第25話:戦力差
「彩斗……やっぱりな」
ああああが口を開いた。
もうすでにお互い戦意は無い。
今、俺もやつも危険な状況にいる。ログアウトはしようと思えばできる、だが、こっちには聞きたい事は山ほどある。そしてそれは、今しか叶わない気がする。
今を逃せば、次の機会なんては遥か遠いところまで行かなければ無いだろう。
「知ってるのか?」
「ああ、ちょっとした腐れ縁だ」
腐れ縁……フェアリーラビリンスのサーバーにらくらく出入りできる、天才的ハッカーっぽい人物と、同じくハッカーとしか思えない上に、シフトダイバーという普通なら名を聞くことも無い機械を使い、命がけので仮想空間までやってくるこいつが。
そうなると、やっぱりフェアリーラビリンスに関係する縁だろうか。
「もうすぐ来るぞ……」
「管理プレイヤーか?」
「まぁ、そうだ」
「お前はそいつと戦うつもりなのか?」
「……目的がある、そのためなら戦う……お前は、さっさとログアウトしろ。彩斗との接続は切れたらしいが、ログアウトはできるだろう」
「あ、あぁ……」
メニュー画面を開く。
画面には、ログアウトのボタンがちゃんとある。これをタッチし、次に現れるメッセージにYesで答えればこの世界から俺は現実世界に帰還する。
現状、俺はただのハッカー。
今すぐログアウトすべきなのは分かる。
……だが、ここにいても、何もできないだろう。こいつの目的は分からないし、聞いても話さないだろう。俺には残って、危険を犯してまで管理プレイヤーと戦う意味は無い。
これはすでにゲームじゃないからな。
ログアウトの文字に指で触れる。
いつも通りになら、本当にログアウトするのか? というような確認を取る警告メッセージが表示される。だが、初めて見るメッセージが表示された。
『ログアウトできません』
要約するとこんな具合だ。他にも細かいことが書かれているが、フェアリーラビリンスのシステムの仕組みなど、俺は知らないからほぼ理解できない。
ただ、何かしらの不具合というよりは……誰かの手によって俺のログアウトが阻まれた、というニュアンス。複雑な英文も、エラーメッセージの羅列のようだ。
「イオリ……悪いけどお前を殺す」
背後から声、管理プレイヤー……にしては物騒な物言いだ。それに『イオリ』。俺のことでは無い、となると、ああああのことか。普通に考えれば、名前だ。
管理プレイヤーの名前は『シヴァ』
その姿は、一般のプレイヤーのアバターとは少し違う。
全身に機械的なアーマーを纏っている。
さらに背中からは、半透明の紫がかった羽が生えている。いや、生えているというよりは背中のアーマーから放出しているような状態だ。
見たことの無い装飾、いや、そもそも、この世界には機械は無いはずなのだ。
機械的でありながら、どこか神秘的で、天使のような姿だ。
すぐ近くの、ああああ――いや、イオリの表情は見えないのだが、焦りがこちらにも伝わってくる。
「シヴァ……それを使いこなせるような奴となると……カズマか」
「あぁ、俺だ。イオリ……お前が裏切った理由、そうまでして戦う理由も分かる。だがな、所詮は――」
「分かっていない! 所詮は貴様も組織に支配され、自身の利益のためだけに他者をなんとも思わない連中と同じだ!」
カズマと呼ばれた管理プレイヤー『シヴァ』の言葉は、イオリの怒声によって途中でさえぎられた。ここまで感情を荒げることの無かったイオリの怒声、俺の思っていたよりも若い男のような印象を受ける。
だが対照的にカズマの声色は冷え切っている。
「分かっていないのは、お前だ、イオリ。プログラムは……プログラム。所詮は、人間の手によって作られたモノ、そしてそれは人間の所有物でしかない。モノのために命を張るなどと、馬鹿げている」
「……なぜ分からない? あいつらは人と何も変わらない……」
「あぁ、知っている。だが人ではない。だから、利用できるんだろう?」
カズマが言い終わった後、静けさが訪れた。
俺には状況が分からない。目の前に現れた、異様な姿のシヴァというプレイヤーの正体、イオリとの関係、何についての話だったのか。
イオリが地面に突き刺さったままだった剣を引き抜き、猛スピードでカズマ――プレイヤー、シヴァに向かって突き進んでいく。
レベルはフェアリーラビリンスという仮想世界において最強レベル、さらにシフトダイバーという通常をはるかに上回る反応速度を実現する機械を使用した、イオリの速度は通常のプレイヤーがどうこう出来る域を超えている。
プレイヤー、ああああを構成しているポリゴンが若干の崩れを見せる。
対するシヴァは避けるそぶりも見せない。
武器を構えもしない。剣はシヴァの右肩に直撃したが、派手なエフェクトを散らすのみでダメージは与えられていないようだ。
「無駄だ」
「知っている」
イオリは切りかかったそのままの体勢から、膝蹴りをシヴァの顔面目掛けて打ち込んだ。
だがダメージは無く、イオリの体は弾き返される。
どうやら、無敵属性ではないらしいが……ダメージを与えられないというのはどういうことだ?
