第34話:深緑の森攻略スタート
地下15層目の町、フォーガーデンにある俺の拠点のような小屋。ここには小さなテーブル、あと椅子。それ以外には特に何も置いていない。
収納スペースである収納箱は、モンスターのドロップアイテムで埋まっているだけだ。
――そろそろ、ここも売り払うかな
俺が進むのなら、あと5層下の地下20層目は『ライトシティ』という、地下50層目の『ターミナル』を縮小したような都市であり、そこはフォーガーデンとは比べ物にならないほどの環境は良い。
ここに倉庫の小屋と、アイテムを残す意味はない。
だから進む場合は、小屋を売り払い、収納箱の中のアイテムも売り払う。そうすればそこそこパルはできるから、またライトシティで部屋くらいは買えるだろう。
などと俺が思案していると、小屋の戸を外からドンドンと叩かれる。
どれだけ強くたたかれても、町の中は『非戦闘エリア』であり、建物は無敵属性のオブジェクトだからどんな手を使っても破壊することはできない。
「誰だ、インターホンが見えないのか」
「ちょっと!? 何で放っていくのよ!」
この声はミューか。
そんな理由でドアを叩かれても困る。そもそも俺にはミューと一緒に行動する理由はない。俺とミューの間に発生した金トマトについての事は、半分半分で決着はついたし、その品はお互いに料理として消費した。
「何の用だ?」
「何っていうか……とりあえず開けてよ!」
ドア越しに話し続けるのは確かにどうかと思うので、俺はドアを開けた。そこには短剣を装備した軽装の女性プレイヤーミューが立っていた。
ミューは小屋の中に入ってきた。
「それで、どうした?」
「いや……その、用っていうか……」
「だからどうした」
「わ、私とパーティ組んでくれない……かなぁ」
後半はすごく声が小さかったが意味は伝わった。
パーティを組む。つまり、そういうことだ。ダンジョンを1人で攻略していくのはソロプレイ。何人かのプレイヤーで協力してダンジョンを攻略するのはパーティプレイだ。
俺は基本的にソロプレイしかしてこなかった。
一時的に、ボス討伐なんかでパーティを組んだことや、シャナあたりと短時間だけタッグプレイをしたことはあるが、基本的に俺はソロプレイヤーだ。
……旧フェアリーラビリンス時代もパーティへの誘いは何度も受けた。まぁ一度として固定パーティに加わったことはないし、そういう集団である個人ギルドに参加したことはない。
全て断ってきた。
だがこの場合は、一時的なものだろう。行き先が同じなら断ることも無い。
「構わないけど、俺は先に進むぞ?」
「私も……行く」
「そうか。俺の目的地は地下20層目だ。そこまでで良いならば、タッグを組んでもいい」
「う、うん、ありがとう!」
俺はミューからのパーティ申請を受諾、地下20層目までのタッグが結成された。
しかし短剣使いの剣士と、太刀を2本腰にぶら下げたサムライのタッグ。バランスは悪い。はっきり言ってソロプレイと変わらない気がするけど……たまにはいいか。
「じゃあすぐ行動する。俺はまずこの小屋と、アイテムを全部売り払う」
「え!? 勿体なくない……?」
「俺は多分地下15層目に二度と帰ってこないだろうからな、こんな場所に資材を放置しておくほうが勿体ないのさ。それならパルに換えてしまったほうがいい」
個人物件の『デタージハウス』であるこの小屋はもうめんどくさいからNPC運営のギルドに売り払おう。とりあえず買い取ってギルド所有の物件にしてくれる。
アイテムのほうはNPC運営ギルドでも買い取ってはくれるが、最低価格だからな……
でも俺にはPCに高く売りつけるツールのような商売技術も無い。どうするか。
――これやると、ツールの奴にまた嫌みなことを言われるが……
「全部NPCのギルドに売り払うか」
あまり手間をかける気も無いし、それにパルはダンジョンでなんとでも稼げる。俺は商売で稼ぐ気なんかさらさらない。俺は職人ではなく戦士だ。
そうと決まればすぐ行動。
NPC運営のギルドへと向かう。
※
「相変わらずの、営業スマイルだな」
俺が言うと「申し訳ありません」と、営業スマイルのままで頭を下げるNPCのギルド管理人。いやいや、謝らなくてもいいんだが……仕様なんだからしょうがない。
こいつらの仕事はめちゃくちゃ速い。どれだけ速いかというと最新のコンピューターと同じスピードだ。あっという間に物件の価値と収納箱の中のアイテムの価格を計算し数字を叩き出す。
