第0話:フェアリーラビリンス
「グルゥァアアァ!!」
フェアリーラビリンス、妖精の迷宮の地下44層目の突き当たりの開けた部屋。
黄龍の雄叫びが響き渡った。
そして黄龍が動き出し、巨大な羽を俺に向かって振るう。それを俺は腰に指した愛刀、五月雨で弾いてかわす。この手のモンスターは表皮が堅いから、ダメージはおそらく無い。
その証拠に、奴の頭の上に浮かんでいる体力バーに変動は無い。
黄龍は、その名の通り黄色い龍。西洋のドラゴンといった風貌に、巨大な羽、長い尻尾。そしてそれを守る黄色い堅いうろこ。外見的な特徴はこんなものだが、こいつには特有の特徴がある。
黄龍が頭を一度ひき、息を吸い込むのが分かる。
この動きだ。この動きの直後に放たれる攻撃こそ、この黄龍特有の技。
黄龍は頭をこちらに向けると、大きな顎を開いて、黄色いブレス攻撃を仕掛けてくる。
ブレス攻撃といえば、炎、冷気などが相場だが、こいつのは違う。『酸化ブレス』という特殊なそのブレス攻撃は、金属を酸化させる。
本来俺のような近接戦闘タイプで、刀を使うようなプレイヤーとは相性の悪いモンスターだ。
しかし、俺はそのブレスをバックステップでかわし、ブレスの攻撃範囲の上を超えていくように、地面を蹴り飛び上がる。
そしてそのままアーチを描きながら、頭を下げている黄龍の頭上まで飛び、五月雨を頭に突き刺す。
頭は黄龍の弱点。一撃で黄龍のHPバーは半分ラインであるイエローを超えて、瀕死のレッドまで食い込んだ。
本当なら一撃で殺すつもりだったのだが、どうも甘かったらしい。
俺は一度黄龍と距離をとった。
黄龍との戦闘はこれが始めてである俺に、こいつの行動パターンに関するデータは特徴的なブレス攻撃のものしかない。
ゆっくりやってもいいが、これは町のギルドからの依頼。『黄龍の爪』を採って来いというものだ。不本意だが、ここは勝負を決めに行くこととする。
愛刀五月雨を鞘に戻し、左手首につけてある腕輪のボタンを押す。すると、目の前に見慣れた薄緑色のメニュー画面が浮かび上がる。そして、ショートカットキーの1番を指で触れると、目の前に火縄銃が出現する。
種子島EX。これがこの武器の名前だ。
ちなみに見た目と名前だけで、種子島EXは普通のライフル銃だ。弾は、最高級の貫通爆裂弾。奴の堅いうろこをぶち抜いて、内側から爆破できるはずだ。
狙いを定める。俺の目には、黄龍の弱点が見えている。狙うのは当然頭だ。
引き金を引く。火薬が爆発する音とともに、貫通爆裂弾は一直線に黄龍の頭めがけて飛んでいき、直撃する。
被弾してすぐは大した変化は無い。ただその1秒後には、爆音とともに黄龍の頭が爆発し、それと同時に黄龍の体力バーは一気に減り、消滅した。これでモンスターは倒せたことになる。
俺はメニュー画面をもう一度呼び出し、ドロップアイテムを確認する。
するとそこには『黄龍の爪』の表示があった。これでミッションコンプリート。あとは依頼の品である黄龍の爪をギルドまで届けるだけだ。
この任務はレベル上げも兼ねていたのだが。黄龍は話に聞いていたほどの強さが無かった。
レベル50相当と言われて来てみたのだが、取得できた経験値を見るにやはりレベル40相当。この階層ならば普通のレベルだ。
若干拍子抜けだったが、仕事は終わったから帰ることにする。
消滅しつつある黄龍に背を向けて俺は歩き始めた。しかし、数歩歩いたところで、後ろから風を感じ振り返った。そこには黄龍が、それも3匹。
いい感じだ。これならばレベル上げにはなるし、総合的に見ればレベル50程度の敵くらいの値打ちはあるだろう。経験値ついでに金稼ぎにもなりそうだ。
種子島EXをメニュー画面から収納し、鞘に手をかける。当然五月雨も収納することが可能だが、もはや完全に俺の体の一部となった相棒である五月雨は、どんな武器で戦うときも無いと違和感がある。
俺の職業は侍。種子島EXのようなガンタイプの装備も扱えるが、それは前の職業でガンナースキルが上がっていたというだけのこと。やはり剣技での戦いが一番やりやすいし、しっくりくる。
3匹の黄龍を俺は観察する。HPバーは1匹残らず最大値まであり、弱点はやはりどいつも頭だ。俺の観察スキルではこれくらいの情報しか導き出すことができないが、十分だ。
一番手前に出ていた1匹に向かって俺は一気に距離を詰め、日本刀の剣技を発動させる。
回転しながら飛び、8連撃の突きを放つ『旋光連華』
手前の1匹のHPバーが、半分のイエローの直前まで削られる。そしてすぐさま俺は、剣技をくらわせた黄龍の頭を蹴り、その反動で後ろに飛ぶ。
さっきまで俺のいた場所に、別の黄龍の尻尾が叩きつけられた。敵の数が多い時は、ヒットアンドアウェイでダメージを与えていくしかない。
距離をとった俺に向かって奥にいた黄龍が助走をつけ、その巨体で体当たりを仕掛けてくる。眼前に迫る巨大な黄龍の顎を五月雨で止め、そのままカウンター剣技、『真月斬』で頭を縦に真っ二つに切り裂いた。
黄龍のHPバーが一気に減少し、イエローに突入した。
奥にいた黄龍、仮にこいつを黄龍Cとする。そして最初に俺が斬り付けたものがA、残る1匹をBとするならば、AとCは残りライフ半分というところ、そしてBは無傷だ。
