第10話:ボス……?
ボス部屋は暗い。
まだ誰も足を踏み入れてはいないが、入り口のすぐ前に立っている俺にさえ、数メートル先が見えない。
パーティのメンバーは、俺とシャナとフリーダムも合わせて25人。
陣形は、一番前に俺とカーターという、このパーティのリーダーを置く形になった。極端に前衛が少なく、後衛が多い。そしてさらに言えば中衛の位置にはフリーダムしかいない。
パーティメンバーが多いため、歪になるのも分かるが……
どうしてここまで変則的なんだろう。
カーターは俺の真横に立っている。黒の長い髪は、腰の位置よりも長く、僅かな吹き込む風に揺れている。腕には巨大な鎌を持っていて、いつでも闘えるという状態だ。
そんなカーターの横の俺は、五月雨は鞘に収めたまま、突入を待っている。
少しした後、後ろから声が掛かる。準備は完了したらしい。
カーターは体制を落とし、走る構えをする。
「俺とお前で突っ込む。俺が入ったら、お前は俺のすぐ後ろについていろ」
「……真っ暗だぞ、ほんとにそれで行くのか?」
「奴の位置、状態は把握している、問題ない」
「そうかよ」
「では行くぞ」
カーターの姿がぶれる、やはり相当なスピードだ。
五月雨の柄に手を置きながら、その後ろを追い越さないギリギリの位置で追いかける。
少し進むと、カーターが飛んだ。俺はそのポイントで停止する。
おそらく、この先にボスがいる。見えないが。
「はぁっ!」
カーターの声が聞こえたかと思うと、目の前が青白い光に包まれた。そして同時に何かが咆哮する。地を這うような低音、それは上から降りかかってくる。
地面が揺れ、さらに咆哮。
そしてボス部屋の中がオレンジ色の光に包まれた。というよりは、ボス部屋の中はオレンジ色の炎に包まれた、という表現で良い。
その明かりに照らされ、ボスモンスターの実像が現れた。
その体は巨大。全身に爬虫類のようなうろこを持ち、胴体は巨大な蛇のそれだ。
だがそれは、8個の頭と呼べるものを持っていた。そしてそれぞれの頭がオレンジ色の炎を吐き出し、部屋の中を照らしている。
『ヤマタノオロチ』――
神話に出てくるようなあれなのだが、これはまた……強そうだ。
良く見れば、8個ある頭のうち、1つの上に人影がある。
カーターだ、先のジャンプで真っ暗な中、見事に標的の上を捉えたらしい。先ほどの咆哮は、ヤマタノオロチがダメージを受けたからだろう。
つまり先手は取った。
地面を蹴り、俺も頭めがけて飛ぶ。
明るくなったことで、ヤマタノオロチの目も冴えているのか、簡単にかわされてしまったが、やはり巨大な体が仇となっている。
落下しながらも、五月雨を引き抜き、巨大なうろこを斬り裂く。だがしかし、これではダメージはほとんど無いらしい。
遥か上の蛇の頭たちの近くでは、カーターが1人で闘っている。
加勢するにも、今のように飛び掛るのでは簡単にかわされる。ではどうするか。
上るしかない、蛇の道を。
思い立ったら早い。俺は巨大な胴体にまず乗り、そのまま首のほうへ向けて全力でダッシュする。
途中長い首を振って、俺を振り落とそうとするが、そんなことではまず俺は落ちない。動きにあわせて首の上で体勢を変える。
ほぼ垂直の蛇の道を、俺はすぐに上りきった。
蛇の巨大な頭に五月雨を突き刺す。
ヤマタノオロチのHPバーが減少し、8割ほどとなる。五月雨の突き刺さったままの頭が、咆哮を上げた。すぐ下で吼えられたものだから、音圧がものすごい。
ダメージは無いのだが、それだけで落とされそうだ。
「……妙だな、弱すぎる」
「黒神、こいつは頭1つ1つが独立している、油断するな」
「独立?」
周りの頭を見渡す。
そういえばおかしいと、気付いた。なにせ、体の一部であるはずの1つの頭に刀が突き刺さっているというのに、平然としている。
さらに観察する。
頭1つ1つには、それぞれのステータスバーが存在し、HPバーもそれぞれ独立している。
「なるほど……」
一度五月雨を引き抜く。
頭がそれぞれ独立しているのならば、全ての頭を倒す必要がある。
とにかく、俺は今一番近くにいる、この頭を倒すことにしよう。
五月雨を振り上げる。
だがそれを振り下ろす前に、真横から別の頭が襲い掛かってきていた。なるほど、独立しているのだから、連係してくる。それぞれのAIを使って。
敵は8個の頭を持っているのではなく、8個の独立したAIをもつ8体のモンスターだ。
一度体を横に向け、頭を五月雨で受け止める。が、しかし威力が大きすぎる。さすがはボスモンスターというところだ。
「くそっ……!」
落下を始める体を、五月雨を真横の元々乗っていた蛇の頭に突き刺すことで空中にとどめる。どうやらヤマタノオロチの弱点は頭部らしく、さらにHPバーが減っている。
そのたびに馬鹿でかい咆哮が轟き、体を内側から揺さぶられるような感覚が訪れるが我慢するしかない。
とにかく一石二鳥の復帰策だ。そのまま五月雨を支点にして、孤を描きながら蛇の頭の上に戻る。
距離をとった別の頭は、すでにこちらを完全に捕らえている。
「『シャイニングソード』!」
にらみ合う俺と蛇の間に、割り込む者がいた。手には馬鹿でかい見たことのある光の剣。
蛇の頭はその攻撃を首を動かしてかわそうとするが、馬鹿でかい剣の馬鹿でかい攻撃範囲から逃れることができずに、頭を両断される。
