第15話:新機能発見
帰宅後、まずは一服、そしてそこから一連の流れとして部屋に入ってから『コードオールギア』を被り、仮想世界『フェアリーラビリンス』へとダイブする。
世界が真っ白に塗りつぶされ、だんだん現実とは違うヴァーチャルの世界がはっきりと姿を現せ始める。そこで疑問がわいた。
プレイヤーは、2回目以降のログインは前回のログアウト地点から近いギルドなどの建物にログインする。それなのに、俺は見たことも無い建物の中にログインしていた。
――そうか、前回は何も確認せずに寝てたな。
つまり、ここは50層目のダンジョンをボス部屋を越えた向こう側、ということになる。
メニュー画面から階層の情報を確認するとやはり50地下層目。
しかしプレイヤーが少ない、まだまだ未開の地だからしょうがないが……
目の前に見知ったプレイヤーを見つけた。
「カーター、お前はあれだけゲームをした後にまたやるのか?」
「黒神、お前にだけは言われたくない」
ま、確かにその通り、ごもっともである。
カーターは俺としか戦っていないから、6戦なのだが、俺は全ての客からの勝負全てを受け、何戦したか分からない。当然全勝ではあるが。
「ま、それはいいや。ここってどこなんだ?」
「地下50層目、『ターミナル』という町……というかもう、町なんて規模じゃない。表に出たらわかるが……この階層は特殊みたいなんだ」
「というとどういう?」
「中央に走っていた超えられない壁、その向こう側がここだが、前面町エリアなんだ」
「……は? 馬鹿でかいじゃないか」
「馬鹿でかいんだ。システムの運営する巨大ギルド、そして商業の中心地でもあるらしくショップ類の規模も数も物凄い。それに、なにより面白そうなものがあった」
「なに?」
「コロシアムだ。今はまだここまで来ているプレイヤーは少ないが、高レベルプレイヤーが増えれば面白いことになるぞ」
「ふーん、面白そうだ。とりあえず外に出よう、百聞は一見にしかずというからな」
「それもそうだ」
俺は建物から出た。
人通りは、少ない。というかNPC抜いたらゼロなんじゃないだろうか。
まぁそれも当然で、ここが開放されてから24時間経ってない。そろそろ来てもいい頃かもしれないが、多分まだここが開放されたという情報が伝わってないのだろう。
一直線に道が続いている。
凄いな、大都市というにふさわしいだろう。このターミナルの広さは、ここからではほとんど把握することができない。
うんうん、これは凄い、感動した。
「じゃあなカーター、俺は行きたい所ができたから行ってくる」
「コロシアムだろう?」
「当然。そんな面白そうなもの、見に行きたくなるのはゲーマーの性だろう」
「そうだな。では俺もついていこう」
パーティを組むわけではなく、俺とカーターはPCのいない町を並んで歩いていった。
NPCも高度なAIを持っている。だから、パッと見ではそれが人の操作するPCなのか、コンピューターで制御されたNPCなのか分からない。
なんと、こちらの顔を確認までしてくるのだ。それもあからさまにではなく、本当にすれ違う人の顔をチラッと見る程度だ。だがしかし、それは凄いことなのではないだろうか。
コンピューター制御されたそれが、『関心』を人に向けるのだ。まぁ実際には関心を持っているように見せかけているのだろうが……
――いや、あの妖精たちを見ていると実際にプログラムが俺に関心を持っているとも考えられなくない、むしろ、そうとしか思えない。
「……なに、考え込んでるんだ? 黒神」
「あ、ああ。悪い」
「いいんだが」
「……ところでだが、プログラムに感情ってあると思うか?」
「……嫌な質問だな、モンスターをバッサリと斬れなくなりそうだ」
「で、どう思う?」
「そうだな、無いと思う。というかあってはいけないだろう。感情とは心だ。心は人の一部であり命の一部だ。それを、人間が作り出していいのか?」
「それは、俺も考えたんだけど」
やっぱり、ルナやサラマンダーも『よくできたAI』でしかないのだろうか。そもそも完全なるAI、人工知能とはどういうものなのか俺は知らないからな。
あいつ等と戦うのが楽しかったのも、ただ単に思考ルーチンの技術が進化し、それを俺は『対人』と思い込んでいたのかもしれない。ただ、あの対話は思考ルーチン、ただのプログラムの動きだったのだろうか。
もしそうだったら、プログラムと話しながら盛り上がってた俺はバカか……?
