第14話:サクラ、仮想世界へ
『プレイヤーアカウントを作成します』
家に帰ってすぐに、私はコードオールギアを装着し、フェアリーラビリンスを入れて起動した。
すると、目の前にフェアリーラビリンスのタイトルロゴが表示され、直後にこのメッセージが聞こえてきた。
そしてすぐに目の前にウィンドウが現れる。
私はそれを操作し、自分のプレイヤーを作っていく。
名前は、サクラでいいか。
身長と体重も、そのままのデータを入力し、今度は顔を作っていく。
あんまり似させるのもなぁ……
この顔を作るという作業、なんだかパーツがものすごい種類があって、ほぼ自分の顔を作ることができるような気がする。
……とりあえずできた。
そして初期装備を設定しないといけないらしい。選択肢は、片手剣、両手剣、ハンマー、杖、弓。
どうしようか、まぁ片手剣にしておこう。
『キャラクター、サクラ。アカウント情報作成、保存……登録完了。フェアリーラビリンスにログインします』
世界が真っ白に染まった。
そしてすぐに、真っ白だった視界は徐々に鮮明になり、ここが仮想世界の中であるということが分かる。
と言っても、目の前に開いているメニューウインドウが無ければ現実世界とそう簡単に区別はつかないと思う。それくらいに、リアルな仮想が広がっている。
開いているメニューウインドウには、メニューウインドウの使い方の説明が表示されていた。
手始めに、武器を装備しろということらしい。
アイテムの中の、装備を選び、ブロードソードを装備する。
目の前に突然剣が出現した。
「す、すごい……」
ブロードソードを掴み、腰に差す。
服は、すごく普通の服だ。防御力なんて全くありそうに無い。
ここは、町の中、だと思う。
少し離れた位置には、大きい噴水があり、中心にはフェアリーラビリンスの箱に書かれていた妖精のキャラクターの像がある。
周りにはかなりの数のプレイヤーがいる。
秋山さん、どこにいるのかな……
――まぁ、いいか。いずれ会えるだろうし、せっかくだからこの仮想世界をちょっと散歩してみよう。
噴水のある広場からは、東西南北に道がある。
ほとんどのプレイヤーは、えっと……東、の方に向かっている。とりあえず私もその人の流れについていくことにしよう。
広場から離れ、道を進んでいくと、今度はさらに細かい道に分かれる場所まで来た。
どっちに行けばいいんだろう……
「メニュー画面から、マップが見れるよ」
「あ、はいどうも……もしかして」
「あ、分かった? そうそう、僕だよー」
目の前には、黒い長い髪に、派手なマントを着ている男のプレイヤー。
頭の上には、青い色のHPと書かれた線と、かえで、という名前が表示されている。
「秋……かえで、さんは魔法使いですか?」
「うん、そ。なんか僕ってそれっぽくない?」
「はは……」
笑って誤魔化したけど、同じことを思っていた。
黒魔術師とか凄く似合いそうだ。
「それで、君のお兄ちゃん……黒神くんね、有名人だね」
「そうなんですか? まぁ、お兄ちゃんゲームも凄いから、おかしくもない」
「今は、地下50層目にいるらしいよ。まぁここは地上だから、あと50層下なわけだ。こりゃ長いたびになるねー」
「うん……じゃあ、早速行きましょう」
「あ、やる気満々だね。じゃ、行こっか」
私とかえでさんは、フェアリーラビリンスに入り口を目指して、歩いていった。
※
フェアリーラビリンス。
このゲームのタイトルであり、戦いの舞台……
なんか迷宮って、もうそれだけで怖いよね。正直、ゲームの中に入るってどんなものかと思ってたけど、これは慣れるまでは大変かもしれない。
迷宮の中は結構明るい。
太陽の光は無いのだけど、なぜか明るい。
「キシャー!」
「うわぁー、可愛いなぁー」
「か、かえでさん! そいつ敵です!」
「知ってるよー」
かえでさんは、笑顔で言いながらも、現れたハリネズミみたいなモンスターをずっと見ている。
そして小さい杖を取り出し、モンスターに向けた。
「『ファイア」』
炎の塊が発生し、モンスターに向かって直進する。
「ギャッ!」
直撃したハリネズミは吹き飛び、地面を転がった。
でも頭の上にHPバーが残っているから、まだ倒せたわけではない。
