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第1話:ギルド

 『フェアリーラビリンス』は、地下100層からなる巨大なダンジョンだ。

 そして階層によっては、ダンジョンの中に、町が存在するものもある。今俺がいるのは、フェアリーラビリンス地下45層目。

 地下空間だが、擬似太陽のようなものが打ち上げられていて明るい。

 

 町には建物が存在し、それは大きく3種類に分けられる。

 1つ目は、プレイヤーが個人的に所有できる『デタージハウス』という建物。ようするに家である。そして『レンタルハウス』。レンタルハウスは、NPCノンプレイヤーキャラクターの管理する建物の中で、この世界での仮想通貨『パル』を支払い借りることのできる建物である。


 そして最後は『パブリックハウス』。NPCが管理し、基本的にPCプレイヤーキャラクターが所有することは不可能である。主に、店、またはイベント専用の建物であったりする。


 この町の名前はユースティア。殺風景で何もなく、階層が深いためにこのゲームにどっぷり嵌った俺のようなゲーマー、もしくはNPCだらけの町でなんの面白みも無い。

 とにかく俺はギルドに向かう。ギルドは、簡単に言えばサークルみたいなものだ。だがサークルとは言えないギルドも存在する。そして俺の言うギルドとは後者の方だ。


 ギルドはPCが立ち上げたものと、NPCによって管理されているものとある。前者は、どちらかというと、ワイワイみんなで集まって楽しもうといった感じの連中の集まりだ。

 だが後者は違い、参加者はただNPCが提示したり、いろいろなPCから寄せられたりした依頼をこなし続けるというだけの、いわば仲介施設のようなものだ。


 俺はギルドのある建物の扉を開け、入る。一応町で一番大きな建物であるが、こじんまりした安っぽい建物だ。

 NPCであるギルドの管理人は俺を見ると「何か御用ですか?」と、無機質な営業スマイルで言う。

 こいつらには会話用にAIが搭載されているが、やはり感情といえるレベルではない。ただ会話を楽しむ気など俺はさらさら無いため問題は無い。


 「依頼の品だ」


 メニュー画面を開き、先の戦闘で手に入れた『黄龍の爪』をドロップアイテム一覧から選び、指で触れる。

 すると、目の前に黄龍の爪がオブジェクト化され出現する。

 それを見ると、NPCの男は相変わらずの営業スマイルで、「確かに、では報酬をお支払いします」とお馴染みの固定メッセージを吐いた。


 報酬は自動的に俺の残金に追加される。

 このクエストのクリア報酬は4500パル。安いか高いかで言えば、そこそこな高額といえる、しかし俺が戦った相手は黄龍合計4匹。もしこれが討伐クエストだったなら10000パルはくだらないだろう。


 俺はメニュー画面を閉じ、ギルドの出口に向かう。

 扉のドアノブを掴み、開こうとしたのと同時に、俺の横に光る円柱が出現する。誰かがログインしてきたのだ。しかしこの階層に直接ログインするPCは限られている。

 俺は確認のために、ドアノブから手を離し、その人物が実体化するのを待つ。

 現れたのは、長い黒髪に、目の下に刺青。そして長ランにボンタンという、まさに不良といった風貌のいかつい男が出現する。ビンゴ、やはり知り合いだった。


 「お、黒神くろがみじゃんか。学生が、ゲームばっかしちゃいかんぞ」


 「いい年こいてオンラインゲームに嵌ってるおっさんが言うなよ、俺のは息抜きだっての」


 男の名前はツール。当然ハンドルネームである。

 このゲームを俺が始めて、1週間ほどで知り合い、何度か一緒にクエストをこなしたりした俺の最初のフレンド登録の相手だ。ちなみにその時に、こいつが35のおっさんであることが判明した。

