第11話:イザナギ
「なんだこいつ……」
状態異常『目眩』が解け、俺は平衡感覚を取り戻し、初めて敵と対面する。
人形、しかしプレイヤーとはどう見ても違う。ごつごつしていない、スマートな鎧に身を包み、手には1本、太刀を持っている。
敵のHPバーは全く減少していない。
HPバーの上に浮かぶ、モンスターの名前。『イザナギ』。これまでに戦ったどのモンスターにも似つかない、どう対処していいのかも。
イザナギと対面する俺のすぐ後ろ、もう1人立ち止まったプレイヤー。名前はカーター。このパーティのリーダーだ。
「黒神も逃げろ、こいつは俺が引き受ける」
「……バーカ、そんな得な役やらせてたまるか」
振り向かず、五月雨を構えながら俺は言う。
「俺も戦いたいからな」
勝てる、とは正直思えない。俺のHPバーは残り5割とちょっと。敵の強さは未知数だが、その攻撃力と攻撃範囲は尋常ではない。
さっきの一撃、おそらくパーティに敗走者が出たはず。
イザナギとこちらの距離は7,8メートルといったところ、その距離でイザナギは太刀を振る。
突風が俺の体をぐらつかせ、直後にシュッと空を切る音。その瞬間には、数え切れない斬撃が五月雨に直撃し、甲高い音を立てる。
見えない、おそらくは風の刃。だが軌道は直線的。見えなくとも急所を守れれば、即死級の攻撃力は無いだろう。
「カーター」
返事は無いが、作戦を告げる。
「俺が突っ込む。後ろから追撃頼む」
俺は一気にイザナギに突っ込む。
もちろんやけになったわけではない。敵の攻撃が見えない上に、あれだけのリーチなのだ。回り込むことを考える方が、逆に危険だろう。
それならば、まっすぐに。まさに攻撃こそ最大の防御。こちらの構える五月雨が、そのまま斬撃から身を守る盾となる。
一気にイザナギの懐に飛び込み、五月雨をのどめがけて打ち込む。
イザナギはそれを僅かに屈んでかわし、太刀を振り下ろす。
俺は飛び上がり、イザナギの後ろに回って避けた。
俺の立っていた場所は、地面に無数の斬撃の後をつけられた。
俺は一気に反転し、後ろからイザナギの首に五月雨を突き刺す。
だがこれも、見えているかのように僅かに首を捻ってかわす。そしてこちらを睨みつける。その目は怪しく赤く光っている。
だが俺は見ている。その目の向こう側から、突っ込んでくる三日月形の鋭い光。
カーターの大鎌が、イザナギの腕を捕らえた。
「落とさないか」
イザナギは強引に鎌を払いのけ、カーターを吹き飛ばした。
おそらく、ものすごいダメージ。もちろんカーターは心配だが、それよりも重要なこと。今カーターが作り出したイザナギの隙。
多分最初で最後の好機……
五月雨を強く握り、奥義、『雷光一閃』を後ろから首めがけて打ち込む。
鎧の首の部分に刃が触れる。そしてそのまま五月雨で押し切ろうとするが、そこで刃が止められてしまう。
――まずい……!
