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第31話:新フェアリーラビリンス始動

 ――フェアリーラビリンスを、初期化した俺の分身『黒神』でプレイし始めて、一ヶ月。あの戦いからは二カ月経ったことになる。

 俺は相変わらずのゲーマーだ。

 今の俺は初期化前に愛用していた『五月雨』ではなく、『銀時雨ぎんしぐれ』という刀を装備している。職業はサムライ、これは変わらない。


 レベルはあっという間に20を超えてしまった。

 だが今回俺は、レベル上げに躍起にはなっていない。何故かというと、バージョンアップ後のフェアリーラビリンスでは、レベルは数字でしかない。


 昔のフェアリーラビリンスはいわばレベルゲーというやつだ。

 経験値がたまり、レベルが上がると、ステータスが上昇する。その上昇値はかなり大きかった。

 1つレベルを上げるのに、相当の苦労を要するが、その分、その1レベル分の差はかなり大きかった。

 レベル50のプレイヤーには、レベル30のプレイヤーは基本勝てない。それが従来のフェアリーラビリンス。


 だが今のフェアリーラビリンスは、何より重要なのはプレイヤー自身の操作能力……仮想世界で実際に体を手に入れるフルダイブ型のVRMMOにおいては、プレイヤー自身の運動能力となる。

 といっても実際に体を動かすわけじゃないから筋力は必要ない。

 多分一番重要になるのは、神経の伝達速度。あとは戦いの感覚。それらはバーチャルリアリティ環境で長く居れば居るほどに研ぎ澄まされていく。

 

 レベルが上がれば当然ステータスは上昇するが……まずHPがあまり上昇しない。もともとバカみたいなHPを持っていたプレイヤーはその分がべつのスキルに回され、HPは減少している。

 旧フェアリーラビリンス時代、無意味に時間をレベル上げにだけに費やし、戦闘スキルの向上など望まずにバカみたいなHP任せに戦っていたようなプレイヤーは、いかにレベルが高くとも新フェアリーラビリンスでは通用しない。


 レベルが上がるとごく僅かにステータスが上昇し、『スキルポイント』という新しく導入された数値が増える。

 スキルポイントは、プレイヤーの意思で書くステータスに割り振ることができる。俺の場合だと『STR』、つまり腕力。一撃の威力の大きさを左右する数値だ。これと『AGI』、つまり敏捷性。この世界でいかに速く動けるか、という数値だ。この二つを重点的に上げている。

 逆に、『LUK』という数値。運の良さが決まる数値らしいが、いまいち必要には感じなかったからほとんど上がっていない。


 俺のような近接戦闘をするプレイヤーは本来、『VIT』というHP、防御に関係する数値も上げるべきなのだろうが……

 これを上げてもHPはほとんど増えない。

 体の硬度は上がって、打たれ強くはなるが、重たい一撃をクリティカルでもらえばほぼ死に至るこのゲーム上でこの数値はあまり重要じゃない、気がした。


 ステータスを上げる方法はスキルポイントだけじゃない。そもそもスキルポイントという数値のほうが邪道だ。

 これは旧フェアリーラビリンス時代にもあったものだが、武器を使うことでスキルポイントが増加する。攻撃をかわせばAGIが増加する。通常攻撃を使いまくればSTRが増加する、といった感じに、鍛えればそこが強くなっていく。

 新フェアリーラビリンスではこのスキル制としての面が強くなっていて、レベル制の面は弱くなっている。


 「――最初は慣れなかったけど……これのほうが戦ってるって感じがすることはするな」


 俺は地下15層目の町、『フォーガーデン』の小さな小屋で一人呟いた。

 とりあえず、知っている、というかちょっとした思い出のある小屋が空いていたので、ポケットマネーで買った。思い出といっても一時期拠点にしてたってだけだ。


 俺はただたんに、アイテム置き場としてこの場所を買ったのだが、この世界で家を買うプレイヤーの大半は、中の良いプレイヤー同士でのんびりする場所、という意味合いで買っている。

 全感覚をこの世界と現実の自分の脳とで共有しているので、味覚もある。だから料理も食べれる。

 実際に満腹中枢も刺激されて、食べた気になるから、それで栄養失調になる奴もたまにいたな……


 このあたりのボスモンスターはあらかた片付けられている。

 せっかく初期化したんだから目新しいものが欲しいところだな。


 俺は小屋を後にした。




 ※




 「……ふぅ」


 新しい愛刀、銀時雨を鞘に納める。ごついトマトの化け物のようなモンスターが消滅する。

 ――このレベルの敵じゃ、スキルのアップも望めないし、何より弱い……

 わざとモンスター部屋のトラップに突っ込んでみたりして、今も大量の野菜型モンスターに襲われていたが、一撃も喰らうことなくあっさり戦闘を終了した。


 俺はモンスター部屋から歩いて出た。

 ここは地下15層目のダンジョン、『歓喜の森』。実に低レベルそうで見るからに優しいダンジョンだ。

 野菜系のモンスターが凄まじい頻度で出現する、というか野菜しか出ない。ドロップアイテムも野菜ばっかり、食ってもそんなにうまくない。


 俺がダンジョンから出ようかと、町に向かって歩きはじめると、何か声が聞こえてきた。


 「きゃあー!!」


 ……穏やかじゃない、これは女性プレイヤーの悲鳴だろうか……

 何かすごいモンスターでも出たのかもしれない、見に行こう……


 俺は声の聞こえたほうに全速力で走っていく。

 すぐにそのプレイヤーのもとにたどり着いた。プレイヤーはやはり女性。背丈はそれほど高くなく、武器は短剣。服装もかなり軽装だ。おそらく俺と同じようにAGI強化型だろう。


 彼女が対峙しているのは、一体のモンスター……思わず俺も生唾を飲み込んだ。


 「き、金……トマト……!」


 通称金トマト。正式名称は『ゴールデントマトナイト』。金トマトというのは、ドロップアイテムの名前だ。

 何やらものすごくおいしいトマトらしい。この世界でこれを食べたがために、現実世界でトマト好きになったという者まで居るほどだそうだ……


 さらのこの金トマト、もう一つ魅力的な点があり、その希少価値。滅多にゴールデントマトナイトが出現しないことがあり、市場価格は20万パルほどにもなる。

 そうまでして求められるトマト……ぜひ食べてみたい!


