第29話:戦いの終わり
エグジストのHPバーは、目に見えるほどは減っていない。だが、確実にダメージはあった。
攻撃が当たるなら、この剣で斬れるなら……勝てる。1発で倒せないなら10発、100発だろうと攻撃し続けてやる。
俺のHPバーの残量はあと20パーセントほどだろうか……いや、気にすることじゃない。この先一撃も喰らうつもりは無い。
「はぁ……はぁ……よし」
呼吸は整った。脳が疲れた、か。何を弱気になっていたのだろうか。
エグジストの闇は、その形を弓矢に変えた。
そして矢が放たれる。こちらに一直線に飛んでくるそれを、左に飛んで回避する。速い、これまで見たどの飛び道具よりも。しかし軌道は直線的、それに単発だ。そんなもの当たらない。
「せいっ!」
地面を蹴り距離を詰め、大妖精の剣を振り下ろす。だが手ごたえは無し、エグジストは真後ろに飛んで攻撃をかわしていた。
さらに矢が放たれる。それを体勢を落としてかわす。矢は二発とも寸分違わず体の中心を狙ってくる。
そのまま体勢を落として突進する。こちらが突き出した剣をエグジストはまた後ろの飛びのいてかわす。弓矢なのだから当然、距離をとる。
「飛龍旋華!」
剣に龍の闘気を纏わせる奥義、そうそう普段は連発しない……かわされた後なんかは尚更だが撃つ。
エグジストはおそらく、これをあっさりと回避、そして反撃を考える。この狭い部屋で、一番飛び道具での攻撃を仕掛けやすい位置へ。
※
――急げ
――急がなければ、早くしなければ、彼はおそらく負けてしまうだろう。
俺は今まで、俺が妖精たちを創ったことは罪だと、俺がやったことは過ちだったと思っていた。
俺はその場で止まろうとすることしか考えていなかった。それでは状況は好転しない、結局最後には最悪のシナリオ通りになると分かってはいたはずなのに。
だが事態を良くするには、戦わないといけない。止まるんじゃ無く、前に進まないといけない。
ディスプレイでは、移動の状況が数値化され、数字がものすごいスピードで変化を続けている。終わった、俺にやれることは全て……
後は、この処理が終わるのが先か、彼と、そして俺があいつに倒されるのが先か……
とにかくこちらのできることは終えた。俺もエグジストとの戦いへの加勢を――
「……そんな……ことが……」
状況は明らかに劣勢、当然だ。俺だってエグジストをソロで倒せだなんて言われても不可能だ、いやむしろ、俺じゃあ10分持たない。しかし、彼にならその可能性があると思った、だから託したんだ。それがまさか……
「予測の、遥か上だ、こんなこと……」
黒神という一人のプレイヤーは、エグジストの動きに確実についていっている。いや、完全に先を読み切って戦っている。これは、プログラムのアルゴリズムを知り尽くした俺がようやく辿り着くレベルのことだ。
それにプラスして、彼には俺にはもはや測ることのできない戦闘の技術がある。
「うおぉおおお!!」
黒神の強い踏み込みからの剣撃がエグジストをとらえた。完全な当たりだ。エグジストのHPバーが削られる。
確かに、黒神のほうが多くのダメージを負っている。だがそれは、序盤に大きなダメージを負ったからだ。
まさか――
「押し、勝っている……?」
残り処理時間はようやく5分を切るかというところだ。
俺にも、できることをするんだ。
背中の剣を抜き、戦場に飛びこむ。当然エグジストはこの動きも把握している。俺と黒神両方の射程の外だ。そしてまた武器を闇に変え、再形成する。
黒神は、これを隙とみて猛スピードで突進する。
「違う! これは隙では無いっ!」
いかに速く動こうとも、必ず手痛い反撃を貰ってしまう。この瞬間は最大の隙にも見えるが実のところ、完全に敵からの攻撃が通らない時間なんだ。
それが、俺の知るエグジストの怖さ。知らずに突っ込むと、最悪一撃死だ。
……それなのに、なぜ彼の攻撃はエグジストに届く――?
