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第26話:戦場

 シヴァの目の前まで接近し、そして大妖精の剣を振り下ろす。

 刃はシヴァの肩に直撃するが、そこから1ミリも進む事は無く、派手なエフェクトを散らすのみ。

 次の瞬間には、強い力で剣は弾き返され、その勢いに引っ張られて俺の体も後退する。

 

 ゲーム中最強の武器が、待ったくもって通じない……

 純粋にパワー不足なんていう事は無い……と、願いたいところだ。システムが定めた最強の武器、そして考えうる最高のステータス。それを以って振り下ろす剣でダメージを与えられることができない。

 パワーバランスもあったもんじゃないが……そもそもが協力を前提としたMMORPGだ。

 ソロじゃどう足掻いてもダメージを与えられない敵が存在しても、なんらおかしくない。

 これまでに戦った、階層ごとのボス、その中でも50層の敵はとりわけ強かった。シヴァはそれより深い階層、地下90層目のボスなんかになると、どの程度の強さを基準として考えていいのか想像もつかない。


 敵はPCプレイヤーキャラクター。そして、コードオールギアを使っている。シフトダイバーでこの世界に来ている俺は、反応速度において圧倒的なアドバンテージを持っている。

 

 とにかく、考えろ。

 そのためには情報が必要だ。ヒットアンドアウェイで、敵の攻撃を受けることを避けていれば、とりあえず負ける事は無いだろう。

 俺の気力が尽きる前に、シヴァ攻略の糸口を見つけ出し、HPバーを削り切れるか。


 「勝てる気か?」


 「当たり前だ、勝てない敵なんかいない」


 「なるほど……どこからそんな自信が来るのか分からないが、まさかこっちの攻撃を避け続けることができるつもりでいるのか?」


 言い終わりと同時に、シヴァが動いた。

 背中の半透明の羽が、強い輝きを放ち、一気に巨大化。広範囲に放出されるように広がった。

 そしてそれは、一直線に仮想世界のダンジョンの天井を目指して伸びていく。

 天井まで到達したそれは、天井の面に水のように広がっていき、明るい光が天井を覆い隠した。


 「さて、避けきってみろ」


 天井を覆っている光の膜が、いっそう輝きを強めた。何かが来るのは間違いない、それも、上から降り注いでくる。


 「『ジャッジメント・レイン』」


 上から無数の光の槍が落ちてくる。一つ一つが、直径2,3メートル。もはや槍なんてサイズじゃない。一撃で、どれほどのダメージ、そしてシフトダイバーの利点であり欠点である100パーセントの感覚共有はどれほどの苦痛をもたらすのか。

 完全な範囲系攻撃。それもエリアを一掃できるような強烈なものだ。故に、一切狙っていない。だからこそ、システムを知り尽くせばかわすことはたやすい……

 だがしかし、俺が最も戦闘中当てにしている敵プレイヤーのくせ、攻めた方の傾向などが入り込む余地は一切無い。

 

 つまり、初めて見るこの手の攻撃は、ものすごくかわすのが大変なのだ。

 己の反射神経、反応速度のほかに頼るものが何も無い。


 巨大な光が俺の眼前を通過する。

 覚悟はしていたが、それを遥かに上回る攻撃速度だ。

 もし今の攻撃が、あと1メートルこちら側に落ちてくるものだったならば、俺はダメージを減らす余裕も無く、一撃をまともにもらっていただろう。


 フロアのいたる所で光の槍が降り注いでいる。

 

