第18話 斎藤だったのか
夏休みが終わる少し前、朝起きて久しぶりに大学に行った。
なんと学生として模範な生活、軽音サークルに顔を出すと、タジンがギターを磨いていた。
「よっ」
「真、久しぶり。卒業出来るのか?」
「それはこれから次第だ」
タジンは大学で出会った知人だ。分かっているのかどうなのかコンパには誘わないし、イベントはまず参加出来そうか聞いてくれる。
程よい距離を持って付き合ってくれる人間だ。
「ま、体調の前に単位の心配をするなって、突っ込んでもらいたかったけどな。で、歌ってく?」
「カラオケならいいよ」
「いいか真。この軽音サークルで彼女がいるやつはみんなお前の歌声に釣られてやってきて、俺たちの魅力に気づいて彼女になってくれたパターンだぞ」
いくらアプローチをかけても相手にしないから、女の子が冷めるパターンである。
「候補生がいるんだね」
「一年生残り物十三人、みな初めての彼女、大学デビューを夢見ている。しかし夏まで引っ張ってしまった」
「タジンが言うなら仕方ないか。一曲だけだよ」
「マジか。おーい準備しろー」
部屋の前が騒がしくなった。
「タジン、謀ったな」
「一曲だけとは言ったさ。別にだましているわけでは無くて、新入生勧誘イベントは本当にあるんだ。でもな、午前で終わったんだよ。今、有志が演奏しようか迷っていた。それをバックに一曲だけ、な」
タジンは拝んで頼むので、三年の付き合いである知人の言葉を無下には出来ない。
「分かったよ。一曲だけだぞ」
連れられた会場は色んなサークルが屋台を出して、まるでマジ物のライブ会場になっていた。
「あのステージで歌ってもらう」
「バックバンドは?」
「お前ほど能力が高くない」
「曲は?」
「バラード一発」
「それでいいんだな。来々軒ラーメンと餃子と白飯」
「くそ、ぬかりねぇな真。分かった経費で落とそう。俺の財布は痛まないだろう」
結局、三曲させられた。
「聞いてない」
「寿司」
「足りない」
「回らないやつ」
そこでふと思った。
「寿司とか肉はいいからさ。俺のバイト先来ない?」
「え、おごってくれるの?」
「金は全部お前もちな。貸し切り出来るか聞いてやるよ。おい後輩共、タジンのおごりだ」
ステージの脇からわらわらと人があふれてきた。
「どうどう。一年生だけだからな」
二年生たちは不平不満を漏らすが、二年生も連れて行くと流石にタジンのお財布はお亡くなりになってしまう。
店長は「今日? いきなり? 無茶よ」と、言った。
俺が「残念だな、彼女がいない可愛らしい男子やイケメンの男子がいるのにな、あとオス感」と伝えると「今から一時間後に来なさい。待っているから」と言い、電話が切れる寸前に「もう今日は閉店なの」と、聞こえた気がした。気であってほしい。
ハーレクインバターへは全員が阪急の淡路駅で降りた。
「タジンさん。可愛い女の子本当にいるんですか?」
「そういうのは真に聞けよ。たくさんいるのか?」
「大きい店では無いけど、まぁ一人はいるだろう」
「普段使いしているんすか。溝端さんっぱねぇ」
「普通の飲み屋だよ。さ、着いた。入ろう」
入ってみると目に入ったのがスーツ姿の店長。
「え、え、ええー」
戸惑いでそれくらいしか言葉が出なかった。
「ようこそおいでくださいました。オーナーの斎藤です」
こいつ斎藤だったのか。