私も戦おう。腰に差したブロードソードを引き抜き、モンスターに向かって走る。現実の世界で走るよりも大分体が軽い。
「やぁっ!」
右手に持ったブロードソードをハリネズミに向けて振り下ろす。しかし、硬い針で弾かれてしまった。
私の体が衝撃に押されて後ろに下がる。
その隙に、ハリネズミは飛び上がりこちらに襲い掛かってくる。
――やばい。
咄嗟の判断だった。
後ろに下がり続ける体を、踏ん張らずにそのまま倒し、空いている左手だけでバク転してハリネズミの突進をかわす。
「わお! センスあるねさくらちゃん!」
「あ、あはは……」
現実世界ではありえないアクロバティックな動きだ。ちょっと感動……
私が戦っていた間にも、かえでさんは魔法の準備をしていたらしかった。
杖をハリネズミに向けて、魔法を唱える。
「『エアーブレード』」
風の刃が発生し、ハリネズミを切裂いた。
これでハリネズミのHPバーが消滅し、少しした後でその体が消滅した。
「今のは『バジネズミ』だってさ」
初戦闘を終えた私とかえでさんは、そのまま迷宮の中を進んでいった。
そもそもモンスターの少ないフロアなのか、それ以降モンスターとの戦闘はなく、すぐに建物が見えてきた。
迷宮の中なのに、町がある。
町の名前は『プリマタウン』と書かれている。
「ふふ、ダンジョンに入ると厳つい装備の人たちがいるね」
確かに、強そうな装備の人が増えた気がする。
「じゃあ、どうしよう。とにかく進んでみる?」
「そうですね、せっかくですし」
「楽しんでるね、プレゼントしたかいがあるよ」
私たちはそのまま町を素通りして、フェアリーラビリンス地下1層目のダンジョンへと足を踏み入れた。
ダンジョンに入ると、若干薄暗くなった。
空気が少し冷たく感じられる。
少し進むと、突然何かが横の道から飛び出してきた。
「グルアアアアァ!」
「おぉ、これは『バトルウルフ』だって」
バトルウルフは、体勢を低くすると、こちらに向かって突っ込んでくる。
ブロードソードを引き抜き、その突進を受け止める。
衝撃に押されて剣が弾かれそうになるが、なんとか堪える。そして剣を振り下ろす。しかしバトルウルフは後ろに飛んでかわした。
「さくらちゃん、そいつ強いよ。具体的にいうとレベル5くらいかなあ」
「レベル5ってどれくらい?」
「僕等はまだ1だよね」
つまり4の差、どうにかなるものなのかどうかは想像がつかないんだけど、こうなったら戦うしか……
バトルウルフはまた勢いをつけて突進してくる。
それをほんの僅か、当たらないギリギリでかわす。
そして真横を通り抜けるバトルウルフにブロードソードを突き刺した。
バトルウルフは吼えながら距離をとる。
今のでHPバーは……絶望的なほど僅かしか減っていない……
「グルアア!」
さらにバトルウルフが襲い掛かってくる。
それをバックステップでかわす。目の前をバトルウルフの鋭い牙が通り過ぎる。それで追撃は終わらず、そこからまた飛び上がり、鋭い牙を私に向ける。
ブロードソードを牙に向けて振るう。ガキィン、と甲高い音が響き、私もバトルウルフも仰け反った。
そこからなんとか体制を建て直し、ブロードソードを突き入れる。剣がバトルウルフの頭に突き刺さった。咆哮し、バトルウルフは後ろに飛ぶ。
「『エアーブレード』」
かえでさんが魔法を発動する。
風の刃が発生し、バトルウルフに向かって直進する。その刃が、バトルウルフを斬り裂く前に、かえでさんはさらに魔法を発動する。
「『ファイア』」
風の刃のすぐ後ろを火の塊がついていき、2種類の攻撃がバトルウルフのHPバーを削る。
残りHPはあとちょっとだ。
私は地面を蹴り、一気に距離を詰め、ブロードソードを両手に構え、縦一文字にバトルウルフめがけて振り下ろした。
「グルアァッ!」
バトルウルフが最後の咆哮を迷宮内に響かせ、HPバーを全て失い消滅した。
直後に、頭の中に軽快なメロディーが響いた。これは、かえでさんには聞こえていないのだろうか。
「なんか、変な音が……」
「あれ? それレベルアップじゃない? 良かったね」
「は、はい。ありがとうございます……かえでさんって、レベル上がってないんですか?」
「うん、上がってないね」
「かえでさんのレベルはなんですか?」
「……あははー、じゃあ行こうか。どんどん進もう」
――誤魔化された?