 ――と、そのうちの一撃が、特殊NPCアバターであるモンスターを貫いた。一撃でHPバーが大幅に削られ、さらにその場から吹き飛ばされ地面を転がっている。

 ボスモンスターで、さらにその能力は限界まで高いと思われる特殊NPCアバターが一撃でああなるのか……


 俺の頭上から、光が迫っていた。

 避ける事はできない。咄嗟に大妖精の剣を上に構え、光の槍を受け止める。だがすんなりと止まるはずも無く、体が地面に押し込まれそうになる。

 とは言っても、地面は無敵のオブジェクト……この世界において何にも勝る絶対の硬度を持っている。

 俺に退路は無い。光の槍の力に、俺の体が負ければ押しつぶされる。


 「ぐっ……」


 押しつぶされそうになる体、そしてその痛みを俺は直接体験している。

 正直、痛い。


 「うおぉっ!」


 どうにか光の槍の持つ攻撃力の全てを、大妖精の剣は受けきったようで、光の槍は消滅した。だがすぐに第二波がやってくる。

 しかし今度は真横に移動してどうにかそれを避ける。


 「危ない……」


 光の槍は止んだ。

 以前宙に浮かぶシヴァが、俺を見下ろし言う。


 「……避け切ったか」


 「一撃、受けちまったがな」


 「いや、立っていれば上等だ」

 

 シヴァの羽は最初と同じ、半透明な紫のそれに戻っている。

 今度は両手に半透明の剣が現れる。これはシステムの権限などではなく、シヴァの独自の攻撃方法の一つだろう。

 薄い水色の、半透明の剣が右手に、濃い青、そして同じく半透明な剣が左手に装備、というよりは、左手の機械的なグローブから出現している。


 シヴァが空中で羽を羽ばたかせ、こちらに一直線につっこんでくる。

 迫り来るそれは、かなりの速さ、しかし、反応できないほどではない。

 いくらステータスが高いとはいえ、敵だって人間が操作するアバター、さらには反応速度ではこちらが有利。そうなれば、接近戦ではこちらに分がある。


 振り下ろされたシヴァの右手の剣による攻撃を、俺はバックステップでかわす。

 そして直後に一歩踏み込み、縦に大妖精の剣を振り下ろす。剣は通常ならクリティカルヒットになること間違い無しの角度でシヴァの頭に直撃した。

 しかし、派手なエフェクトとともに俺は後ろに跳ね返されそうになる。


 「ムダだ」


 「ムダじゃねぇ!」


 だがその場に両足で踏みとどまり、さらに一撃、今度はシヴァの横っ腹を薙ぐように剣を横薙ぎに振るう。

 

 これも直撃はするが、結果は同じ。

 派手なエフェクトを散らすのみに終わり、今度こそ俺の体は後ろの跳ね返される。


 こちらが体勢を立て直した直後、シヴァはこちらに流れるような動作で接近する。背中の羽はやはり、一部のモンスター、主に妖精が持つ特性である『浮遊』であるようで、常に僅かに地面から浮いている。


 「はぁっ!!」


 左右の手の剣がこちらに連続で叩き込まれる。

 だがかわせないほどの速さも、受け切れないほどの破壊力も無い。確実に、大妖精の剣でガードしていく。刃と刃がぶつかるたびに、甲高い金属音と、エフェクトが散る。

 

 何発かの通常攻撃の後に、シヴァの動きが静止した。静止とはいっても、ごく僅かなもの。通常攻撃と、特技である剣技の違い。技の出の遅さを感じ取れたものだ。

 極限の戦闘において、こんな些細な差も、命取りとなるようだ。俺ならこの僅かな時間の差に、出の速い突きを敵の急所に打ち込むことができる。


 大妖精の剣を、シヴァの首目掛けて突き入れた。

 しかし今までと同じように、刃は届かずに押し返され、俺の体は後ろに吹き飛びそうになる。

 技の発動直前、もしくは技の発動直後の硬直期間は、プレイヤーが戦闘中、最も無防備となる瞬間でもある。そのタイミングに、最強の剣の突きを、人体の急所……すなわち、人型アバターの弱点となる位置に喰らってもノーダメージ。それどころか押し返して来る。これは、やはり相当の難易度のゲームらしい。ともかくダメージを与える手段が無いと、いつまで戦っても勝てないからな……