一度距離をとる。
離れた位置のイザナギが太刀を振るい、風の刃が俺に襲い掛かる。
五月雨で急所は避けるが、少しずつだが体を切る風の刃が俺のHPバーを削っていく。
「『獄煉陣!』
高い位置に飛び上がっていたカーターが、大鎌に炎を纏わせて、真下のイザナギに攻撃する。鎌は太刀により防がれるが、炎がイザナギを包み込み体を焼く。
イザナギのHPバーが微量ながら減っていく。
炎に包まれたイザナギは、動きが鈍った。
「『大・獄煉陣』!」
カーターが炎に包まれたイザナギに、さらに大鎌で追撃する。
炎が巨大化し、イザナギの体をさらに強く焼いていく。だが、イザナギは今にも炎の牢獄を突き破ろうとしている。
これだけのレベルの技でも止められないのか。
だがカーターの追撃は終わらなかった。
「秘奥義、『極炎』」
炎が真っ白に変わり、直後、視界が塗りつぶされるほどの強い光を放った。
ものすごい熱気が俺の横を通り抜けていく。
シュン、と空を切る音とともに、光は切裂かれた。
「……ダメか……」
イザナギは変わらず立ってた。HPバーもまだ9割も切ってはいないだろう。
だが、活路は見出された。イザナギの異常な防御力は、おそらく身にまとう鎧の影響だ。
そして今の炎による攻撃は、イザナギ本体へはほとんどダメージを与えられていないが、鎧の背中の部分に僅かな亀裂を作った。
あれをつくしかない。
最高速でイザナギに向かって突っ込み、真正面から斬りかかる。しかし、簡単に攻撃は太刀で受け止められてしまう。
そこから剣技、『飛燕』で追撃する。刃は、イザナギの胸の辺りにヒットするが、キィンと金属のぶつかる音だけが響く。
飛燕は、斬り上げの剣技。そしてその時に、俺の体も飛翔する。
イザナギの肩の上を足場にし、イザナギの後方に移動する。
そこから、奥義、雷光一閃を放つ。
稲妻を纏った刃が、ピンポイントに鎧の傷に突き立てられ、そのまま硬い鎧を貫通する。ここで初めてイザナギのHPバーが分かりやすく減少し、僅かにその体が揺らぐ。
五月雨はそのままの勢いで、イザナギの体を貫通し、鎧の前面も打ち抜く
そして前からは、猛スピードでカーターが突っ込んでいる。
玉砕覚悟の特攻。
太刀から発生する風の刃をその身に受けながらも、カーターは勢いを殺さずに突っ込み、大鎌でイザナギを切裂いた。
鎧の亀裂が一気に広がり、鎧が砕ける。
防御を失ったイザナギに対して、前後から刀と鎌による連撃。
太刀では防ぎきれずに、イザナギのHPバーがどんどん減少していく。だがそれも長くは続かなかった。イザナギを中心に突風が巻き起こり、俺とカーターは吹き飛ばされた。
「なんだ……あれ」
イザナギは、右手に今までと同じ太刀を持ち、もう片側の手では、2メートルくらいの新たな太刀がもたれている。
「太刀二刀流か、めちゃくちゃだな」
「……カーター、大丈夫なのか?」
「当たり前だ」
カーターが動いた。
大鎌が振るわれ、イザナギに襲い掛かるが、元々持っていた右手の太刀で防がれ、風の刃を受けカーターは吹き飛ぶ。
俺は背後から斬りかかるが、これも右手の太刀で防がれる。
だがそのまま刀を引かずに、押し込むように斬りつける。右手の太刀をすり抜けた五月雨は、鎧をなくしたイザナギの肩を切裂いた。
そしてさらなる追撃を掛けようとしたところで、さっきと同じ突風が起こり、俺の体は10メートル以上飛ばされる。
なんとか空中でバランスを取り着地する。
「反則だろ、あれ……」
近接だろうと、遠距離戦だろうとバカみたいな攻撃範囲にかなりの威力を兼ね備えた右手の太刀に加えて、近接では回避不可の謎の突風。
……どう攻略すればいい、どうすればあいつを倒せる……
敵のHPバー残量は、もう2割無い。さっきの連撃でかなり削り取ることができた。
ならば、
「一気に片付けようぜ」
「……では、同時に突っ込むぞ」
「了解」