――いや、違う。あいつ等は何か違うはずだ。
「また考え込んでるな」
「ああ、まぁつまらないことだよ。それよりもコロシアムはどこだ?」
「そろそろ見える」
見える気配も無い……
そう思いながら次の角を曲がった瞬間、目の前に巨大なドーム上の建物が出現した。
どの建物も高さがありすぎて、すぐ近くにある建物も確認できない。
「これだ」
「まぁ、そうだろうな。こんな形じゃ、コロシアムかスタジアムしか考えられねぇよ」
「一応、このターミナルには野球場とサッカースタジアムはあるぜ?」
「……奥が深いな、フェアリーラビリンス」
「まぁ、エクストラミニゲームという感じだろうな」
俺はコロシアムに入った。
入ってすぐ、受付嬢のNPCが3人、カウンターに立っている。なぜ3つのカウンターに分けられているのか、よく分からないが何か違いがある。
まぁ大方、ソロかパーティの区別だったり、難易度の違いだとかだろう。
俺とカーターが受付嬢の方に向いてることを認めたのか、NPCの1人が口を開いた。
笑顔で、はきはきと元気よく話してはいるが、やはり無機質で機械的に感じられる。このあたりのAIは手抜きだな……
「ようこそ、コロシアムへ。コロシアムは初めてですか?」
NPCの問いに、俺とカーターは頷く。
するとNPCは笑顔を作り説明を始める。
「コロシアムは、戦う場所です。ここでは初級と上級から選択していただけます。一番左のカウンターは現在準備中ですのでご利用いただけません」
準備中なのに、受付嬢は立ち続けてるんだな、というのは気にしなくていいな。
あれはあれで、何も接客しなくていいのに立ってるだけで給料貰えていい仕事だろう。NPCだけどな。
「このカウンターでは、初級。あちらのカウンターでは上級となっております」
じゃあ、上級だな。
「コロシアムでは5連戦していただきます。1戦終了ごとに、HPは全回復させていただきますが、連戦となります。間に休憩は無しです。そのほかにご不明な点ございますか?」
「無い」
「では、コロシアムに参加しますか?」
「ああ、上級でな」
俺は体を左に向けて、上級のカウンターのNPCの前に立った。
同じ顔……ではないな。さすがにこれだけリアルな世界の中で、全く同じのが3人も並んでいたら薄気味悪いからな。こんなところでグラフィックの使いまわしは無くてよかった。
「黒神様ですね?」
分かっているけど確認はするんだな。
「そう」
「上級は、推奨レベル60となっておりますが、よろしいですか?」
――推奨レベル60……高いな。
俺のレベルは、現在61。推奨レベルを超えてはいるが、正直厳しいところではある数字だな。そもそも、この世界のレベル設定はちょっとおかしい。
基本的には、その階層の数字がそのまま推奨レベルとなっている。
だから、地下50層のボスだった『イザナギ』は推奨レベル50の敵だったわけだが……そこから10レベル分の安全マージンをとっていたはずの俺が、負けかけた。同じく、かなりの高レベルプレイヤーだと思われるカーターがいなければ負けていた。
最初の方はこんな事は無かった。
推奨レベル10とされる、地下10層目も、俺はレベル5で走りぬけた。その時から俺のプレイスタイルは確立されていて、こんな戦い方をしていた。
おかげで俺のレベルは上がり続けた。安全マージンも、とろうとしてとったわけじゃなく、自然に序盤で作られたこの数字をキープしてきただけだ。
ただいつからか、この数字でもギリギリの戦闘が増え、今では安全マージン10でも、まともに正面からでは勝ち目が無いボスまでいる……
「まあ、いいや」
でもまあ、気にする問題でもないしな。