 

 ――しかし、それよりも今この瞬間考える事は、ダメージをどう与えるかじゃない。剣技の発動モーションを止める事はできていないから、敵がこれから放つ剣技に対応しなければならない。


 シヴァを確認する。

 俺の体は、シヴァに剣を弾かれた衝撃に押される形でシヴァから遠ざかりつつある。攻撃を避けることに関しては、最も都合がいいとも言える。 

 シヴァはゆっくりとした流れで左右に持った剣を、左右対称の動きで真上に持ち上げた。剣の軌跡を辿れば、俺の位置からは丁度円のように見える。そして両手の剣が天井を指す。直後に、シヴァの両腕が、肩の位置から消滅した。


 「――なっ!」


 いや、違う。目がが追いつかないほどに、高速で動いた……

 ――なんだこれは、実際に腕は無くなっている。しかし、どこへ消えた? あまりに何の前触れも無くだ。移動というよりは、消えたという表現のほかしようが無い。


 直後、両手に激痛が走った。


 「っ!!」


 焼かれたような熱さを、両手のひじの辺りから感じる。そしてそこから広がるように肩まで激痛が伝わる。だが、ひじから先のほうには、まるで感覚が無い。

 と、直後にカラン、と鋭い音を立てて、大妖精の剣が地面に落ちた。その剣の鞘は、俺の手のひじから先だけがしっかりと握りしめていた。


 両腕欠損……侍に取っちゃ、敗北に等しい。だがここは幸いバーチャルワールド、欠損した部位はすぐには戻らないが、時間がたてば戻る。

 アイテムを使えば、もっと早く戻る。だから、時間を稼げばいい……だが……腕を切り落とされるという……苦痛が、これほどのものだったとは。と言っても実際、痛みのレベルで言えば、それほどのものではない。激痛ではあるが。だが、頭ではここはバーチャルの世界であり、欠損した両腕も元に戻る、ましてや現実の俺は全く傷ついていないと分かっていても。それでも、腕をなくす、それがこれほどの絶望感を与えてくるとは思いもしなかった。


 もう、何もできない――


 俺は地面を蹴り、背後に飛んだ。そしてシヴァに背を向け、全力で走り出した。

 俺は逃げた、故に気付けなかった。敵の攻撃の本質に。

 背中に激痛が走り、強い力の突き飛ばされるように、俺は前のめりに地面を転がった。


 「ぐぁっ……!」


 ひじから先が無いために、受け身を取ることも、手をつく事さえも出来ずに、地面に顔からつっこんでしまう。顔が痛い。

 幸い、刃は俺の背中を傷つけはしたが、深刻なダメージになるほど深くまでは刃は届いていなかったようだ。


 「っ……痛ぇ……」


 振り返りシヴァを確認する。しかし、シヴァの姿を認める前に、俺の目は別のものを捉えた。

 消えたシヴァの腕は、それ単体で宙に浮かんでいるのだ。


 「お前が背を向けなければ、2撃目をもらう事は無かっただろうな」


 ごもっともだ。俺が敵から目を反らすような事をせずに、現状を確認していれば、宙に浮かぶ腕による攻撃にも対応できたはずだ。


 「背中の傷は……恥だ、などというが、何も恥じる事は無い。お前は所詮、ただの高校生。命を賭けての戦いなど、何の訓練もつんでいない人間には到底出来ないことだ」


 「舐めるなよ……俺はこれまでも」


 「お前は、本当の戦いなどしていない。戦いというのは、常に死と隣りあわせだ。戦場において、兵士は常に死のリスクを背負っている。仮に戦況が、99パーセント自国の勝利しか考えられなくても、人間というのは一発の弾丸で容易に命を奪われる。流れ弾の一発で、簡単に死ぬ」


 「……」


 「だがお前がしてきた事は真逆だ。死のリスクを排除し、思うが侭に戦場を駆け、そして敵を倒す。だがそれは戦いじゃない、遊びだ。そもそもこれは本来ただのゲームだ。だが、それでいいのだ」