合計、25万パルとちょっと。大金ではあるが、小屋とあれだけのドロップアイテムがトマトよりちょっと高いくらいのお値段なのはどうなんだろうか……
こいつらには交渉は一切通じない。そのまま売却する。
俺のメニュー画面の中のパルの項目の数字が一気に跳ね上がる。
といっても最初から30万パルくらいはあったんだがな。
「25万か……すごいなぁ」
「これくらい、先に進めば小一時間で貯まるよ」
「す、すごい! ……でも、何で知ってるの?」
「聞いたんだ」
実体験だ、というのはやめておいた。
全て売り払った後は、この町に用は無いので俺とミューはすぐに地下16層目へと通じる場所――地下15層目のダンジョン、『深緑の森』へと進んだ。
※
深緑の森……なんて、ストレートなネーミングなんだろうか。
普通に深緑の森。ここはかなり難易度の低いダンジョンだったはずだ。モンスターは野菜系が多いが、昆虫のようなモンスターも出る。
ミューと俺は会話なく、並んで歩いている。
俺はこのダンジョンをクリアした時、おそらくソロプレイだったはずだ。
ソロでクリアできたものを、パーティでクリアできない道理はどこにもないが、俺はパーティプレイというものに慣れてはいない。
ゆえに俺は今どうするべきなのかも分からない。
――普通、話とかするものだろうか。
俺はダンジョンを攻略するとき、ほとんど話さない。物音に敏感なモンスターに不意を突かれる恐れもあるし、プレイヤーの中にはPKを生業にしているようなあくどいのもいる。
などと考えていたが思考は中断させられる。視界の端に、玉ねぎっぽいものが見えた。
『オニオンナイト』とかだろうか。ポピュラーな野菜モンスターだ。
「ミュー、戦闘だ」
腰の銀時雨に手をかける。
茂みに隠れているつもりだと思われるモンスターたちは、それを気づかれていると判断したか、がさがさと音を立てて飛び出してきた。
音の方向からして、方向は左からのみ。数は複数、おそらく4体。
俺はモンスターが戦闘態勢に入る前にそこにダッシュで近づき、銀時雨を抜き、そのまま斬り伏せる。
「ぎっ――!?」
やはりオニオンナイト。大きな玉ねぎの頭にオレンジ色のマントを羽織い、腰にはレイピアというトマトナイトの玉ねぎバージョンといった感じだ。だがそいつは何もすることはなく、ただ俺の刀に首を切断されHPバーを一瞬にして失った。
あと……3体。やはり数は4体だったようだ。
ここでようやくミューが動き出し、短剣を構えて俺の前に飛び出してくる。
――本当は、後方支援タイプのプレイヤーの援護とかほしいんだけど……どうもミューも俺と同じで近接戦闘オンリーっぽいしなぁ。
ミューの短剣が別のオニオンナイトの顔を斬り裂く。
HPバーが減少する、が一撃死とはいかない。まぁ、このオニオンナイトはミューに任せるとして……その後ろのモンスター、これもオニオンナイト。それも2体ともだ。
ミューに任せたオニオンナイトの横を素通りし、2体のオニオンナイトに近づく。そして銀時雨を真横に振るい、吹き飛ばす。
「よし、ミュー。そいつは任せる」
「おっけー!」
俺の背後ではオニオンナイトとミューが対峙している。
……俺の相手はすでに手負いのオニオンナイトが2体。HPバーは両方とも8割くらい残っている。まぁ俺のさっきの攻撃は吹っ飛ばすのが目的だったから、こんなもんだろう。
地面に倒れていたオニオンナイトは起き上がり、ようやく武器を構える。が、そのアクションの途中にも俺は接近し、1体の頭を縦に両断する。
斬られたオニオンナイトはHPバーを失った。
――次だ
もう1体のオニオンナイトはレイピアで斬りかかってくる。俺はそれを銀時雨で受け止め、そしてはじき返す。オニオンナイトは衝撃に押されて後ろにのけぞった。
隙ができたところに銀時雨を突き出す。刃はその頭を貫通した。
「ギッ!!」
2体目もHPバーを全て失い、オブジェクトの破片となって消えた。
後ろで戦っていたミューも、どうやら決着がついたらしい。
ダメージを受けた様子はない。
これくらいの実力があれば、地下20層目まで行くのにそれほど苦労は無いだろう。
「さて、進むか」
「う、うん。そうだね。……でも、強いね黒神くん」
「この辺はまだ敵も弱いからな。そう見えるだけだろう」
「えー……そうかなぁ?」
「多分そうだよ」
嘘はついていない、このレベルのダンジョンはフェアリーラビリンス初プレイの時でも苦戦はしていない……
俺とミューは先を目指して、ダンジョンの中を最短ルートで進み始めた。