「はぁっ!」
完全なクリティカルヒット。強烈なヒットバックで、エグジストは後ろに大きくのけ反る。本物の隙ができた。
そこに黒神が飛びこむ。完全に剣士の射程だ。
斬り上げる剣技『飛燕』で浮かせたエグジストへの雷を纏った斬り落としの剣技『雷電破斬』。そのどちらもが直撃し、エグジストは地面に倒れた。
「強い……」
エグジストのHPは目に見えて減っている。あれだけダメージを受けるところを見たことが無い……
エグジストが立ち上がる。
エグジストの武器は闇が形成する真っ黒な双剣。双剣は一撃の威力、そしてリーチで通常の剣に劣るが、攻撃の速さ、手数、つまり連打をもらえば合計ダメージは剣を上回る。
規格外の攻撃力、素早さを能力として持つエグジストにとっては、これが最強の装備ともいえる。
「黒神! 距離をとるんだ、双剣はリーチは「知ってる」
俺の言葉を黒神は遮る、だが彼の動きに退くようなそぶりは全く見られない。
双剣相手に、エグジスト相手にゼロ距離で斬りあうつもりか!?
エグジストは両手を体の後ろに隠した。独特の構え、双剣の奥義、『桜花乱舞』。斬撃数28の双剣技だ。
一度後ろに隠された剣が前面に出される。その瞬間には、すでに何度も剣は振り下ろされている。超高速の剣技にエグジストの腕がぶれて見えるほどだ。
「はあっ!」
縦一文字に、黒神の剣が振り下ろされる。『雷光一閃』。文字通り、雷を纏った剣のひと振りの奥義だ。
黒神の剣は、双剣の乱舞を見事にすり抜け、エグジストの体の中心を斬り裂いた。
エグジストの体が大きくのけ反る。
「その技は見たことがある」
黒神はさらなる追撃のために剣を構える。が、エグジストは踏ん張り、のけぞり状態から強引に新たな剣技を繰り出す。
高速を超えたさらなる高速の剣技。奥義を超えた秘奥義、フェアリーラビリンス最強の技の一つ『夢想剣』。
夢想剣は、こちらからの攻撃はしない。発動すれば、敵からの攻撃に反応して全自動で斬りつける究極のカウンター剣技。
「うおぉおおお!」
だが黒神はそこに突っ込んでいく。当然夢想剣が反応する。
超高速で双剣が黒神に向かっていく。
「――夢想剣返し、ってとこか」
黒神は超高速の斬撃をあり得ない反応速度で回避、そして斬り上げる一撃でエグジストののど元を斬り裂いた。
秘奥義は、奥義からの派生でしか使えない。本来、無想剣は凄まじく強いが、凄まじく使いづらい技だ。なぜなら攻撃のフィニッシュに使う奥義からの派生のカウンターなど通常必要無いのだ。
これが、本来の使い道……奥義を返された場合のカウンター返し……
夢想剣は発動したら何があっても斬り続けることが前提だ。中断することはできない。だが唯一中断される条件、それが発動中に攻撃を受けること。
今、エグジストは防御の術を持たない、夢想剣はとけている。そして黒神の夢想剣が決まった。
「まさか……」
超高速の剣技が続く。エグジストのHPバーは凄まじい速さで減少していく。
――そして、一度もエグジストは反撃できることは無く、そのままHPバーの全てを削りきられ、その場に倒れ落ちた。
「……はぁ……はぁ……倒したぞ……これで、いいんだろ?」
エグジストの体が空間に散っていく。
それとともに、黒神もその場に崩れるように倒れた。かなり精神を削ったはずだ、あんな戦闘、後にも先にも無いだろう。
コンピューターの画面を確認する。
『complete』
――終わった……
俺は部屋から出て、システム権限の通じるダンジョンの外でメニュー画面を開き、ログアウトした。
俺の戦いは、とりあえず終わったか……
黒神には今度礼を言いに行かないとな。