 宙に浮かんでいたシヴァの腕が唐突に消えた。そして次の瞬間、いや、同時にだ。腕はもともとあるべきシヴァの肩の位置に戻っている。

 瞬間移動……まさか、そんな技が……


 「予想もしなかった、という顔だな。こんなイレギュラーな要素も、プレイヤーを楽しませるためのものだ。プレイヤーは、絶対の命の保障の上では危機を楽しめるが、実際の戦場ではそんな事はできない。イレギュラーな要素は、死のリスクを飛躍的に高めるものでしかない」


 シヴァは一度言葉を切り、そして剣を構えた。

 何かが、来る……だが、今の俺にはまだ何も出来ない。欠損した腕も戻らない、武器も無い。さて困った……今気付いたが、腕が無いとメニュー画面の操作も出来ないじゃないか。そうだ、そうなんだ。腕をなくすということは、戦場で、もう何も出来ないということ……


 逃げ帰るか、戦えない兵士は――死ぬのか


 「そう、戦場ではこんなイレギュラー要素の一つで――」


 視界から、シヴァが消えた。腕だけの瞬間移動ができるんだ。ならば体全部を飛ばす瞬間移動が出来てもなんらおかしくない。


 「――用意に死に至る」


 声の続きが左から聞こえた。

 俺は咄嗟に体勢を落とした。


 そして左を確認する。そこにはやはりシヴァが立っていた。そして両手にある半透明の剣を今にも振り下ろそうとしている。

 俺がもし、今右に飛んで、シヴァとの距離を離そうとしていたならば、これが長い射程を持つ剣技であった場合、避けきるすべは皆無だ。なにせ、敵の技を良く見る事はできても、防ぎきる剣が無いのだ。


 「『龍爪撃りゅうそうげき』!」


 『龍爪撃』。低い大勢から、蹴り上げ、そのまま宙返りする蹴技。技ので始めが速く、技後の硬直も短い。

 俺は体術系の技は、今のような状況――武器を使えなくなった時に備えてある程度習得している。だがこれは非常用であるし、威力は剣での攻撃に比べれば遥かに劣る。その上敵は、無敵とも思えるような頑丈さだ。

 こんな蹴技、ヒットさせてもしょうがない。


 だから狙ったのは、攻撃と攻撃のぶつかり合いで発生する、『相殺』だ。


 俺のブーツの底と、シヴァの剣の腹がぶつかり、エフェクトがはじける。そしてエフェクトと同時に、グワァン、という特殊な効果音。『相殺』が起きた。相殺が起きると、互いにモーションはキャンセルされ、大きく仰け反ることになる。


 「考えたな……」


 「だから、舐めるなよ。俺は基本ソロプレイヤーだ。どんな状況でも、自分の力だけで突破する方法を模索しながらゲームを続けてきた。これはもう遊びじゃないが、舞台はゲームなんだぜ。俺のホームグラウンドだ」


 仰け反りから開放される。

 俺は地面に落ちたままの大妖精の剣の方へと走った。


 「欠損部分も、そろそろ回復する」


 俺の腕は、俺が大妖精の剣に到達した瞬間にひじから先を取り戻した。

 体勢を一瞬屈め、剣を拾い、そして構える。シヴァとの距離はかなりある、だがおそらくこの位置でもヤツの有効射程範囲内だ。瞬間移動の移動可能範囲はどれほどか分からないが……おそらくここなら来れるだろう。

 シヴァはまだ動くそぶりが無い。じっとこちらを見据えている。


 ――が、次の瞬間。激痛が走った。

 おなかの辺りに、ずっしりと来る重み。後ろから殴られたかと思ったが、違う。巨大な刃が俺の腹部から飛び出していた。


 「ぐぁっ……」


 直後に激痛。立っていることができない……

 

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