体勢を低く落とし、最高速で敵に向かって走る。
逆側からはカーターが突っ込んでいる。まず最初は俺が五月雨を横薙ぎに振るう、だが右手の太刀で弾かれる。さらに生み出された風の太刀が、俺の頬にかすり僅かにHPバーを削る。
そして逆からのカーターの攻撃も、右手の太刀で受け止められ、風の刃で押し切られる。
だがその場に踏ん張り、さらに鎌を振るう。
それとタイミングを合わせて、五月雨をイザナギの頭めがけて打ち込む。
全身の体重を乗せた一撃。だが、それが直撃する前に、また突風が俺の体を吹き飛ばす。
「ぐっ……惜しいな」
ギリギリで一手足りない……
さらに特攻を仕掛けようとした俺に向かって、風の刃が襲い掛かる。
かろうじて真横に飛んでかわすが、イザナギはものすごい速さでこちらに接近してきていた。
「やべぇっ!」
「はあぁっ!」
イザナギを後ろから大鎌が斬りつける。しかしイザナギはこれをかわし、風の刃でカーターを切裂いた。
攻撃は完全にカーターを捕らえ、派手なエフェクトが弾けとんだ。
「カーター!」
地面にそのままの勢いでカーターは落下した。
幸い、HPバーはゼロにはなっていない。だが今のは相当のダメージだったはず……これ以上カーターは無茶ができないな。
まだ目の前にいるイザナギに、『旋光連華』を打ち込む。
体を回転させながら突進し、突きを8度打ち込む、威力よりも手数重視の剣技だ。イザナギは全てを的確に太刀で防ぐ。
そして8度目を突き終わったときに、俺の体に痛恨の技後硬直が起きる。
時間にして1秒掛かるか掛からないか、だがこの戦闘のさ中、これだけの時間があれば命に簡単に届き得る。イザナギの瞳が、赤く光った。
縦に振り下ろされる太刀。
かわすことは敵わない。
俺は咄嗟に太刀に向かって体を押し出した。自ら太刀に向かっていく自殺とも取れる行為だが、この場合であれば正解だった。
太刀は俺の左腕を肩から奪い去っていったが、ダメージ自体はHP全体の2割ほどを失うに留まった。欠損した肩がじわりと熱くなるが、気にしては居られない。
右手に持った五月雨を、イザナギの首めがけて突き込む。
さっきは俺が陥ったミスだが、今度はそれをイザナギがおかしていた。技後硬直だ。
動けないイザナギの首を、五月雨は貫いた。
イザナギのHPバーが減少するが、残り僅か残ってしまった。
直感的に分かる。
風が来る、そしてこれに飛ばされれば俺は負ける……
足に力を入れ、その場に踏ん張ろうとするが、予測どおりに巻き起こった突風は俺の体を簡単に浮き上がらせる――
が、直後に俺の体は地面に押し戻された。
「カーター!」
「……ちゃんと止めさしてこい」
そして背中を強く押される。
おそらく何か体術的な拳技でも使ったのだろう。残り僅かだった俺のHPバーがさらに僅かになる。だが俺の体はその勢いに乗り、風に逆らい、イザナギへと一歩踏み出した。
後ろでは風に流され、カーターが吹き飛んでいる。
もともと俺以上にピンチだったんだ、もしかしたらあの突風でゲームオーバーかもしれない……
つまりラストチャンス。
右手に持った五月雨に、闘気が集まり、龍の形を成す。
「飛龍旋華!」
龍のアギトが巨大化し、イザナギを飲み込む。
その体に斬撃を浴びせながら、体を持ち上げ、最後に叩きつける。
ドゴォンと凄い音を立ててイザナギは地面に落下する。これで終わりだと思ったが、どうも技がかすりヒットしかしていなかったらしく、イザナギは立ち上がる。
HPバーはもう僅か……
そしてそれはこちらも同じ。
最後の技、秘奥義『夢想剣』を発動する。
限界速を超えた動きで俺の体がイザナギに向かって進み、必殺の一太刀を全自動でイザナギに打ち込んだ。
「ゴ、グ、ギギ……」
イザナギは、地面に再び倒れた。
しばらくの後に体が爆散し、消滅した。
「勝った……」
強烈な疲労感に押しつぶされ、バーチャルの世界で俺の意識は闇に沈んだ。