第7話 親しき友人よ、永遠に。
あんた疲れているね。
そう店長が言って初めて自分が疲れているかもしれないことに気づいた。この仕事、消耗するでしょ。しばらく休みな、お金はそこそこあるでしょ。
ここに書いていないがそれなりに仕事はした。女社長、独身ヘビースモーカー、男に捨てられた等々。
どの現場でも和風パスタを作り、キスやセックスを求められ、ハグと愛しているとささやいた。
泣く者怒る者聞きたくないと耳を塞ぐ者感謝する者。そのぶつけられた感情に俺は動揺し、時に混乱した。それを店長に見透かされた。
お金は確かに溜まっていた。一人旅に出るのも良し、賭け事をするも良し、俺は一番過酷で苦しい選択をした。
大阪から飛行機で九州まで行った。飛行機は格安で乗り、車もレンタカーを借りた。とある県に入った辺りから天気が悪くなり、まるで来るなと言わんばかりだった。
文の荷物が送られてくることは無かった。人づてに結婚したとだけ聞いた。アレは処分したのだ。あの家に置いていた着替えやプレゼント、普通の恋人でいようとした努力は全て文の手で永遠に無くされた。
文の郷里はある県のある町だった。そこに彼女はいる。
そこに着いて白い建物を見ても現実感一つもしなかった。この白い大きな病院で文の命は終わろうとしている。
文の両親から連絡があったのはあの時最後のパスタを食べた、恋人ごっこを終えてすぐだった。
会うのは気まずくて会うのに躊躇していた。
あれから一年で文は急激に悪くなった。そして一ヵ月前、最後かもしれないから来てやってくれと文の父親から連絡があった。
病院の受付は手指の消毒の後、うがい薬のみだった。あとから聞くと特別に簡素だったらしい。入室を文が許可したように聞こえた。
文は生気の抜けた半開きの目で天井を見ていた。見るというのも正しい表現か分からない。
「文。真くんが来てくれたぞ」
文が少しこちらへ頭を動かした気がした。薄く笑った気もした。でも改めて文の方を向くと文は眠った。やせ細った顔や細い腕。
なぜもっと早く来なかっただろう。そう文の両親に言われた。
文は結婚していなかった。俺からの連絡が来たら結婚するの、あの人まだ学生だから、そうどこの誰か分からないあの人の存在を文の家族は信じていた。
胸が痛かった、両親は俺を恋人だと思っているが、俺にとったら長期的な友人だったはずだ。この認識のズレが起こることが嫌だった。
この人たちはアセクシャルが何か分からない。文は分かっていたかもしれない。一度説明を試みたことがあった。言い訳するなと叱責された。文の両親もこの悲しみをぶつける相手が必要だったし、俺にも罰は必要だった。
嘘でも結婚しようと伝えていれば、いやそれで喜ぶわけが無かった。
いつか破綻するし、文をもっと傷つけてしまう。
ただどうしたら正解だったのか分からないまま病院の好意で部屋を用意してもらい文に会った次の日に文はため息をつくように息をはいて逝ってしまった。