「グゥオオオオオオ!」
断末魔の咆哮を上げる蛇の頭。その咆哮の大きさは今までの比ではない、音量もそうだが驚くべきことにこちらのステータスに影響するほどだ。
おそらく『目眩』状態。視界がぐらつく。
「何でもいいから逃げろッ!」
ぐらつく視界に、カーターの声を聞いた。おそらくカーターも目眩状態だろう。
「ヤマタノオロチは必ず炎を吐く」
それはまずそうだ。
俺はとにかく飛んだ。足元の支えをなくし、自然落下して行っているのだろうが、ぐるぐると回転しているようにも感じられる。
不意に体を、何かが包み込んだ。不快感は無い。
目眩はその直後に解かれた。
「状態異常解除の魔法です」
俺を抱きかかえていた魔法使いから説明を受ける。
というか、まず俺はこいつに受け止められていたのか。
「このための布陣だ」
カーターの声。こちらに歩いてくるカーターの表情は、薄暗いためはっきりとは分からないのだが、自慢げで自身ありげで、口元が緩んでいる。
落下した俺とシャナ、そしてカーターは真下で構えていた魔法使いたちに受け止められ状態異常を解除されている。
本来は俺とカーターだけだったらしく、シャナを受け止めたのはフリーダムだ。
その顔がちょっとにやけていて、人生の絶頂を思わせるほどの嬉しさに満ちていたことはなぜか少し俺としては納得が行かなかったが、まぁいいだろう。
カーターは上を見上げてやはり口元を緩ませたままだ。
まるで、これを見るために俺はここに着たんだという、とにかく達成感にあふれている。
「「「「『エレメントバースト』」」」」
このパーティには魔法使いが多い。
理由は単純、このためだ。10人を超える魔法使いが、決まった配置で魔法の詠唱をしていた。
魔法については詳しくないが、これだけの人数、これだけの時間。
おそらく、ものすごい魔法なんだろう。カーターの表情からして、これ一撃で全てを終わらせるくらいに。
魔法使いたちの中心。つまりちょうどヤマタノオロチのいる位置。
そこが輝き始める。赤と青と黄色と緑の光、それが混ざり合い、徐々に真っ白な巨大な光へと変わっていく。
そして、爆発した。
衝撃は縦に、空へと伸びていき、ヤマタノオロチの全ての頭を飲み込んだ。
全ての頭が断末魔の咆哮を残していく。
視界が揺れる、そして地面も揺れている。
パーティ全員が状態異常『目眩』を起こしている。だが俺は確認した。ヤマタノオロチの8つの頭のそれぞれのHPバーは全て消滅していた。
勝利を確信し、一息つく。
目眩の状態異常が治まるのをゆっくり待つことにしようかと思ったその時の出来事だ。真横から衝撃を受け、地面を転がる。
「なにかまだ居るぞ!」
俺の声が部屋の中に響きわたり、空気が張り詰める。パーティメンバー1人残らず、謎の敵に対して神経を尖らせているだろうが、おそらくこの回る視界ではその姿を捉えることはできない。
さらに前方から何かが来る。
反射的に五月雨を引き抜き、それに対応する。金属音が響き、俺の体は衝撃に押されて後ろに転がった。
金属音、つまり敵は金製の武器を持っているということ。そしてそれはおそらく――剣、これは俺の勘だが当たっているだろう。
これはまずい、なにせこっちにはまともに戦えるプレイヤーが1人としていないのだ。
「黒神くんっ!」
「シャナか? 敵の狙いは俺だ、こっちに来るな」
とにかく状態異常を治さないことには話にならない。
メニュー画面を開き、感覚で操作する。歪んで見えるディスプレイから『万能治療薬』を選択するが、なぜかエラーメッセージが吐き出される。
『アイテム使用不可』
まずい、と思った。おそらくこのボス部屋自体が、アイテム使用不可エリア。
とにかく出るか、どうすべきか……
考えている時間はあまり無かった。敵はまた、刃物を俺に向かって振るう。何とか五月雨で太刀筋を逸らすが、直撃は免れなかった。
刃物が俺の腹部を掠る。ダメージは少ない、とはいえ掠っただけのダメージにしてはありえないダメージ量だ。
「カーター!」
「黒神か?」
「そうだ。脱出しろ、全員だ。敵は強い上に、こっちは状態異常、さらにアイテム使用不可。分が悪すぎる」
「あぁ……そうだな、魔法も使えない」
「なんだ、無茶苦茶だな……」
とにかく、ゲームーバーになるのはごめんだ。
「よしっ、退避だ!」
俺の指示に、パーティメンバー全員が、ゴールの出口を目指して走り出した。
俺はその一番後ろを走る。
まあ前衛なんだから、後退する時には必然的にこうなってしまう。
敵の様子を振り返る。視界は相変わらずぐるぐる回っているが、治りかけなのか少しましだ。そして治りかけの視界は敵の姿を捉えた。
敵は人方、片手で長い太刀を1本持っている。そしてそれを振り上げた。
――この間合いで?
なぜだがやばい感じだ。プログラムなのだが、背筋に何か冷たいものを感じる。
そしてそれは確信に変わる。絶対やばい、何か来る。
「急げ!」
シュッと、空気を切る音が聞こえた。
直後、体が地面から浮き上がり地面を蹴れなくなる。これは俺だけにおきた変化ではないらしく、陣形の前の方でも声が上がっている。
そして直後に、斬撃。俺の体は衝撃を受け吹き飛んだ。これも俺だけにおきたことではない。前の方でも次々とプレイヤーが倒れていく。
――HPバー、残り5割強