第3話 一人目の客
「わー、スルガソニックの松村様みたい。最高!」
西阿武マンションに着いたのは約束の五分前だった。依頼は松村くんとしてすごく甘やかせてほしいとだけあった。
「ねぇ松村くんって呼んでもいい?」
「うん、いいよ。まず金だ」
「そこは現実的だね。まぁいいや、夢みたい、ねぇ松村くん何か作ってあげよっか」
「俺が作るから座ってろ」
この数時間で口調はあらかたマスターした。
松村はオラオラ系イケメンだが、バラエティーで料理の腕を見込まれ、ゴールデンタイムの料理番組に出ているアイドルだ。
そもそも女に料理を作らせるなという指示があった。変な薬飲まされるかもしれない。三時間コース八千円、そのうち四割は取られるがこんなに割りのいいバイトなんてあるだろうか。
「松村様、チューしよ? 今夜は私だけの王子様でしょ?」
「は、俺にキス出来ると思ってんの?」
「して、くれないの? いいじゃない、私はあなたを買っているのよ。キスするだけよ」
「ダメだ」
俺はかすみの額を弾いた。
「痛いっ。で、今日は何を作ってくれるの?」
ころころと話のテンポが変わる女。そう感じた。あくまでこちらのペースで。
「和風パスタだ」
こうやって梅を潰して。
「松村様、お水飲まなくていいの?」
「いいよ。自前のやつがあるから」
「ホント信用しないんだね」
俺は少し笑うことしか出来ない。ほんの一回抱きしめて、愛していると言えばいい。
そんな簡単なバイト。和風パスタを作り出来たのはあの日に文が作ってくれたままだった。
「え、パスタなのにつけ汁?」
「ちょっとこだわってみたんだ。食えよ」
「わーい、いただきます」
その姿を見て、ここに本当の愛があったなら文はもっと苦しんだだろう。
食後、俺は少し船をこきだしたかすみにささやいた。
「あと十分で時間です」
「えぇ、もぉ?」
「起きて」
「うん」
かすみはとろんとした顔で掛けていたソファの上で両手を広げた。
「ん!」
そう言ってかすみは手を広げた。そんなかすみと同じ高さで僕はかすみを抱きささやいた。
「愛している」
そう言ってかすみは夢の中へ落ちて行った。
かすみは派遣社員らしい、お金は生活費を差し引くとあまり残らない。だが、ある日このサービスの噂を知って、お金を貯めて俺を呼んだ。彼女は幸せだったろうか。