第1話 一つの別れ
「ひとりぼっち、だな」
俺はこういうことを時々言いたくなる。決まって窓辺だ。エアコンは効いているが、わざわざ窓を開けて俺は窓の内枠に上手く座る。もう夏も始まる。
病気がちの文は休職してもう一年になる。
夏でも一緒にいることが出来るのはそのせいだ。
「何が?」
台所から物音が無くなった。多分よく聞こえなかったのだろう。
「最後って結局燃えるだろ」
「燃えるって」
窓辺に腰かけていた俺は台所まで歩いていき、文を正面から抱きしめた。
「その時に手は繋げないよな」
「でもほら、そうしたらお墓は一緒に入れるじゃない」
「分からないよ。骨は遺産相続のもめ事の末、引き離されるかもしれない」
俺は右腕で文を抱きしめながら、左手で文の髪を梳く。さらさらだね。そう俺はつぶやいた。
「誰かの為よ」
「あぁ、君から愛される彼はどんなに幸せなのだろうかね」
俺はアセクシャルだ。他者に恋愛も性的魅力も感じない。
今日も俺は友達として文の家に来た。
だからこの髪を梳く手が文の臀部に向くことは無い。髪を梳いて終わり。ハグも友人を慰めるための手段の一つだ。
「ごめんね」
ごめんねの意味も文はよく分かっている。こうもこれが何回も続くと辛いことも理解はするけど同じくらい理解が難しい。今日の和風パスタで全部終わりにしよう。そういう覚悟が見えた。
後少し、文と友達としての時間を過ごそう。
「すご、美味しい」
文の笑顔もきっと最後。
「いいお出汁を用意しました。つけ汁はこちらです」
「え、今までで一番美味しい!」
文の目からこぼれそうなものを俺は直視しないといけない気がした。
「大丈夫だよ。文、次は絶対上手くいく」
「ありがとう。俺を好きになってくれて」
椅子の背もたれにかけていた上着を俺はそっと取り上げた。
「ずるいよ! 君はなんで先に全部決めちゃうの? 全部の思い出を私だけに押し付けないで、私だって限界なの」
俺はこの感情の波をどう扱えばいいか分からなかった。だた、ごめんとつぶやいた。
そして「君が俺に恋愛感情を向けた時に終わる関係なんだ」と、静かに言い。
この住所に思い出を全部送ってくれ。そう言って用意していた。これまでも何回もあった着払い伝票を文に押し付け、雨の中帰った。
俺が駅に着いた頃には周囲は暗くなっていた。また一人泣かせてしまった。
自分の感覚は女性の方が一緒にいやすい。
そう思ってから、俺は女の子といるようにしている。
男は女より苦手だ。いや人間自体苦手かもしれない。