 しかし、残念ながらこのトマトはあの幸運なプレイヤーの獲物だな。

 さっきの悲鳴の意味はすぐに分かった、あいつ、目がめっちゃキラキラしている。

 パルが目的だろうか、それとも金トマトが食べたいだけだろうか……それは分からないが、金トマトはそれだけの価値がある食べ物。

 それをドロップするゴールデントマトナイトは、この易しいダンジョンの中でもかなり強いモンスターのはずだ。


 可愛らし顔をしていた金トマトの口が大きく裂ける。本性剥き出しだな。

 ゴールデントマトナイトは、頭を除いては人に近い形をしている。深緑色のマントを羽織って、腰には金の装飾のあるレイピアが差されている。

 ゴールデントマトナイトが先に動いた。速い、通常のトマトナイトに比べればかなり。


 プレイヤーはやはりそれなりのAGIを持っていたのか、軽く横に移動し、それを回避した。

 そして金色のトマト頭に短剣の一撃を入れた。見事だ。


 ――だが得体のしれない敵を、いきなり有効射程圏内に入れてしまったのは……


 金トマトのマントの下に隠されていた逆の腕が、プレイヤーを弾き飛ばした。


 「きゃっ!」


 小さく悲鳴を上げ、プレイヤーは地面を転がった。だがすぐに立ち上がる。


 短剣の一撃を受けた金トマトのHPバーはそれほど減っていない……やはり強いな。

 ……勝てる、だろうか。


 金トマトのレイピアがさらに追撃する。プレイヤーは短剣で防ぐが、徐々に押されていく。当然だ。短剣はそもそもガードには不向きだ。

 攻撃速度に特化したレイピアを防ぎ続けることはかなり難しい。彼女も結構実力はあるように見えるけど、このままだと厳しいだろう。


 レイピアがガードをすり抜け、プレイヤーの肩に直撃した。


 「くっ……」


 痛みは当然無いだろうが、彼女から焦りが感じられる。

 

 ――人の、他プレイヤーの戦闘に割り込むようなことはあんまり良いことじゃないと思うけど……


 俺はさらなる追撃を仕掛けようとする金トマトと、戦闘中だったプレイヤーの間に割り込み、銀時雨を構える。

 そして即座に斬り込む。俺の刃が金トマトの頭をとらえ、HPバーを削った。どうやら不意を突かれてダメージを削ることもできなかったようだな。


 「ちょ、ちょっと! 何やってんの!?」


 後ろでプレイヤーが声を上げる。だが俺は振り向かない、目の前に敵がいるからだ。


 「敵の得体が知れないときは、突っ込むのではなくまずは敵の情報を得ないと」


 「……え?」


 「でも弱点が分かっているなら、もうひとつ戦い方はある」


 「もうひとつ……?」


 「先手必勝、得体の知れない反撃も、させなければ喰らうことも無い」


 銀時雨を構え、一気に懐に入る。そして縦に頭を斬り上げる。


 「ぎっ!?」


 「『破斬はざん』!」


 斬り落とす剣技、破斬。かなり初歩的な剣技だが、威力はちゃんと当てればゲーム中盤でも通じる剣技だ。二撃のクリティカルヒットを受け、金トマトはHPバーの全てを失った。

 その体が崩れ落ち、消滅する。

 そしてドロップアイテム、『金トマト』が俺のアイテムリストに追加される。


 完品なら、1つ20万パルはくだらない最高級の野菜の1つだ。


 「あぁ~ん、私の金トマトー……」


 恨みがましそうに俺のほうを睨んでいるプレイヤー。まぁ、横取りって形になっちまうよな。でもあのまま戦ってたら、勝てていたかどうか……


 でもやっぱり、このまま行くのはちょっと罪悪感も、ある……


 「あー、そうだな。見つけたあんたと、倒した俺で、手柄は半分半分……ってとこか?」


 俺がそういうと、プレイヤーの表情は一変。嬉しそうに俺に飛びついてきた。




 彼女はミューという名のプレイヤーで、まぁ分かっていたが女性。職業は剣士で、短剣を愛用。VRMMO歴はそんなに長くないと言う。

 ライトブラウンのショートポニーで、自称高校生だそうだ。一応自分も高校生であるということは伝えた。


 

 ――これはどうでもいいことでもあるが、フェアリーラビリンスには、というよりは、バーチャルリアリティ技術を使ったフルダイブ式のゲームには必ずといっていいほど、セクシャルハラスメント防止用の何らかの対策がある。

 このゲームで、基本的に異性のプレイヤーが、異性にプレイヤーに必要以上の接触をすると、された側にウィンドウが出現、そのウィンドウの通報を押すか、口で通報と宣言すれば宣言されたプレイヤーはゲームから排除され、最悪IDをBAN……ゲームから永久追放される。


 あんなふうに飛びついたら……男だと100パーセントセクシャルハラスメントコードに引っかかるが、男が女にされても出ないんだな……

 男女区別ってやつか。

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