でもかえでさんのレベルが高いわけないよね、だって今日私と一緒に買ったんだし。でもなんか魔法も簡単に使うし、変なマント着てるし……
まぁいいや。
とにかく、ゲームを進めよう。
※
カカカ、カカカ、カカカカカカカ!
俺のキャラクターの鮮やかな16連コンボを受けて、相手のキャラクターが宙を舞う。そしてディスプレイには、今日何度目か分からない、とりあえず連続記録更新中の『PERFECT』の文字が表示された。
カーターとは5回勝負した。結果は俺の5連勝で全てPERFECT、なのだがやはり他の連中を相手にするのとでは訳が違う。一歩間違えればあっという間にこちらが負けるような極限の戦闘の連続だった。
そして相手が一周し、連勝記録更新中の俺の前に座ったのは、
「6度目の正直だ……!」
カーターだ。
「何回でも叩き潰してやる」
途中からゲーム代金は無料になった。まあそうじゃなかったら、俺は何円払っているか分からない。こうなると店側の利益がなんかあれだと思うんだけど、俺は客寄せ効果が凄いから問題ないんだとか。
6度目の対戦、俺は最も得意とするスピードキャラだ。
カカカカ、ガガガ、カカギャギャ!
スティックが悲鳴を上げる。そんなレベルのお互いのコンボは、画面の中で炸裂しぶつかり合っている。
と、その時、俺のキャラクターが後ろに飛ばされた。
「なっ……! ダメージを」
浮き上がった俺のキャラに向かって、勝機だといわんばかりにカーターのキャラが距離を詰める。
――凄まじいが、詰めが甘いな。
俺のキャラは空中で反転し、その場で秘奥義を発動する。空中秘奥義だ、この技は空中という短い時間しかいられない場所での、長いコマンド入力が必要なため滅多に見れない。
俺のキャラが、上空から真下のカーターに向かって高速で連弾を打ち込む。
拳から放たれたミニサイズ波動拳もどきの雨が、相手に逃げる隙を与えない。
連続でエフェクトがはじけ続け、カーターのキャラはその場に倒れた。そして『WINNER』の文字が表示される。
最も時間が掛からなかった勝負だったが、中身は一番濃かった、まさか一発喰らってしまうとは思いもしなかった。
「くそっ……あと少しだったが」
「惜しかったな」
時計を見る、もう3時だ。
「俺、帰るわ……」
文句の1つでも言われるかと思ったが、なんか感動の涙を流している連中が多すぎて誰も口を開かなかった。
「俺たちは……俺たちはぁ! 待ってる! 黒神のことをいつまでも!」
「分かった分かった、つか泣きながら言うセリフでもねぇよ」
「いつまでも、俺たちの心の中に行き続けるよ……」
そのセリフだと、俺は2度と帰らなくないか?
まぁいいや、突っ込むのはやめておこう。なにせ疲れた。
さっさと家に帰ろう。そんで……
ゲームしよ。