ならば活路は見えてくる。右も左も、真っすぐも、後ろは論外となれば後は道は1つ。上だ。


 ゾンビの眼前で地面を蹴り、飛び上がりミューのいるほうを目指す。だが飛距離が足りない。どうしてもゾンビの群れの中に墜落することになってしまう。


 ――だが、そうはならない。全力で足元のゾンビの頭を踏みつけ、さらにそれを踏み台に飛ぶ。


 やってみると、案外できた。

 いける、この調子でミューのもとまで届く。

 

 「ミュー!」


 名前を呼ぶ。ミューの体はあまりに多くのゾンビに囲まれて押しつぶされそうになっている。

 かなりホラーな光景だ。俺はそこからミューの腕を掴み、腕力のパラメーターをフルに使って引っ張りあげる。そしてミューの腕を掴んだまま、さらにゾンビの頭を思いっきり踏みつけ、大きく飛ぶ。

 もう一度飛ぶ、そしてミューの腕を離す。ミューも理解したのか、ゾンビの頭を踏みつけながら飛び続け、ゾンビの群れの終わりを目指す。

 ゾンビどもも集団で動き続けているから、実際の距離よりはかなり長い。だが俺たちのほうが速いから、徐々に終わりは見えてくる。


 が、終わりにたどり着く前に、ゾンビの集団のさらに向こうに人影が見えた。あれは、おそらく普通のPCプレイヤーキャラクター。どうやらソロのようだが……この数のゾンビを引き連れてそこまでいってしまうと、100パーセント巻き込んでしまう。

 MMORPGにはPKプレイヤーキルというプレイヤーを殺す手法の中に、MPKモンスタープレイヤーキルというものが存在する。名前の通りに、NPCであるモンスターの行動のアルゴリズムを利用し、モンスターを誘導してPCを間接的に殺す手法だ。これだと、犯罪者プレイヤーとなってしまうことはない。

 だがこれは多くのMMORPGではマナー違反のプレイとされる。良いことではない。

 避けるべきだ、横に飛ぶか。それも大事だが万が一はあるし、あのPCには伝えておくべきかと思うが……めちゃくちゃこっち見てるし、これだけの大群だから気付いてはいるらしい。だがそれでも逃げないところをみると、高レベルプレイヤーか?


 それどころか、こっちに近づいてくる。

 そして何を始めるかと思えば、魔法の詠唱を始めた。地面に光属性の魔法陣が描かれている。かなり巨大だ、大規模の、おそらく上級魔法だ。この階層で使えるプレイヤーは普通いないと思われる。

 やっぱり高レベルプレイヤーか。


 「『グランドクロス』」


 ななめ前方、右も左もだ。いや、それだけじゃなく後ろにもだ。ゾンビの集団を囲むように、四方に光の柱が発生する。そしてそれは、こちらに凄い速さで近づいてくる。


 ――そうだ。冷静に考えて、ゾンビの大群が来ることがあっても、それを踏み台にしながら進むPCがいることなんて考えないよな……

 となるとあの光の魔法、『グランドクロス』は、非戦闘エリア外のダンジョンにいる俺とミューも容赦なく殺しに来る。


 「ミュー。できるだけダメージを削るように、一気に前に飛ぶぞ」


 「え……私、もう全速力なんだけど」


 これ以上自力ではスピードが上がらないか、だったらあれをかわすことは絶対不可能。


 俺はミューを持ち上げ、敏捷パラメーターをフルに使い最高速で前に進む。飛ぶのではなく、一歩一歩しっかりと小さな歩幅でゾンビの頭を踏みつけて進む。その間も、光の柱は高速で迫ってくる。


 ――間に合え……!


 後ろで4本の柱が交わる。その刹那、光属性の大爆発が起き、ゾンビの大群が消し飛んだ。

 俺の体はその衝撃に押されるように前方に吹き飛び、荒地を転がった。HPバーはわずかに削れたが、直撃に比べれば大したことはない。

 ミューも俺の体が壁になっていたから大丈夫のようだ。


 こちらに魔法を使ったPCが駆け寄ってきた。


 「いやーごめんごめん、まさかあの群れの中にPCがいるなんて思わなかったよー」


 それほど悪びれる様子も無くPCは言う。

 やけに長い黒い髪で長身。白を基調にし、金やら銀の装飾でやたらと派手なマントを羽織っている男だ。装備は……腕にしてあるリングだろうか。魔法使いは杖の代わりに魔力を持った装飾品でも魔法を使うらしい……魔法は使わないからよく知らないが。


 「いや、それより面倒なゾンビを一掃してくれて助かった」


 「そうですかーいえいえ、どういたしまして」


 「職業は魔法使いか? しかもソロというと、相当の高レベルプレイヤーに見えるが」


 「んー、違うよ。あ、職業はあってるよ、白魔術師。本当は相方がいるんだけど、今はいないからソロやってるだけだよ」


 ……簡単に言うが、魔法使いの中でも白魔術師なんてのは後方支援中の後方支援じゃなかっただろうか。回復魔法や補助魔法が主、光の魔法では強力なものもあるみたいだけど。


 「ていうか……君こそ、ソロじゃないの?」


 ミューを一目見てから、俺を見ていう。なんだ、俺を知っているプレイヤーとなると、旧フェアリーラビリンスの最前線にいたプレイヤーとかなのか?


 「名前は?」


 「クロスだ」


 「……クロス……ね、人違いかなぁ……ぼくはかえで。よろしくねー」


 名前を名乗ると、1人でダンジョンを歩いて行った。

 『かえで』か。聞いたことがない。ただ俺はフェアリーラビリンスの高レベルプレイヤーを把握しているわけじゃないし、むしろ人と人とのつながりはかなり少ないほうだ。知らない高レベルプレイヤーも当然いる。

 あれだけの数のゾンビが迫ってくるのを余裕で待ち構えてあれだけの魔法をぶつけられるんだから、結構な実力者だろう。


 フェアリーラビリンスアップデート以降、ゲームバランスは大きく変化している。どうしても、接近戦だけでは厳しくなってくるな……

 広範囲の敵を一掃できる魔法、そんなのが重要になってくる。あんまり好きじゃないんだけどな、魔法もどうにか使えないと、ダンジョンの深いところに行くと辛いかもしれない。


 とりあえず減少したHPバーを回復薬で回復させる。


 「ミュー、大丈夫か?」


 「うん……」


 ……なんか、元気がないのか? やはりあのゾンビの群れはインパクトが強すぎたんだろうか。まぁちょっとしたトラウマになってもおかしくはないか……

 

 「ゾンビが怖かったか?」


 と聞くと首を横に振る、そうではないらしい。

 なら、どうしたというのだろうか。少し前までは騒がしかったのに、一気に大人しくなられてしまうとこっちもちょっと戸惑う。


 ――が、まぁとりあえずここはダンジョンの中だ。あんまり時間をかけないで、さっさと突破してしまったほうがいい。

 あまり考えずに俺とミューは荒地を進み始めた。

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