第5話 悪魔みたいな所業ね。
ぼすんと座ったみるくは立っている俺を隣に座るようにベッドをポンポン叩いた。
「悪かったわよ。何もしないから座って」
無言の時間が続いた。
「私、枕ばっかりやっているから、客はつくけど他の嬢からの評判最悪でさ。前は喜んでくれるから嬉しかったけど、嬢に疎まれるとやりづらくて、だから男娼呼んだの。まさか女で興奮しないとは思わなかったわ」
そう言うとはぁとため息をついた。
「失礼かもしれませんが、みるくさんはキャバクラ以外でも生きていけると思いますし、多分可愛いの部類に入るかもしれません」
「かもって」
何かツボに入ったらしく、みるくは体を丸めて笑った。
「でもね、この職ほど金が入る職業なくてこのマンションも太客が、頭金払ってくれたの。最初は体の関係じゃなかったの。ちゃんと私を女の子として扱ってくれたのに、何だか申し訳なくなって一回持っちゃったら、もう俺の女になれとか。なんであんなこと言ったのかな私」
みるくのお腹が鳴ったのは突然だった。
「やっぱデリバリー頼む?」
「いえ、材料持って来ているんでいいですよ」
「あんたに薬盛られて手籠めにされるとか考えないわけ?」
あ、確かにと初めて思った。まぁ薬は盛るわけなので、それは確かにその通りなのだ。
「女性では興奮しませんので」
「別にあんたに抱かれてもいいわよ。それにここのマンション監視カメラが至るところについているから、薬盛ってもすぐにわかるわよ」
心配せずともすでに出汁にゆっくり効くタイプの睡眠薬が入っている。
「抱きません。抱きしめるだけです」
「そして愛をささやくのね。悪魔みたいな所業ね」
そうしてパスタを茹で、出汁を温め、茹でている間に梅干を潰し、作ったパスタに紫蘇とドレッシングをかけて出汁と一緒にテーブルにのせた。
「え、なにこれ美味しい! どうやって作ってんの? しかも出汁って、すごいあんた料理人になれるよ」
出した和風パスタは好評だったし、出汁もたくさんつけてくれた。
今、時計は十四時を指している。食後は出汁を流し片付けた。
そのあとはゲームをしたり、カラオケ大会をしたりした。
キャバ嬢は歌う職業だと思っていたので、あまりの音痴さにビビっていると、それはスナックと勘違いしていると指摘された。
十六時頃、二人だけの人生ゲームを終えた頃に彼女の睡魔がやってきた。
「ねぇ、ベッドまで私を連れて行って」
かすみの時ほど多く盛らなかったので、一時間ほどしたら、覚めるくらいだった。
「最初はあの人も自分を売っていたの。私それが悲しくて、自分を売るくらいなら私が自分を売るからあなたは大切にしてって言ったのよ」
みるくを背負っていた。肩が濡れると分かるくらい泣いていた。
「彼女ね。すごく魅力的なの。部屋もきれいでしょ。彼女に可愛い私を見てほしいの。でも彼女は他に女の子がいるの、私って可愛いけど可愛い以外のいいところ無いの、そんな私を見て言うの。飼っている女の一つとしか思えないって」
みるくは嗚咽を漏らしていた。
「飼っている女の一つって何よ。枕やって彼女と会うお金を手に入れても、飼っている女なの。こんなすごいマンション手に入れても空っぽ。彼女は私の知らないうちに体で稼いで、私たちをマンションに住まわせるの」
キャバ嬢だから、こんなこともあるわよね。
そうみるくの声はきっと何度もあきらめてあきらめきれない悲しい期待に満ちていた。
「あのね。お願いがあるの。あと十五分したら帰って素知らぬ顔で裏口から逃げて、彼女が嫉妬深いの知っているからあなたを呼んだの。でも十分抱きしめて愛しているをちょうだい」
俺はその通りにした。
「愛している。あなたを愛している」
そういった十分後、アラームが鳴った。
「終わり。はい終わり。さっさと出て行って、終了でーす。なに、あなたを愛しているって同情でもした? 嘘よ、嘘。はいはいさよならもう会うことないわよね。じゃ」
みるくは押し出した玄関のドアが閉まるまで待てなかった。悲鳴の様な何かが聞こえた気がした。