第33話:伝説のプレイヤー
おそらく、剛羅は腕力の数値となるSTRと、体の硬さの数値となるVITを優先的に強化しているのだろう。
速さでは俺が勝っているが、一撃の破壊力、防御力では俺が劣る。そして武器。俺の銀時雨は通常の太刀装備であり、舞王のような特殊な能力は備わっていない。
だが俺は、決してSTRが低いわけではない。
勝てる。この程度の相手ならば。典型的な武器、ステータス依存プレイヤーだ。おそらく、これからさきのフェアリーラビリンスでは通用しない。
「どうした、動けないか?」
「動かないんじゃない、動いてないんだ。次に俺が動くとき、お前のHPバーを削りきる」
「ははは! 笑わせる!」
剛羅がこちらに突っ込んでくる。そして刃が俺に届く範囲に入った瞬間には舞王を振り上げている。
――だが俺は、そのタイミングにはすでに剛羅の懐の中だ。
剛羅の動きははっきり言って遅い。遅い上に単調だ。それも何度もこの戦闘中に見た。今の俺にはこいつの動きが完全に読める。
「な――!」
今頃気づいたらしい。俺はすでに懐の中だというのに。
残念だがもう遅い。
AGIの数値はプレイヤーの敏捷値。つまりスピードを表すパラメーターだ。そしてそのスピードというのは移動スピードだけを指すのではない。
攻撃のスピードもAGIの数値に依存する。
銀時雨を振るう。
刃が剛羅の喉元を裂く、が、ギリギリで体を後退させクリティカルヒットを免れたようだ。だがその回避行動も無駄が多い。それでは次の動作につながらない。
俺は地面を蹴り、体勢の安定していない剛羅の胸板めがけて全体重をかけて銀時雨をねじ込んだ。
「はぁっ!」
「ぐっ……! くそ!」
決闘終了を知らせるウィンドウが表示される。俺の勝ちだ。
剛羅はしばらく地面にへたり込んでいたが立ち上がり、俺に舞王を手渡した。
「俺の完敗だ……あんた、本物か。昔見たあんたのそのスピードは変わっちゃいないな」
俺はこの男を知らない。憶えていないだけかもしれないが、少なくとも全く印象には無い。
これまでフェアリーラビリンスで、何度もプレイヤー対プレイヤーの戦闘は経験しているが、倒してきたプレイヤーなんかほとんど憶えていない。
しかし驚いた。俺の名前は有名だったのか……
「なぁ、本物とか、伝説のプレイヤーって……どういうことなんだ?」
「ん、あ? あんたじゃないのか?」
「分からないけど……その、伝説のプレイヤーってなんなんだ?」
「――黒衣を纏い、太刀を振るうフェアリーラビリンス最強のサムライだ。地下50層目の難関ボスを打倒し、処刑人に一度は破れるがリベンジで勝利し、妖精をも見つけ出し倒したっていう……名前は、そう、黒神っていうあんたと同じ名前だ」
「へぇ……まぁ、今では超人気のVRMMOだ。こんなありふれたハンドルネーム、被ってもしょうがないさ」
「じゃあ、違うのか……すまんな、顔も似てたもんだから」
――そりゃそうだ、顔とかアップデート前と全く同じだから。
そりゃ俺も一応ゲームの最前線にいて、攻略組ではあったけど、ここまで有名に……なんか伝説にまでなってしまっているとは思わなかった。
これは大変だ。俺は別に名を売りたいわけじゃない、ひっそりと戦闘を楽しめればいいんだ。とりあえず、ばれかねないから名前はこれから伏せとこう……
「じゃあ、どうする。この太刀は本物に渡せよ」
俺が舞王を返そうとすると、剛羅はそれを拒んだ。
「いや、それはあんたが買ったらあんたにやるって約束だったからな、あんたのだ。それにあんたからは、本物と同じものを感じた。だからそれでいい」
というわけで、舞王を手に入れた。とりあえずサブウェポンという形で舞王も腰にさしておく。
――さて、戦闘も終わったし、そろそろ先に進むかな……
なにか、忘れているような忘れてないような。
「ちょっと!? 何やってんの!?」
……忘れてた。
全速力でこちらにミューが突っ込んできた。そういえば俺は、金トマトの調理をしてくれるコックを探していたんだ。
「ちょっと決闘を」
「少しは悪びれなさいよ!! こっちは……あのラッシュを……」
「ラッシュ?」
「とにかく! 来てよ! 私じゃ無理だったの!」
いまいちよくわからないが、俺はミューに腕を引かれて市場を走って行った。
たどり着いた場所には、何人かコックがいる。その中でもひときわ注目を浴びているプレイヤーが一人。
