第27話:妖精たちとマスター
俺の腹部から生えているような状態の刃。これはシヴァの装備ではない。
「ぐっ……」
意識が霞む。HPバーもそろそろ尽きるだろう。
今簡単にゲームから退場すれば、俺は死ぬことは無い。精神に受けるダメージも小さなもので済むだろう。腹部を貫いた刃が発生させる激痛は、俺の意識をどんどん闇へと落としていく。
薄れていく意識の中でシヴァが俺に語りかける声が聞こえる。
「あきらめろ。所詮は、電脳の存在だ。お前が命を張るようなことも無いだろう」
「電脳……だと?」
どういうことだ?
「完全なる人工知能を搭載した、最初の完全自律行動プログラム、フェアリーハート。あとはこいつに修正パッチを施すのみだ。お前たちプレイヤーは十分に役に立った」
「……パッチ?」
「……知らないのか? ならばお前は何のためにこんな戦いをしていたんだ?」
「一体、なんのことを……」
「フェアリーハートはほぼ100パーセント人間と同じ思考能力を持っているプログラムだ。だが、開発されてすぐの状態では人間に等しいとは言えない。人間だって、経験し、成長して一人前の人間となる。同じことだ」
……つまり、この世界はフェアリーハート……つまり人工知能、あの妖精たちに経験を積ませて完全なものとするという役目があった、ということか。
そしてその妖精たちに経験を積ませるのは、プレイヤー……俺たちの役目になっていた。
「パッチ……というのは、なんだ?」
「今、フェアリーハートの完成度は全てが99パーセント超えた。これは想定外の早さだ……おそらくプログラム同士のコミュニケーションが大きかったのだろう。そしてこのパッチは、フェアリーハートに自然と備わった自我を抑え込み、人間と同レベルの知能指数を保有する操り人形とするものだ」
それはつまり、人間と同じように存在していたあの妖精たちを強引に操り人形にするということ……ふざけている。
「あいつらも……生きている」
「おかしなことを言うなぁ、お前もイオリと同じ口か……まぁ、そうでもなければこんな戦いは普通できないか。なにせだだのプログラムなんかのために命を張るなんて――」
「だだのプログラムじゃねぇ!!」
足を前に踏み出す。
腹部を貫いていた刃が乱雑に引き抜かれ、激痛が腹部に走る。思わず声が出そうになるが、それをこらえ、さらに一歩踏み出す。
後ろには、俺を攻撃した敵がいるはずだが無視する。目の前のシヴァに大妖精の剣を突き出す。だがシヴァは微動だにしない、余裕だ。
「冷静さを欠いたな……確かにお前は速いが、その剣は私にダメージを与えられんぞ」
俺の剣はシヴァにダメージを与えられない。
……はずだったのだが、刃はシヴァの胸を貫いた。
「っ!? バカな……」
あまりにあっさり、俺は何か対策の手を打ったわけではない。ただ全力で、感情に任せて剣をシヴァに向けて突き出しただけだ。
まさか、俺の心に反応した……とでもいうのだろうか。この仮想世界で、数値を上回る現象が……?
「あり得ん……感情、などが、プログラムの定めた数値を超えることは、無い……!」
「その通りよ。彼の感情が数値を上回った、なんてことは無いわ」
いつからそこのいたのかは分からない。
ただ唐突に、そこに女性のアバターが存在していた。
真っ黒な長い髪に、真っ黒なドレス。そして手には巨大な真っ黒の鎌を持っている。その姿は死神のようにも見える。
直感的に分かる。この女性アバターはおそらく妖精だ。
「シャドウ……! なぜここにいる」
「別に、不思議がることかしら。私たち妖精には定められた神殿と、戦う使命があるけど、ゲーム内のどこにだってその気になれば行けることは知っているでしょう?」
「権限はある、というだけだ。なぜそのプレイヤーの味方をする」
「さぁ、なぜ、と聞かれても……」
シャドウと呼ばれた妖精は、少しだけ考えるそぶりを見せたがすぐに顔をあげて、人のそれとは区別がつかない、いや、人のそれと同じ笑顔を浮かべて言った。
「好きだから、かしらね?」
シャドウの鎌が、シヴァを縦に両断した。
「好きだから、か……プログラムがまさかそんな感情を抱くとはな……」
シヴァの体は消滅した。
この場に残されたのは俺とシャドウ。そして凄まじい数の特殊アバターのボスキャラクターたち。
さきほど俺に後ろから攻撃したのもこいつらのうちの一体だ。
だが、こいつらが残されていて、イオリさんがいない……ということは――
――負けた、そして最悪の場合……
「イオリさんは!?」
「大丈夫よ」
「……そうか、よかった。後は、こいつらを倒すだけか」
「それも、大丈夫。必要無いわ」
眼前には、ゆうに50はいるだろうと思われる、とてつもないステータスを持つボスモンスターたち。そのはずなのに、そいつらはすごい勢いで数を減らしていっている。
誰かが、戦っている?