あのシヴァというプレイヤーの装備によるものだろうか。
「お前はコードオールギアか……そしてシステムへのアクセスが全て不可……ついに袋のねずみか」
「そうだ、お前にできる事はもう無い」
「……ふん、バカか。追い詰められたのはお前だろう、カズマ。システムに頼らず、シフトダイバーも使わないで、仮想空間で俺を止められるのか?」
イオリは剣を構えてシヴァに対峙する。
そして小声で俺に話しかけた。シヴァに聞き取れないように。
「――この状況、打破するにはもう戦うしかない」
――そんな事はもう分かっている。
俺はここから抜け出すためにも、イオリと共同戦線を組み、目の前に立つシヴァを倒す。ここからはシステム権限無しの本気の勝負……
だとすると、シヴァのあの防御はフェアリーラビリンスの設定のレベル。クリア不可能というわけでもないはずだ。
ステータスはおそらくお互いに最高値。ならば2対1ならこっちに分があるともいえる。
「『シヴァ』は、『イザナギ』、『オシリス』なんかの特殊NPCのアバターの一つだ。そもそも高度のAIを搭載し、さらにPCとして人がアバターとすることもできる。その中でもシヴァは特に強い。俺がデザインしたわけじゃないから詳しくは分からないが、地下90層以降の化け物だ」
――地下90層目……
――化け物
絶望的なワードが並ぶ、しかし俺の心のどこか奥では小さく、しかしそれでいて激しく燃えがあっているものがある。
これはゲーマーの性だな。仕方が無い。
目の前にいるあの敵を、倒したくてしょうがない。本当なら、正当にそこまで行って、俺の本来のステータスがよかったけどな。
少しの間黙っていたシヴァが嘲笑するように笑う。
そして告げる。
「イオリ……そんな事はこちらも分かっている。お前は強い、ここではな……だから準備はしてある」
シヴァの背後から、いや、それだけではない。
右からも左からも、俺たちの後ろからもぞろぞろと人影が現れた。どれもこれも、シヴァと同じように異様な姿でいて人に近い形を取っている。おそらく、特殊NPCアバターと呼ばれる奴らだ。
そして、間違いなく俺たちの敵……
かなりの数だ。それに、中には見たことのある敵もいる。
『イザナギ』――
地下50層目で、あれだけ苦労して倒した難敵……
さらにステータスはあの時の比じゃないだろう。そしてそのレベル、もしくはそれ以上の化け物がうじゃうじゃと……
「……流石にビビったか?」
イオリが振り返り、俺に言う。
戦力で言えば、こちらが劣っている事は火を見るよりも明らかだ。
命がけだ。
けど突破できないわけじゃないだろう。
確かに、これは遊びじゃないが、やっぱりゲームだったらしい。この世界での決着はやっぱりゲームとしての決着以外には無いようだ。
「全然」
フェアリーラビリンスという世界で、最高で最強の一品。『大妖精の剣』を構える。
強がりはしたが、勝てるか勝てないか、冷静に考えて勝てる敵じゃない。せめて全ての敵と一度でも戦闘経験があれば、全ての攻撃を捌きながら、時間をかけてでも敵のHPバーを削りきるような戦闘が可能だったかもしれない。
だが敵は全てにおいて未知数。
今安全に勝てそうな相手というと、イザナギくらいのものだ。
「黒神、シヴァはお前に任せる……だから、周りの雑魚は全部俺が引き受ける」
「ざ、雑魚だと?」
「ふん、あんな屑NPCどもに対して、恐れることなんか無いだろう? だから俺1人で十分。すぐに全滅させてそっちを助けてやるから、1分くらいがんばっていろということだ」
――舐めやがって、システムに頼り切ってふざけた辻斬りまがいなことをしていた奴が何を偉そうに……
そのうち決闘でどっちが上かはっきりさせないとな。この戦いの終わった後くらいで。
「そっちこそのんびりやってろ。あんなの即行で片付けて援護してやるから、屑NPCに潰されるなよ」
「俺が負けるわけが無い」
「俺も負けない」
言い終わると、お互い背を向けて立った。
俺は目の前のシヴァを見据える。
イオリは、本当に、あれだけの数のNPCを相手に戦えるのか……いや、考える必要は無い。俺がさっさとあのふざけた男をここから退場させて、援護に向かえばいいんだ。
俺とイオリは同時にスタートを切った。
猛スピードでシヴァの眼前に迫り、大妖精の剣を振り下ろす。