第13話:日常いろいろ
カカカカカカカカカ!
コントローラーは、昔ながらのアーケードの格闘ゲームのあれだ。
俺はそれを操作する。どうも俺の手が早すぎて、ゲームの中のキャラクターとのシンクロ率が悪い。俺が入力したコンボが出終わるのに時間が掛かる。
ネットのサイトでも、パワーはあるが鈍すぎる、といわれている俺のキャラクターが、万能タイプであるはずの相手のキャラよりも速く動き、一方的にボコボコにする。
カカカカ、パチパチ、カカカカッカカカッカカッカ!
俺の厳ついマッチョなキャラが、機敏な動きを見せ、相手のキャラを掴み上げたかと思うと、
『フォオオオオオオ!』
と叫びながら上昇、回転しながら落ちてきて相手プレイヤーを地面に叩きつけた。
「なんだその技は!?」
「エキストラコマンド、秘奥義だ」
相手のHPバーはゼロになり、画面では俺のキャラが勝利の雄叫びを上げていた。
「よし、じゃあ次」」
俺の一日は始まったばかりだ。
※
『黒神がゲームやってるぞ』
この情報だけで、このゲームセンターに大勢の格闘ゲームマニアが集結するのに時間は掛からなかった。最初は10人くらいだったのが、いつの間にか100人くらい詰め込んでるんじゃないかということになっている。
というかお前等、俺も人の事は言えないけど休日になにやってんだ?
時刻はそろそろ12時になろうかというところだ。俺は次から次へと来る挑戦者を、1人残らずノーダメージで秒殺し続けている。
しかし、レベルも落ちたな。
誰一人として秘奥義はおろか、満足に奥義すら発動させられないとは。
「よーし、じゃあ次は俺が挑戦しよう」
「……はじめまして?」
「あー、そうだな。こっちで会うのは初めてだ、よろしく」
「へぇ、まぁ、俺は黒神」
「知ってる、俺は片岡。カーターって呼んでくれ」
――カーター?
まさか、あのカーターか?
向かいに座った片岡という男は、年は俺よりは確実に上、大学生だろうか。男にしては長い髪を、後ろでくくっている。
顔は、なんというか、割とどこにでもいそうな感じで特徴が少ない。だが不細工ではなく、どちらかといえばもてる部類の顔だろう。
そんな男の顔が、ディスプレイに向き合った瞬間、別人のように迫力を持ち始めた気がした。
向こうは、刃物を装備したかなりトリッキーなキャラを選んだ。
なら、俺は一番得意とするスピードタイプのキャラを選ぶ。
本気だ。こいつがあのカーターかどうか見極める。
画面に『FIGHT』の文字が表示された瞬間には、お互いに大技を繰り出していた。
俺のキャラと向こうのキャラの攻撃がぶつかり、相殺される。
これは相当速いな……こちらの方が初動からが速いのに相殺されたところを見ると、入力に関しては俺より速い。
――間違いない。
こいつは、あのカーターと同一人物だ。
高速でゲームパッドを操作し、秘奥義を発動させる。
体勢を低くした俺のキャラが、一気にカーターのキャラに向かって突っ込み、蹴り上げる、だがこれをカーターのキャラは刃を使った必殺技で相殺どころかこちらにダメージを与えてくる。
ダメだ、常軌を逸した入力速度だ。
向こうからはずっと、ガガガガガ、とゲームパッドが壊れるんじゃないかという音が聞こえてくる。
「ふぅー」
1つ息を吐き出す。
そしてスティックを握りなおす。
格ゲー世界大会三連覇を舐めるなよ。
※
「あっ、待った待った? ごめんねー」