 しかし、いいタイミングでログインしてくれて助かった。


 「ツール、悪いんだけど頼まれてくれないか?」


 「何をだ?」


 俺は腰に指した五月雨を掴む。

 すると、何を思ったか、顔色の変化までもリアルに再現するという高性能のアバターの表情が真っ青になり、両手を前に突き出してツールは一歩下がった。


 「ま、待て! 街中は、非戦闘空間だから攻撃しても、し、死なないぞ」


 「ばか、俺がお前と闘うわけ無いだろ」


 五月雨を鞘から抜く。やはり錆びている、鞘から抜けるときにもガリガリとあまりよろしくない音が聞こえてきた。


 「こいつはまた、派手にやられたなあ」


 「黄龍にやられたんだよ」


 「へえ、そいつはまた。何かあったのか?」


 「4匹もいやがったんだよ。仕方ないから俺1人で全滅させたけど」


 ツールは俺から五月雨を受け取ると、「う~ん」と顔をしかめる。

 VRMMORPG『フェアリーラビリンス』は、VRバーチャル・リアリティとかなりの高い技術が詰まったゲームだが、内容的にはMMORPGだ。

 このゲームには、かなりの種類のスキルが存在し、大きく分かると戦闘スキルと生活スキルに分かれる。ツールは生活スキルの中でも、鍛冶スキルがかなり高い。 

 生活スキルが高いと、それだけで自分で店を開けるため金にはあまり困らない。その逆に、俺のように戦闘スキルだけを高めていては、金銭面では苦労することになる。


 「かなり錆びてるな……元には戻らんかも知れんぞ」


 「頼むよ、相棒なんだ。報酬は、今日黄龍がドロップしたもの全部やるから」


 メニュー画面からアイテム一覧を表示し、最近のドロップアイテムをツールに見せる。

 ツールは目を見開いて、「いいのか?」と聞いてくるので1つ返事で返す。


 「よっしゃ、任せとけ。この鍛冶やのツールが必ず元の切れ味に戻してみせる」


 ツールは張り切ってメニュー画面を操作する。

 鍛冶とは言っても、この世界ではスキルポイントが全てだ。当然このツールというプレイヤーは現実世界で刀を打つことはできない。

 専門的な知識は要らない。スキルがあれば、勝手にゲームのシステムが全工程をこなしてしまう。


 ほんの30秒ほどで作業は終わり、俺の手に五月雨が返される。

 刀身は元の輝きを取り戻し、鍔や柄まで新品のように綺麗になっている。


 「ふふっ、前よりも素晴らしいものに仕上げてこそプロだろ?」


 「ああ、お見事だ」


 刀の攻撃力補正が+5されている。


 俺は五月雨を鞘に収め、メニュー画面を開く。

 ドロップアイテム全てをトレード指定して、受け取り準備のできているツールに送信する。これだけで、取引は完了となる。


 「なあ黒神」


 「どうした」


 「久しぶりに一緒にダンジョン行かないか?」


 「ああー……やめとこうぜ。俺今さっき黄龍4匹とやったし疲れた」


 「いいネタがあるんだが」


 「聞こうか」


 いいネタ、と言われ、自然と表情が緩んでいるのが自分でも分かった。

 やはりゲーマーとして、聞き流すわけにはいかない。

 俺の態度の急変に、少し唖然としていたツールだが、表情を緩めると、楽しそうに語り始める。


 「このゲームのタイトルはフェアリーラビリンスだ」


 「そうだな」


 「いるはずだよな? あれが」


 「……マジ?」


 「おうよ、この地下45層目に、光の妖精ルナがいるという情報を仕入れた」


 フェアリーとは妖精のことである。この大迷宮フェアリーラビリンスには、妖精の住処といわれる、ボス戦のポイントがいくつか存在している。

 上の階層にもいくつかあったらしいのだが、俺は1つとして場所を知らない。


 それ以外のボス戦ならいくつもあったし、何度かボスモンスターの相手もしてきたが、それほど苦労もしなかった。俺のHPバーはここ最近、瀕死のレッドまで追い込まれたことが無い。

 だが妖精の強さは、通常のAIを持つボスモンスターとは規格外に強いと噂なのだ。ゲーマーとして確かめたくならないはずが無い。


 「具体的な場所は?」


 「座標までは分からないが、だいたいは分かってる」


 ツールはニッと笑う。

 このゲームに初ログインしてから約1年、漸く面白いことが起きそうだ。


 「じゃあ準備ができたら声掛けてくれ」


 「お前、RPGのラストバトル直前みたいなこと言うなあ」


 「分かりにくい」


 ツールはメニュー画面を操作しているようだ。

 メニュー画面は、ステータスが表示され、アイテムも表示される。いわば個人的な情報の塊だ。だから基本的に他人のメニュー画面を見ることはできない。

 だが、さっきのように、見せたい時には見せることができる。メニュー画面には『公開』というボタンが存在し、そこを押すと誰からでも見放題になる。


 ツールは武器であるメリケンサックを取り出していた。

 メリケンサックは、かなり初期から手に入る武器で、本来物理攻撃補正も低い上に特殊スキルもつかないため、ある程度長くこのゲームをプレイしていて、そこそこのパルを持っているプレイヤーならまず使うことは無い。

 それなのに、無意味に上げた鍛冶スキルでツールはメリケンサックを強化し続け、今ではその辺の中級打撃武器よりも高い物理攻撃補正を持っていると思われる。


 「ツールって、なんでそんな珍種みたいな格好してんの?」


 「おい! 珍種ってどういうことだっ。カッコいいだろ?」


 「いや……」


 本気で思っているようだから恐ろしい。


 「おっさんの考えてることって分からないな」


 呟きながら、俺は五月雨を手入れする。ツールの反論は無視だ。

 手入れとはいっても、それほど難しいことはしない。さっきも言ったが、この世界ではスキルが全てだ。スキルさえあれば、現実では料理などやったことが無いやつでも、うまい飯が作れる。