「カーター様ですね? カーター様は参加されますか?」
「するが、俺は俺で1人でやる」
「助かる、いても邪魔だからな」
カーターの額に、青筋が浮かんでいるように見える。すごいな、このゲームのプレイヤーとのシンクロ率は。
「では、1名様のご案内になります」
俺はコロシアムの奥へと案内される。
なんか広い控え室だ。
もう少し、ここに来るプレイヤーが増えれば、ここは血気盛んな戦闘好きの憩いの場となるのだろうか。
そうなる日が楽しみだ。適当に強そうなのをひっ捕まえて、決闘してやる。
ただ今は、この控え室。変なごっついNPCが1人いるだけだ。
本当にでかい男だ。多分フェアリーラビリンスの初期プレイヤーの外観設定の範囲外の背の高さ、腕の太さ。装備も俺の体を覆い隠せそうな巨大な、斬馬刀。
だが現実で言う、太刀のような形状のものではなく、フィクションのゲームやアニメなどで描かれる馬鹿でかい刀身をもつ斬馬刀だ。だから、俺が斬馬刀と形容しただけで、あれは斬馬刀じゃないかもしれない。
「ふん……軟弱そうな奴だ」
――!?
NPCが話しかけてきた!?
NPCにバカにされた!? というか設定範囲超えてる、ゴリラみたいなお前よりも屈強な外見のプレイヤーがいるはずも無い。
なるほど、だからか。こいつ誰にでもこのセリフを吐くのか。
「この斬馬刀で、今殺してやろうか?」
アッハッハッハ、と高笑いするNPC、ここではゴリラとしておこう。
というか斬馬刀であってたんだな。
――しかし、相手がNPCと分かっていても、この手のセリフがゴリラ系の決まり文句だと知っていて、こいつは雑魚と分かっていても、ムカつくな。
「やってみろよ」
NPCが止まる。
このセリフが少々イレギュラーだったのか、何かの処理をしているのだろう。
だが、突然、ゴリラがこちらを睨んだ。
「アッハッハ! いいだろう! 決闘だァ!」
――嘘だ……
凄いな、フェアリーラビリンス。このゲームのAI半端じゃない。
なぜか、無駄に広いこの控え室。
まさか、これは決闘を可能にするため? 周りには適度に破壊不可の、障害物になりそうなオブジェクトが配置してあるし。
じゃあ、このゴリラはエクストライベントだったりするのか?
俺のメニュー画面が開く。
プレイヤー『ボージャン』からの決闘が届いたとある。知らなかった、NPCからも決闘状って届くものだったんだ。
もしかしたら、こっちらかも送れるのかもしれない。今度強そうなNPC見つけたら、試してみないとな。
そしてボージャンからの決闘だが……受けるだろ、当然。
俺が決闘を承認する。すると、ここは町の中だが、非戦闘エリア設定が、俺とボージャンの間だけで解除される。
「アッハッハッハッハ! 死合おうではないかァ!」
巨大な斬馬刀の刃が振り下ろされる。俺はそれを、五月雨で受けるが、あまりの衝撃の重さに、そのまま押し切られ、控え室を転がった。
HPバーが直撃はしていないが減少する。
なんだ、あのゴリラ。ゴリラの噛ませ犬キャラのわりに、妙に強い。
「ふんぬっ!」
さらに巨大な刃が俺に向けて突きこまれる。
俺は、少しジャンプして、斬馬刀の無駄にでかい剣の腹を蹴る。すると斬馬刀は、方向を逸らされ、破壊不可のロッカーのオブジェクトに衝突して弾かれた。
――無敵属性に突っ込めば、どんな存在でも確実に揺らぐ。
好機。攻めに転じる。
五月雨を、ボージャンの首めがけて突き出した。だがボージャンはこれを、腕を貫かせて防ぐ。
「肉を切らせて――」
やばい、五月雨が抜けない……
どんな筋肉だ、ちくしょう。
「骨を断ァつ!」
巨大な斬馬刀の刃が、縦一文字に俺に振り下ろされた。