バイトしている喫茶店の前で待つこと数分、秋山さんが陽気に手を振りながら現れた。
抹茶色の髪は、なんだかめちゃくちゃバッチリ決められていて、服装もなんか……ちゃらい。耳にはピアスがたくさんついている。
「いえ、さっき着いたところです」
これは事実だ。
「そっか、じゃ、行こう」
「あの、どこに行くんですか?」
「あっ、ごめんね、言ってなかった。僕の家」
「は、は!?」
「結構近くなんだぁー」
秋山さんはすたすたと歩いていってしまう。
……えぇ? 秋谷さんの家? でも何をしにだろう……なんかここまで着ちゃったし、今さら帰るなんて不可能だし。
秋山さんに限ってそんなこと……あるわけないよね。大丈夫。
私は秋山さんの後ろについて歩き始めた。
そしてしばらく歩いていく。
住宅地に入り、またちょっと歩く。すると秋山さんが立ち止まった。
「ここだよ」
「ほ、ほんとに近くですね」
「そうだよー」
秋山さんは玄関の戸を開け、中に入った。
「何してんの? どうぞどうぞ、上がっちゃって」
だ、大丈夫、だよね……
とにかく靴を脱いで、秋山さんの家に上がる。家の中は他には誰もいないのか、凄く静かだ。
玄関は結構綺麗に整理整頓されている。几帳面なのだろうか。
秋山さんは家の中をどんどん進んでいってしまう。
私もその後についていく。階段を上り、部屋に入る。部屋の中には、いきなりなにかのアニメのキャラクターだろうか……下着姿の女の子のキャラクターのポスターが貼ってある。
他にはテレビがあり、パソコンがあり、そして、『コードオールギア』も置いてある。
ソフトもいくつかあるみたいだ。えっと、『擬似恋愛学園』……?
あとは、まぁギター。それからバスケットボール。あと何かのフィギュアなど、なんだかものが多い部屋だ。
座る場所が……ベッドの上くらいしかない。
「あ、ごめんね。すぐ出るから、もう立ってもらってて良いかな?」
「は、はい」
秋山さんは、何かごちゃごちゃとしたところに手を突っ込んだ後で、大きい紙袋を1つ持ってそれを私に手渡した。
「プレゼントだよ」
「え、いや、でもなんで……?」
「それ懸賞で当たっちゃってさー、持ってるのに。新品だから気にしないで」
なんだろう。紙袋の隙間から中身を確認してみる。
中身は大きな箱で、なんか凝ったロゴで名前が書かれている。
――コードオールギア!?
「い、いんですか?」
「うん、だからそれ当たったんだ」
確かに部屋にはもう一台のそれがある。
「じゃあ、それはその辺に一旦置いといて、ソフト買いに行こ」
私は秋山さんに手を引っ張られるようにして、秋山家を出た。
「この近くにね、すっごく面白い店長がやってる おもちゃ屋があるんだ。そこに行こう」
「すっごく面白い店長ですか?」
一体どんな人なんだろう。
家を出てから、しばらく道路を歩き進めていく。
やっぱり日曜日は人通りが多い。特に学生が多い。まだそんなに暑くなるような季節ではないけど、日差しがちょっと強めで、アスファルトだらけだから暑い。
今日みたいな日は、もうちょっと薄手でもよかったかもしれない。
まだしばらく歩き続ける。
すると、『ホビー&ゲームショップSAKAGUCHI』と書かれた看板が目に入った。この店のことだろうか。
「これこれ、じゃ、入ろ」
秋山さんについて、店内に入る。
冷房が効いていて、店内は涼しい。
「あーっ、涼しぃー! 店長ー、ツルツルの店長ー」
――ツルツルの店長?
