第17話 近年まれにみるほど
そうして冒頭に戻る。
店長は相変わらずケツを揉んでいるし、目の前の馬のクソは可愛らしい子だ。
これを魅力的な女性というのだろう。
性行為をしなくてもいい、店長も助かる。これはいいことずくめではないか。
ただ、役員が俺のことを病気と言ったのは気になる。
目の前のこの子もきっとそう思っている。
本当は声を大にして言いたい。
俺は男性も女性も愛さない普通の人です、と。
だが、そう言っても周りの人間は許してくれない。俺は男に見えるらしいし、この場から群衆は去らないだろう。
俺は今から俺を否定するのだ。こんなに苦しいことがあるか。この公衆の面前ではっきりと男性になってしまうのだ。
「結婚は出来ないし、その家に入られたくないし」
大阪に帰るとドッと疲れが出て、二日間寝込んだ。あんな群衆の中で、そう言われてみれば当然だろう。
彼女からは音沙汰がない、少し考えればわかることだ。連絡先を交換してない。気が回らなかった。
出来ればこのまま自然消滅し、彼女とはさよならバイバイ、そもそも文の事を整理出来ていないのに異性愛者と仲良くするなんて、無理難題なんだよな。
三日目、ゴロゴロの限界が来た。狭い移動範囲を広げようと思って、外に出たものの結局スーパーと公園とハーレクインバターしかなかった。
ハーレクインバターに行くと彼女から連絡が来ていることを知らせられるだろう。それは困る。
デートを画策されていて、ハーレクインバターに連絡が来ていて、もしかしたら感動的なデートを期待しているかもしれない。
ここに越して来て大して散策していないので、フラフラと歩こう。商店街の入り口にマクドナルドがあって、少し歩くとドトールコーヒーがあった。
反対方向に歩いて行くとラウンドワンがあるらしい。五分歩くと公園があるらしい。それで終わりだ。ラウンドワンはお金を使うし、公園でコーヒーでも飲んで休憩しよう。何かと水分が欲しくなる。もうすぐ夏だ。
結局、行くところに困ってハーレクインバターへ向かった。家にいても暇で仕方ないし、面倒ごとになりそうだけど店が消滅したら困る。
「あら、早かったじゃない」
開店前だったという言い訳は分かる。でも客が座る椅子の上で腋毛を剃るのは止めろ。
「向こうから何か来ているかなって思って」
「気になっているの?」
近寄るな、汗臭い。
「あんまり告白されたことがないからな」
「変な病気移されたらたまらないから、今回の事は無かったことにしてほしい」
「役員はそう言ったんだな」
「えぇ」
ま、そういう人もいるわな。ということは女に告白されて成功して、体を狙われる心配はないわけだ。
これは良かった。
「これが良い知らせね」
ん?
「ん?」
「悪い知らせはその役員の娘が親の反対を押し切ってハーレクインバターのアルバイトとして入社します」
「えー」
落胆である。近年まれにみるほどのがっかり具合。
「紹介するわ。マナちゃんです」
「お久しぶりです。マナです。よろしくお願いします」
この顔、東京で見た。
「化粧をあまりしなくてコレだから、きっと男性客にモテモテよ」
「私は溝端さんにしか興味持たれたくないので」
「俺は君に興味持たれたくないからごめんなさい」
「私、頑張りますから」
アホらしくなって、俺はハーレクインバターを出た。
と、言っても夕方だし、家に帰るしか選択肢はない。
さて、俺が好きな女がいるらしいが、どうするよ。
しばらく家でダラダラしていた。マナには会いたくなかったし、特に遊びに行く様な友達もいない。
本や漫画を取り寄せられるし、映画は見られる。
でも文ショックの時と違うところは部屋をきれいに保ち、支払いと生鮮食品の買い物には出た。
既に始まっていた就職活動シーズンは無視した。




