第24話:本当の決戦
――俺の攻撃が通らないことに何も驚くことはない。
相手はシステムの権限を使用しているのだから、自分自身の属性を『無敵』に変更することくらい簡単だ。
だがこいつは、なんでシステムの権限を行使できる?
管理プレイヤーではないはず。ならこいつもハッキングを?
いや違う、こいつは正式な手続きでシステムにログインしていた。
そうだ、驚くべきは、通常のプレイヤーがシステムに正式な方法でログインしているということ……
そしてそうなればおかしいことがある。
こいつは全開の戦闘の時、自身の属性を無敵に変更せずに戦っていた。
あの時俺はシフトダイバーを使ってなかったし、能力もこいつに圧倒的に劣るものだったが、それでも一撃をこいつにヒットさせている。
それは数値上大したことが無いダメージだが、刃が身を切る痛みは100パーセント伝わっていたはず。そもそも、それは避けられる痛みであったのだ。
つまり、それより避けたいこと……
システムの権限を使ったとしても、ぱっと見ただけでは分からない。
プレイヤーに見られることを避けたかった、ということではないだろう。
ああああは眼前に迫っている。
大妖精の剣で敵の攻撃を受ける。
重い衝撃が腕に乗っかってくる。
俺は今限界に近い身体能力を持っているが、それは相手も同じ。ほぼ同程度の能力を持つもの同士の激突。
コードオールギアの時では安全ラインがしかれ、感じる事は無かった負荷が、今は俺の脳に直接伝わってきている。
「……っ」
腕に力を込め、ああああの剣を弾き返す。
目の前でエフェクトが弾ける。鋭い金属音が耳に伝わる。
弾かれたああああは空中を浮き上がるように、こちらから目を離すことなく離れていき、俺の射程から離れた位置に着地した。
ああああは構えていた剣を下ろすと、地面に突き刺した。
「……何のつもりだ」
「邪魔をするならば、お前を殺すことは簡単だ。だが、こちらはお前を、フェアリーラビリンスをプレイするプレイヤーに危害を加えるつもりは無い」
「何を言ってる? お前は処刑人とまで呼ばれるほどに、プレイヤーを倒してきただろう。その反則的な力を使って」
「あぁ……俺の名が広がれば、それだけでお前のようなプレイヤーを抑制できると思ってな。ただあれほどのプレイヤーが、俺に挑んでくるのは想定外だった。まぁ、まさかシフトダイバーにまでたどり着いて、ここまでやってくるプレイヤーがいることのほうがさらに想定外だがな」
ああああは剣を地面に刺したまま、こちらに近づいてくる。
敵はシステム権限を持っている。油断はできない。ただシステムコマンド実行には僅かだろうがタイムラグはあるはずだ。ということは、今のあいつは、丸腰。
俺が今、一気に距離を詰めれば、その命を奪い取れる可能性はある。
いや、奪い取れる。
ああああはすでに俺の射程圏内だ。最速の技で、頭を狙えばまず勝てる。
だが……そもそも、こいつは何者なんだ?