私は最初は意味不明だったが、店内の棚の横から現れた店長と思われる人物を見た瞬間理解した。ツルツルだ、もう、見事に輝いている。
スキンヘッドで背の高いおじさんだ。胸のところに「店長」と書かれたネームプレートがある。
頭はツルツルで、よく見れば腕とかが凄く太い。
「ツルツル……」
うっかり声に出して呟いてしまっていた。
「ん? はじめましてか? 秋山くん、その子は?」
「さくらちゃん、僕と同じとこでバイトしてるんだ」
「……高校生?」
「いえ、中学3年です」
「だよなぁ……」
ツルツルの店長は、顎を手でさすりながら何かを考えていたみたいだけど、すぐに笑顔になった。
「ま、いいや。俺は坂口だ、よろしく。俺の事は坂口でも店長でもツルツルでもツールでもなんとでも呼んでくれ」
「じゃ、じゃあ店長で」
「おう。それで、今日は何を買いに来た?」
「VRMMOの、去年くらいに発売したフェアリーラビリンスってのある?」
「おぉ! お目が高いな、あれは面白いぞ」
「2つねー」
「はいよ」
店長は店の奥へと消えていった。
そんなに広いお店ではないけど、お客さんは店の広さのわりにかなり入っていると思う。奥にはカードゲームができるスペースがあるみたいで、何人かのお客さんが、カードゲームをしている。
商品は結構きつきつで置かれている。多分品揃えはいいんだと思う。
しばらくすると、店長が箱を2つ持って表れた。
英語のフォントで『フェアリーラビリンス』と書かれている。
後ろには、妖精だったかそんな感じの女の子のイラストが描かれている。
「さくらちゃんも、これでよかったよね?」
「はい」
財布の中には今2万円くらい入っている。
フェアリーラビリンスは1万9800円だからほとんど無くなってしまう。ゲームって高いなぁ……
2万円を店長に渡す。そしてお釣りを受け取る。
「フェアリーラビリンスで会うかもな」
「え? ツルツル店長これやってんの?」
「あぁ、そうだ。しかも結構高レベルプレイヤーだぜ」
「おっさんが何やってんだか……じゃあ、また来るねー」
「ありがとうございました」
私と秋山さんは、お店を後にした。
自動ドアをくぐると、もわっとした空気が顔に当たった。中が涼しかったから、暑く感じられる。
そこから秋山さんの家まで一度歩いて帰り、コードオールギア本体をいただいた。
これ凄く高いのに、本当に貰っていいのか、と思うのだけど、秋山さんは「持っていても邪魔」と言うのでありがたくいただいた。
「じゃあ、後でフェアリーラビリンスで」
秋山さんはずっと玄関の前からこっちに手を振っていた。
なんか、恥ずかしい。だから早足で秋山さんの姿が見えなくなるところまで歩いていった。
そしてそこからはのんびり歩きながら家まで帰った。
※
「うおおおお!」
カカカカッ、カカッ、カカ、ガガガ!
もう、1つのラウンドがどれくらい続いているのか分からない。
ここまで必死になるのは久しぶりだ。格ゲーの世界大会を思い出す。しかし、どうやらカーターは奥の手は知らないらしい……
ならばこの勝負は俺が制する。
俺のキャラが一気に距離を詰めて、アッパーを打ち込むが、カーターのキャラは変則的な動きでそれをかわす。
――今だ!
カカカ、カカ、ガガガガガガガ!
最大スピードでコマンドを打ち込み、秘奥義を発動させる。
だがカーターのキャラは、それを待っていたとでもいうかのように、蹴り上げをジャンプすることでかわす。
そして俺のキャラには長い長い硬直時間が発生する。
「甘いっ!」
――まあ、だから奥の手だ。
カーターが一気にコマンドを打ち込む。おそらく、向こうの秘奥義……
だが俺もコマンドを打ち込む。すると硬直状態であるはずの俺のキャラが動き始める。
「なっ、バカな!?」
やはり知らなかったらしいな……
秘奥義の発動後の硬直時間。実はこれは正式には硬直時間ではない、次のコンボへの待機時間だ。発動するのは、いわば第二秘奥義。
蹴り上げた状態で固まっていた俺のキャラが動き出し、地面を蹴り逆の足で落ちてきたカーターを蹴り上げる。
ガチガチとカーターが脱出を試みるが……終わりだ。
蹴り上げられたカーターを、俺のキャラがさらに蹴り上げる。
それを繰り返し、フィールドの遥か上空まで上っていく。そしてそこから、止めの一撃を叩き込み、地面まで叩き落す。
カーターのキャラのHPバーが消滅した。
「ふぅー……危なかったぁ」
画面には『PERFECT』の文字が表示されている。
「おおおお! すげぇー! こんなの見たことねぇ!」
「なんか感動したぜ……」
「ありがとう! ありがとう、黒神、そしてカーター!」
「2人に盛大な拍手を!」
ギャラリーは沸いた。
中には感動の涙を流す者までいる。こいつら、マジか?
いつのまに店内を埋め尽くしていた人、さらになぜか俺とカーターの戦いは店内のいろいろのモニターに映されていたようだ。あちこちで拍手が起こっている。