第17話:5連戦
――4戦目。
俺の目の前で、巨大なライオンのようなモンスター。『銀獅子』が消滅する。
かなりのスピードにあわせて、出の速い威力も十分な技を数多く持った優秀なモンスターだ。HPもかなり高く、苦戦はした。だがこのモンスターは、過去に遭遇した『金獅子』というモンスターに動きが酷似していた。
だから勝てた。しかし、それだけだ。
経験値が無ければ、負けていたかもしれない。やはり、強い。
そして後1試合、正直きついかもしれない。
ルールでHPバーは完全回復するが、武器の状態までは回復しない。五月雨の刃には、徐々にガタが来ている。
俺もそれを危惧しなかったわけではなく、2,3戦目は極力刀でのガードを避けていたが、銀獅子に対してはそう悠長にも構えられなかった。
「はぁ……やばい、体がだるくなってきた」
これが仮想世界で、このプレイヤーキャラクター『黒神』は俺自身が直接脳で操作しているわけだから、俺の体は疲れない。
だが、脳が疲れれば、思考は低下し始める。
思考の低下は、仮想世界のPCにおいて、そのまま動きが鈍ることに直結する。
ゴゥン、と音を立て、向こう側の扉が開く。
俺の視界に入ってきたのは、人形のシルエットだ。
身長は160,170センチ。俺とあまり変わらない。
両手に斧を装備しているようだ。
耳は大きく、犬の耳のような形をしていてピンと伸びている。そして毛の色は茶色く、全身を包んでいる。
――最悪だ。
フェアリーラビリンスに登場する敵モンスターは、他のゲームとは比較にならないほど優秀なAIを持っている。
その中でも、特に優秀なAIを持つのがこの系統のモンスター。
『亜人種』
限りなく人に近い、だが人とはかけ離れた能力を持つモンスターたち。
こいつの名は『ダブル・アクスドワーフ』。そのままだ。2つの斧を持ったドワーフ。
扉をくぐり、斧を構えてこちらへと進んでくるドワーフ。バトルは……始まっている。
斧が凄い速さで俺に襲い掛かる。
バックステップでギリギリでかわし、こちらから斬りつける。だがもう片方の斧で五月雨は軽く弾かれる。
小さいからだのくせに、さすがはドワーフ。腕力は凄まじいな。こちらの全力の太刀を、片手で弾く。
剣技使用無しでの剣撃は通らないと考えた方がいいな……
「ぬぅああああああ!」
2本の斧が高く振り上げられ、一直線に俺の頭に振り下ろされる。
速い、しかし直線的。ギリギリでかわして、五月雨を突きに構える。奥義『雷光一閃』。
刀身を稲妻が走る。だが、技は中断させられる。足元からの攻撃を受け、俺の体は宙高く浮き上がった。
なんだ、何が起きた?
足元からドーム上に、オレンジ色で分かりやすく着色された衝撃波のエフェクトが吹き出している。
さっきの斧を振り下ろした技だろうか。
クルクルとアクロバティックな動きから、地面に着地する。
「ふぅ……っ!」
目の前に斧が迫っていた。
その場に屈んでかわすと、斧は俺の頭上を通り過ぎていった。だがドワーフの姿は無い……
まさか、投げたのか? それしか考えられないが、結果俺は奴を見失った。
中々狡い事を考える。まさかAIにこんな子供だましを……だがまずい。
「はぁっ!」
「っ!」
真横から迫っていた斧を、五月雨で受け止める。
キィン、と金属音が響き、エフェクトがはじけ飛ぶ。斧の威力が強すぎて、俺の体はぐらついたが問題ない。向こうもかなり大振りだったから、すぐに次の動作は――
――ザクリ、と嫌な音。そして横腹の辺りに、重たい感覚。痛みは無いのだが、俺のHPバーはものすごい速さで減少している。
横腹には、巨大な斧が突き刺さっていた。
本命は、投げた斧の方。
わざわざ作った俺の隙をついた、大振りの攻撃さえも布石……やられた。対人戦さながらの戦術。そして俺は見事に嵌められてしまった。
その結果が、この大ダメージ。HPバーは一気に6割切ったか切っていないかの辺りまで減少してしまっている。
状況は、厳しいな。このHPの差。威力の差。
長期戦は厳しい、真正面からでは勝てない。おもしろい、それでこそだ。元々低レベルでガンガン深いそうに潜っていた俺のスタイルは、こういう敵と戦うためのものだ。