シフトダイバーという、一般には全く知れ渡っていないものを使い、システムにログインするためのIDを持っている。
普通に考えて、開発に何かしら関係ある人物。
こいつの発言。
『危害を加えるつもりは無い』
これは嘘か、本当なのか。ただ純粋にフェアリーラビリンスを荒らしたかったのなら、もっとやりようはあったはず。
ああああは一歩一歩こちらに近づいてくる。戦意は感じられない。
だが突然歩みを止めた。
「……まずいな」
その声色は、焦りの色、戸惑いの色が混じっているようにも見える。
「黒神を今すぐログアウトさせろ」
これは俺に言っているのではない。俺をサポートしてくれている彩斗さんに言っている。
しばらくした後、俺の頭の中に声が流れてきた。
『彼の言う事は、正しいようだ。しかし、今退くわけには行かない……ここからは危険かもしれない――
その言葉が終わらないうちに、目の前に別のプレイヤーが直接ログイン、もしくはどこからか転送されてやってきた。
しかし、ダンジョンのこんな場所に直接……
通常のプレイヤーになしえることじゃない。
「管理プレイヤー、だ。お前たち2人、今すぐログア――」
その言葉を聞かないで、ああああは高速でコマンドを読み上げていく。
「システム、コマンド、『キル』」
管理プレイヤーは一瞬にして爆散した。なんというか酷い。
しかしこれは、まずい……
俺と彩斗さんまで、ハッカーとして管理側に認識されることとなってしまった。
「……黒神、お前は今すぐログアウトすれば大丈夫だ。優秀なブレーンがいたおかげで、今のお前はまだアカウントを管理側に特定されていない」
「……お前は」
「妙なことを言う、俺の心配か? それは不要だ。とにかくお前は今、いつ死んでもおかしくない状況にいる、ログアウトの完了するその瞬間まで気を抜くな、自分の心配をしていろ」
……その通りだ。
俺は今、この仮想世界に生身でいるような状況だ。剣で刺されれば、痛い、最悪激痛で死ぬ事もないわけじゃない。
とにかく自分のことを、ましてや敵の心配などしている場合ではない。
……あまりにも状況が分からない。彩斗さんは何かを掴んでいるのだろうか。
「彩斗さん」
呼びかけてみたが、返答はない。
――彩斗さん?
一度、自分でログアウトすべきか……でも、今は最大のチャンスなのかもしれない。だがそれが何のチャンスなのかは分からない。
ただこの機会はもう二度と訪れないような気がする。
俺は何をすべきだ。
※
「――くそっ!」
高速でキーボードをたたいていた彩斗の手が止まる。
仮想世界にいる黒神と、現実世界の彩斗をつないでいたマイクに向かって呼びかけても、今は何も伝えることができない、情報も帰ってこない。
画面は、2つの世界のつながりが断ち切れたことを伝えてきている。
――何が起きた――
彩斗は思考をめぐらせる。
システムはハッキングできた、あのレベルであれば侵入は容易、阻止された、つまりは誰か別の人物による妨害。
それは、処刑人ああああ以外の誰かである可能性が高い……
全身に冷たいものが流れていった。
最悪の状況、彼自身が想定した最悪のパターンに向かって事が動いている。
その可能性は限りなく低い、彩斗自身の妄想でしかない、しかしその未来がどうしても頭の中にこびり付いてしまっている。
「お、お父さん……? な、何があったの?」
「……接続が切れた。誰かに妨害されたみたいだ」
「く、黒神くんはっ!?」
「彼なら、大丈夫」
それは彩斗自身、自分に言い聞かせたような言葉だった。
シフトダイバーは、コードオールギア以上に、外部からの強制取り外しが危険なものだ。だからこんなものは、玩具にはなりえない。
玩具じゃない、リセットなんてできない。
今できることをやるしかない。
彩斗はもう一度画面を見つめる。見つけ出した進入経路はもう使えない。ここからはハッキングしなれたフェアリーラビリンスサーバーではない。
全く新しい、サーバー攻略と同じ。
画面に向かった彩斗に、小金井の声が掛かる。
「お父さん! 黒神はどこにいる!?」
「お父さんと呼ぶなっ、と、それはいい……地下40層目、滝壺の底の神殿だ」
「分かった、とにかく俺は家に帰る! そしてそこに行ってやる! それまでにちゃんとお父さんも頼むぜ」
「だから……まぁいい、任された」
急がなければ。
彩斗の後ろではどたばたと部屋から2人出て行った。
片岡と小金井、2人ともフェアリーラビリンスではそこそこの高レベルプレイヤー。すぐにたどり着くだろう。
それまでに、ここからバックアップの準備を完成させるのは彩斗の役目。
この時、中野彩斗の想定した最も最悪のパターン。
本当の決戦がスタートしてしまった。