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第32話:求む、カリスマコック

 俺は地下15層目の町フォーガーデンにある小屋に戻っている。

 歓喜の森で出会った女性プレイヤー、ミューも一緒だ。

 

 「ミューは、これを食べたいのか、売りたいのか、どっちだ?」


 「……なんで?」


 「金に換えるんだったら、半分に分けずに完品で売りさばき、そのあとでパルを分けるほうが絶対に得だ」


 「な、なるほど」


 ミューは心底感心した、という風に言う。これくらいのことは、わりと初期の段階でもわかる知識なんだが……

 

 と、偉そうに言っても、俺だってフェアリーラビリンスを始めてすぐは戦闘にばかり頭が回って、ツールからそういった情報を得るまではそんなこと考えてもいなかったけどな。


 「それで、どっちなんだ?」


 「そんなの、食べたいに決まってる!」


 「だよなぁ……」


 ――そこで、どうするかだな。

 きっと、金トマトはおいしいだろう。そのまま切って、塩でもふれば……いや、そんなことしなくとも絶品だろう。だが、しかしだ。

 それははたしてこの高級食材の真価を発揮させる食べ方なのだろうか。

 あるんじゃないだろうか、さらにおいしくこいつを食う手段が。


 「ミューの知り合いに、調理スキルが高いやつとかいないか?」


 「う、う……ん。あんまり、知り合いはいないから……」


 「俺もなんだよなー……」


 ソロプレイばっかりやっていると、MMORPGの別の面での醍醐味でもある交流、コミュニケーションの部分が全くできない。

 今の時点で、フレンド登録しているプレイヤーはゼロだ。1人もいない。レベル24にまでなって、これはある意味すごいんじゃないかと思う。


 今から必死でコックでも目指すか……

 いやいや、俺はサムライ。そんな暇があれば剣技を磨く。とにかくそんなに時間をかけるつもりは無い。あんまりのんびりやっていると、金トマトの鮮度も落ちる。


 「この辺でコック探すか……」


 俺とミューは小屋を出て、フォーガーデンの中央を目指した。


 フォーガーデンは、序盤ではそれなりに大きな町であり、中央にはちょっとした市場のような場所がある。そこでは、生活スキルを高めた職人たちが、自分の技術をパルで売ったりしている。

 とりあえず腕のいい料理人が見つかるといいんだが、ここは所詮地下15層目。あんまり期待はできないかもしれないな。


 中央にやってきた。


 何度か見たことのある光景が広がっている。

 ツールのような鍛冶職人、そして薬を調合する調薬師など、自分の技術を売る職人や、魚、肉、野菜など、自分で仕入れた食材などのアイテムを売るプレイヤーもいる。

 その光景はさながら現実の市場だ。


 「さて……コックだが」


 コックはいる、それも結構な数。

 後はここから腕のいいコックを見つけ出す。

 観察だ。腕のいいコックというのは、現実世界で料理が上手いやつじゃない。料理スキルが高いやつだ。

 そして料理スキルが高いやつというのは、ごく僅かな例外を除いて要求スキルの高い調理道具を装備しているものだ。

 つまり、すごそうな調理道具を使うコックを探せばいい。


 このことをミューにも伝える。

 すると、とりあえず理解したのかこくりと頷き、市場を俺とは違う方向に進みだした。別行動だな。確かにそのほうが効率がいい。


 「そこの黒い兄ちゃん」


 ――明らかに、俺のことだ。

 俺を呼びとめたのは、市場に鉄鉱石を並べている厳つい顔の男だ。

 アバターの顔は自由に設定できるってのに……なんでまたわざわざそんな顔を。まぁ、他プレイヤーを威嚇することはできるだろうが。


 「職業は、剣士、いやサムライかな」


 「ああ、そうだ。なんだ?」


 「あんたの顔、見たことある気がしてな……もとは相当の高レベルプレイヤーだったんじゃないか?」


 男はひと振りの刀をオブジェクト化させた。

 青い鞘におさめられたその剣には、青い柄。そして鞘から引き抜かれた刀の刃も、青白く妖しく光っている。


 「『舞王ぶおう』。これが、この刀の名前だ。こんな浅い層じゃまずお目にかかれない相当の業物だよ……」


 「……それを俺に見せてどうしたい? まさかくれるってわけじゃないだろう。それにあんた、それを俺に売るって顔もしてないな」


 「ああ、その通りだよ」


 くくっ、と男は笑う。

 

 だが今度は表情を消し、声を潜めて俺に言った。


 「あんたが、あの伝説のプレイヤーを騙ってんのか……もしくは本物か……」


 言い終わると、またその表情が笑みでゆがむ。


 「あんたが俺に勝てれば、この刀。舞王をやろう」


 「おもしろい。だが、俺は別にそんな刀でつらなくとも……一言勝負したいと言ってくれれば、俺はいつでも相手になるぞ」


 「なに、舞王はちょっとしたサービスさ。行くぞ、俺の名は剛羅ごうら


 俺の目の前にウィンドウが出現する。

 決闘の申し込みだ、俺は迷わずに決闘を受ける。


 「俺は黒神……」


 ルールはよくある決闘のもの。HPバーがレッドに突入するか、クリティカルヒットが当たれば終わり……だが、旧フェアリーラビリンスのようにはいかない。

 クリティカルを避けていても、2,3回攻撃を受ければそれだけでレッドに突入してしまいかねないのだ。


 ――と、まぁそんなこと考えても無駄だ。

 ようするに、敵が何かする前にさっさと決着をつければいい。

 

