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夕立の詩(うた)  作者: 富永真一
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二人の先輩


「甘谷さん!」少し詰まった声で見慣れた背中に声をかける。小柄でこげ茶色の天然パーマ。甘谷満が首だけでひょいとこちらを向く。赤い須賀ジャンを来てダンボールを運んでいる。


「おせえよ!」と笑顔でたしなめられる。出会った時から親しみを覚えた笑顔にほっと肩の力が抜ける。三日月のように弓なりに細くなるその目に、抑えてきた眠気も加わって何やら視界がぼやけた。


「すいません・・・・・・」ぺこりと頭を下げる。


次の瞬間、後ろから拳で背中を押された。


「どーん!」低音の声とともに重い衝撃が背中に走り、前につんのめる。


「いででっ」


「おせーんだよ、直樹!」


後ろを向くと巨漢が笑って立っている。秋元太である。さらに。“にかっ”と、口で大きく笑顔をつくると、「待ってたぞ」と今度は握手を求めてくる。


「よしよし」そう言って秋元は直樹の手を力いっぱい握る。昨日の晩は、この秋元に無理やり深酒をさせられ、何度もトイレに駆け込んだ。


帰りの電車でももどしかけ散々吐気と闘った昨晩は、ほぼ眠れなかった。甘谷も秋元も直樹と同じように経済学部の学生だ。


二人とも四年生で、ともに一年間の浪人生活を経て入学している。しかし甘谷は、二年間留年しているので、秋元よりさらに二つほど年上である。


しかし、普段の様子から、二人の関係はフラットで、酒が入る場になるとよりアルコールに強い秋元の方が態度で圧倒していた。


二人に促され、直樹はすぐに炊き出しの準備に加わった。部屋に入ると大勢の人たちの人いきれと湯気とに迎えられた。直樹は挨拶もそこそこに、言われるまま、まな板の上で野菜を切っていく。どことなくいつもの野菜よりも大きくて形も不ぞろいで、泥や汚れがついているように見える。


「直樹、そんなにちまちま丁寧にやってねえで、大雑把でいいからどんどん速くきって笊にいれんか」


慣れない作業にまごついている直樹を見て、秋元が背中に一撃を入れてきた。今度は頭突きだったようでさっきよりすこしましだが、本当に痛い。


 しばらくすると直樹は背中にも額にも汗を滲ませて次々に運ばれてくる野菜を無心に切って笊に入れていっている自分に気づかされた。

どこからやって来たのか見当もつかない、人々や物たちが入り乱れて、一つのどこかに向い何らかの目的を果たそうとしている活気が、そこには満ちていた。


それが汗や声や物音に姿を変え、それぞれが綯い交ぜになって直樹を包んで絶えず微かに揺らしてくるのだった。


「よし、直樹、次はその野菜を一階のホールへ運べ」


 言われるままボウルや鍋にぶつ切りにされた野菜を階下の広間に運んだ。味噌の効いた汁物の臭いが鼻孔に乱暴に飛び込んでくる。


意識してその空気を鼻から吸う。胃袋に染み込んでいったのか、急かすように腹が鳴った。そのホールには、すでにいくつかの大なべに豚汁が出来上がっていて、それを目当てに男たちがお椀を手に列をなしている。


彼らの背中からも空腹感が伝わってくる。白髪頭、剥げ頭、肩まで伸ばしている黒い髪の頭。どれも他の場所で見る男たちよりも少し小柄に見えるのが不思議だった。


この人たちのために自分は野菜を切っていたんだ。そう感じるとともに、二日酔いのアルコールが音もなく抜けていった。


                つづく

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