一人や二人ではない。かなりの数の強力な味方が、ボスモンスターと戦っている。
そのどれもが、通常のPCとは明らかに違う外見をしている。
そして誰もが、統一感のある固有の色を持っている。すぐ横にいるシャドウと同じように。
中には直接戦ったやつもいる。こいつらは、全員フェアリーラビリンスの妖精たちだ。
「これは、俺にとっても予想外だった」
いつの間にかイオリさんが現れていた。
HP残量は全く減っていない。いったい今までどこで何をしていたのだろうか。
「別に、俺一人でもこれくらいの連中倒せたんだが――マスターとしては、嬉しいことではあるな」
イオリさんは本当にうれしそうに、笑顔で言った。
といっても笑顔であるかは分からない。イオリさんのアバターは顔を黒いヘルムで覆った実に偏屈な男だからだ。だがその声色から喜びが伝わってくる。
「黒神、君はほとんど何も知らずに戦っていたようだけど……ありがとう」
「礼を言われることでも無いだろう」
「いや、君に教えられたよ。俺は戦うべき相手を間違えていた。……まだ、俺の戦いは終わっていない。俺は戦うよ、全ての根源と」
「敵ってのは誰なんだ? シヴァを動かしてたやつか?」
「あいつも末端だ……実力はかなりのものだがな。俺が開発した完全自律行動プログラム、フェアリーハートは未完成だ。いや、未完成だった。開発した段階ではな……だから全感覚投入型のこの仮想世界でテストプレイと、そしてプログラム自体による自律進化、つまり成長をさせたんだ」
「それは……あいつが言ってたな」
「そして完成したら、この技術は人間とコミュニケーションのとれる介護ロボに転用されたり、そんな未来が俺の中ではあった……だがな、腐った国の闇はそれとは別のことを考えた――この技術の軍事への転用だ」
「軍事……? なぜ、日本は戦争はしないんだろ?」
「確かにそうだ。だがこの技術は悪用しようと思えばどうとでも悪用できる。他国への技術の提供、さらにこのプログラムは自律行動する。つまり最初の段階で自我を完全に抑え込み、行動を強制させれば、たとえ提供先の国でプログラムをどう使おうとしたとしても、こちらの意思ひとつでプログラムの反乱だって起こせる。表立った殺し合いだけが戦争ではない。この技術は使い方によっては回避不可のサイバーテロだって簡単に起こせる」
「……そんなことさせるわけには……」
「そうだ、だから開発者である俺にはこれを防ぐ義務がある。俺が作ったフェアリーハート24人。こいつらは全員生きている。この電脳の世界で確実に生きているんだ。それを、強引に自我を抑え込むようなことをさせるわけにはいかない。意思に無い犯罪を強要なんかさせるわけにはいかない」
イオリさんは人工知能、妖精たちを創った人。だから戦っていた。
俺に対して攻撃してきたのも、妖精を完成させてしまわないため。完成さえしなければ、人と同じ領域まで達しさえしなければ、軍事に転用されて悪事を働かさせられることも無い。
だからその妨害をしていた。
しかしフェアリーハートは完成した。だから敵は妖精たちを自分の思う通りにするためにパッチをファイルを強引に適用させようとした。
だから命をかけて戦っていたんだ。
「俺も戦う。そんなことさせるわけにはいかない」
「……かなり危険だが協力してほしい。おそらく、君の力を借りないと成功しない」
「策があるのか?」
「ああ。この世界から、妖精たちを連れ出す」
具体的にどんな手を使うのかは分からないが、おそらく今の戦いと同じでかなり危険なものになるのだろう……
これが、命をかけた最後の戦いになりそうだ。