 俺は銀時雨を鞘から引き抜いた。


 「「はぁっ!!」」


 両者同時に間合いを詰め、刀を振り上げた。

 剛羅の装備しているのは舞王。あれは相当な業物だというが……実態はつかめない。どれほどの威力を秘めているのか。


 見極めてやる。




 ※




 そのころ、黒神と別れたミューは、まさか黒神が市場で私闘を始めているなどとは夢にも思わず、腕のいいコック。すごい調理道具を持ったコックを探し続けていた。

 だがそれらしいプレイヤーは見当たらない。


 なんどかコックを発見はするも、どうにも人気があるわけでもなさそうであったり、調理道具が安っぽい包丁であったりと……いまいちぴんと来ないのだ。


 「うーん……困ったなぁ」


 と、その時、彼女に電流走る。


 「カ……カリスマコック!」


 真っ白な調理服、そして細長いコック帽。間違いなかった。

 それちょっと狙いすぎだろう、とも思うミューだったがあれは間違いなくカリスマコックの姿だ。少なくとも彼女はそう思った。


 ただそれもあながち外れてはいない。

 というよりも限りなく正解だった。このフォーガーデンのコックで彼以上の料理スキルを持っているものも料理道具を持っているものも存在しない。

 装備する包丁は細身で美しく、そして刃には独特の木の木目のような模様を持つ、超高級ダマスカス鋼拵えの逸品。


 彼の人気度は半端じゃない。


 ――この人にお願いしよう!

 そう思うミューだったが、困った問題があった。


 カリスマコックの前にはものすごい人だかりが。


 ミューは覚悟を決めた。


 「行きます!」


 カリスマコックに群がる一団に飛び込んで行った。



 「う、うぐ……」


 進もうとすれば、押し返される。その場に止まっていても……押し返される。

 さらに全力で前に進もうとすると……


 「きゃあっ!」


 弾き飛ばされる。


 「うぅ……このラッシュは半端じゃないわ」


 直線では無理、右も左も無理。

 ミューは最後の突破口、すなわち上。少し離れた位置から助走を付け、高めたAGIを活かして人混みの真上を通過――


 「え?」


 ――しかけたのだが、足を誰かに掴まれて空中で静止する。


 そして垂直に人混みの中に落下した。


 「きゃっ! ……く、くるし……やっ! どこ触って……! きゃああっ!」


 またも弾き飛ばされる。


 「うぅ……無理よ、私のSTRでは……超えられない……」


 いくら俊敏に動けても、このラッシュを切りぬけることは不可能。ラッシュを突破するには、STR……つまり腕力任せに道をこじ開けるしかない。しかし、その力はミューには備わっていなかった。


 「やっぱり、黒神くんを呼びに行こう……」


 ミューはとぼとぼと、もと来た道を引き返して行った。




 ※




 「なるほど。舞王……確かに相当の業物だな」


 俺のHPバーは半分を切ろうかというところだ。それに比べてあいつのHPバーはいまだに完全近く残されている。


 「だろう? 攻略の糸口など、見えんだろう」


 確かに見えない。まぁ、まだ見えていないというだけだ。

 

 しかし、厄介すぎる。あの舞王という刀……

 通常の刀とは違う。あれは『魔刀』、『妖刀』と呼ばれる刀自体が剣技のごとき力を有した武器だ。能力の質から、魔刀だと思われるが……その能力が厄介だ。


 剛羅が舞王を構えてこちらに踏み込む、そして刀を振るう。

 本来ならば、この程度の攻撃は刀で受け流し、そのまま反撃に転じることができる。こいつはかなりの実力者だが、戦闘の技術に関してはカーターや、イオリさんに比べれば大したことは無い。


 俺も、あいつの動きは全て見えている。


 だが俺は後ろに大きくバックステップし、攻撃をかわした。


 「どうした!? それでは永劫勝てんぞ!」


 そもそも能力で劣っている俺は、カウンターでダメージを与えるか、何かの隙をつくしかない。

 だが、あいつの攻撃……というよりは、舞王での攻撃はガードすることができない。


 さらに剛羅がこちらに突っ込んでくる。そして横なぎに舞王が振るわれる。

 ――まずい、ギリギリ射程内か……!?


 バックステップでかわす。舞王の刃はかわしたが、俺の腕が見えない刃で浅く斬られる。


 「ちっ……」


 現在分かっている舞王の能力。

 あの刀は通常攻撃時に、刃による攻撃だけでなく、刃がから空気の刃のようなものを飛ばして攻撃する。

 その空気の刃の射程はそれほど長くないが、なにせ刀を振るうたびに発生するのだから厄介この上ない。

 さらに空気の刃は、ガードを貫通する。

 つまり刀は防いでも、空気の刃の射程内ならば俺の体は空気の刃に斬り裂かれることとなる。


 「どうするか……」


 俺のHPバーは残量5割ほど……あんまりちんたらも戦っていられない。

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