――手数と、スピードだ。
地面を思い切り蹴り、飛ぶ。
砂埃が上がり、俺の体が一気にドワーフへと近づく。
「『瞬風剣』!」
「ぎゃっ!」
風を纏った一太刀が、ドワーフの体を突き飛ばす。
斧で刃自体は防がれたからダメージはほぼゼロだが、大きな隙ができる。さらに距離を詰めて、五月雨で斬り上げる。
真横に飛んでいたドワーフの体が、僅かに浮き上がるが、ダメージはほとんど無い。なんて堅い体してるんだ。筋肉だろうか。
そこから奥義『雷光一閃』につなげる。
稲妻を纏った五月雨が、ドワーフの体を横一文字に斬り裂く。
「ぐあぁっ!」
「あまりダメージ無いな……」
ドワーフのHPバーは、まだ8割以上を残したままだ。
地面を転がった後、起き上がり、片方を投げて使ったために1本となった斧で斬りかかってくる。だがそれを、ドワーフの後ろに回りこんでかわす。
そして背中から、高速で5発の突きを繰り出す『秋時雨』で斬りつける。やはり貫通するほどの斬撃とはならないが、手数が多いため合計ダメージは多くなる。
さらの上級剣技『五月雨』を繰り出す。秋時雨と似た技だが、突きの数は6回。そして最後に『夕時雨』。突きの数は3回、+最後に吹き飛ばし効果のある強烈な突きを1発。
全てがドワーフの背中に突き刺さり、合計15発の突きを受けたドワーフは前のめりに吹き飛び、地面を転がった。
そこに限界の速度で追いつき、『雷電破斬』で雷を纏った斬り落としで上から斬りつける。これで漸くHPバーの長さが並ぶ。
だが、そもそもの最大値が相手のほうが上だから、互角とは言いがたいな。
「グギギギグガゲゴギグガガガガ!」
「切れたか……」
ドワーフは、気の短い種が多いという。中には冷静な奴もいると思うが、大抵が、連続で攻撃を受ければこうなる。
まぁ近接戦闘において、かなり優秀なドワーフという種の唯一の付け入る隙かもしれない。
こうなれば、さっきまでのような頭を使う先方は十中八九無いだろう。ガ行オンリーになっちまったし、戦術合戦は望めない。
「ガアアア!」
予想通り、直線的に突っ込んできて、バカ正直に斧が振り下ろされる。
どれほどの威力を持ってるのだろうか。想像するのも怖ろしいが、ここまで安直だと、目の前に迫っても全然恐くない。
まず、腹ががら空き。なのだが、ここに斬り込むと、やけくその反撃を貰う可能性がある。まぁ柄の長い武器を、丁寧に上から分かりやすく直線で振り下ろしてるんだから……
斧の刃ではなく、棒の部分を五月雨で受け止める。ここならばさほど威力は無い。
斧は先端についた重たい刃の重量を使って、押し切る。だから刃が当たれば、怖ろしい威力を誇る反面、この棒の部分を掴めば簡単に止まる。
斧を受け止めた刃をそのまま押し切り、斧の柄を破壊する。
「ガ!?」
斧の棒の部分は綺麗に切断され、重たい刃の部分はドスンという音を立てて地面に突き刺さった。これでドワーフは完全に丸腰。
上段に五月雨を構えて、振り下ろす。
だがそれを、ドワーフは堅い筋肉のある腕で受け止めた。当然ダメージをドワーフは受けるが、それでも腕で五月雨を押し返してくる。
ドワーフ、戦闘バカ、というところは共感がもてるな。戦い方がガサツなのは良くないが……
「おもしろい」
五月雨を構えなおし、ドワーフと対峙する。
丸腰とは考えない。あの戦闘バカの体は、それ自体が武器であり、身を守る鎧だと考えるべきだ。
全力で武器を破壊し、鎧を砕き、その命を斬り裂く。
「ガガギガガグガギ!」
「お前が、最初みたいに冷静に戦えていれば、もうちょっと良い勝負だったかもな……」
それだったら負けているかもしれないがな。
「せいっ!」
五月雨をドワーフの腕をかいくぐり、横っ腹に打ち込む、だが、堅い筋肉は五月雨の刃を拒む。まるで龍の鱗を切りつけたように刃は進まない。
ドワーフは五月雨を素手で掴むと、そのまま振り回した。
俺の体もそれに引っ張られて回る。
「グガアアアア!」
最後に放り投げられたが、空中でバランスを取り着地する。
やはり、考えていない。叩きつければ、いくらかダメージは与えられただろうに……
「……ギギィ」
「お前……」
いや、前言撤回。
