第10話 ヤン
その一発目がバイだった。
梅田のユニクロの前、十一時集合。
ユニクロなんて無数にあるぞって言ったら阪急よ、察しなさいって言われた。その言われ方じゃ、こっちが悪いみたいじゃんか。
「あの住吉さんですか?」
今日のミッション。十一時から十七時まで梅田をデート内容は任せる。
それで六万円交通費別。この六万の中には食事代とか映画とか諸々が入っていて、手数料が依頼料の十パーセントが引かれる。
つまり食事はせずに映画も見ずに観覧車や展望台に行かなければ五万円が手に入る。
源氏名は住吉ユウシだ。
「そうです。住吉ユウシです」
「ユウシさん、声高いですね。でもオス感して好きです」
オス感ってなんだよ。
「じゃ、行きましょうか」
俺は彼の手を握った。
「はい」
彼は恥ずかしそうに返事をした。
「なんて呼べばいいですか?」
「ヤンって呼んでください」
ヤンはまずユニクロに入って行った。服が買いたいそうだ。
それくらい恋人とやれよと思うけど、金を貰っているのだ。
何も気兼ねすることは無い。ただ六時間ヤンに付き合えばいい。
「ユウシさんはパートナーと一緒にこういうところに来るんですか?」
ヤンは値札のついたベージュのパーカーを試着しながら聞いてきた。
「長らくご無沙汰だよ。パートナーとこんなところに来ない」
「一緒ですね」
お、これ同志を見つけたりか。そう思って、ヤンを見るとベージュが恐ろしく似合っていない。
「ヤン。ベージュ似合わないよ、おっさん臭い」
セクシュアルマイノリティ。
俺を分類したい人と、自らに名前を欲しいと思った人たちに付けられた枷。
俺はそのマイノリティだ。マイノリティがマイノリティとして生きていく世界。
そんな考え方は嫌いだ。俺は強く揺るがない俺として俺を生きるのだ。
セクシュアルマイノリティなんて言葉は俺にとっては一つの邪魔な枷だ。
もしセクシュアルマイノリティが多くなって、異性愛者がマイノリティになったら、これは別の話だ。
俺はそんな世の中が来て、「みんなマイノリティじゃん、万歳」と、そんな世界になればいいと思っている。
社会のマイノリティである間は俺たちを社会は受け入れてくれないこともある。こう何が言いたいのかというと、少数者として分類される生き方じゃなくて俺は俺として生きたいのだ。
理解してもらうための活動は大切だ。それを試着室で待っている間に考えた。
「ユウシさんどうですか?」
「ジーパンが青なのにパーカーが青でシャツが青だと、青人間になっちゃうよ。白いシャツにすれば」
「うーん、そうですか。彼青好きだしな」
「確かに印象は大事だし、覚えてもらえるけど、変わった人と思われるよ」
シャツとカーテンは閉じられ、どうしようとか、上手くいかないな、とか声が聞こえた。果たしてこれはデートなのか…。
「これでどうですか?」
「マシ」
「マシか。困ったな」
「でも男目線で言うなら及第点だよ」
やっと俺の目を見た。目が笑った。そして顔が笑って、口が笑った。
「ホントですか?」
「本当だよ」
ヤンはきっとこの服を着て、俺の知らない男の子と遊びに来るのだ。
ヤンはデートのつもりで、想いは伝わらないかもしれないし、伝わるかもしれない。
でもきっとヤンにとって忘れられない一日の練習になるのだろう。
きっと俺には分からない恋愛は若いうちであればそうであるほど、瑞々しいものなのかもしれない。
断言出来ない俺はそう思う。




