第9話 レンタルキャスト
文を喪って、半年が経った。
愛や恋や性に興味は無いし、相変わらず嫌悪感さえ覚える。
少し復活したがしばらくすると抱きしめることにも疲れて、俺はあのハーレクインバターの仕事も出ることは無くなった。
文が病気なのは知っていた。もう永くないことも知っていた。
もう少し考える時間を無情にも神様は与えてくれなかった。
あの最後の微かな別れの時、俺は彼女に嘘でも愛していたと言えばよかったのか。
不誠実だ。
今まで人間に性的魅力を覚えないし、これからもきっとそうだろう。そんなことを全部知っている文にそう残酷なことを出来るものか。
俺にとって、文は同志だと思っていた。両性愛者だったけれど、近しい感覚を共有していたと思う。だから文が俺を好きにならないわけが無いなんて、なんと傲慢な思いだろう。
現状に甘えていた。裏切られたと言って、泣くくらいならクソガキでも出来る。少なくともこの数か月はそんなクソガキだった。
食事は通販で、娯楽は電子で、風呂は三日に一回。
この社会では家を出ずともお金があれば、簡単に引き込もり生活が出来る。
支払いだけコンビニに行けばいい。
だが、事件は起こった。
保険料の督促状をすっかり忘れていたせいで、この地域担当の係員が来たのだ。インターフォンで話を聞いて青ざめた。慌てて机の上を見るとあった督促状。
幸い現金はあったので、それを用意して玄関を開けた。言い訳をすれば、髪はぼさぼさだし、メイクなんて今日はしていない。部屋着はダボダボ。それなのに俺には分かった。
目の前の訪問員は俺に恋をした。見た所女性のキリリとした少しクールな子だった。子といってもきっと年上だろう。きっとこう思っているはずだ。仕事で訪れた家でタイプの人に巡り合えるなんて運命だわ、と。
ごめんね、俺は君を愛したいと思えないんだ。と、目の前の彼女に言ってやりたかった。
滞納金を支払い、また来ますと言われたのは本当に不謹慎の極みだったので「今度から払うっす」と、言って相手の返事を待たずに俺は扉を閉めた。
冗談じゃない。
ハーレクインバターを尋ねたのは少し外に出ることが出来るようになった春先だ。相変わらずゲイだと噂の店長は店に来たイケメンのケツを触っていた。
「お兄さーん、そいつゲイだから気をつけなよ」
ケツを触られていたお兄さんは露骨に店長を避け、お尻の手を追い払った。店長は悲しそうな顔をした。
「どうしていたのよ、アンタ」
「別に腹かいて寝ていた。大学は冬休みだったし、インターネットで授業してテストもするから、そのまま春休みも突入。たまにコンビニ行って支払いして、また家にいて」
「アンタ風呂入った」
「におう?」
「ちょっとね」
店長は気を遣う質なので、かなり臭いらしい。
「そう言えば俺の前で男のケツ触っていたけど、気づかい週間は終わったの?」
「アンタが来ているって気づかなかったの」
「気づいても触っていたでしょ?」
店長はノーと言おうと頑張ったが。
「イエス」
と、答えた。
「仕事ある?」
「何、完全復活?」
「奨学金だけでは生活していけないから」
「もう貴方、二十歳よね」
「まぁ」
「じゃ、ホテヘル出来るわね」
「ノーセックスって言っていたはずだよ」
「性行為した方が儲かるのにね。案外、ハグと愛しているを言うのってストレスじゃない?」
「それは、まぁ、そうだけど」
「ならば、レンタルキャストはどう?」
ハーレクインバターの店長は、「私たちみたいなのが最近多くなってきたのよ。連絡手段や調べる機会が増えたからね。だから私たち専用のレンタル何とかを作ろうと思って」と。