第15話 I like youと君に
ずっと考えた一週間後、吸い寄せられるようにハーレクインバターに向かった。
「仕事ならないわよ」
「きつくてすぐに回るやつ」
「あんたに、いやなんでもないわ」
店長はこう言いたかったのだろう。あんたの感傷に付き合ってやる時間なんか無いわよって。でもそれは間違いだった。
「まずはこれを飲んで」
「なんだよ。このドロドロした白いやつ」
「いいから飲みなさい。熱いわよ」
「へいへい」
口に入れると雑炊だった。
「いつからハーレクインバターは飯屋になったのさ」
「今のアンタに飲ませる酒なんて無いわ」
「何で」
「アンタに悪い言い方をしたわ」
「いや、俺が悪かった」
「前の事だけじゃないわ。アンタが警察に連れて行かれること分かっていたのに」
「店長は俺が逃げないように警察に従っただけだ」
「いいや、いじわるだった。自分の客が死んだ人間にする言い方じゃなかったわ。さっきだってそうよ。仕事は無いわよって、今のアンタを直視したら仕事どころでは無かったくらい分かるわよ」
「当分、仕事には出ないよ」
「アンタにもリフレッシュが必要ね。友達作ったらどう?」
「友達作るやつなんて自己肯定感を得る為にすることでしょ? そんな無駄なことに時間を取れって? まさかそんなことをするために生活してないよ。それなら亀でも飼って甲羅を磨いた方がマシだよ」
「アンタ、やせ細っているだけで結構元気ね。いや元気な時のアンタはそんなペラペラ話さないわね。分かった。いい女紹介してあげる。明日、あんたの家に行かせるから」
「冗談じゃない。女を家に入れるだって? ふざけている。そんな残酷なことよく出来るね」
「ならば男がいい? あのね、私たちはどんなに頑張ってもマイノリティなの。いくらアンタが強く揺るがない自分として生きていくつもりでもあんたと同じ人は人口の1%よ。あんたと同じアセクシャルは統計的には多くてもこの辺りにもう十人いたら多い方よ」
持論と違う意見を聞いてひるんだ。セクシュアルマイノリティなんて言葉は俺にとっては一つの邪魔な枷だ。
でも店長はそれが枷でもあり、現実だと言っているのだ。
その夢が叶うのは随分後だと。今はマイノリティとして生きてい行くものだと。
ハーレクインバターを出てお土産に店で余った白飯を持たされた。冷凍をするにもってこいよと店長は言っていた。どうやら飲み屋から飯屋になるらしい。
「私の愛のこもった焼きおにぎりすごく人気なのよ。ミミの写真貼って『この子も作っています』って書くと売れるのよ。もだから嘘はついてないわよ」
ミミは最近入った店長の姪らしい。
可愛いと客からは評判でよく貰うラブレターや名刺はバックルームの壁に貼っているらしいと、店長は引き気味に言っていた。
ラップに入ったご飯を持って家に帰った。ふと思ったことがあった。そう言えば、ヤンが人生で四番目くらいにオムライスが好きだと言っていた。
食欲は無かったけど、ご飯はチキンライスにした。胸肉があって良かった。卵はフワトロではなくカタカタで、狭いバルコニーに椅子を二つ並べた。もう一つの椅子には小さなオムライスをのせた。
自分の部屋の高さはこの辺のアパートの中では高い六階。
エレベーター有りで家賃は高いものの仕送りと奨学金とハーレクインバターの仕事でやりくりしている。
南を望んだ。川の向こうはあのヤンと歩いた繁華街梅田。
結局、デートは練習で終わってしまった。
本当は誰かを喜ばせたくて高いお金を出してまで人の時間を買った。
ヤン、君には言わなかったことがある。君はきっと彼と性的な関係を求めただろう。
でもね、俺はアセクシャルだけど、トラウマで性的な事に嫌悪があるんだ。
それだけなのに、性的なことを求めないだけなのに俺たちはマイノリティにされてしまうのだ。
君が、ただ男性が好きだっただけのと同じように。
俺は君を君は俺を仮面友人としてもあの瞬間は好きであったはずだ。
それで充分だろ。
そんな尊い関係だ。肉体関係の無い、もしかしたら本当の友人になる未来があっただろう。
俺は君に送りたい。先に向こうにいった君へ、俺が傷つけてしまったかもしれない君に悔しい涙と、食欲が無いのに食べるとこぼした涙と。
I like youと君に。