コック帽に調理服……いや、狙いすぎだろう。と、思うのだがこういうやつはバカみたいに高いスキルを持っているかもしれない。それによく見りゃあの包丁はダマスカス鋼拵えなんていうふざけた高級品じゃないか。
彼の前には凄まじい人の列、というかもう群れ。なるほど、こりゃラッシュだ。
「はぁ……」
とりあえず、強引に突進。
それだけでラッシュは左右に開き、俺の通り道が完成した。なんだ、思っていたほどじゃないな……
群がっていたプレイヤーをまとめて吹き飛ばした俺をコックは見ている。
まぁ、目立つわな。
「さすが、かなりのSTRを持っていると見える。ということは、それなりの食材を?」
なんだ、話が早いじゃないか。俺はアイテムメニューから、金トマトをオブジェクト化し、コックに見せる。その瞬間コックの目の色が変わった。
その目は大仕事に心躍る職人というよりは……獲物を見つけた狂人に似ている。
「その仕事、やって見せよう。かならず最高のものを仕上げることを約束する」
「あぁ、頼む」
「パルはいらん。任せろ、ただ――」
俺にはこいつの言わんとしていることが手に取るように分かる。
「少しだけ、味見していいかな?」
「……少し、だぞ?」
取引が成立した。
※
場所はあのコックの所有物である建物の中。
ずいぶんと内装は凝っていて、レストランという感じだ。奥にはキッチンもある。まぁこの世界では優れた道具と高いスキルを持つコックがいればうまい料理は自然と出来上がる。
だからぶっちゃけ内装とかはどうでもいい――などというと包丁で刺されかねないな。
「そうだ、自己紹介しておこうか。私はシグル」
「俺は……黒……」
「クロ……?」
……とりあえず、名前はあまり名乗らないほうがいいかもしれない。
俺は剛羅にはありふれているなどと適当なことを言ったが、黒神なんて名前のプレイヤー他では見たことが無い。
とりあえず偽名にしておくか。
――まぁ、それでもある程度の探索スキルを持っているプレイヤーにはプレイヤーの情報を見る能力もあるから無駄かもしれないが。
「俺はクロスだ」
ミューがこっちを見て「え!?」という顔をする。声に出されては困るから視線で合図を送る。
――頼むから黙ってろ!!
なんとか通じたのか、ミューは視線を俺から逸らした。
「クロスか……オーケー、よろしくな」
お互い名乗ったところで、シグルが両手にお皿を持って奥から出てきた。
それぞれ俺とミューの前に皿が置かれる。
黄金に輝く、トマトソースパスタ。見た目的にあれだが、もう匂いは半端じゃない。現実世界では体験することのない領域だ。イオリさん良い仕事している。
「仕事が速いな」
「ま、全部スキルだけどな」
さて、とりあえず一口。
口の中いっぱいに俺の知っているトマトとは違う次元のトマトの風味が広がる。
――なんだ、これは。うまい。
「うまいな……」
「だろう、なにせ素材がすごいからな。俺も……ちょっとだけ味見させてもらったが、これまでこの世界で食ったもので一番うまかった」
本当にうまい、すぐに完食してしまった。
俺よりも先に無言で食べ続けて完食していたミューは、どうもちょっと意識が遠くに行ってしまっているみたいだった。目を閉じて、ほわーっとしている。
なんとも幸せそうで無防備な顔だ。
「あ、そうだクロス」
「……なんだ?」
危ない、直前に名乗った自分の偽名を忘れかけてた……
「フレンド登録していいか?」
――このレベルのコックとならしてもいいが……
それだと偽名名乗った意味が無い。ここは断るしかない。
「悪いな、俺は基本ソロだからフレンド登録はしてないんだ」
これは嘘じゃない。今のところ、誰一人としてフレンド登録しているプレイヤーはいない。
俺がそれを言うと少しだけシグルは残念そうにしたが、すぐにあきらめたのか「ならしょうがないな」と笑った。
「俺はそろそろ行く。シグル、パスタありがとう」
「いやいや、代金いただいてるからな」
「そうか、それもそうか……」
ミューは……なんかぼーっとしてるし、放って帰ろう。別に俺と一緒にいる意味も無いし、これで金トマトに関することは終わったからな。
意識が帰ってきたら、また勝手にゲームに戻るだろう。
――万が一、シグルが変なちょっかい出してもすぐにセクシャルハラスメントのコードに引っかかる。
「……なんか、失礼なこと考えてない?」
「気のせいだ。じゃあな」
俺はレストランを後にした。