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番外編:制作日記

 あの戦いの後……俺はすぐに作業に取り掛かった。

 ディスプレイにはおびただしい数のメッセージダイアログが表示されている。

 アバウトにそれを確認して、俺は安堵した。とりあえず山場は越えたのだ。だがある意味忙しいのはこれから……脳の疲れがどっと体から出てきたような感じがする。


 ――あれから、そろそろ一ヶ月たつな……

 フェアリーラビリンス製作スタッフ技術班の一人であり、フェアリーハートの製作者、兼妖精たちのマスターである俺、中野庵は全速力で作業を進めている。


 俺はひたすら画面とにらみ合ったり、時にはバーチャル空間にダイブしたりし続けていた。

 




 ※



 ――初日。

 俺はまず、7時間ちょっとで即席のバーチャルリアル環境を創り上げた。創り上げたといっても、オブジェクトはほとんど何もない。世界の仕組みも、フェアリーラビリンスのものをほぼまるまるコピーだ。


 だが、それだからこそ、フェアリーラビリンスのプレイヤーデータでそのまま仮想空間に入ることができる。そして妖精たちも、フェアリーラビリンスと全く同じ環境で存在できる。

 完成させてすぐ、俺は全ての妖精をそこに展開し、俺自身もログインした。


 「ふぅ、即席にしてはそこそこのものだろう」


 真っ白で平らな地面、地面と全く同じ材質の壁、そして天井。

 なんだか寂しすぎる気もしたから、とりあえずフェアリーラビリンスサーバーから引っこ抜いた大樹が中心に生えている。


 「オリジン」


 名前を呼ぶ。オリジンは、フェアリーハートの中で唯一男の人格を持っている。

 彼だけが男であった理由は、彼に妖精たちをまとめてもらおうと考えていたからだ。そして大多数が女の理由は、そのほうが受けがいいからだそうだ。


 「なんだ、マスター」


 「お前がフェアリーラビリンスのシステムにいた時、周りは全員女なわけだが……楽しかったか?」


 「マスターの問いの意味が分からんぞ、私はマスターから全員をまとめる、いわば妖精のリーダーとしての働きを仰せつかっている。大変ではあったが、楽しいなどと思う余裕は無い」


 「あら? そうだったのかしら?」


 俺がオリジンと話していると、横からシャドウが割り込んできた。


 「そうだ」


 それにオリジンが答える。


 「地下の98層目で……2人で一緒に散歩などしましたけど……つまらなかったからしら?」


 「……あれは、シャドウ、お前からの申し出であっただろう」


 「あら、そんなことを言うんですね?」


 シャドウは笑顔だ。

 笑顔で何かをオブジェクトとして実体化させた。この世界はフェアリーラビリンスのコピーが元になっている。

 つまり、妖精たちがフェアリーラビリンスでできたことなら実行可能だ。戦闘に関しても、ダメージは与えられないが技の使用自体は可能だ。


 「あの時に私、スナップを撮影してたのだけど……そんなシステムの変化には、お気づきでしたー?」


 手に持たれたのは確かにスナップ写真だ。

 

 「楽しかったか、良かったなオリジン。お前が退屈してないか心配だったんだが……その辺のゲーマーよりも充実してるじゃないか」


 「ま、マスター……何を言っている? 意味が分からないな、私は私のすべきことを……」


 必死で言い訳しているが、あんな良い笑顔を見てしまったら何を言われても無駄だ。


 ――しかし、シャドウはプログラミングが完了した当初は……大人しくて、優しい女性という設計だったんだけど……まぁ、成長したのか?

 

 オリジンはもっと厳格で、きっちりしている男のはずだった。これもまた、成長……ということか。やはり数値じゃ測れないことがある、それが生きているということか。


 「マスターっ!」


 「ん? ルナか」


 ルナは、天然で、かわいい女の子という設計だった。こいつなんかはがっつり受け狙いなところがあったんだが……どうやらそのままの路線で成長したらしい。

 だがルナはある意味ではいちばん興味深い。なぜなら最初に完成度を一気に跳ね上げ、最初に人と等しい能力を得たAIであり、さらに周りの妖精にも大きな影響を与えている。


 「シャナちゃんとか……黒神くんとかと、また会えるかな?」


 そして真っ先に名前が出たシャナ……俺の妹の沙那……あいつとルナは異様に仲が良かったな……やっぱり、PCとの深いかかわりが大きな要因だろうか。

 もしくは……黒神か。あいつの影響力には計り知れない部分が多い。


 「ルナと、シャナや黒神の関係ってのは、なんなんだ?」


 「そんなの、お友達だよ!」


 「そうか、そうだよな。安心しろ、絶対に会える。またあのフェアリーラビリンスでな」


 そのためには俺が何としてでもフェアリーラビリンスを再始動にこぎ付けないとな……


 「え、また私たちボスキャラ!?」


 話に横から入ってきたのはフラウ。氷の妖精だ。

 デザインは、統一感のあるクリアブルーの上下、下はかなり短いスカート。背丈はかなり低く、水色の瞳は大きく輝いている。

 そして性格はかなり元気。活発で天真爛漫。こいつもかなり受け狙いな感じだが……デザインとか、その辺をしたのは俺だけど、もともと上から注文があったことをはっきりさせておく。


 「そうなるな……」


 「えぇー!? またあの滝壺なの……?」


 「それについてはデザイナーに言ってくれ……ボスの配置を変えるようなアップデートはなぁ」


 できないことも無いが、いろいろなところでつり合いを取る必要が出てくるからな……何か方法があればいいんだが。

 ――いや、あるぞ、釣り合いの取りやすい方法。まぁ、小金井のとこの技術班にやらせればどうにかなるな。我ながら名案だ、これならば俺はゆっくりとあれができる。そうだな、一月あればいいだろう。

 ふふ、久々に技術者としてわくわくするな。


 「……マスター? あのー、どっかいっちゃってます?」


 「――ああ、悪い」


 思い立ったが吉日、今すぐやろう。


 「お前ら、今度は神殿に引き籠る必要は無いぞ」


 妖精たち全員が俺を見る。

 一ヶ月だ。一ヶ月で全部終わらせて見せる、そうしたら――


 「一月後にはお前らは――」




 ※




 ――初日から、俺はかなり驚かされていた。

 妖精たちは、バーチャル空間で同じ目線に立つと、もう製作者の俺でも普通の人間と区別がつかない。

 そして一部のやつらは、俺が最初に設計したものと全く違う育ち方をしていた。とくに、シャドウとオリジンの変化、そしてあの関係には正直笑った。


 ……俺の仕事は、そろそろ終わる。まぁ本当は今日から始まる。新しくフェアリーラビリンスが始動したことは、全プレイヤーにすぐに伝わる。

 当然、あいつらにも……

 だが二度と、妖精たちを。俺の大切な友人であり、家族であるあいつらを渡したりはしない。危険になどさらさせはしない。


 だがしかし、俺はもう恐れてはいない。

 決してあいつらに危害をくわえさせない自信さえある。

 今の俺には信頼に足る、強い仲間がいる。


 ディスプレイには一つのダイアログが、作業の進行状況を示してくれている。


 「ふぅ……終わったな」


 最後のバグチェックが完了した。

 

 ――本日をもって、新・フェアリーラビリンス始動だ……


 「あ……目眩が」


 頭が支えられずにぐらぐらゆれる。視界も揺れる、気持ち悪い。

 そういえば、俺は何日寝ていないんだ……?


 うっ……もう駄目だ。


 俺の意識はぷっつりとそこで切れた。

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