 

 手入れ、しようかと思ったのだが必要が無かった。

 ツールがものすごく綺麗に仕上げてくれている。視覚的にいうと、濡れているかのように怪しく光っている。数値でいうと攻撃補正が+5だ。


 「ルナのだいたいのステータスとか分かってるのか?」


 「属性は光、魔法攻撃を中心に弓を装備してるとか聞いたなあ。知り合いってほどじゃねぇんだけど、1人やられてる」


 「へえー」


 一応聞いたと言うだけで、俺はあまり敵のステータスは気にしていない。

 

 とにかく今は、完璧に仕上がった五月雨の使い心地を試したいというのが大きい。試しに振ってみる。

 そして持っている剣技を適当に繰り出す。空気を切るヒュンヒュンという音が、狭い建物の中で響く。


 「またレベル上がったか?」


 「いやー、黄龍って案外経験値少ないんだよな」


 現在俺のレベルは60丁度だ。そしてこれは、現在このゲームをプレイするプレイヤーの中では最も高い層のプレイヤーたちの中に位置し、その中でもおそらく高い方だ。

 だがこれは推測でしかない。

 基本俺はソロプレイが多い。パーティを組むのも悪くは無いんだが、どうも連携はうまくいかないことが多い。

 実際俺の横にいるツールは、俺と連携がうまくいく数少ないプレイヤーで、おそらく俺に近いレベルを持っているはずだ。


 ただ戦闘に関して、俺とツールのスキルポイントの差はかなりあると思われる。理由は、俺が生活スキルのポイントをほとんど上げないで戦闘ばかりしている戦闘狂であるということ、そしてこいつが見た目にこだわって低レベルな装備をしていることだろう。


 「黄龍って弱いのか? 闘った事無いけど、あんなの化けものモンスターだろ。そんなの4匹も相手にしてよく疲れないな」


 「まぁー疲れてはいるけど、そこそこは楽しかったからね」


 「楽しいって……相変わらず戦闘狂だねぇ」


 自覚はしていても、他人に改めて言われるとちょっとイラッとすることもある。

 眉の辺りがぴくぴくするのを自分で感じながら、あくまで冷静に俺は言葉を吐き出す。


 「楽しまなくてどうする。これはゲームだぜ」


 「そうだけどよ」


 ツールは「う~ん」とうねりながら、顔に手を当て考え込む。

 

 「恐くないのかよ、そりゃ痛みはかなり弱められてるけど痛いだろ」


 「スリルを求めてるんだよ、痛みなんて大したこと無い」


 五月雨を鞘に収め、メニュー画面を開く。そしてショートカットキーに念のために復活アイテムの『不死鳥の羽』を登録する。

 これでHPバーが完全に消滅する直前に、蘇生することができる。このゲームで強敵と戦うときには誰もが行ういわば保険のようなものだ。


 「じゃあ行くか。黒神先生の戦いが久々に見れるんで、嬉しいぜ」


 「誰が先生だ」


 ツールは現実の俺を知っている。

 といっても面識があるわけじゃない。俺はこの男の現実は35のおっさんであるということしか知らない。ツールのほうも俺の顔を知ってるわけじゃないが、俺のこの黒神というハンドルネームは昔から知っていたらしい。


 俺はゲーマーであり、好きなジャンルはサウンドノベル以外。だがその中でも特別好きなのが、格闘ゲーム、略して格ゲーというやつだ。

 俺は去年、一昨年、そしてその前の年の3年間。インターネットで世界対戦を可能にした、とある格ゲーの世界大会に出場し、3連覇している。その時に使っていたのがハンドルネーム黒神。

 ツールに聞いたのだがこの名前は結構有名になっているということだそうだ。


 「さくっとやるか、妖精ルナ。そういや妖精って見たこと無いなあ」


 「俺もだ、多分ほとんどのプレイヤーは見たこと無いだろ」


 「どんなんだろうな、妖精なんて名前だけでどいつもこいつも厳つい筋肉の固まり見たいのだったりしてな」


 丁度、RPGのベタなイフリートみたいなやつを俺はイメージした。


 「いや、イフリートはそうかもしれんが、ルナはきっと……女だ、それもすごい美人」


 「どうだかな……」 


 「そんで案外ドジっ子だったりな。俺等の訪問に驚いて階段から転げ落ちたり」


 「んなわけないだろ、妖精も特別なAIが使われてるだろうが、そこまで特別じゃないだろ。所詮はプログラムだからな」


 「まー固定メッセージだろうな」


 妖精に対していろいろなイメージを持ちながら、俺とツールはギルドを後にし、ダンジョンに向かった。

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