かなり前の発言から言いなおす必要があるな。こいつは冷静だった。武器を両方失ってもなお、ドワーフという種の特徴でもある狂気を演じるほどに。
俺が空中に浮き上がっている3秒ほど。
その間に、ドワーフは放り投げた方の壊れていない斧を取り戻していた。
――おもしろい。初めてだ。演技でPCを惑わす敵と出会うのは。
ドワーフから先ほどまでの狂気は欠片も感じられない。
その顔には、してやったり、といった笑みがうっすらと見て取れる。実際にこいつがこの戦闘を楽しんでいるかのように感じられる。
「倒すッ!」
五月雨を構えて、真正面から突っ込む。
それにタイミングを合わせて斧が振り下ろされる。
完璧なタイミング、完璧な速度。お見事としか言いようが無いカウンターの一撃。
不覚にもそれは、俺の体を弾き返した。
「ぐっ」
辛うじて五月雨を間に挟みこみ、致命的なダメージこそ防いだが、今のはゲームオーバーでもおかしくない一撃だった。
――だめだ、ついおもしろくて行ってしまった。
どうも冷静を失い狂気に身を任せてしまったのは俺の方だったらしい。この怪力のモンスター相手に、真正面からなど……自分で最初に否定した策だったな。
斧が猛スピードで迫る。
俺の首を取るべく放たれた一撃を、僅かに屈んでかわす。斧の刃が頭の上を通り過ぎ、風を感じる。
そこからノーガードのドワーフの腹めがけて、剣撃のコンボを叩き込む。
「ぎあぁ!」
ドワーフが吹き飛び、地面を転がる。
だがすぐに起き上がり、こちらを睨みつける。だが俺はその目がしっかりと俺を捉える隙を与えない。
高速で横に移動した後、滑るように移動し真横から斬りつける。
「うぐっ!?」
間違いない。ドワーフは俺のことを見失っている。
さらにもう一撃、死角から背中を斬りつけ、すぐさま移動する。
「グ、グ……グガギググガガガ!」
めちゃくちゃに斧が振り回される。演技だか、今度こそ本気でやけくそなのかは知らないが、隙だらけだ。
斬り上げの剣技、『飛燕』。
狙うはノーガードの首。
「っ!?」
それは狙っていたのか偶然か、めちゃくちゃに振り回されていた斧が、五月雨を弾き飛ばした。
――まずい! 目が合った!
「くそぉ!」
拳技、奥義『無刀流』。俺しか使えないらしいエクストラスキルだが、出し惜しみとかしてる場合じゃない。今、完全に死んだと思った。
『無刀流』は、侍のスキルを上げた上で、武闘家としての拳技を念のために鍛えていたら偶然発現した特殊拳技。己の体から出る、闘気なのかなんなのか、なんだかよく分からないエネルギーが即席の刀を形成する。
切れ味は俺の侍の職業スキルに影響を受けるというかなり特殊なもので、発動の瞬間から、全ての能力は刀装備時のものとなる。
「『飛龍旋華』!」
だから、侍専用の剣技の奥義なんかも使える。気力消費がおびただしいのがたまにキズなのだが、というか効率悪すぎて普段は使わない。
闘気の刀身から闘気の龍が形成される。
「はぁっ!」
龍がドワーフを飲み込み、飛翔する。
そして空中で斬り裂き、地面に叩きつけられる。
あと少しだ……!
「うおおおおっ!」
気力が尽きるか、ドワーフのHPバーを削りきるか、もしくは俺のHPバーが無くなるか……
※
「はぁ……つ、疲れたぁ」
闘気の刃が消滅するのと、ドワーフの頭を刃が貫き、HPバーを削りきるのはほぼ同時だった。
「ふぅ……5分くらいか。伸びたな」
無刀流が持続した時間のことだ。
もともと燃費が悪すぎて、今まで1分と持たなかったのだから、これは進歩といえる。まぁかなり長いこと使ってなかったし、レベルもその間上がったから当然ではあるんだけど。
「あ……やば……」
視界がぐらつく。
極度の疲労に陥った脳が、そろそろ眠りにつこうとしているのだろう。
生身の体のほうが一切動かせないため、この世界にいる状態で眠気に勝つのはかなり大変だ。それも、ここまで精神的に疲れていてはなおさらしんどい。
全く、2日連続でゲーム中に眠ってしまうとは、VRMMO史上初めてなんじゃないだろうか……
ドサリ、と地面に俺の体が落ちる。
だんだん遠のく意識の中で、「5連勝おめでとう」というメッセージが聞こえていた。