俺は息を吸い込み、短距離走を走るように一直線に黄龍Aに向かって走った。
本来なら、モンスターに向かって一直線に突っ込むような行為は自殺行為だ。というよりも、そもそも単独で巨大モンスター3匹を相手にすること自体が自殺行為ともいえる。
だが俺は今それをやっている。だから多少の危険は冒す必要がある。
距離を詰め切る前に、俺は跳んだ。そして五月雨を縦一文字に振り下ろし、斬る。剣技を発動したわけではないから、威力はそれほど高くないが、動作後の硬直が無いので、振り下ろした五月雨を振り上げ2撃目を叩き込む。
そして剣技に繋げる。
水平に剣を高速で2往復させ、合計4度対象を斬りつける剣技『四重斬刃』
俺の腕が俺自身でも完全に見えないほど高速で動き、黄龍は切り裂く。4撃目で黄龍AのHPバーは消滅し、その場に崩れ、体の消滅が始まる。
「……はぁっ! ……あと2匹か」
今の連撃の間、止め続けていた息を吐き出す。
当然今はドロップアイテムの確認も、休憩もしている暇も無い。一瞬で呼吸を整え、残りの黄龍2匹を見る。
「グウルアァァ!」
仲間を殺されて怒ったか、所詮はAIであるこいつらがどれほどの感情を持っているのかは分からないが、そういうスキルを持っていたのだろうか、見るからに黄龍BとCは殺気立っている。
ライフをまだ完全に残している黄龍Bが俺に突進してくる。
風圧と、衝撃、それ以外の何か威圧的なものを感じ俺の体はぐらついた。五月雨でカードはしていたが、衝撃の余波が俺のHPゲージを僅かに減少させる。
互いに動きが止まり、五月雨と黄龍の顎で鍔迫り合いの均衡状態になる。
数で不利な局面で、動きが止まるのはまずい。剣を引きながら半歩バックステップし、さらに黄龍を斬りつけ今度は全力で後ろに飛ぶ。
黄龍BのHPバーも若干減少した。
このゲームのAIはかなり高性能だ。戦闘中にそれぞれの固体が学習し、戦闘技術を向上させる。実際のところよく分からないが、種類によっては戦いが長くなればなるほど不利になるような知力の高いモンスターも存在する。
黄龍は単身では勝てないと判断したのか、それとも偶然か、2匹同時に突進攻撃を仕掛けてくる。
2匹横並び、確かに五月雨1つでは対処しきれないが、こっちには剣技がある。
『対閃華』、高速の突きを2連、正確に2つの対象に打ち込む剣技だ。
頭から突っ込んできた2匹の黄龍の弱点を、的確に五月雨が貫いた。2匹のHPバーが一気に減少する。しかし、技後の硬直状態だった俺に、黄龍の尻尾が激突する。
肺の空気を一気に吐き出したような、リアルな痛みを伴う衝撃。だが現実には及ばない、でなければこんな戦闘危なくてできない。しかし俺のHPバーも減少させられ、8割を切るか切らないかという所だ。
空っぽになった肺にもう一度空気を送り込む。バーチャルだがかなりこだわって作られており、呼吸は必須になる。
俺の横を通って行った黄龍の方に向き直る。HPバーは、黄龍Bはまだイエローにも入っていないが、黄龍CのHPバーはもうかなり削られ、あと少しでレッドというところまでいっている。
2匹の黄龍は、また同時に突っ込んでくる。やはり学習能力はあるようだ、偶然じゃない。だがやはり、獣の知性というところだ。それだと、今度はライフが削りきられることが計算できていない。
俺は黄龍Cに照準を定めて、五月雨を向ける。そして、俺が斬撃を放とうかというその刹那。黄龍Cは突然羽ばたき飛翔した。
標的を失った俺は黄龍Bの突進を辛うじて避ける。だが体勢が崩れた俺は、最も警戒しなくてはならなかった事態に陥ってしまう。
頭上から降りかかる黄色い風。物理的なダメージは無いが、ジュワァという音が五月雨から聞こえてくる。間違いなく『酸化ブレス』だ。それも完全に被ってしまった。
幸いおれは金属の鎧等は装備していないが、五月雨は使い物にならない。
――しまったな……
とにかく酸化ブレスから抜け出し、メニュー画面を開きショートカットキーの1番に触れる。種子島EXが出現し、俺はそれを掴む。そして空中の黄龍の頭めがけて貫通爆裂弾を打ち込む。
ドシュン、と被弾した音の後、爆音。そして黄龍CのHPバーが消滅し地面に落ちる。
そして残りは1匹。種子島を構え、狙いを定める。黄龍Bは一直線に突進してくる。
ギリギリまでひきつけてかわす。微妙にタイミングが遅れ、右肩にその翼がかすり、HPバーが若干減少したはずだが気にする暇は無い。
すぐ真横を通過する黄龍に種子島EXを向け、3発貫通爆裂弾を打ち込む。全て被弾し、黄龍は俺から少し離れた位置で大爆発し、HPバーを消滅させた。
「ふぅ……疲れるな……」
種子島EXを収納する。しかしそうなると、五月雨が役に立たない今、44というそれなりに深い階層で丸腰状態となってしまう。仕方なくもう一度種子島EXを取り出し、右手に持ったまま歩いて帰ることにした。
俺が向かうのは地下45層目にある小さな町、ユースティア。
そしてこの世界は、実体験型オンラインRPG。バーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム、通称VRMMORPGの『フェアリーラビリンス』のゲーム内。
ゲームタイトルにもなっている迷宮、フェアリーラビリンスの中だ。